3.悪の手先 その一 物運び
若気が至り、勘違いが暴走し、中二病を患う僕は悪の手先。
今日も元気に、人類に牙を剥く。
と言えば、多少、聞こえはいいが、ほぼパシリに近い。いや、パシリだ。(反語)
まぁ、時給がいいからいいけど。
-あの夜-
カラスが一つの黒い金具のついた皮紐を渡してきた。
『メンバーだと分かるネックレス。仕事中は、つけていて。
それを見せれば、相手も納得するわ。』
ネックレス。なんというリア充アイテム!
僕みたいなオタヒッキーには、似合わないなと思いつつ受け取った。
○月○日(土)
初仕事だ。カラスの指示は、
『瀬田駅 駅前のローソンに15:00集合。
物を受け取った後、立命館大学 びわこ・くさつキャンパスの学門前に
17:00までに運ぶ事。』
物の大きさ等の指示はなかった。
つーか、その距離、僕が運ぶ必要あるのか?
いろいろ疑問はあるが、まぁ、やりますか。ドヒマですし。
僕は、ナイキのスポーツバッグを背負い、
両親には友達の家に行くと嘘を言って、13:00に家を出た。
でも、国道1号線を西へ自転車を漕いでいる道中に急にビビッてきた。
もし、運ぶ物が、TVで噂になっている違法薬物とかだったらどーしよう。
捕まるかな。前科とか留年とか停学とか。
怖ぇぇ。自転車のこぐスピードがガクンと落ちる。
でも、ここでやめますなんて言ったら、あのデカイ犬に食べられたりしないかな。
うわぁ、どっちもヤバイ、チョーヤバイ。
あぁ、お腹痛い。チョーストレス。
いろいろ、考えている内に瀬田駅前に着いてしまった。
僕は、自転車を置いて、中を伺うが、ローソン内には店員しかいない。
店の前で待つか、中で待つか。14:30だ。
僕は、中で雑誌を立ち読みして待つ事に決めた。
ジャンプのブリーチを読みふけっていると、不意に声をかけられた。
『柊君?』
『は、はい!』
声が上ずった。
『こんにちは、これ、食べる?』
声をかけてきたのは、30台ぐらいの女性だった。水商売系の女性に見える。
女性は、ロッテリアの紙袋を渡してきた。
僕は、あわてて、ネックレスを見せる。
『オッケー。そんなに緊張しないで。』
女性は笑って顔を近づけ、僕に耳打ちする。
『その紙袋を17:00までに、立命館大学に運んで、
学門前に立っている赤いTシャツを着ている男へ渡して。よろしくね。』
『はい。』
僕は急いで、紙袋を自分のバッグの中に隠す。
極力、動揺を隠そうと、ローソンでライフガードを買って、僕は、女性と別れた。
女性は、瀬田駅の中に入っていった。
僕は、自転車をまたこぎ始める。
-16:35 立命館大学 びわこ・くさつキャンパス 学門前-
思ったより早く学門に着いた。
だけど、大学生が多すぎる。
僕は、周りを見渡し、愕然とする。
赤いTシャツつったってそれっぽいのがいっぱいいるぞ。
誰だよ、どいつだよ。パニックになる。
17:00までは時間があるが、このままじゃ見つけられない。
どーしよう。どーしよう。
自転車を漕いできた性もあり、息が上がる。
あぁ、めまいがしてきた。
僕は、学門から少し外れた所に自転車を止める。
取りあえず、ライフガードを飲んで休憩だ。
『フゥー。』
-16:50-
未だに大学生で学門前は溢れている。
赤いTシャツもゴロゴロいる。
ヤバイ。時間だけがどんどん過ぎていく。
必死になって学門を見ていると、1人の男が近づいてきた。
ジッパーの着いた黒いジャケットを着た茶髪の男だ。違う、こいつじゃない。
男は僕に話しかけてくる。
『どーしたん?誰か探してるの?』
『いえ、あの、その。』
僕は、返答に困り、どもる。
『先輩とか?どこの学科?』
『いえ、そーいう訳でも…』
ヤバイ。逃げ出すか?パニックになる。
『何か渡しに来たとか?』
『ドクン!』
心臓が口から出るかと思った。
あばば、どーしよほ…
『ははは、ごめん、ごめん。大丈夫だよ。』
そう言って、男はジャケットのジッパーを下ろす。
赤いTシャツだ。胸元には、僕と同じネックレスもある。
『す、すいません。』
僕も急いでネックレスを見せ、ロッテリアの紙袋を渡す。
男は、紙袋の中を数え始めた。
『1,2,3,4…。OK。ありがとう。またね。』
そう言って、男は、大学の中に入って行った。
『ふぃー。』
緊張が解け、僕は、その場にへたり込む。
ふと思ったが、なんで僕があやまらにゃならんのだ。
ムカつく。僕は、男が消えた学門を睨み付けた。
気付けば時間は、17:00。
疲れた。帰ろう、本当に疲れた。
僕は自転車を漕いで自宅に向かった。
-その夜-
コンコン。コンコン。
何が窓を叩く音で目が覚めた。
僕は、手探りで眼鏡を探し当て、部屋の電気をつける。
あっ、あのカラスだ。口に何かを銜えている。
『何か?』
僕は、あくびをしながら、窓を開ける。
『お疲れ様。今日のお給料。』
カラスは口に銜えた封筒を渡してきた。
僕は、何気なく、中を見る。
ゲッ、万札!
1,2,3,4,5。5万も入っとる。
思わず仰け反ってしまう。
『こ、これ?』
僕は、封筒を指で指しながらカラスに尋ねる。
後で考えれば、実に滑稽な光景だ。
『相手の羽振りが良かったのよ。時間前の到着、応対もよかったって。』
ホメラレタ。
恐らく悪い事しているのに、褒められましたよ。僕。
僕は、久々に褒められて照れてしまった。
『中身も見なかったしね。』
『そりゃあ、怖くて見れないし……ハッ!あんた、監視してたな!』
『かわいい部下の初仕事だもの。
心配にもなるわよ。”はじめてのおつかい”みたいでウケタわ。』
『うぎぎ…』
あの醜態ではぐうの音も出ないが、僕は、歯軋りする。
『仕事振りも良かったから、すぐ次の仕事を手配するわ。じゃ、またね。』
そう言って、カラスは飛び立っていった。
もう一度、数えたが、封筒いは確かに5万入っていて、全部透かしもあった。