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不本意なお姫様  作者: 三月
本編
6/9

名前を呼んで

 思えば色々ありました。いきなり異世界に飛ばされ、クソ姫の身代わりとしてあの女の仕出かしたことの尻拭いを強要され、好きな人が出来たと自分の想いを自覚した途端に結婚相手が決まったと思ったら、相手は当の想い人で。うん、本当に色々有りすぎて気の安らぐ暇も無かったね。我ながら良く頑張ったよ、私。

 そんな私は今日、結婚します。


 よくは知らないし、王様達も詳しいことは教えてくれないけど、彼はかなり世界的な有名人らしくて、自然と式の規模も大きくなってしまった。

 朝というより深夜から起きて身体中をこれでもかと磨きあげられ、そこまでするの?ってくらいゴテゴテと飾り付けられて生きた芸術作品のようになった私。

 次は国民への御披露目として彼と共に馬車で街中を廻る、パレードという名の羞恥プレイ。

 その後仰々しい協会での誓いの儀式を終えたら直ぐに着替えてパーティー会場へ移動。この間軽食と水分を取ることを忘れない。

 パーティーが始まったら笑顔を貼り付けて挨拶回り。正直、誰がどこの国のどんな立場の人なのか全くわからないので、面倒な部分は彼に押し付けてただ笑って会釈するだけだったけど、精神的な疲労感は半端なかった。

 ある程度主要なお客に挨拶が済んだら、コッソリ会場を抜けても良いと言われていたので遠慮なく逃げさせてもらった。元小市民な私はあの空間に居るだけでもガリガリと精神力が削られていくんだよね。


 そして新しく整えられた夫婦の寝室で、私は落ち着かない気分で旦那様の到着を待っていた。

 別に初夜に緊張している訳じゃない。嘘です。滅茶苦茶緊張しています。だって婚約から結婚まで半年のスピード婚だよ?お互い準備に忙しくてゆっくり時間を取れることなんて無かったから、その、そういうことを致すのも初めてだし・・・・。

 いや、それもあるけど私が今緊張している一番の理由は、彼に大切なことを打ち明ける決心をしたからだ。私が、本物のお姫様じゃないということを。

 彼は元のクソ姫と面識は無かったらしいし、私に好意を抱いてくれているのは疑ってないけど、やっぱり騙したままっていうのは私が耐えられない。

 受け入れてくれると信じてる。だけど、こんな話信じてもらえないかもしれない。自分の今までの行いを無かったことにしたいだけと思われるかもしれない。それだけがとても怖い。


 そんな私の葛藤を余所に時間は刻々と過ぎていって、とうとう彼がやって来た。

 いつものように優しい笑顔で私を安心させてくれる彼に、折角の決心が鈍りそうになる。別に良いじゃない、彼は私を愛してくれてるんだから、わざわざ波風を起こすことなんてない。そんな甘えた心を押し込んで、私に優しく触る彼の手を掴んだ。



 「お話ししたいことが、有ります」



 緊張に口から心臓が飛び出そうだ。上手く話し出すことが出来ず、忙しなく呼吸するばかりの私を落ち着かせるように、彼が背中を擦ってくれる。それに幾分か心を落ち着けて、私は彼に全てを話した。

 元々異世界の一般市民でこの国の姫に無理矢理魂を入れ換えられたこと。もう帰れないと言われてこの国で姫として生きていく決心をしたこと。こちらを軽蔑しているのを隠そうともしない人達に囲まれてとても心細かったこと。そして、そんな中で出会った彼に好意を抱いたこと。

 つっかえながら、必死に思うままの言葉を吐き出していたのでわかりにくい部分もあったと思うのに、彼は静かに私の話を聞き続けてくれた。

 話し終えて息を吐く私に水を飲ませて落ち着くのを待ってから、彼は静かに口を開いた。何を言われるのかと身構えた私に告げられたのは予想外の言葉。



 「知ってたよ」



 言われた瞬間、思考が止まって頭の中が真っ白になった。知ってた?いつから?どうして?

 混乱する私の頭を撫でながら、彼は微笑みながら言った。ずっと噂の私と実際の私が違いすぎることに違和感があったと。そうして思い到ったのが禁術とされる魂の交換。姫の立場なら術について知ることはできただろうし、有り得ないことでは無いと思っていたらしい。

 流石に異世界からとは予想外だったけどねと笑う彼に、私は涙が止まらなかった。

 彼は知っていた。知っていて私を選んでくれた。私がグズグズと悩んでいる間も、無理に聞き出そうとはしないで私を受け入れていてくれたなんて。



 「わ、私、私の本当の名前は、由奈っていうんです」



 ずっと誰にも、王様達にも教えず、誰からも呼ばれることの無かった私の名前。もう2度と名乗ることは出来なかった筈の、大切な名前。



 「ユナ?」



 クソ姫の名前はユリアナ。私はこの世界で目覚めた日からそう呼ばれ続けた。でも、いくらこの世界で生きていくことを決めたといっても、やっぱり自分の名前を呼ばれることが無いっていうのは思った以上に辛くて、寂しくて。

 だから今、大好きな人に本当の名前を呼んでもらえることが嬉しくて仕方がない。

 私は子どもみたいに泣きながら、もっと呼んでとねだり続けた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 腕の中で幸せそうに眠る彼女、ユナを抱き締める。

 泣きながら、ずっと本当の名前を誰にも呼んでもらえなくて寂しかったと叫ぶ少女に、生まれて初めて庇護欲というものを理解した。

 同時に、彼女が名前を教えたのは僕だけだと知って、優越感を抱く。そのことに興奮しすぎて自制が効かず、初めての彼女に少し無理をさせてしまったのは否めない。

 泣き晴らした彼女の顔を眺めながら、補佐官曰く気色悪い緩みきった顔になるのを止められない。

 自分が本当のお姫様じゃないことを打ち明けるために、あんな真っ青になるほど緊張していたユナ。始めは何を言うつもりかと、こちらまで緊張してしまった。もしも別れ話なんてされたら正気を保てた自信はなかったから。

 そして彼女の口から出たのは彼女の最大の秘密。自分が彼女にとって秘密を打ち明けれる存在になれたのは嬉しい限りだ。

 思わず知っていたと告げてしまったけど、まさか盗み聞きしたとは言えない。咄嗟にそれらしく吐いた嘘を信じてくれて良かったよ。そんな素直なところが可愛すぎて困ってしまうね。



 「ユナ、ユナ。愛してるよ」



 やっと出会えた愛しいと思える存在。もしも君が僕の想いを受け入れてくれなかったら、きっと僕は狂っていたと思う。世界の終わりさえ望んだかもしれない。

 名前を呼んでと泣きじゃくるユナ。君が望むだけ呼び続けるから、どうか僕から離れないで。


 

 

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