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不本意なお姫様  作者: 三月
本編
8/9

ずっと一緒に

 深夜、ジョエルはベッドでぐっすりと眠る妻を飽きもせず眺めていた。

 半年ほど前に初めての出産を終えたユナは疲労が激しく、随分疲れた様子を見せていたが、現在は元の調子に戻りつつある。城の医師や世話をしている侍女達からの報告でも、問題は無さそうだ。



 「そろそろ、良いかな」



 気付いたのは初夜、初めてユナと繋がった時に感じた小さな違和感。確信したのはユナの妊娠が発覚した直後。自分以外の誰にも見えていなかったようだが、見間違えようのない最愛の妻と同じ顔の持ち主、ユリアナ姫が意識のみでユナに干渉しようとしてきた時だ。

 必死の形相でユナに掴みかかろうとするユリアナ姫の意識を弾き飛ばした時にハッキリと感じ取る事が出来た。ユナの縁の糸は切れていない、と。

 潜在能力は高いユナだが、あちらの世界では一切魔術が使われていないと言っていたから、魔力が不活性な世界なのかもしれない。

 それでも、本来在るべき場所から無理矢理引き離されるという危機に、本能的に身を守ろうとして無意識に術が発動し、縁の糸を守ったのだろう。そして隠した。誰にも見つからないように、ジョエルでさえ直ぐには気付けないほど厳重に。

 きっと、今はまだユナは気付いていない。しかし、日々魔術の訓練に勤しみ続ける努力家な彼女は、いつか気付いてしまうかもしれない。

 ジョエルにはユナに愛されている自信がある。しかし、それと望郷の念はまた別の問題だろう。ましてやユナは覚悟して故郷を捨てた訳ではないのだから、二度と帰れない筈の故郷に帰れるとなれば、心が揺らぐのは当然の事だろう。

 しかし、ジョエルにはそれを許せる程の度量は無い。もしも彼女が少しでも帰りたがる素振りを見せたら、かろうじて保たれている理性は崩壊してしまうかもしれない。そうなったとき、自分がユナを壊さずにいられるとは思えない。だから、



 「ごめんね、ユナ」



 眠り続ける彼女の頭を撫でながら、そっと右手に魔力を込めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 プツン、と糸の切れるような音を聞いた気がした。


 深夜、目覚めたユナは隣で眠る愛しい夫の顔を見て思わず微笑んだ。

 ユナの妊娠が発覚してから、ジョエルは心配性に拍車をかけたようだった。妊娠に関する書物を読みあさり、妊婦に良いとされる食材があると聞けば自ら買い付けに向かい、ユナの周りを出産経験のある侍女で固めた。一番凄かったのは妊婦に魔術を掛けるのはあまり良くないと知ったときだ。ユナの周りどころか城中から魔術の掛かったものを排除し、魔術師団を解散させようとした。流石にそれはマズイので、城の者達総出で説得した。

 そんなこんながありながらも、半年前にユナは元気な男の子を出産した。ユナが産後中々体調が戻らなかったこともあり、今は乳母に任せきりになってしまっているが、愛しい我が子のこと。これからは積極的に子育てに参加していこうと思っている。

 愛しい人と結ばれ、可愛い息子も生まれた。間違いなくユナは幸せの絶頂にいるはずだ。いるはずなのに・・・。



 「ユナ、泣いてるの?」



 いつの間にか寝ていた筈の夫が起きてしまっていた。ジョエルは優しくユナの頭を撫でてくれているのに、ユナの瞳からは止まることなく涙が溢れてくる。

 この世界で初めて目覚めた日に覚悟は決めたと思っていたのに、自分はなんて弱いんだろう。今もユナを心配してジョエルは側にいてくれるのに、まるで世界で一人きりになってしまったかのような寂しさが消えない。

 今まで当たり前に有ったものが突然無くなってしまったような、ずっと側に在った温もりが喪われてしまったような奇妙な感覚。

 何故なんだろう?初めて目覚めた日よりも、今の方が比べ物にならないくらいずっと寂しい。孤独感に堪えきれず、嗚咽を漏らすユナを抱き締めながら、ジョエルは囁いた。



 「・・・ごめんね。帰してあげられなくて」



 違う!と声を出せない代わりに必死に首を振って否定する。ジョエルは何も悪くない。自分がただ弱いだけなのだ。ジョエルはユナが何も言わなくても、何に悲しんでいるのか察して慰めてくれている。こんなにも思ってくれる人がいるのに、それでも故郷を想って泣くことを止められない自分が酷く情けない。

 しかし、ジョエルはそんなユナの心を読んだように言ってくれる。



 「大丈夫だよ。故郷を想うのは別に悪いことじゃないんだから」



 ジョエルから赦しを貰ったことで、心の何処かで溜まっていた感情が爆発したようにユナは泣きじゃくった。

 散々泣いて、泣きわめいた翌朝。いつ眠ってしまったのかわからないが、ジョエルの腕の中で目覚めたユナはスッキリした気分で自分を抱き締める夫の顔を見た。

 いつだって優しく自分を受け止めてくれる優しいジョエル。彼がくれる愛情の何分かの一ぐらい、自分は還せているだろうか?

 何だか久しぶりに見る気がするジョエルの穏やかな寝顔を眺めながら、そっと呟く。



 「ありがとう、ジョエル。これからもずっと側にいさせてね」



 ジョエルには聞こえていないとわかっていても、照れくさくて彼の胸元に顔を埋めたユナは、彼の口元が僅かに上がっていたことには気付かなかった。





 題名を不本意なお姫様ではなく、可哀想なお姫様にするべきだったかと真剣に悩みます。ユナは本人的にはハッピーエンドなんですけどね。そしてジョエル。奴の為にキーワードに腹黒を追加するべきか。

 とりあえずこれで完結です。最後までお読み頂きありがとうございました。

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