5.悪の手先 その三 陰陽術士始めます
-○月○日 10:00 石山寺-
石山寺は、滋賀県大津市にある寺だ。
僕が行くのは、小さい頃に家族で初詣に行って以来になる。
JRの大津駅で降り、バスで現地に向かった。
石山寺に着いて、毎度の事ながら、いつもの問題が発生する。
場所の指定のみで、どーすんだ?相手が見つけてくれるのか。
ボケ~と空を見上げて座り込んでいると、不意に後ろから声をかけられた。
『柊!』
『はい!』
思わず返事をして振り返ると、学校の古典担当教師の高橋がいた。
本当の名前は、光田だが、俳優の高橋英樹に似ている為、学生は皆こう呼んでいた。
こいつ苦手何だよなぁ。中間テストも悪かった性で目をつけられてるし。
『珍しいな。こんな所で会うなんてな。』
高橋は、笑いながら近づいて来た。
『そうですね。先生は、家族と観光ですか?』
『いや、野暮用だ。人を探している。うちの学校の生徒でな。』
そう言って、高橋はニヤっと笑った。
『ま、さ、か。』
『そういう事だ。行くぞ。』
そう言って、高橋は僕を引きずって行く。
『マジかぁ~。』
石山寺の外れの小屋に連れてかれた。
『一から全てを教える時間はないので、使えるようになってほしい術のみ教える。』
『はい。』
いつもの授業とは雰囲気が違う。
学校の古典の授業ならお昼寝アワーだが、今日はマジだ。
『”閃光蓮”と言う。主に目眩まし、信号用だ。柊は、体格に恵まれておらん。
戦闘離脱及び補助をメインで担当してもらいたい。』
『はい。えっ?』
『どうした?』
『戦闘ってどういう…?』
『何も聞いてないのか?』
『えぇ、まぁ。石山寺に来いとだけ。』
『ふむ。手際が悪いな。それだけ切羽詰まっているのも確かだが。
では、簡単に講義しよう。我々は、黒連という組織に所属している。』
『でっかい犬とかがいる側ですよね。』
『でっかい犬?あぁ、大狼の事か。そうだ。
今、陰陽士通しの派閥争いが起きている。相手側は、白鞘と言う。』
『名前からして、こっちが悪者すか?』
『どちらが悪者と言う風には括れないのだが、まぁ、そう取ってもらって構わん。
今までは、内密に争っていたが、最近になって、派手に実力公使が始まった。
こちらもやられ続ける訳にはいかん。』
『まさか、人が死んだりしませんよね。』
僕は、ビビる。
『命のやり取りまでするつもりはないが、最悪そうなる。
そうならない為にも、お前には期待させてもらう。俺も死にたくない。』
『はい。』
マジだ。笑えない所まで来てしまった。
僕は、今更後悔する。
『術の講義に戻る。今日、覚えてほしい”閃光蓮”だが、この札を使う。持ってろ。』
高橋から小さなお守りのような物を六つ渡された。
『使い方だが、利き腕の親指を安全ピンか何かで傷つけ、血でこの札の文字をなぞれ。
その後、対象者に投げつけろ。合言葉は、”砕”。
それで術は発動する。やってみろ。』
高橋は、僕を促す。
僕は、恐る恐る指示通り、やってみる。
『砕!!』
小屋の中が一瞬光り輝き、目が眩む。だが、すぐに光は収まった。
『光量が足らんが、初めてにしては上々だ。
丁寧になぞり、且つなぞる時間を短縮できるよう練習しろ。
今日は、ここまでだ。何か質問は?』
『その…実戦はいつになりますか。』
『再来週に襲撃を予定している。来週にまた、ここでお前のテストだ。
発光量が基準を満たしていれば同行してもらう。
落第なら、今までの運搬+再試験の繰り返しだ。』
『解りました。』
『よし、帰っていいぞ。』
高橋に見送られ帰路に着く。本格的に悪の手先になって行く。
それからの一週間は、ひたすら文字のなぞりを繰り返した。
授業中も家でも繰り返した。
-石山寺外れの小屋 テスト当日-
今までの学校の試験とは違い、まじめに練習した。自信もある。
僕が扉を開き、中に入るとそこにはすでに高橋がいた。
他に名前の知らない男女が4人いる。皆、20代ぐらいだろうか。
『よし、早速始めるぞ。準備はいいか?』
自己紹介する間もなく、高橋が促す。僕は無言で頷いた。
『3,2,1, スタート!』
僕は手早く、札の文字をなぞり、叫ぶ。
『砕!』
先週とは比較にならない閃光が辺りを包む。
僕自身、あらかじめ手で目を隠していても目が眩む。
しばらくして、光が収まると、
前にいた高橋は、いつの間にか左手にストップウォッチを持っていた。
『発動まで、1秒2、閃光持続時間は、6秒5。
光量は十分。私は合格だと思うが皆は?』
『合格。』『合格。』『合格。』
先程の男女が順に答えていく。
『ちょっと、つらいわね。条件付きで合格。』
一人いちゃもんをつけた奴がいる。
金髪の女、顔はきれいだが、胸がない。
ニューハーフか?整形か?はるな愛っぽいな。
『閃光持続時間が短い。私と組む場合、10秒はほしい。
だから、私と組まないという条件付きなら合格。』
10秒、今の倍はほしいと…。
あんたの足が遅いんじゃねぇの?
僕は、会心の出来だっただけに不満を顔に出す。
『まぁ、1週間でここまでの練度を出せるのだ。
合格としよう。柊には私と遠藤、門脇と組んでもらう。』
高橋が僕をなだめるように話す。
『それなら、いいわ。』
金髪の女が答えた。
『皆、集合、礼を言う。遠藤、門脇のみ残って解散。』
高橋がそう言うと、丸坊主のごつい体格の男とソフトモヒカンのメガネの男が残った。
『遠藤だ。』
丸坊主の男は、名乗り握手してきた。
『門脇です。よろしく。』
ソフトモヒカンの男は、座ったまま笑って名乗った。
『遠藤は、近距離戦闘。門脇は長距離。私は指揮、教育、取りまとめを担当している。』
高橋は地図を広げ、説明し始めた。
『先週にも話したが、来週に白鞘に襲撃をかける。
メンバーは、遠藤、私、柊の3名だ。
門脇はサブで待機。襲撃対象は、柊と同じクラスの宇梶だ。』
『えっ?』
聞き間違いかと思い、僕は聞きなおす。高橋は続けた。
『彼女は、白鞘のメンバーであり、戦闘要員だ。
だが、未成年でもある為、目的はあくまで所持している霊剣の奪取。
殺害する必要はない。
もっとも、かなりの手練と聞く。各人、気を抜くな。
遠藤、門脇は、○月○日 南草津駅前ロータリーに19:00集合。
対象が学習塾からの帰宅時に通る湖岸道路のこのポイントで行動を開始する。』
高橋は、地図上の丸で囲ったポイントを指した。
『柊にはあらかじめ、このポイントの公衆便所にて待機。
私が携帯で「ひぐらし」と合図したら、宇梶に”閃光蓮”を使え。
その後、湖岸道路を北上し、このセブンイレブンで合流だ。いいな。』
『了解。』
遠藤と門脇は返事をすると、すぐ小屋を出て行った。
まさか、クラスメイトと戦う、いや襲う事になるなんて。
僕が不安を隠せず、動揺していると、
『心配するな。殺しはせんし、極力、被害も抑える。
私とて教え子に手を上げるのは本位ではない。
だからこそ、自らの手で実行する。ならばこそ、手加減もできるだろう?』
高橋がフォローしてくれたが、全然フォローになってないよ。
それからの一週間はすごく短く感じた。
同じクラスの女の子、ぱっと見、華奢で部活は、何かの文化系のはず。
成績優秀だが、体育系は休みがちで見学する事が多かった。
そんな子が戦闘要員。
高橋はあぁ言ったが、本当に大丈夫なのか。