逃げられない
クソ姫視点です。性格が最悪なので作中に不愉快に思われるであろう部分がかなりあります。それと直接的ではないですが残酷な描写が有りますので、苦手な方は御注意下さい。
こんな筈ではなかった。
何れ程悔やんでも、時を戻してやり直すことは出来ない。
私の名前はユリアナ。由緒正しき王家の血を引き、多大な魔力に恵まれた選ばれた存在。そんな特別な存在である私は、生まれた時から大切に育てられてきたわ。当然よね、私以上に尊い存在などあり得ないもの。
王である父も、他国の王太子達も、皆私に逆らわない。私こそが至上の存在。だというのに、最近城の者達が私を見る目は気に入らないわ!
確かに、6人の王太子の中から一人を選べとは言われたけど、皆素敵で選べなかったんだもの。全員を婿にしてあげると言ったのよ?私の器の大きさに感涙するならわかるけど、どうしてそんな見下したような目で私を見るのよ!
頭に来た私は部屋に閉じ籠って考えたわ。私は何も悪くないのに、彼らに謝れと言う城の者達。この私に命令するなんて、何て失礼で愚かなの。そんな彼らに罰を与えるなら、どんなものが一番有効かしら?
そうだわ!私がいなくなれば、彼らも自分達が何れ程愚かなことをしたのか思い知るでしょう。けれど、城から出るだけでは駄目よね。私のような高貴な存在は、どこにいても気付かれてしまうものなのだから。
あら、この本に載っている術が良さそうね。精神のみを入れ換える術。私の高貴な身体を他の者が使うのは少し不満だけど、この際多少のことには目を瞑りましょう。
どうせなら異世界の者と入れ替わるのも良いわね。どんな世界であっても、私ほどの知性と教養と魔力があれば、怖いものなど有りはしないわ。
あらゆる世界の中から、最も私と条件が近しい存在を探し出し、精神を入れ換える。難しい術だけれど、私なら問題なく使えるわ。
そうして術を行使して訪れた精神世界。私の身代わりに選ばれたのは、良く見れば私と同じ顔なのに驚くほど凡庸な印象の娘。
こんな女が私の高貴な身体を使うのかと思うと腹立たしいけれど、この女が凡庸であればある程、城の愚か者共も私という存在がいかに稀有であったか思い知り、自分達のせいで失われたことを嘆くでしょう。
私の身体にあの女の精神を送り込み、繋がる縁の糸を断ち切る。無いとは思うけど、無理やり連れ戻されたりしたら意味が無いから念には念を入れてね。
そうして私もあの女の身体に入り込む。やっぱりどれだけ条件が近くても他人の身体に精神が馴染むのには時間が掛かってしまうのは避けられないけど、この時間は少し退屈だわ。
目覚めた私の視界に最初に入ってきたのは小汚ない女の泣き顔。ちょっとやめてよ。私の顔にその不潔な液体を着けたら許さないわよ!
ぎゃあぎゃあとうるさい外野を無視して周りを見ると、見たことが無い材質で作られた部屋に使い道のわからない道具達。本当に異世界に来たのね!
私が初めての術の成功に酔いしれているというのに、外野は気が利かないわね。異常がないか検査すると言ってはあちこち触ったり、意味のわからない質問をしてくるわ。そんなことを聞く暇があるなら、私のためにもっと良いものを準備しなさいよ!何なの、この汚い部屋。それに服だって貧相だわ。仕立屋を呼べとまでは言わないけど、私に相応しい服を持ってきなさいよ!
私が当然の要求をしているというのに、誰も動かないなんて!それに何なの、その目は!まるで城の愚か者達のような、私を憐れむような見下した目で見るなんて、許せないわ!
目の前の愚か者達に格の違いをわからせてあげる為、術を発動させようとして愕然とする。術が、使えない。それどころか、常に身体を巡る魔力の流れを関知することが出来ない。初めての経験に、私はただ呆然として震えることしか出来なかった。
あれから半年は経ったかしら?その後も魔力が戻らないまま、私は更に貧相な小屋に移されたの。もちろん、こんな小屋に住めるわけがないと抵抗したのに、誰にも聞いてもらえなかったわ。
小屋の中の、物置のように狭い部屋に押し込められた可哀想な私。何をする気力もなくて、硬いベッドの上で過ごす日々。たまに小汚ない女と、その夫らしい男が部屋を訪れては何か話していくけど、こんな不味い食事を出されて元気が出るわけ無いでしょう。
ある日無理やり部屋から連れ出されて、別の狭い部屋に連れてかれたわ。そこで笑いながら座るように言われたけど、この私に床に座れだなんて、何処まで馬鹿にしているのよ!
腹立ち紛れに目の前の料理が並んだ小さなテーブルを倒すと、頬に衝撃を感じて、手をあてる。暫くして頬を叩かれたのだと理解して、下手人を睨み付けた。涙目で私を睨む男と泣き崩れる女は、自分達が誰に手をあげたのかまるでわかっていない様子で喚き散らしている。
私の誕生日だからオカアサンが頑張って作ってくれた料理ですって?誰も頼んで無いわ。本当に祝う気があるなら、そんな庶民の作った料理じゃなくて、きちんと修業したシェフの作った食事を準備しなさいよ!
元の部屋に戻り、また硬いベッドに横になって私は泣いたわ。本当なら、城の大広間で盛大なパーティーを楽しみながら祝われた筈の私の誕生日。私がいなくなって、皆嘆いていることでしょうね。もう2度と戻れない懐かしい世界を想って、私は夢の中に逃避したわ。
翌日、泣いて腫れた目を冷やすために階段を降りる私の耳に、話し声が聞こえてきたわ。扉を隔てても声が聞こえるなんて、本当に貧相な小屋ね。
然程興味も無いので通りすぎようとしたら、突然目の前の扉が開いて驚いたわ。私が怪我をしたらどうするのよ!文句を言おうと相手を見た瞬間、私は固まってしまったの。
だって、この世界に来て初めて見るまともな人間だったのだもの!一目でわかる洗練された仕草、見慣れない形だけど仕立ての良さがわかる衣装。それに何より、きちんと膝を折って私に挨拶をしてきたその態度は、過酷な環境で怯える私にこの上ない安心感を与えてくれたわ。
話を良く聞くと、彼は私に求婚するためにわざわざこの小屋まで来てくれたんですって。それをあの夫婦が断って追い出そうとしていたところだったなんて、本当に危なかったわ。
高貴なこの私を散々蔑ろにしておいて、出ていくのは許さないなんて勝手なことを言う夫婦。そんなに私が幸せになるのが許せないのかしら。貧乏人の卑屈って本当に醜いわね。
けれど私の意志が硬いと知ると、諦めたように彼が差し出した書類にサインしたわ。最初から大人しく従っていれば良いのに、余計な手間を掛けさせないで欲しいわ、本当に。
それから、私の生活は一変したわ。専属の使用人が付き、城にいた時程ではないけれど自由に過ごすことが出来て、程々の広さの部屋を与えられて、食事もきちんとしたものが食べられるようになったお陰で、私はまた元の輝きを取り戻すことが出来たの。そうよ、これが本来の私の姿。私に相応しい待遇よ。夫となったあの人も、私にとても尽くしてくれているわ。
そんな溢れんばかりの幸福に酔いしれていた私は、近付いてくる終焉に気付くことが出来なかったの。
ある日、夫がとても真剣な顔で私に問い掛けてきたの。昼間何をしていたかですって?いつも通り、ショッピングとエステよ。この世界のエステというのは本当に素敵ね。わざわざ店まで出向かなくてはいけないのは面倒だけれど、それを差し引いてもこの世界に来て良かったと思える数少ないものの内の1つだわ。
何をそんなに怒っているの?男と一緒だっただろう?それがどうかしたの?私のように魅力的な女が1人でいて、声を掛けられないわけがないでしょう。そんな男達に情けをかけてあげるのも、私のような高貴な存在の義務の1つだわ。
当然のことを言っただけなのに、夫は無言で私の腕を掴んで歩き出したの。何処に行くのかと思えば、この屋敷で唯一私が入室を禁じられている部屋に連れてこられたわ。そして床に投げ出すように放り込まれたの。
あまりの扱いに怒ろうとして顔をあげた私の視界に、信じられない光景が飛び込んで来たわ。そこは壁一面にシャシンというとても精巧な絵が貼り付けられていたの。その全てが人物画で、描かれているのは・・・
「わ、たくし・・・?」
年代はバラバラ。赤い箱のようなものを背負った幼い姿から、同じ服を来た同年代の人間に囲まれて笑っている今より少し幼いくらいのものや、この世界で目覚めた日にいた建物から出てくる私の姿もあったわ。全てに共通しているのは視線が合わないという事のみ。
とても大きな部屋一面に、『私』と私の姿が貼り付けられているその光景は、私から言葉を奪うのには充分すぎるもので、ただ呆然とすることしかできなかったの。
「ずっとずっと、君だけを見てきたんだ」
夫が愛しそうに私に囁いてくる。普段なら私の気分を高揚させてくれる愛の言葉も、今は恐怖しか感じさせてくれない。
「君が倒れてから変わってしまったことは知っているけどね、僕の愛はその程度で失われはしないよ」
1歩ずつ、夫がゆっくりと私に近付いてくる。まるで私にその存在を刻み付けるかのように。
「だけどね、流石に浮気を笑って許せるほど僕の心は広くないんだ」
その顔は笑みを浮かべているはずなのに、瞳は何よりも雄弁に彼の狂気を表している。
「でもそれは君だけの責任じゃない。君に余所見をさせてしまった僕の責任でもあるよね」
殊更にゆっくりと私の前に膝をついた彼は、私の頬を両手で挟みながら、笑った。
「安心して。一生僕が君の面倒を見てあげるから。君はただ、そこにいてくれるだけでいいんだよ」
恐怖の余り意識を手放す寸前、最後に聞こえた彼の声はとても甘いものだった。
「他のものなんてもう君の目に見えないようにしてあげる。僕しか愛せないように、僕から離れられないようにしてあげるよ」
次に私が目覚めたのは今まで見たことのない部屋の中。彼が私の為に新しく用意した屋敷らしい。
豪華な寝台。豪華な衣装。綺麗な宝石に美味しい食事。全て彼が用意してくれる。
私はもう1人で動くことは許されない。いえ、出来ない。何かを取ることも、歩くことはおろか、立つことさえ出来なくなった私を甲斐甲斐しく世話をしてくれる彼の愛を失うことを恐れて、必死に彼に愛を乞う。
そんな私に、彼は今日も優しく笑いかけてくれる。
「大丈夫。手足が無くても、君は世界で一番美しくて愛しい唯一人の人だよ」
どうしてこんなことになったのか。それさえも考えることが出来ないまま、私はただ彼の愛を受け続ける。
時折見る夢の中では、『私』が笑っている。優しい夫に支えられ、胎の中の新しい命を慈しんで、幸せそうに笑っている。
返して、そこは私の場所よ!そう叫んでも、一人を除いて誰にも私の声は届かない。そのただ一人はうっすらと笑って私に背を向ける。待って、お願い助けて!
強い力で押し返されるような圧力を感じる。ああ、目が覚めてしまう。また悪夢のような日常が始まる。目覚めを拒む私の耳に、嘲笑い声が響いた。
「これが君の望んだ結果だよ」
そう嘲笑って『私』の夫である人は私を見ることもなく行ってしまった。違う、私はこんなことを望んでいたわけではないわ!
もしもユナがユリアナ姫と入れ換わらなかったら、16歳の誕生日に拐われてました。
入れ換わってもジョエルから逃げようとしたら、ユリアナ姫と同じ目にあってます。