逃げてやる
私は今、逃げている。人生でこれほど必死になったことはないと断言できるほど全力で走って逃げている。
走り続けたせいで息は荒く、喉が痛い。脇腹も痛くて辛いが、足を止めることは出来ない。
すれ違う人達は一瞬だけ私を見るが、声を掛けてきたりはしないし、当然助けてもくれない。むしろ追手に私の事を伝えられてしまうかも知れないので、自然と体は人気の無い場所に向かってしまう。
何で私がこんな事態に陥ったのかというと、全てはあの女のせいだ。
いつも通りの日常。いつも通りに眠った私だが、その日に見た夢はいつも通りじゃなかった。
夢の中で私は、童話に出てきそうなお姫様の格好をした私と対面していた。顔は間違いなく私と同じなのに、性格の悪さがとてもよく現れていて、いかにもな悪役顔になっているお姫様であった。
お姫様は私にこう言った。
「私と同じ顔な筈なのに、驚くほど凡庸ね。でも、まぁ良いわ。お前で我慢してあげるから、私と入れ換わりなさい」
物凄い上から目線に何様だお前と思う暇もなく、私の視界は歪んで目を開けていられなくなった。
そして目覚めたときには知らない部屋のベッドの中で、私はお姫様になっていた。
3日ほど眠り続けていたらしい私は、直ぐにお医者さんの診察を受けることになったが、頭の中は疑問符だらけである。自分の置かれている状況が全くわからなかった私は、取りあえず目の前のお医者さんに話を聞いてみることにしたのだが、
「あの、すみませんが・・・」
この一言でまさかお医者さんが卒倒するなんて、誰が想像出来るだろう。
この後は酷かった。上へ下への大騒ぎと言うが、本当にそうだった。城中の医師が集められ、診察。城中の魔術師が集められ、解呪。果ては高名な祈祷師を招いてのお祓いである。このお姫様どんだけ性格悪いんだよと、私が呆れたのも無理は無いと思う。
まぁそんな騒動の末、お城の筆頭魔術師が私の話から、お姫様が術を使い自分と私の魂を入れ換えたようだと推測した。
当然私は元に戻して貰えるようにお願いした。しかし、お姫様は私が思っていた以上に性格が悪かった。
通常魂は自分の体は勿論、生まれ育った世界とも縁によって結ばれているとのこと。本来ならその縁を辿って私の魂を戻せる筈だったが、お姫様はその縁の糸をしっかりと断ち切ってくれたらしい。
何してくれてんだよ、クソ姫!と私は床に膝をついて項垂れた。もう私は帰れないことが確定したのだ。その上、事情説明に来てくれた王様と筆頭魔術師は、二人揃って物凄く可哀想な子を見る目で私を見ながら、どちらが説明するかを無言で押し付けあっている。やめて、その続き聞きたくない。
「そなたには気の毒だが、この国で姫として生きてもらうしかない。だが、姫は今、少し特殊な状況に置かれていてな・・・・」
言いにくそうに視線を逸らしながら王様が教えてくれたお姫様の置かれている状況というのは、最悪だった。
まずこの世界では魔力の強い者が優遇される。しかし、魔力はとても遺伝しにくい特殊な才能らしい。魔力を持つ者は少なく、強い魔力を持つ者は更に少ない。そして女性には何故か魔力持ちが出にくく、魔力のある女性はとても希少だという。
そんな世界に強大な魔力を持って産まれたお姫様はそりゃあもう大切に育てられ、我儘で傲慢な少女に成長したというわけだ。
性格がどうであれ、魔力の強さでお姫様は大人気。是非うちの国の王太子妃にと、幼い頃から大量の縁談が来ていたらしい。しかし、王様達はそれでとても困ってしまった。
何せお姫様の生まれたこの国は弱小国。周囲の大国のどこを選んでも、他の国から文句を付けられるのが目に見えている。悲しいことに強く言い返せるほどの国力も無い。
そこで王様達は問題を先送りにした。お姫様が大人になったら自分で選ばせると、縁談を申し込んできた国々に発表したのだ。
そしてとうとうお姫様が15になった半年前、各国の王太子を招いての大規模なお見合いがスタートした。
これでお姫様が誰を選んでも問題ないように各国で既に話し合いは済んでいて、後はお姫様が選ぶだけとなっていたのに、あのお姫様はとんでもないことをしてくれやがった!
なんとあのお姫様、求婚してきた王太子全員に気を持たせるような返事をしていたのだ。当然各国の王太子達は自国に報告をする。すると事前の協定によって全ての国に情報が共有される。結果、どういう事だと苦情が殺到した。
王様達もこれには焦った。お姫様を問いただしても、だって皆素敵で決められないんだものと軽い返答をするばかり。いつ戦争に発展してもおかしくない状況に、流石の王様達も怒ってお姫様に一人を選ぶよう詰め寄った。
それを受けてお姫様は反省し、きちんと考えますと部屋に戻ったが、そこから中々出てこない。不審に思った王様達が確認したら、そこには眠り続けるお姫様。どうしたことかと原因を探ってもお姫様が目覚めることはなく、頭を抱えた3日目にようやく起きたら中身は別人の私であった、ということらしい。
物凄く嫌な予感がして、すがるように王様を見ると、こちらも物凄く申し訳なさそうに「よろしく頼む」と言われてしまった。
でも、私に魔力なんて無いですよと主張したが、筆頭魔術師によるとお姫様に負けないほどの魔力を持っていると太鼓判を押された。心底要らない。
こうして私は異世界で魔力の制御を学びつつ、婚約者候補達から逃げ回る日々を送ることになった。
私がお姫様とは別人だということは、混乱を避けるために王様と筆頭魔術師しか知らない。だから自業自得として私を助けてくれる人は誰もいない。侍女ですら冷たい目で見てくる始末だ。
「あのクソ姫!いつか絶対に殴ってやるからな~!」
今日も追いかけてくる婚約者候補達から逃げる私は、切実に味方を求めている。