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第2話 冷血令嬢は去る

舞踏会の翌日。


王都

ルクスバリア

の社交界は、その話題一色だった。


「聞きまして?」

「ついに婚約破棄ですって」

「当然ですわ。あんな冷たい女」


貴婦人たちは扇で口元を隠しながら笑う。


高級喫茶店。

貴族専用劇場。

サロン。

どこへ行っても話題は同じ。


エレノア・ヴァレンシュタイン

失脚。


誰もが、それを“王国にとって良いこと”だと思っていた。


「いつも数字の話ばかりでしたもの」

「可愛げのない女だったわ」

「殿下も苦労なさったでしょうね」


別の令嬢が鼻で笑う。


「そもそも、女が財政だの契約だのに口を出すこと自体、おかしいのですわ」


周囲が同意する。


誰も彼女の功績を語らない。


いや、

正確には――誰も知らなかった。


エレノアが何をしていたのかを。


その頃。


王都中央商業区。


巨大商会

ベルマン商会の最上階では、

まるで葬式のような空気が流れていた。


分厚い帳簿。

積み上がる契約書。

青ざめた幹部たち。


「会長……本当に全契約が停止されています」

「北部穀物輸送もです」

「西方鉱山融資も凍結されました」

「王都中央銀行が大混乱を……」


報告を聞きながら、

大商会長

クロード・ベルマン

は深く椅子に座り込んでいた。


軽薄な笑みで有名な男だったが、

今は顔色が悪い。


机の上には、一通の書類。


そこに並ぶ署名を見て、

彼は乾いた笑いを漏らした。


「……やりやがったな、あの令嬢」


部下が恐る恐る聞く。


「ど、どうなるんです?」


クロードは窓の外を見る。


遠くに見える王城。


華やかで、

巨大で、

絶対に崩れないと思われている場所。


だが彼には見えていた。


その土台が、

今まさに消えたことを。


「……王国、終わったな」


部屋が静まり返る。


誰も冗談だと思えなかった。


一方その頃。


ヴァレンシュタイン公爵邸。


広大な執務室では、

エレノアが淡々とペンを走らせていた。


机を埋め尽くす契約書。


融資停止。


保証撤回。


輸送権返還。


事業提携終了。


すべてに、

迷いなく署名していく。


隣で、

秘書官

シャルロッテ

が書類を整理していた。


「北部穀物連合、契約終了確認済みです」


「次を」


「中央軍需融資契約、違約金なしで解除完了」


「次を」


シャルロッテは少しだけ困った顔をした。


「……本当に全部手放すんですね」


エレノアは視線を上げない。


「不要になりましたので」


「王国経済が止まりますよ」


「止まりません」


ペン先が止まる。


「止まるなら、それは元々壊れていたということです」


淡々とした声だった。


怒りも恨みもない。


ただ、

事実を述べているだけ。


シャルロッテは小さく息を吐く。


やはりこの主人は恐ろしい。


感情で破壊しない。


法律と契約だけで、

国家を解体していく。


その頃。


王城財務院。


大量の書類に囲まれ、

若手官僚

アレン・フォルク

は頭を抱えていた。


「いや、待て待て待て……」


机に散らばる決算書。


国家予算。


融資一覧。


補給計画。


それらを見比べながら、

彼の顔色がどんどん悪くなっていく。


「なんで王家予算の保証人がヴァレンシュタイン家なんだ……?」


さらに別の書類をめくる。


軍部輸送契約。


穀物管理。


鉱山投資。


主要事業の名前の横に、

同じ署名が並んでいた。


エレノア・ヴァレンシュタイン。


アレンの喉がひくりと鳴る。


「……え?」


嫌な予感がした。


いや、

予感ではない。


確信に変わり始めていた。


震える手で、

彼は国家年間予算書を開く。


そして、

完全に固まった。


「……この予算」


声が掠れる。


「誰が管理してた?」

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