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ジュピタル王国英雄奇譚  作者: ヤー子
第二章 ドラゴン辺境編
8/14

ドラゴンバトル


久しぶりにぐっすり眠った。右側に人の温もりがある。誰かと一緒に寝るだなんてずいぶんなかったな、とぼんやりする頭で考える。不思議だと思った。人の温もりというのはどうしてこんなに気持ちよく、抗いがたいものだろうか。すっかり隣のユズを抱きよせていた自分の理性の緩さに辟易した。実際もうどうにでもなれ、という気持ちがしていた。どうせアレクシスには内緒にすると決めたのだ。ユズがゆっくり目を開けたり、また閉じたりを繰り返した。睫の色までわかる距離にいる。彼女の右の耳にエメラルドのピアスが光っている。右耳にしかつけていないようだ。ジェイドはそれをどこかで見たような既視感を覚えた。最初から、つけていたような気もする。左耳には穴すら開いていない。寝ぼけたようにこちらを見つめる視線と目が合う。導かれるように朝日でキラキラ光るハニーブラウンの髪の毛を撫でた。

「ん、・・・ごめ、ここで寝ちゃった」

「おはよう、良く寝てたな。俺は風呂行ってくる」

こんなところは早急に出よう。ジェイドは身支度を済ませるために風呂へ向かった。


ホテルを出て、屋台でホットドックとスムージーを買って食べた。朝から広場は活気があって、生誕祭の規模の大きさには恐れ入る。

「しかしこの調子だと、今日の宿すら危ういぞ、どうなってんだドラゴン辺境」

ユズの寝床だけでもアレクシスに工面してもらう必要性は感じる。アレクシスから簡易な手紙が届いていた。―いろいろ立て込んでいて、連絡が遅くなってすまない。ジェイドの身分を話したらドラゴン辺境伯はぜひ城に招待したいと言っているので、できるだけ早く来てくれ―との内容だった。このホットドックを食べたら、城に向かうことになる。こっちもドラゴン辺境にドラゴンの卵をもらう許可がほしいので、ちょうどよかった。大変恐縮の極みだが、ユズだけでも城に逗留させてもらえればさらに目の前の課題は片付く。ジェイドはそこまで考えて、スムージーを一気飲みした。青汁仕様だったので、苦みと渋みに目が覚める。


ユズはぼーっと広場の中心にいる茶色いドラゴンを見ていた。なにやら大道芸をやっている。火を噴いたり、お手玉したり、ずいぶん芸達者なドラゴンもいるものだ。

「なんか元気ないな。リスクーザのときはもっとはしゃいでたろ。」

「ああ・・・そうだったっけ」

確かにはしゃぎすぎて剣士大会に出場した。ここにもドラゴンバトル、みたいな遊興があるとジェイドは言う。実際ジェイドは見たことはない。それでも見れば、元気になるだろうか。ユズをスタジアムに連れて行く。ポップコーンとドリンクを買って隣の席に座る。アレクシスの手紙のできるだけ早く、という文言をジェイドはうまい具合に忘れていた。


スタジアム東側から、金色のアーマーを着た白いドラゴンとドラゴン使い。西側からは白銀の鎧をまとったあの門番をしていた黒いドラゴンが出てきた。ドラゴン使いはニコラスと名乗った青年だ。人々は歓声をあげて盛り上がっている。

「ニックー!ユフィをやっつけろよ!ランサー、いっけー!!」

近くに座っていた十歳くらいの子どもが激しくニコラス推しだった。ドラゴンの名前まで呼んでいる。ニコラスが凄腕のドラゴン使いだということはバトルを見てすぐにわかった。ドラゴン同士の技の出し合いはド迫力で、吐いた炎の熱風が観客席まで届いたし、ニコラスのドラゴンは風属性らしく、竜巻を起こして、何人かは会場の外に吹っ飛んでいく。

「ちょ、やべえだろ!」

隣の子どもが飛ばされそうなのを、ジェイドは抑えてやる。子どもは無邪気に笑っている。会場の人々もこれが普通と受け入れているのだ。炎と風の戦いはお互いに干渉しあう。風の聖で火は燃え盛り、もはやトルネードがファイアトルネードになっている。

「あつっ!?焦げる!!」

ジェイドはユズの頭も押さえつけて、観客席の下に避難した。避難できるように座席下は広くなっている。黒いドラゴンが咆哮を上げる。翼を動かし、空へ舞い上がった。

「いけぇー!ランサー!ヴィクトリーハリケーン!!!」

子どもは元気に応援している。炎を搔き消すほどの風力、もう風速50メートル以上はあるかのような突風だった。これはもう天災レベルである。こんな台風が来たら人類は滅びる、それくらいの威力があった。スタジアムが大きく揺れて、静まり返った。


ユズはゆっくり目を開ける。白いドラゴンは地面に伏せて降参の意を示しているようだ。会場が沸き上がり、歓声と拍手を黒いドラゴンとニコラスに送っていた。

「し、死ぬかと思った・・・」

「ふ、ふふ、アハハハハ」

ユズは笑った。ジェイドは髪がボサボサで頬に煤もついていた。ただ観戦していたのに、どこかで戦ってきたかのようだ。元気が出たらしいユズにジェイドはほっとして、しかしドラゴンバトルを見るにあたり、これからは相応の準備はしてから望むべきだと切に思ったのだ。

「お前だって髪の毛ぼっさぼさだからな!あれ、ユズ、ピアスは?」

ユズの右の耳にはいつもピアスがしてあったはずだ。彼女は緑が好きらしく、そのピアスもエメラルド色のものだったと思う。

「え、ない!?」

ユズはアレクシスにもらってから、そのピアスを彼の言う通り無くさないように肌身離さずつけていたのである。外したことなんてない。今の突風で外れたのだろうか。いつもあるものだと思って確認なんてしたことがない、いつからなかったろう。二人はとりあえずその場にしゃがみこんでアスファルトの会場の床をくまなく探した。

「待て、いいか、落ち着け・・・朝はあった。それは見たんだ、確かだ。」

ジェイドが一番落ち着いていないように見える。

「どうしよう、大事なものなんだよな」

「あー・・・アレクにもらったの」

「そりゃあ何としても見つけないと」

ジェイドの顔はみるみる青くなった。

「ジェイド、形あるものはなくなるものだよ。」

「悟ってるんじゃねえ!簡単に諦めすぎだろうが!」


結構時間をかけて会場内を探したが、ピアスは見つからなかった。ユズ以上にジェイドが落ち込んでいる。ジェイドは既視感の正体がわかったのだ。アレクシスはいつも左耳にピアスをしていたじゃないか。それをユズにやった意味を考えて、そしてユズはなぜかあまり執着していないことを考えて、盛大なため息が出るのだ。


「一度閉館しますけど、何かお探し?」

「あ・・・ニックだ」

子どもがそう呼んでいたからか、ジェイドは自然に愛称で呼んでしまった。ドラゴン使いは芸能人張りにここドラココでは有名で名誉ある職業である。ニコラスはその中でも実力ナンバー1でしかも金髪碧眼で女性に持てそうな顔立ちをしていた。さらに子どもにも人気とは隙が無い。

「あれ、昨日アレクが連れてきた人達か。バトル、見てくれた?」

「見た!すごかったな!カッコよかったし、ドラゴンってやっぱり強いんだね、私、一回勝負したくなっちゃった」

「こらこら、生身の人間があれに勝てるわけないだろ。強いものに憧れるのも限度があるってもんだよ、ユズさん」

聞いて、ニコラスは快活に笑った。

「スタジアム、閉める時間なんだよ。午後からのバトルの連中に明け渡す。」

「午後はちなみにどういうドラゴンが出るの?」

「午後は氷と雷。なかなか面白いと思うぞ」

「み、見るのか・・・防寒具と避雷針がいるだろ、絶対」

またニコラスが笑って、よければ飯でも一緒にどうか、と誘った。観光客に親切にするのはドラゴン使いの仕事のうちと言っている。彼の行きつけの定食屋に入る。そしたらあの子どもが出てきた。

「お疲れニック!今日もとってもカッコよかった!いやかっこいいのはニックじゃなくてランサーなんだけどさァ!」

「はいはい、ランサーは今日も最強でしたよ。メアリー、客を連れてきたよ」

「はーい、いらっしゃいませー・・・「「あ!」」

出てきたのは昨日の居酒屋のウェイトレスのお姉さんだ。ジェイドと声が被った。気まずそうに眼をそらす。初めましてを装おうとしているのだろうか。

「昨日は楽しめましたァ?」

「余計なことは一切言わないでください、お姉さん!!」

ジェイドに限ってそれは無理である。社交的なのも厄介なのだな、とユズは他人事に思った。

「でもダブルワーク??ってやつっすよね」

「ええ、お兄さん心配してくれてますぅ?ここは実家で、こっちが儲かれば居酒屋はやめてもいいんですよ、お金落としていってください」

にっこりと営業スマイルで微笑まれ、ギュッと手を握られていた。子どもはメアリーの弟で名前をカイトという。メアリーとニコラスは恋人ということまでジェイドは情報を収集した。運ばれてきた料理を食べて、見つからないピアスに思いをはせた。


「午後はどうする?バトル見る?」

「ああ、いや、実は・・・ドラゴンの加護が欲しくてな、辺境伯に許可もらいに行こうと思ってて」

「あーなら、一緒に行こうか、ランサーのねぐらが城の方なんだわ」

渡りに船は嬉しいのだが、やはりピアスが見つからないことがジェイドは気がかりだった。ユズがあっけらかんとしているのが信じられない。ものに執着はしない子ではあるけれど、アレクシスのことも考えてほしい。会ったらなんと詫びればよいか。

「ジェイド、カレーライス、おいしいよ」

「・・・うん、うまい。」

「ここらの特産物はドラゴンの加護が影響してなんでもうまいんだよ」

ニコラスが説明する。

「えっと、ニックはランサーを一から育てたのか?」

「おう。」

「育て方とか聞いても」

ジェイドは気を取り直したのか、ドラゴン使いにドラゴンの育て方を聞くことにした。本で読んだことと大差なく、ニコラスはドラゴン使いとして、ランサーは使役獣として独り立ち後も一緒にいることになったのだそうだ。彼は今年24になるそうだが、10年も一緒に過ごしている。

「ニックはねー私とランサーならきっとランサーでしょうねー。」

「そこは比べる相手じゃねえだろっていつも言ってんだけどな。」

「俺も14になったらドラゴン使いになるんだ!!」

カイトは目をキラキラさせている。夢があるのはいいことだ。メアリーはカイトをドラゴン使いにするためには家の借金を返して、金を貯めないと・・・とため息をつく。両親が借金を残して蒸発したのだそうだ。ドラココは栄えているのだが、同時に見えないところに歪もあるような印象を受ける。ユズの失くしたピアスも、きっと戻ってこない可能性が高いだろう。リスクーザはここよりも人口は少ないが、ラルフはよく街中を歩いて町の様子を観察していた。みんな富んでおり、物資は必要なところに行き渡っていた。

「ま、ゆっくりしてけよ。ドラゴンは、一から育てると可愛いぜ。」

「じゃあ、参考までに聞きたいんだが」

ジェイドは本に書いていない細かいことを質問しだした。


「ね、昨日はどうだった?あのお兄さんって、ヘタレじゃん??大切にされてるとは思うかもだけど、実際さー」

メアリーはユズにこそっと話しかけてくれる。定食屋はユズたち以外客はいない。こんなにおいしいのだから、もっと売り出したらよいだろうに。今はとくに広場で屋台も出ているから客はそっちに取られるのだそうだ。

「うーん、何にもなかった、のかな」

「ああいうタイプはね、こっちから狩りに行かなきゃ手に入んないわよ」

「・・・なるほど」

「うーん、お嬢ちゃんも奥手そうっていうか、狩られるタイプっぽいもんなァ、やきもきしちゃう!」

ジェイドにもしちゃんと人間としての時間が残されていたら、何も迷わずに飛び込んでいただろうか、ユズはそういう仮定を想像するのも苦手だった。だってジェイドは彼が来るべくしてここまで来ているのだ。ユズとの出会いだって、彼の事情がなければあり得ないことだ。偶然に思えることがきっと必然で、そこにもしやきっとを入れる余地などないのだ。

「押し倒してちゅーぐらいやっちゃえばいいのよ、大丈夫、お嬢ちゃん可愛いもの、私が保証するわ!」

「ちょっとお姉さん!ユズに変なことを吹き込まないでください!」

なんで女というものは、令嬢たちもこういう一般庶民も総じて下世話なお節介を焼きたがるのか、ジェイドははなはだ疑問だった。ユズはそういうのに疎そうに見えるから世話を焼かれるのだろうか、そう考えれば自分もかいがいしく世話をしたし、アレクシスもかなり尽くしていそうな雰囲気は感じた。だけどそれでほっといてくれればいい。ユズにはユズのぺースというものがあるのだ。・・・いや、これは自分も干渉しすぎているのか?ジェイドは思い直す。ユズはユズで彼女なりにいろいろ考えているはずである。とりあえずなんでも話を聞いて彼女なりの情報収集をしているのかもしれない。

「彼女、恋人ではないのか?」

「えー・・・はい、妹のような、預かっているというか、着いてきてもらっている、一番適切な言い方は俺の護衛、ってところだな。」

「お前が護衛ではなく、お前の護衛、なのか」

「すっげえ強いの。うーん、ドラゴン並みかもしれない、確かに。あ、アレクとは幼馴染なんだよ、ユズは。」

「えええ!?アレクってアレクシス!?アレクの幼馴染!?アレクって小さい時どんなだったの、小さい時からイケメンだった!?」

メアリーはいきなり声色を変えてユズに向かい合った。恋人がいるのに、アレクシスは別枠らしく、目を輝かせている。アレクシスはただ中央から辺境に回された騎士見習のはずが、その容姿と剣の腕でもう一瞬にしてドラゴン辺境の英雄にまで上り詰めているようだ。騎士の中でも異色の存在なのだろう。あの容姿なら、きっと町中にファンクラブができている。

「うん、そう・・・小さい時からもてていて、バレンタインには訓練所がチョコで埋めつくされる事件が起きたほどだ。みんなで山分けしたが、あれはすごかった。」

「はあ、王都にもアレクシスのファンは健在ってことね。みんなのアレクだものね。どうする?ミリアリア様が彼と結婚するって言いだしたら、ファンは何人か死ぬと思うのよ」

実際問題ここ最近、ドラココではそれは多くの女性たちには切実な話題であった。

「アレクは間接的にも人を殺せるってこと?侮れないやつだな」

「ユズ、違うと思う。そういう問題ではないんだよ・・・」

この鈍感娘はアレクシスに関してだけはポンコツである。アレクシスの思いが報われることをジェイドはグリフォンに願うことにした。グリフォンはそういう願いを聞いても現れないらしい。


***


メアリーの定食屋を出て、ランサーを伴うニコラスについて王城へ行く。ドラゴン辺境伯には基本仕事は下に投げて、本人は暇なので、アポなしでも会えると思うとニコラスは若干酷いことを言っていた。城は一階が役所のようになっていて、ドラゴンの加護申請はそこでするらしいから、ジェイドは書類を記入する。お役所仕事は総じて手続きが煩雑で、ジェイドが順番を律儀に待ったため、ドラゴン伯にお目通りがかなったのは夕方もとおに過ぎていた。

ユズは途中から眠くなって、ジェイドにもたれた。ジェイドはドラゴンの専門書を読みながら待っていた。呼びに来たのは、アレクシスだった。

「よお、」

「おお、アレク、なんか久しぶりだな」

「寝てんのか、ユズ、起きろ」

揺り動かされて、ユズは目をこすって起きる。今せっかく気持ちよかったのに台無しだ。

「ドラゴン辺境伯の執務室に案内する。」

「・・・・え、アレクが?」

この男はこの辺境でどれだけ出世しているのだろうか。制服は幹部が着るようなものだし、マントも上等で威厳を感じた。

「あ、アレク、あとでちょっと話があるんだ、」

「後でいいだろ、なんですぐ来いって手紙に書いたのに、のんきにドラゴンバトルなんか見物してんだ。予定が狂ったぞ」

「すみません・・・」

「でも、ドラゴンすごかったよ、ねえジェイド」

アレクシスは長い脚を大股で速足で歩くから、ジェイドは小走りでついていった。ユズは城の中の内装などをきょろきょろ見ている。ジェイドは慌てて戻って、ユズの手を引いて走った。

「ユズ、はぐれる、迷子になる!」

「ジェイド、あれ見て、ドラゴンの形している電球」

「へえ、あ、そこもドラゴンじゃん、ってはぐれるっつってるだろうが!」

アレクシスに怒られるのはユズだけではないのだ。辺境伯の執務室は一階でもだいぶ奥の方らしい。アレクシスはちらっとこちらをうかがい見て、ジェイドが息を整える間もなく、扉をノックした。鬼畜だ。ユズはけろっとしている。鍛え方の問題らしい。


「アレクシスです、戻りました。」

「おお、そちらが例の王族か、お初にお目にかかる、私はドレイク・ドラゴン。ジュピタル王国の辺境伯をしている。」

「おはつ、おめにか、かります・・・、ごこうめい、聞き及んでおります、ドラゴン辺境伯。ジェイド・ウラヌスタリアです。」

ジェイドは息も絶え絶えに挨拶をした。ドラゴン辺境伯ドレイクは四十代だが、肌艶があって若々しく快活だった。ジェイドの手をとり握手する。

「ジュピタル王は出迎えておらんのだろう、お若いのも大変なことだ、ドラゴン辺境は協力を惜しまんよ、」

アレクシスがなんと彼に話したのかはあとで聞く必要があるように思う。ジェイドはぶんぶんと手を振られながらにこやかに頷いた。

「ドラゴンの加護をいただきたくてはるばる参りました。許可証にサインいただけるでしょうか。」

「むろんむろんだとも!明日朝いちばんに司祭のもとへ行くがよい!それで、滞在のことなんだがな、ぜひ城に逗留してもらいたいのだよ、」

「あ、ありがたい限りで恐縮です。ちょっと町の方に宿がなくて困っていて、その、」

ジェイドはユズにおいでと手招きをする。

「連れがおりまして、この子も一緒にお部屋が用意いただければ、厚かましく申し訳ありませんが」

ドレイクはユズを初めて視界に入れたようだった。

「もちろん構わん。同室がよいかの?」

ドレイクはにやにやとして、ジェイドはずっこけそうになった。ドラゴン辺境領は男女の連れはそういうものだと相場が決まっているのだろうか。確かに一般的にはそうなのかもしれない。部屋数の都合もあるのだろうか、確か生誕祭はきっと王侯貴族も集まるのだろうし、この城も手狭なところに押しかけてしまったのだろうか、いやものは聞きようだ。

「別室で。」

アレクシスが冷淡に声を響かせる。もう氷点下くらいに気温が下がったようにも感じた。

「ドレイク様、彼女はグリフォン家。トパーズ様の娘です。」

「なんと!!あのトパーズ・グリフォンの娘!!そういえば目の色がよく似ている。そしたらオニキスの妹か!!」

ドレイクは驚きで目を真ん丸にしてユズをしげしげと眺めた。

「いくつになる?ミリアリアと同じくらいか?」

「15です」

「まだ成人前じゃないか!旅などよく許可したものだ!」

オニキスに至っては許可などしていないのだが、やはり可愛い娘に旅など、普通では考えられないだろう。こんな男物の服をきて、髪の毛は短くして、彼女に婚期という言葉ないのか、とドレイクは心配になった。

そんな心配はさておき、ジェイドは宿問題が解決して胸をなでおろした。

「アレクシス、客人に城の中を案内してあげなさい。」

「なんで俺が。」

悪態が小さく聞こえたが、とりあえず執務室から出て、アレクシスについていく。どうやら二階から居住空間というか普通の城の作りをしているらしい。二階には広間やらダイニングやら、水回りが配置され、奥の一角に客間が数室設けられているようだった。三階は完全にプライベート空間なのか、限られた使用人しか行かないとアレクシスは説明した。

二階の客室空間の一番端の部屋に入り、扉を閉めたらアレクシスは盛大にため息を吐いた。

「あのクソドレイク、人を使用人かなんかだと勘違いしてやがる!」

「・・・なんかどっちかっていえば、もっと特別感があるような気がしたんだけど、・・・考えすぎか」

深くはつっこまない、ジェイドはあまり関わるべき話題ではないと第六感で悟った。ユズは部屋の大きなベッドに飛び込んで、四肢を投げだした。

「てめえの部屋は別だ・・・っつってもあまりがねえらしい、俺んとこは女は入れねえし」

ガシガシと髪をかき上げてアレクシスは不機嫌だった。

「あの・・・俺がアレクのところに行くのは、どうでしょうか」

「王弟殿下をあんなむさくるしい部屋に通せるか」

二段ベッドが三つ、六人部屋だという。朝は5時半起床、夜は10時門限付きの、聞けばまるで新人隊士の訓練専用の部屋である。アレクシスの年齢からは打倒なのだが、今の立ち位置的には不当であるように感じた。彼はきっと騎士団長にも匹敵する実力を加味され、ドレイクの側近のように扱われているのだろう。ならばもっと良い待遇でも不思議ではない。

「俺は全然どこでも、なんなら野宿でもむしろウェルカム・・・その手があったな、3か月のうちドラゴン辺境ソロキャンプ計画を立てるべきだ。ドラゴンの生態とか育成環境による属性の適性とか研究するのも面白い」

「いらんことに気を回すな、そのうちどうにかする、どのみちミリアリアの誕生会が終わったら人は掃ける。」

生誕祭と言わずに誕生会と言ってのけるアレクシスの苦労がしのばれた。


ユズはいまさらジェイドと同室なんて、気にしていなかった。もともと気にしていなかったのに、気にするべきだと諭されて、それが一般的なのだろうとは理解することはできる。これがジェイドじゃなく、アレクシスだったらと思うと、やっぱり同室は変な感じは一応はするのだ。あとアレクシスと四六時中一緒は正直息がつまるというところもある。ユズは寝る時ぐらいは何も気にしないで寝たいのだ。令嬢らしいとか、らしくないとか、はしたないとか、行儀が悪いとか、アレクシスは基本口うるさいのだ。淑女が好きなのだろうが、ユズには求めないでほしい。だけど言えばまた面倒だ。ユズは話の流れの終着点については自分の意見など通らないのだろうと寝返りをうった。

ジェイドがソロキャンプするならついて行こう。ソロじゃなくなるけど、ジェイドは何にも気にせず同行させてくれるだろう。それなら結局また一緒に寝るのだ、同じじゃないか。

「昨日はどこに泊まった?郊外まで行ったのか?」

「え!?あ、うん、まあそんなところだ」

ジェイドはきょろきょろ目を泳がせる。彼は内緒にしようとは言うくせに、正直者なのだろう。大体にしてわかりやすい。アレクシスはまだ付き合いが浅いからそんなに変に思わなかったようだ。

「それは悪かったな、俺だけ先回りして根回しをするべきだった」

「いや、今日の寝床が決まっただけでもありがたいよ、ありがとう」

しかし部屋にベッドは一つで、ここはシングル用の客間である。ソファは一人掛けで足も伸ばせない。

「まあ、どうにかする、すまない、苦労をかけて。仕事を増やしたろう」

「ユズ、ジェイドは王族として接待されるんだからな、お前そこのところ気を遣えよ」

「はあい」

「寝ころんだまま返事してんじゃねえ、お前は本当に根性のとこが甘っちょろいんだよ!中途半端に剣やってんなら、いっそきっぱりやめろ!」

グリフォンの家でそういうことはだれも彼女に言わないのだろう、オニキスもトパーズも結局は妹、娘に嫌われたくないのだ。しかしアレクシスは、ユズが剣を取るというのなら徹底的に剣士として身体だけじゃなく精神も鍛えるべきだと思うのだ。

ユズは早く考え事をしたかったのだが、また始まった説教を聞くために身体を起こした。アレクシスが自分のことを剣士として扱ってくれるのは喜ばしいことだ。だけどそういう環境は女だからという理由で、このジュピタルでユズには与えられることはない。実際家族は反対している。アレクシスの言うことは的を射ているようで理不尽だと思った。言い返せば、それ以上に言葉が返ってくるから、ユズは今は聞くに徹するだけだ。

「お前、最近、聞き流せばいいと思ってるだろ、顔に出てんだよ、見ればわかる」

「ごめんなさい」

「その口だけの謝罪も、中身が伴ってねえ、ほんっと、グダグダに甘やかされた世界に生きてきて、よく家を飛び出してここまでやってこられたな。ユズ、家に帰ればいいんじゃないか?列車を手配して、グリフォン家に連絡入れて、迎えに来てもらえばいい。」

「・・・」

「それも自分じゃできねえんだろ、何でもかんでもやってもらって当たり前だもんな、グリフォンのお姫様は」

「・・・アレクシス」

ユズはもう黙って聞いてはいられなかった。アレクシスの名前をそう呼んだのは本当に久しぶりだ。でもそれ以上は言葉が出てこなかった。何を言えばいいのか、ユズにはやっぱりわからない。彼には何を言っても伝わらないとわかるのだ。だから泣くのか、それも違う、そんなの子どもだ。またガキだと言われて終わりである。


「私は、帰る・・・っ、」


志半ばで?そんなことできる?ジェイドのことはどうするの。彼をこれから一人で行かせる?ポロっと零れ落ちてきた涙をぐいっと拭う。彼は、もうすぐ死んでしまう。そのことだけで頭がいっぱいなのに、それ以外に自分に何を考えろというのだ。そういうところが未熟だと、割り切って考えることができないから帰れと、そう言われているのだろう。

「一人で、帰れる・・・!」

一人になりたい、ユズには今自分と向き合う時間が必要だ、それだけ、分かった。

「ちょっと待て、わかった、一回落ち着こう。ええっと、俺が出ていく!二人で話せ!」

「必要ない!アレクとは話したくないっ、」

自分が、惨めになるだけだ。


「言い過ぎた。頭冷やしてくる。」

アレクシスは部屋から出て行った。


「ユズ?」

ジェイドはユズの強く握りしめた拳をそっと手に取った。蜂蜜色の目から、ぽろぽろと宝石のような涙がこぼれていく。

「・・・帰るなんて・・・言うなよ、簡単に、返してはやれない。俺が望めば、一緒に来てくれるって言ったろ?」

涙を指先ですくって、目と同じ美しい亜麻色の髪を優しく撫でてやる。


好きなのだ。


これが人を好きになるという感覚なのだと、ユズは初めて自覚した。だけどあんまりだと感じた。彼が、死んでしまう。防ぐ手立てが見つからない。だからこの思いが報われることはない。それでも今彼が生きている。すべてを受け入れて、生きているのだ。ユズが悲観していい立場ではない。ジェイドがちゃんと、立ち向かっているのだから。それならユズにできることは・・・なんなのだろう。考えても考えてもわからないのだ。涙が止まらなくて、ジェイドの胸に額をぶつける。アレクシスに言われたことなんて、ユズはちっとも考えていなかった。ジェイドのことしか、今は考えられないのだ。だけどきっとジェイドは、なんとかユズを慰めようとしているらしかった。彼の優しさにいっそう思いが募って、苦しくて苦しくて、仕方なかった。


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