籠の中
使者視点
世界各地を放浪していた第一皇子ジョエル様が帰ってきたことで、城内は騒然となった。しかもかの方は帰国早々に、結婚したいから許可を出せと言ってきたのだ。
通常なら自国の皇子の慶事を喜ばなくてはいけないのだが、何せ相手は災厄皇子として世界中に名を馳せる相手である。事はそう簡単には運ばない。
まず、あの自由気儘を人の形にしたような皇子の心を掴んだ御令嬢はどこの誰であるのか。そこからしてもう問題だった。
相手は海の向こうの弱小国の姫君。いくら弱小であっても、一国の姫であるなら本来立場的に問題は無い。
しかし、姫の問題は別のところにある。この姫君は、近隣の数国から望まれていたにもかかわらず、その国全てに良い返事を返すという、馬鹿にしているとしか思えない対応をしたのだ。当然各国の怒りは凄まじく、かの姫の国はいつ滅ぼされてもおかしくない状況に置かれている。
あの災厄皇子がそんな姫と結婚、しかも婿入りしたいと言い出したものだから、国の重鎮を集めての緊急会議が始まった。ただ、皇子の乳兄弟兼世話役であったというだけでこの会議に強制参加させられる身としては、本当に勘弁して頂きたい。
皇子本人が翌日には使者を送りたいと言い出したものだから、会議の時間は限られている。そもそもこの国に、というよりこの世界に皇子を止められる存在なんていない。だから会議の内容は皇子の要望に対してどう対応するかが主題となっている。
まぁ、相手の姫の意思はどうか知らないが、皇子が望んだ時点でそれは決定事項だから嫌でも諦めてもらうとして、こちらの方には今更皇子に逆らおうという猛者などいない。皇子の婚姻許可はアッサリと受諾された。
問題は誰が皇子と共に使者として向かうかに移った。当然、誰も立候補するものはいないが、何故か皆がチラチラと自分の方を見てくる。
望まれていることはわかるが、流石にそんな役目に立候補したくない。無言の要請に気付かぬ振りを続けていたが、埒が明かないと判断したのか、陛下直々に命令された。
「明日、第一皇子と共にかの国へ使者として向かうように」
断り様の無い命令に、俺はガックリと項垂れながら了承の意を返した。
翌日、気色悪い程上機嫌な皇子と共に城を訪れた。通常なら10日はかかる距離を膨大な魔力にものを言わせて飛び越えた後なのに、何でそんなに元気なんだ。相変わらずの無茶苦茶さにもう驚くことにも疲れた。
話し合いは淡々と進められた。もし相手に断られたら俺の首を(物理的に)キると宣言されているので、青ざめながらも口上に気合いが入る。
相手の王様は何だか疲れきっているようだ。まぁ、この国が置かれた状況を考えれば無理はないが、それだけでは無いような気もする。
うちの国でも恐れられる皇子相手に直ぐには頷かない辺り、結構出来る人だと思う。この人うちの貴族だったら良かったのになぁ。何せ皇子相手だと皆萎縮して会話が成立する人が少なすぎるから、俺がいちいち取り次がないといけなくて面倒なんだ。
皇子の方は相手の葛藤もわかっているのか終始余裕の表情を崩さない。悩む王様に、皇子が告げたたった一言で事態は解決した。
え、あの姫君他にも何か事情があるの?王様明らかにほっとした顔してるけど、うちの皇子笑顔が黒いんだけど、本当に大丈夫?これ。
何だかんだで話は進み、皇子がこの国に婿入りすることも了承されたその日の夜、物凄く楽しそうな顔した皇子に姫君の事情とやらを教えられた。
そんな重大機密、俺なんかに話して良いんですかと聞いたら、事情を知っていて対応できる人間が側に欲しいからと返されて、思わず顔が引きつった。あの、俺使者として用事が済んだら国に帰って良いんですよね?
勿論、俺の涙の懇願は聞き届けられることは無かった。皇帝陛下も了承済みだなんて、俺は聞いてねえよ!
更に翌日、姫君との顔合わせが行われることになった。僅かに強張った顔で挨拶する姫君は、事情を知った上で見ると何とも哀れだ。
目の前で繰り広げられる茶番に気分が荒んでしまう。意中の姫を手に入れた皇子は見たことがないような満面の笑顔だし、皇子の腕の中で微笑む姫君はとても幸せそうだ。
ただの傍観者でしかない俺としては、この国という大きな鳥籠に知らず閉じ込められた可哀想な姫君が、皇子の本性に気付かないで幸福に過ごせることを、俺の心の平穏の為にも心から願っている。