1.帰宅部の少年
『あんじゃ、こりゃぁ~!!』
僕は、奇声を上げて机で頭を抱える。
生物の中間テストが23点!
赤点だ。何度も確認したが、赤点だった。
テストの右上に、小さな数字が大きなサイズで鎮座している。
忌々しい。だが、僕のハートにはそんな怒りよりも違う感情が大半を占めていた。
恐怖だ。脳裏に、激怒する母が浮かぶ。こ、殺される。
いや、その後のおこづかい停止がヤバイ。マジでヤバイ。
月に3千円しかないのに。
これを止められたら、来月からどうやって生きていけばいいんだよ。
大好きなゲームやガンダムのプラモデル買えないじゃないか。
あぁ、憂鬱だ。家に帰りたくない。
このテスト、捨ててやろうか。
でも、いずれバレルしな。あぁ、どうしよう。
机に突っ伏して、一人隠れて静かに泣く。
聞き耳を立てると、前の席の宇梶さんなんて満点だった模様。
『今回、簡単だったね~。』
なんて女メンバーで言ってやがる。
すごーい。私、82。私、77。設問4がやばかったけど、ギリ80!
我が柊軍のダブルスコアの戦果が並んでいく。
お前らか!平均点を爆上げして柊軍を壊滅に追い込んだのは!
リーマンショックってレベルじゃねぇぞ、立て直せないんだよ。
ぐぬぬぬ。
違うんだって、簡単なんかじゃないって。
だって、横目でチラ見したけど、友人の林も同様に撃沈したようで放心状態。
ほら、口から魂出てるぜ。末期症状やん。ご家族を読んであげないと。
あとね、宇梶さん。100点を取れたのはね、それはあなたが頭いいからですよ。
むかつく、かわいいから更にむかつく。
胸はないけど、黒髪ロングで美人。
ルックスとかめっちゃ好み。
でも、絶対、性格悪いに違いない。
決めた。僕が今、決めました。
あなたみたいな人間が平均点を上げて、僕みたいな不幸な人間を増やすんですよ。
めっちゃ迷惑。大変、遺憾に感じます。遺憾の意ってなんやねん。
あぁ、母さんにどう言い訳しよう。
① 風邪気味だった
② 突然、頭痛に襲われた
③ 突然、下痢に襲われた
ダメだ。殺される。絶対、グーパンチだ。
鉄拳制裁か~ら~の、経済制裁。
後は、他のテスト結果が良い事を願うしかない。
僕は、眼鏡を外して、涙を拭き、生物のテストを握りつぶした。
生物 : 23
国語 : 62
数Ⅰ : 53
数A : 58
英語 : 55
地理 : 62
物理 : 53
古典 : 32
終わった……。全然、フォローにならねぇ。
古典のテストを机の引き出しに詰め込み、空を仰ぐ。
気持ちが沈んでいるせいか、教室の天井がやけに低く感じた。
そのまま下りてきて、僕を潰してくれてもいいのよ。
そんな下らない事を長い時間考え過ぎていた性か、
椅子の背もたれに体重をかけ過ぎて背骨が痛い。
もう、ダメだ。終わりだ。
『♪~』
6限目終了のチャイムがなり、放課後が訪れた事を知らせる。
部活のある人間はそれぞれの場所へ向かうのだが、
帰宅部の僕は、ブルーな気分を引き摺り教室を後にした。
覚悟を決めなくてはならない。
来月からこづかい無しかぁ~。
仕方ない市立図書館とゲームセンターでも寄って帰ろう。
最後の晩餐だ。前を向け、後ろを振り返るな!
履いている屋内スリッパをペタペタ鳴らしながら、
そんな事を僕は思っていた。
僕は、図書館で一昔前のライトノベルを数冊借りて、
普段通らない路地裏を通り、ゲームセンターへ向かう。
『ガシャン!』
自転車を漕いでいると、右側の路地から大きな音が聞こえた。
あれ?あっちには、廃ビルぐらいしかないはずだけどな。
いつもなら、イヤホンで音楽を聴きながら自転車に乗るため、
周りの音など拾えない。
しかし、今日に限ってはイヤホンを家に忘れたのだ、
その為、聞き取れたのだけれども。
脇に自転車を止めて、覗き込むと、女子高生が犬と向き合っているのが見えた。
学生服から僕と同じ高校だと分かるが、視力0.6(眼鏡ON)の僕では、
顔までは分からない。どこかで見たような気もするが断定できない。
それに相手もよく見ると犬みたいな何かだった。
犬にしては大きすぎる。女子高生比で、3~4mぐらいあるんじゃないか。
多分、シベリアンハスキーとかでもあんなに大きくはならないだろう。
もしかして、狼?いや、滋賀がいくら田舎でもこの人里には出てこないよね。
女子高生は、日本刀らしき物を持っている。おもちゃ、模造刀だろうか?
『ハッ!』
女子高生が掛け声とともに飛び込み、犬との距離を一気に縮める。
『ヒュン!』
勢いそのままに、日本刀で犬の左前足を切り落とした。
アニメのように斬られた足の先が飛び、赤い糸を引いていく。
ん?これ何かの撮影?
『ギャン!』
血が噴出した犬は鳴き声を上げると一目散に、女子高生から逃げ出した。
わずか数秒の出来事だった。
女子高生は刀の血を払い、楽器ケースにしまいながら、こちらに歩いてくる。
直感的に僕は、その場を逃げ出した。
『な、何なんだ、あれ!』
猛スピードで自転車をこぎ、ゲームセンターに寄る事も忘れて自宅に向かった。