4.悪の手先 その二 人運び
カラスの指示
『○月○日 18:00 湖南農業高校 正門前集合。
熊野と合流後、ロクハ公園に20:00集合』
今回は、学校がある平日の仕事だ。
元々だが、いつにも増して授業に身が入らない。
18:00に湖南農業だと、授業終わったら、ダッシュだな。
僕は、日中ずっとそわそわしていた。
『柊君!』
前の席の宇梶に声を掛けられても気が付かなかった。
『柊君!プリント!』
『あっ、ごめん。すみません。』
僕は、あやまりながら、プリントを受け取り、後ろに回す。
なぜか、宇梶はこちらを向いたままだ。
『柊君て、草津の商店街、あの廃ビルの近くに住んでいるの?』
『えっ?いいや、玉川中学近くの桜ヶ丘。全然違うよ。』
『そこを通って学校来てる?』
宇梶は、僕をじっと見ている。
睨まれているような感じすら、受ける。
『遠回りだし、通らないよ。』
『ふーん。そう。』
そう言って、宇梶は前に向きなおした。
『珍しいな。宇梶が柊に話しかけるなんて。』
昼休み、同じクラスの林が話しかけてきた。
『そうだね。普段、無愛想な感じだしな。』
『ツンデレと違うか?』
閃いたように、林は指摘する。
『まさか、有り得んよ。』
僕は、笑って返したが、ふと何か気になった。
『せや、今日、天下一品行かんか。』
『悪い、用事あるんだ。すまんね。』
放課後、僕は、自転車を漕ぎ急いで、湖南農業に向かった。
-17:50 湖南農業前-
前回も思ったのだが、せめて、会う相手の人相ぐらい教えてくれないかな。
まだ、信用されていないのか。
僕は、一人愚痴る。
自転車を正門脇に止めようとすると、
『えぇ~、車じゃないやん!』
後ろから機嫌の悪そうな女の声が聞こえる。
振り向くと、茶髪のいかにも頭の悪そうな女がいた。
『何か?』
僕が、尋ねると、
『あんたが柊やろ。』
バカ女が詰め寄ってくる。
仕方なく、僕がネックレスを見せると女がため息をついた。
『自転車かよ。しけてんな~。』
どうやら、こいつが熊野らしい。
ガラが悪い、タバコの臭いもする。最悪だ。
僕が一番嫌いなタイプだ。街で会ったら、無視するレベル。
『もう、ええわ。はよ行こう。』
言うなり、熊野は、自転車の後ろの荷台に座った。
『えっと…』
僕が戸惑っていると、
『何?私に漕げっていうの?』
熊野は、鬼の形相でガンを飛ばしてくる。
『いや、すみません。』
何故か、僕が謝り、2ケツでロクハ公園に向かう事になった。
『うぎぎぃ。』
重い。こいつ、何キロあんだよ。
僕は、汗だくで自転車を漕ぐ。
人生初の2ケツだが、これほどに苦しい物だとは。
世の中のリア充供は、毎日、よくやるわ。
『弱~。遅~。遅刻するやんか。はよ、こいでよ!』
こいつ、人の気も知らんで…。振り落としたろか。
『フゥ、フゥ、フゥ。』
ヤバイ、足つりそう。肺潰れそう。
体育のマラソンより苦しい。
『カチン!シュボ!フゥ~。』
『ちょっ、おまっ、タバコ吸うなや!』
『あんたが遅いから、我慢でけへんのやろ!』
最悪だ。マジで最悪だ。
苦しい、臭い。
早く、ロクハ公園にコイツを落として帰ろう。
僕は半泣きで立ち漕ぎを続けた。
ロクハ公園までの道のりは遠く、山あり、谷あり、山あり、登り坂が続く。
く、苦しいよ。
後ろでタバコ吸ってる阿呆を落とせたらどんだけ楽だろう。
『ホレっ、イッチ、ニ!イッチ、ニ!』
この、人をなめ切った態度。どういう教育、受けてんだよ!
『グウウ。』
ふくらはぎがちぎれそうになりながらも、僕は、目的地へ向かう。
-19:30-
やっとの思いでロクハ公園に着いた。
『はぁー、はぁー。』
息が荒い。酸素が足りん。
僕は、汗だく、鼻水まで出てきた。
『ちょっと、マジでキモイんですけど。』
隣で熊野が毒づくが、僕には、反論する余裕すらない。
駐輪場の横でアクエリアスを買って、なんとか休憩する。
息がうまくできない。苦しい。
心臓がバクバク言っているのが聞こえる。
『ちょっと、人と会ってくるわ。』
そう言って熊野が歩き始めた。
『あっあっ、ちょっ、ちょっ、勝手に行かんで。』
僕がへろへろのまま、呼び止めると、
『あんたの仕事は、私との移動。
これからは、私の仕事。ここで待ってろ。』
と、釘を刺された。僕とは別の指示が熊野へ出ているのだろう。
『分かった。』
僕が答えると熊野は公園内に走っていった。
『こんな所で寝るな!恥ずかしいわ!』
横になって休んでいると、いつの間にか寝てしまったようだ。
熊野に叩き起こされる。
久々の重労働の性だ。お前の性だ。
僕は、恨めしい顔で熊野を見る。
『用事終わった。帰ろう。』
左手の腕時計を見ると時刻は、20:15。
30分は寝てたのだろう。
『足が痛いので、もう少し、休みません?』
僕はダメもとで尋ねる。
『か・え・ろ・う!』
熊野は、目つきの悪い顔をこちらに向けて却下する。
『はい。』
くそっ、人のふくらはぎ事情も知らんで。
熊野の指示で帰りは、市立図書館に向かった。
ロクハ公園からの帰り道は、下り坂が多く、行きに比べ、大分楽だ。
『ねぇ、なんでこの仕事始めたん?』
不意に熊野が後ろから尋ねてくる。
『ん~。変な犬を見て、変なカラスに誘われたから。』
『何それ?意味分からん。』
『僕だってよく分からん。でも事実だしな~。』
『両親もこの仕事してるの?』
『うんにゃ、してない。僕がしてるのも知らないと思う。』
『そう。』
次の交差点を左に曲がれば、市立図書館だ。おっし、到着。
『お疲れ~。』
『どーも。』
僕は、多少の嫌味をこめて答える。
『今日は、ありがと。割と楽しかった。
でも、忠告。これ以上、あなたは関わるべきじゃない。
普通に高校生して普通に大学に行きなよ。行けるんだから。
じゃあね。』
そう言って、熊野は、帰っていった。変な奴。
ちょっとデートみたいだった初めての2ケツは、そんな感じで幕を閉じた。
ふくらはぎ、太股、背中の筋肉痛とともに。
-その夜-
タンタン。タンタン。
何かが窓を叩く音がする。
でも、いつものカラスの音じゃない。
読んでいた漫画を置いて、窓を見ると窓辺にクロネコがいた。
かわいらしい肉球で窓を叩いている。
カワイイな、オイ。
僕の心が安らぎ、顔がにやける。
『いつものカラスは?』
窓を開けながら、猫に尋ねる。
『今日は、猫で来てみました。
正確には、憑依と言います。どう、すごいっしょ?』
『ん?まぁ、そうっすね。』
なんだろう、中に人が入っていると分かると急に冷めた。
『反応薄っ!まぁ、いいわ。
次の仕事よ。○月○日10時に石山寺に集合。
そろそろ術研修してもらうわ。』
『術研修!?』
そのステキな響きに僕の心は、躍った。
『物や人運びも重要なんだけどね、こっちも人不足でね。
使えそうな人間は使っていかないと。
あんた意外といい線いってるみたいだし。』
『そりゃ、どうも。具体的には何をするの?』
『陰陽士、やってもらいます。』
『軽い!そんなバイトみたいにできんの?』
僕は、思わず猫に突っ込む。
『ガチでやろうとすると大変だけど、簡単なヤツから順にね。
じゃ、現地で。』
そう言い、猫は手をあげてから、夜に消えた。
陰陽士…いつの時代の話だよ。
僕は、一人呟いた。
次の日、朝一で林に絡まれた。
『柊、お前、昨日、湖南農業の女とおったらしいな。
やったんか?やったんか?』
『してないよ。』
『ほんまやろな。』
林は、僕ににじり寄り、念を押す。
『なんで林がそんなに必死になるんだ。後、近いよ。』
僕はあきれながら、林を押して距離を取る。
『いや、別に。焦るやんけ。』
『エッチしたから、何が変わるわけじゃなし。』
『なんや、その余裕は?本当はしたやろ。したんやろ。』
『なんもないよ。』
『えぇわ、柊の裏切りもん。』
なんて、うぜーヤツだ。
僕は、顔をしかめて、林に中指を立てる。
『柊君と同じ中学なの?』
珍しく宇梶が話に割り込んできた。
『そういう訳でもないんだけど…。
まぁ、バイト先の知り合いの知り合いみたいな感じ。』
『そうなんだ。
その子、いい噂聞かないからあまり近づかないほうがいいよ。』
『ふぅ~ん。』
僕が生返事を返すと、
『本当に気をつけてね。』
宇梶が僕を睨んでいる。
あまりの迫力に押され、
『分かりました。気をつけます。』
と敬語で答えてしまった。
それにしても、人の噂はなんとやら、結構、みんな知ってんだな。
狭い街だからか。