ELEVATOR
「そのエレベーター乗ります」
そう言って乗ってきたのは制服姿の少女だった。そしてそのエレベーターには一人のエレベーターガールが乗っていた。
「こちらのエレベーターは各階止まりのエレベーターですので時間がかかりますが、よろしいでしょうか?」
その人が無表情で尋ねると、少女は笑って「かまいません」と言った。
2階です
ドアが開いた。しかしこのエレベーターに乗る人は居なかった。
「差し支えなければ、私とお話してもらってもよろしいでしょうか?」
こちらからは表情が見えないエレベーターガールは無機質な声で尋ねた。
「ええ、かまいません。どうせ2度と逢う事は無いですし。これも何かの縁でしょう」
3階です
「こんな深夜に出かけることを、親御さんは心配なさらないのですか?」
「両親は共働きであまり家にいないんです。それに私一人っ子なので。特にだれも」
心配なんかしてくれません。
少女はそう言って綺麗に笑った。
4階です
扉が開くと同時に今度は少女がエレベーターガールの背中に向かって話しかけた。
「そう言えば、あなたはどうして『此処』でエレベーターガールをしているのですか?」
少しの間のあとはっきりとした声で返事があった。
「『此処』が私の居場所だからです」
そう聞いて少女は腕を組みエレベーターの壁にもたれかかった。
居場所ねぇ・・・・・
5階です
「それ、痛くないのですか?」
エレベーターガールはこちらをちらりと向き、そして少女の左手首の包帯に視線を送った。
「・・・・・・痛くない」
少女は腕を組みなおして答えた。するとエレベーターガールは再び前を見た。
「自分でおやりになったのですか?」
6階です
「何?悪い?説教でもしてくれるの?」
「いえ。お気を悪くさせて申し訳ありません」
そう言うとエレベーター内の空気が静まった。二人は無言のまま次の階へと到着した。
7階です
「どうしてこんな事したのかは聞かないの?」
何をとは言わなかったが、エレベーターガールは聞き返さなかった。
「聞いて欲しいのですか?」
聞くと少女はゆっくりと手首の包帯を撫でた。
「そうね。最期に誰かに聞いて欲しいわ」
そう言うとエレベーターガールは「私で良ければ」と言って扉を閉めた。
8階です
「貴女はもう私がどういう理由でここに来ているのか、気づいているんでしょ?」
エレベーターガールは答えなかった。
「私と同じような奴がきっと今までにたくさん来たんでしょうね」
少女は暗く笑った後無表情になり、そして呟いた。
「いじめられているの。クラスの奴らに」
9階です
「惨めで、最悪で、苦しくて。ねぇ、この気持ちわかる?」
聞くとエレベーターガールは返事をしなかった。
「どうやらわかってもらえないみたいね。『此処』が居場所のあなたならわかってもらえると思ったんだけど」
少女は皮肉を込めて言葉を発したが、エレベーターガールはただ生真面目に「申し訳ございません」とだけ言葉を発した。
10階です
「でも、うらやましい。あなたが」
「私がですか?」
「たとえこんな場所でも、あなたには居場所があるから」
エレベーターガールは何も言わなかった。だから少女は自ら言った。
「私には居場所が無いのよ」
学校にも、家にも、何処にも。
11階です
「それで腕をお切りに?」
エレベーターガールが聞くと少女は手首を抱え、「それもあるけど・・・・・」と言った後静かにしかし凛として言った。
「これはアイツ等へのあてつけよ」
12階です
エレベーターガールは1つ息をついて、まるで確認するかのように言葉を繰り返した。
「あてつけ・・・」
「そうよ。自分のせいでこうなったんだって自覚すれば良い。そして自分がいかに愚かな事をしたのか気づけば良い。」
後悔して落ち込んで周りに責められて罪悪感に苦しめば良い。
少女は気がついていなかった。自分が今そのセリフを泣きそうな顔で言っていることを。
13階です
扉が開くと自然と無言になった。少女は眉を寄せていた。
そして相変わらずエレベーターガールはこちらを向かず、無機質な声で言った。
「それがあなたの戦い方なのですね」
14階です
「・・・・・・・・・・・えぇ。これが私の戦い方よ。」
もう少女は眉を寄せていなかった。少女は一瞬伏し目になるが直ぐにあの笑みを浮かべた。
「シクシク泣いて何もしないよりよっぽどマシでしょ?」
少女は腕を組みなおしエレベーターガールの背に向かって言った。
するとエレベーターガールは『閉』ボタンを押しながらいった。
「ですが、疲れませんか?」
15階です
そこでやっと少女は目を見開き、視界を潤ませた。
「そうよ・・・・・・・・・・疲れるのよ」
いつまで戦えば良いのよ。いくら相談しても解決策は誰も知らないんでしょ。
それならいっそ・・・・・・。
「死んでしまおう」
言葉を発したのはエレベーターガールの方だった。
16階です
「!」
少女は一瞬目を見開き驚くがすぐさま顔を伏せた。そして小さく涙を流しながら悪く笑った。
17階です
「何?止めるの?でも無駄よ?」
18階です
「私は決めたんだから!これも奴らへの攻撃材料にするのよ!!」
19階です
「・・・・・・~仕方ないじゃない!」
少女が叫ぶとエレベーターガールはこちらを見ずに言った。
屋上です
そう言うとエレベーターガールは扉を開け、閉まらないように手で押さえた。
エレベーターが開くと真っ先に殺風景なタイルが目に付いた。屋上は思っていたよりも汚れていて、不気味だった。ここは随分と前につぶれたビルだ。20階建てで屋上まで直ぐに行けると自殺願望者向けサイトに書いてあった。
「仕方ないじゃない・・・・・・」
もう一度そう言いながら少女はそのエレベーターを降りた。エレベーターガールは何も言わず扉を閉めた。
「・・・・・これしか方法が無いのよ」
そう言う少女の目には水が溢れていた。こすることなく一点を見つめているとハラハラと涙が落ちた。
そうよ私は逃げたのよ。「仕方ない」と言いながら。
卑怯なやり方だということはわかっている。他に方法はいくらでも有るはずなのに。これしか方法は無いと言って簡単に、かつ残酷な答えを導き出した。
あのエレベーターガールのように「此処が居場所だから」と言いたい。たとえ『此処』が廃ビルでもうらやましい。彼女と話して自分も汚いと実感した。それと同時に気がついた。
『それがあなたの戦い方なのですね』
あぁ私。誰でも良いから気づいて欲しかったんだ。私が今戦っていることを。そして疲れていることを。
少女は目をこすり、涙を止めた。
卑怯なやり方を止めよう。相手が悪くて私は悪くないと、自信を持っていえるようになろう。今からでも遅くはないはずだ。
「帰ろう」
少女が振り返るとエレベーターが扉を開けていた。しかしそこにあのエレベーターガールは居なかった。少女は無言で乗り、そして自分でボタンを押した。行きは長かったのに帰りは早かった。各階に止まることなく目的の階へ着いたエレベーターは、扉を開けた。そして少女が降りたとき、耳元にあの声が聞こえた。
1階です。
少女は驚き振り返るがエレベーターの中には誰もおらず、そしてゆっくり扉は閉まった。
一応ホラー?みたいなのを目指して書きました。
(全然怖くもなんともないけれど・・・・)