6.悪の手先 その四 初陣
-襲撃当日-
僕は、指定されたポイントに18:50に着いた。
公衆便所のすぐ近くのベンチに座り、右手に望遠レンズを持ち、左手の雑誌で隠す。
極力、一般人の振りをしなくてはならない。
でも、僕は、内心ビビッていた。
僕自身が戦闘に参加するわけじゃないのだけれど。
左手の腕時計を見る。18:55。
時間が経たない。もどかしい。
成功するにしろ、失敗するにしろ、早く時間が来てほしい。
でも、できれば、宇梶が降伏なりなんなりして、戦闘せずに終わってほしい。
それほど、仲がいいわけじゃない。
けど、人がケガするのは見たくない。心臓の鼓動が早くなる。
『ピピピ。』
左手の腕時計のアラームが鳴った。
19:00だ。高橋達が集合、移動し始めた所だろう。
間もなく始まる。僕の始めての実戦が。
今日の湖岸道路は、人通りが少ない。
奇しくも、襲撃にはうってつけという訳だ。
僕は、どうしても、チラチラと道路を見てしまう。
………
………
………
来た!
髪の長い女子高生らしき人物が自転車をこいでいる。
そして、その後ろからミニバンがゆっくりと近づいていく。
両者の距離は、100mぐらいだろうか。
ミニバンは、ゆっくり、ゆっくりと距離を縮めていく。
襲撃ポイントまで、50、40、30、20m。
ミニバンのスライドドアが開き、覆面をした大柄な男が姿を現す。
おそらく、あれが、遠藤なのだろう。
遠藤は、車から飛び降り、猛スピードで走り、宇梶に近づいて行く。
その左手にはナイフが握られている。
ナイフを振りかざし、宇梶に斬りかかった瞬間!
『ガシャン!』
宇梶が自転車を飛び降り、前方へ宙返りした。
『ぐっ!』
自転車に引っかかり、遠藤の動きが止まる。
『どちら様でしょう?ナンパなら丁重にお断りいたしますが。』
そう言うと、宇梶は、バッグから日本刀をゆっくりと取り出す。
『霊剣をよこせ!』
遠藤は、右手にもナイフを持ち、宇梶に突進する。
しかし、宇梶は、絶妙の距離で遠藤の攻撃をかわし、その刹那。
『ちっ!』
遠藤の左肩から血が噴出す。
僕には見えなかったが、宇梶が抜刀したようだ。
『このガキ!』
遠藤は更に、右へ、左へナイフで斬りかかるが、宇梶にはかすりもしない。
そして、遠藤の振り終わりをはじき、返す刀で斬りつける。
ここまで実力の差があるのか。強すぎる。圧倒的だ。
『私としては、あなたになんの怨みもございません。
退いて頂ければ深追いしませんがいかがでしょう。』
宇梶はあくまで余裕だった。
『ブブブ』
携帯が振動した。高橋からだ。
『撤退だ。合図を待て。』
僕は、左手で携帯を持ち、右手で札を握り締める。
『ひぐらし!』
合図と同時に宇梶に向かって札を投げる。
『砕!』
辺りは、閃光につつまれる。
『強えぇ。これほどかよ。』
僕は、急いで荷物をまとめ、自転車に飛び乗り、合流地点を目指す。
デビュー戦は、惨敗+撤退だ。
だけど、心の中ではほんの少し、ほっとした自分がいるのも確かだった。
-合流地点 セブンイレブン-
セブイレブンに着くと、高橋は煙草を吸って待っていた。
『お疲れさん。』
『お、お疲れ様です。遠藤さんは?』
『別便で搬送中だ。見た目より結構酷くてな。
しばらくは休みだな。まぁ、死にはせんだろ。』
『そうですか。』
『お前が気にする必要はない。
今回の”閃光蓮”、テストの時よりも良かったぞ。』
『ありがとうございます。』
これで宇梶への襲撃は終わるのだろうか。
それともまた、別のチームが実行するのだろうか。
なんて事を考えていると、宇梶本人がこっちにやってきた。
バレたのか。どーする?
高橋を見ると平然としている。
『こんばんは。先生。柊君。』
宇梶は自転車を降りると話しかけてきた。
『学習塾の帰りか?えらいな。こっちの不良とは大違いだな。』
そう言って、高橋は、僕を指す。
『エッ!』
僕は動揺してしまう。
『柊君はなんでこんな所に?家とは方向が違うはずじゃないの?』
宇梶が詰め寄ってくる。
『うう、ああ。』
ヤバイ、パニックになる。
落ち着け、落ち着くんだ恭一!
『あまり、柊をイジメるな、宇梶。
柊は、男として、仕方なく家とは離れたこんな辺鄙なコンビニに来たんだ。』
『仕方なく?』
宇梶が首をかしげる。
『なぁ?』
そう言って、高橋は、タバコを吸っている右手ではなく、左手を上げた。
その手に握られていたのはエロ本だった。
表紙に全裸の女性がデカデカと写っている。
『うぁ、ちょちょ、えぇっ。』
パニックが止まらない。
『最低。』
宇梶の冷たい視線が僕を刺す。
高橋の機転でその場はなんとかなった。僕の僅かな自尊心と引き換えに。
『本当に何だよ、もぉ。もうちょいマシな言い訳にしろよ。
まだ、タバコの方がマシだよ。』
-その夜 自宅-
コンコン、コンコン。
カラスが窓を叩く音で目を覚ます。
『あいよ。』
僕は、窓を開き、カラスを中に招き入れる。
『災難だったわね。せっかくのデビュー戦が台無し。』
『まぁ、仕方ないさ。』
『そうそう、何事もポジティブに行かないと。』
『ありがと。』
『まず、今日の給料、んで、次の仕事だけど、門脇と組んでもらうわ。
作戦決行は来月。それまでにもう一つ術を覚えてもらうわ。
今週の土曜日 10:00に石山寺のいつもの場所で。よろしく。』
そういうとカラスは飛び立っていった。
やはり、遠藤は重症なのかと思いつつ、
新たな術という響きに僕の心は躍った。