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ジュピタル王国英雄奇譚  作者: ヤー子
第二章 ドラゴン辺境編
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ドラゴン辺境へ

※主人公が思春期なので、いかがわしいあれこれに関心、興味がある描写があります。


野盗の間では、絶対襲ってはいけない旅人3人組が平野を縦断している、と連絡が回ったらしく、あれから一行に襲いかかってくるものはいなかった。途中よった三つ目の経由地点はそこら一帯が野盗に占拠されており、それを救ったというか、一方的にぶちのめしたというか分からないが、とにかくそこで物資を調達している人たちからは感謝されたので結果オーライというやつである。


とにかく旅は終始平和にドラゴン辺境に入ることができた。途中オニキスから手紙が届き、今は西の隣国、アーセナル共和国の西だということだ。

「一発殴れと書いてある。どうする?」

「勘弁してくれ、死にたくないんだ。できるだけ温存して国へ持って帰りたい。」

殴られただけで死ぬわけないだろうとアレクシスはいうが、彼はきっと殴って人を殺せるだけの腕力はあると思うのだ。

ドラゴン辺境の入口には、ドラゴンが門番をしていた。黒いドラゴンが二本足で仁王立ちしていて、ドラゴン使いがそばに鎮座している。

「・・・ん?・・・おお?・・・・やっぱりアレクだ!!!」

アレクシスは門番に手を挙げて挨拶した。知り合いらしい。

「やっと戻ったか!!ドレイク様が今か今かってうるせえんだよ!!」

「ニック、手紙は出してただろ、事情があったんだよ、こっちの状況は?」

「今はひとまず小康状態ってとこだなー。ミリアミア様の生誕祭もあるから、とにかくお前に帰って来いってうるさくて」

アレクシスはドラゴン使いと話を弾ませている。ユズはジェイドとドラゴンに見入った。20メートルは優にあろうか、見上げると首が痛くなる。硬そうなウロコで尻尾まで覆われていて、頭には角もある。目は黄色く、躾けられているのだろう、ユズとジェイドが不躾に見ていてもどっしりと構えて遠くを見ていた。

「火とか、吐くのかな」

「氷属性かもしれないぞ」

ユズは興味津々だが、ジェイドは純粋に怖がっていた。見たことはあるし、ここも二回目なのだが、踏みつぶされたらどうしようとか、本来凶暴で天候も操る龍神とか、大地をも焼けつくすなど伝承もあるドラゴンは共存するというか畏怖するべき存在であると思うのだ。

「で、連れがいるけど、通行証はあるのか?」

「ねえな、俺の顔で通してくれ。」

「はあ?」ドラゴン使いは顔をしかめる。

「ああああ、あります、俺の分は。ユズは・・・」

ジェイドは慌てて通行証を取り出した。入国して王都で申請して、まだ有効期限内だったはずだ。

「持ってる。」

アレクシスは準備してきたらしい。なら最初からそう言ってほしい。もしアレクシスがいなかったら、ここから王都にとんぼ返りだった。ドラゴン辺境に通行証が必要なことを今の今まですっかり忘れていた。

「なくても強行突破とか、かっこいいじゃん」

「かっこよくない、ユズ、無駄な争いは避けよう。」

ユズの感性はおおよそ令嬢からかけ離れてきた。

「あんたは二回目か。」

ドラゴン使いは、ジェイドの通行証を見て、確認する。

「俺はニコラス。ドラゴン使いだ。お嬢さんは初めてのようだな、ようこそドラゴン辺境、ドラココへ。」

門がゆっくり開けば、10万都市ドラココの町が広がっていた。


アレクシスは城の方に用事があるからとユズはジェイドと観光をすることにした。大体夕方にはジェイドが調べものをしたいという図書館で待ち合わせるか、無理なら手紙を出す、とアレクシスはジェイドに言って、ドラココ内でも馬に乗ってかけていく。

「辺境伯に挨拶は・・・とりあえずいいか。なんか行ったらややこしくなりそうだし」

今回のことはアレクシスにも急なことだったろうし、こちらの都合に付き合わせてしまって申し訳ないかぎりだ。これからも旅を共にしてくれるならここでもそれなりの申請をしなければならないのだろう。アレクシスはグリフォンに忠誠を誓っているとはいえ、まだ管轄はドラゴン辺境伯にある。彼は有能な人材だ。それこそどこからも引く手あまただろう。ジェイドだってこんな状況じゃなければウラヌスタリアに来てもらって、宰相とかやってほしい、いや、彼は騎士職なら騎士団長とか普通にできるだろう。

「ユズ、ドラココ名物、ドラゴン饅頭。何の味がいい?」

ジェイドは屋台で売っているそれを指す。ただの饅頭である。ドラゴンとつければなんでも名物になる、というかのように売り出されている。

「ドラゴンの肉とか使ってるの?」

「いや、ドラゴンの加護によってもたらされた恵みで育った牛と豚の合いびき肉だ。」

「なるほど、じゃあ肉饅頭で頼む。」

「肉饅頭とピザ饅頭お願いしまーす」

それぞれ半分に分けながら、ベンチに座って食べる。お祭りでもやっているのか、ドラココの中心広場は屋台やキッチンカーが所狭しと並んでいる。

「なんかお祝いっすか?」

「おお、兄ちゃんたちは観光か?もうすぐミリアリア様の生誕祭だ!」

「へー・・・」

ジェイドはピザ饅頭を頬ぼりながら、いちご飴も買おうと店主に話しかける。ミリアリアとは辺境伯の一人娘で今年17になるらしい。そろそろご婚約の発表もある、とか噂もあり広場はいつもよりも盛り上がっているのだそうだ。ユズには別に興味なさそうな話題だな、と思いながら、ジェイドは思い直す。それはユズが決めることである。

「これなに?」

「いちご飴。なんだっけ、ミリアリア様っていう辺境伯の娘さんが結婚するかもということでお祭り騒ぎなんだと。」

「めでたいな。するかもで騒げるなんて平和だ。」

ユズの講評にジェイドはハハハと笑う。平和はいいことだ、自分の国とは程遠い。だけどそうか・・・そういう話題も平和だからこそなのか、と感傷深くもなった。

しかし、ドラゴン辺境はマルス魔法大国と交戦中との物騒な噂もあったはずだ。アレクシスはその状況のために今城にいったのだと思うし、早いところ加護をもらって、出て行った方が良いのかもしれない。

「ジェイドも、もう結婚とか考える年なんだろう」

「まあそうだけど、俺の場合は特殊だから、そういったらエルの兄貴は行き遅れてるし。」

「すぐ上のお兄さん?何歳?」

「エルの兄貴は25だ。」

「うちの兄と一緒だな、うちの兄は結婚のけの字もないぞ、出世しかしてない」

「それもそれで、めでたいことじゃないか」

ユズとこうして、家族の話に花を咲かせていると、自分の置かれている状況を俯瞰してしまう。あまり考えないようにしているのだ、国のことや家族のことは。今もきっと恐ろしい目に遭わされているのかと思うと発狂してしまいそうだ。

「ジェイド」

ユズの温かい手がジェイドの手に触れる。代謝が良いから暖かいのだと言っていた手はやはり自分の体温よりは暖かい。

「あのね、ジェイド、うまく言えないけど・・・私、お前となら結婚してもいいかなって思うんだ」

「・・・どうした?口説かれてんのか、俺。」

「なんか、泣きそうだから」

ユズのはちみつ色の目がじっとこちらを見つめてくる。泣きそうだからと言って、口説くのはどうなのだ、お前は泣き落としをされたら結婚を決めるのか、と言いたいことはいろいろあったが、彼女は自分を心配してくれているのだ、ということが伝わってきた。こんなざまじゃダメだよな、しっかりしなくてはいけない。加護を集めて国に帰る、それだけじゃなくて、国をあの悪魔からなんとしてでも取り返す、その手立てを、プランを考えるところまでやらないといけない。悪魔についても調べて、できるだけ備えをして帰るのだ。

「ありがとな、ユズ。さて、図書館へ行こうか。」

右手に手を重ねられていたから、左手で彼女のはちみつ色の髪を撫でてやる。リスクーザのように自由行動でもいいぞ、と提案したが、ユズは図書館へついてきた。ドラココの図書館は大聖堂が経営しているので、建物自体が教会のようになっていて、ステンドグラスがキラキラと日を受けて輝いている。ドラゴンの子どもなのか、入口で眠っている。この辺境ではドラゴンは身近な聖獣で、個体数も多い。ペット感覚で連れて歩いている人もちらほら見かける。根本的に、他の聖獣とは違うような気がした。


ユズは本を読むのはあまり得意ではなかった。好きな戦記物や兵法書ならよく読む。ジェイドは加護についての本とドラゴンの専門書など多岐にわたって読むようだ。積み重ねられた本の中から、ユズは悪魔についての本があるのに気づいて、それを手に取った。


ジェイドにかかった呪いは悪魔によるものなのなら、そいつを倒せば呪いが解けるということ?興味本位で開いた本には召喚の仕方、代償などユズには到底理解ができないことがつらつらと書かれている。

―悪魔による蘇りの呪い―その訳の分からない文言を目で追っていけば、これはジェイドに関わることなのではないか、とユズは目をとめた。

―悪魔の呪いによって命を蘇生することが可能。被呪者の魂を分裂させる呪いである。分裂した魂は、元に戻ることはできず、すべて命を使い切ることによって解呪、解呪はすなわち被呪者の死を示す。

―呪いを受けた日から3年しか呪い自体を維持することはできず、分裂した魂は3年で消滅する。

ユズは何度もその文章を繰り返し読んで頭に入れようとした。だけどさっぱり理解が追い付かない。これじゃあ、どっちにしろ彼が助からないことにならないか。どうにも、ならないのではないか。もっと何か、手立てが、実証文献があるのか・・・とユズは席を立って、その類の本がある場所に行く。

―呪いの解き方-蘇りの呪い―生き返ることができる呪い―そんな書籍を手あたり次第読み漁る。1950年、○〇国で悪魔を召喚、呪いを受け、一切使わず、3年後死亡。1500年、蘇りの回数超過後、死亡確認。○〇国、心臓移植のため呪いを希望、その後、被呪者は死亡。移植者は70歳まで生きた。

探しても探しても、呪いを受けた本人の死亡は回避できないと記されている。ジェイドは、知っているのだろう。出会ったとき、そう言っていた。だけど、なぜだろうか、そんなこと嘘だと思っていた。それをいまさらユズはこれは本当の出来事なのだと実感した。

パタパタと貴重な本に涙が落ちていく。今、目の前で生きている人が、近くに死んでしまう。病気でもなく、不慮の事故でもなく、意図したわけでもない呪いで。人は死ぬものだ、それは自然の摂理のはずだ。だけど、なぜこんなに彼の死が苦しいのか、拭ってもぬぐっても湧き出てくる涙をユズは袖で抑えた。彼の国を助けても、彼は生きられないの、私はジェイドを助けたいのだ。最初から、ジェイドは自分の命のことなんて、きっと頭数に入れていない、そんな彼だからこそ、なおさら助けたいと思う。でも、この本たちは、それが不可能だと立証する。そんな事実は知りたくなかった。

諦めたくなくて、また本を取ってみる。さっきの心臓移植の話に続きがある。生きた移植者は元の人格ではなく、悪魔の使者かのように次の悪魔を召喚する手助けや悪徳宗教を興したりしていたらしい。ユズの知りたい情報ではない。

「何か見つかったか?」

「あ・・・ジェイド、呪いについてちょっと見てて」

「ああ、ラルフが寄こせって言ってたもんな。聖獣に食わせるためにその回数だけど、今のところ聖獣に食わせてねえからな。ただの人間の魂ならまだしも、呪われたものを果たして食わせていいのかも疑問だよなー」

自分のことなのに彼は他人事のように話す。一切、割り切っているかのようで、それもユズは悲しかった。

「・・・聖獣が食べたとかそういうのはないけど、移植した事例があって、助かったらしいけど、人格は破綻してるって」

ユズは読んでいた文章をジェイドに見せた。

「・・・聖獣を破綻させるのが目的だとすれば、ジュピタル自体が実は狙われてるのか。」

悪魔の目的については、今のところさっぱりわからない。悪魔は加護をもらう=魂を贄にすることだとは思っている。だから悪魔の思惑とは別に加護を集める方法にシフトするのは良いのかもしれない。まるで魂が餌のようなのだ。

「それなら、ウラヌスタリアはジュピタルのせいで侵攻にあってる?」

いつかグリフォンがオニキスに言った。ウラヌスタリアの大事にジュピタルが関わっていないとは言い切れない、と。

「ああ、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。悪魔の狙いが分かれば、裏をかけるだろ。俺も俺で、ただで殺されてやるつもりはないっつーかさ。こっち方面は暗いわ、ユズ、調べるならドラゴンの恵みについて調べよう。」


ジェイドはユズを本棚から連れ出して、自分が調べたことをまとめたノートを見せてくれた。ドラゴンの加護は卵を孵して、ドラゴンを育て、ドラゴンが独り立ちするときにくれるらしい。だからドラゴンの卵さえもらえたら、この国から出て、育てながら旅をするほうが効率がいいと言う。

「ドラゴン飼えるってこと?」

「まあ、そうなる。ただ、ドラゴンがドラゴン辺境にしかいない理由もあってな、ここを出たら育たなくなる可能性も5割あるみたいだ。五分五分なら、先を急ぎたいところだが、急がば回れともいうし、ここで育て切った方が無難だろう。育ち切るまで平均3か月。ユズは一回家に帰っても良いと思う。」

「・・・帰らない、私が育てる。卵はどこで手に入るの?」

「辺境伯の許可をもらって、城の奥の神殿にたくさん供えられているうちの一つを司祭がくれるんだと。」

「なら、やっぱり辺境伯のところに行くんだね。」

ジェイドは頷いた。アレクシスと合流したら渡りをつけてくれるように頼もう、と話はまとまった。図書館を出たらすっかり日は暮れていて、アレクシスから連絡はないから、ジェイドはとりあえず宿をとろうと探した。しかし困ったことになぜかどこも満員である。理由はミリアリア様の生誕祭だからである。今日はとうとう日程が決まったとお達しが出て、さらに人が城下付近に押し寄せているという。日程的には二週間後だそうだ。

「で、どうする」

ウラヌスの剣はうんともすんとも言わない。

「じゃあ、腹ごしらえだ。」

ジェイドは切り替えて民家の居酒屋に入った。

「ああ、それなら、ラブホテルとか案外空いてたりしますよー」

空いている宿がない、と相談すると、いきなり爆弾発言が帰ってきた。

「ストップお姉さん、いかがわしいホテルは勧めないでください、この子思春期なんで!」

「恋人じゃないの?妹さん?別に恋人でも妹でも別に良くない?」

貞操観念が低いのか、町娘のウェイトレスは肩をすくめる。

「ラブホテルって、なに」

侯爵令嬢には縁遠いホテルだと説明する。ユズは今度マリカに会ったら聞いてみようと画策した。料理が運ばれてきて、ジェイドはビールでのどを潤す。

「ベッドは広いし、なんでもあるし、私はお勧めだけどなー」

「そうか、ぜひ行ってみたいな」

「いっぱい遊べるよ、お風呂も広くてね、ソープでぬるぬるにできたりとか、ロデオマシーンもあるしねェ」

「お姉さん!?ユズさんまだ生娘ですし、そのくらいにしてあげて!?」

ウェイトレスのお姉さんはアハハハと闊達に笑って、他の接客に引き上げて行った。完璧にからかってやがる・・・とため息が出る。ユズとラブホなんかに行ったことがもしアレクシスの知る所となったら、確実に一つの命が終わる。ジェイドは明日の方向を見た。ユズだけでもなんとか宿をとって、あとは自分はロビーでよい、あのときのアレクシスの方式でよいのだ、と思い直し、卵焼きを口に運んだ。


「ユズ?それ、何?」

「お姉さん、チケットくれた、割引券って、あと空いてますよーって連絡も取ってくれたらしい」

「・・・」

「行こう、せっかくだし」

ユズには冒険の延長なのだろうか、目をキラキラさせて、そんな誘惑するようなことを言う。まあ、自分は、そう、男として見られていないのである。昼に求婚まがいのようなことを彼女は自分に言ってはくれたが、ここがどんな関係のものが何をするためのホテルなのかを彼女は知らないのだ。ジェイドはそれを教えてやらなければならないとは思うが、良い機会なのではないか、と思い直した。侯爵令嬢にはちっともいらぬ知識なのだが、マリカやヴィアンカに変なことを教え込まれるよりは自分が教えてやろうと思った。ジェイドは据わった目で連絡用の魔石見た。


「行くのは良いが、アレクには内緒だ」

「なんで?」

「アレクにばれたら・・・死ぬと思え」

「し、死ぬの?」

「ああ、これから行くところはそういうところだ」

「大丈夫、ジェイドは私が守るよ」

「・・・大丈夫だ、死ぬのはきっと俺だけだ。お前は朝まで説教コースがいいところだろ」

「・・・それ、死ぬより嫌かも。」


キラキラとネオンの光る一帯に二人は足を踏み入れた。


お姉さんの言った通り、入ったらすぐロデオマシーンが出迎えてくれた。内装は豪奢を極めていて、ベッドもキングサイズである。お茶ができるようにテーブルとソファもあって、ウラヌスの剣の中よりもワンルームが広い、そんな印象だった。

「わー、すごい、高い部屋なんじゃない?」

「いや、これが結構格安なんだよ。庶民が味わいたいんだ、お姫様の気持ちを」

きっとこの部屋はそういうコンセプトの部屋である。部屋にもいろいろあるのだ、ユズは知らなくていいと思う。お風呂も聞いた通り広く、丸い浴槽はジャグジーもついていて、浴槽内がピンクや青に変わる仕掛けがされている。バスローブやアメニティもすべて揃えられていて、ウラヌスの剣と変わらないくらい快適な部屋だとユズは感じた。風呂に入っておいで、とジェイドが言って、ユズは泡風呂やらアロマ風呂やらを一通り楽しんで、着替えはシミューズの上から備え付けのバスローブを羽織った。グリフォンの家にいたときぶりにこんなのを着た気がする。鏡が大きくて、こんなにしっかり自分の顔を見たのは久しぶりだ。髪が肩につくかつかないかのボブでそろえられていた。


ジェイドはソファで本を読んでいた。図書館から借りてきたものだろう。あんなに広いベッドだけど、今日も彼はいつも通りソファで寝るのだろうな、ユズはその真剣な横顔を見つめた。どういう、ところなのかは、なんとなくユズにも分かった。ジェイドの隣に勢いよく座る。

「楽しかった、ジェイドも行ってきて」

「あとでいい。ユズ、話をしようか。」

「・・・うん」

ジェイドの話はアレクシスの話よりはユズは聞いていられた。アレクシスはだって一方的なのだ。ユズが悪い前提で進めるし、反論の余地など与えてもらえない。だから朝までアレクシスの話を聞くのはユズには拷問だった。それにアレクシスに怒られると嫌われたんじゃないかと悲しくなる。そんなこともできない、知らないお前はどうしようもない、と言われている気になるのだ。だけどジェイドはユズが分かりやすいように一つずつ話してくれる。

「まずな、男と女は同じ部屋には寝泊まりしないって話は、こないだしたよな。」

「そうだね」

「例外があるんだよ、恋人とか夫婦、家族なんかは別に良いんだ・・・俺の、国では」

「ジュピタルも、そう、と思う。」

「王侯貴族は、家族は例外ってところも多いぞ。」

ユズも家族兄弟と一緒に寝たことは小さい時しか思い当たらない。

「それで、ここは庶民の恋人や事情のある貴族の男女とかが来る場所でな。」

事情とは、身分違いとか不倫とかさまざまだそうだ。ジェイドの声がなんだか眠気を誘ってきた。風呂からあがって、体温が下がってきた時がいい気持ちで眠れるのだそうだ。

「主な利用目的は、密会。すなわち愛し合う男女が睦み合うための場所としてあるべき場所なんだ。」

「・・・愛の巣?」

「愛の巣とはまた違うな、愛の巣はもっと大事なところだろ、こんな不特定多数が来られるような場所じゃない。」

「ウラヌスの剣は、愛の巣っていったね」

「・・・ごめんな、本当に。あの時は久しぶりに人と話したもんだから。」

あの時彼は、ユズのことを愛せると言った。そのことに対する謝罪もしているのだろう、とユズはわかってはいて、これ以上ジェイドを困らせるのもよくないとわかっていた。ユズが彼の本当の状況を理解してしまったからだ。ジェイドの前では泣いてはだめだ。彼が一番大変で、一番泣きたいのだから。

「・・・でも、私も背に腹は代えられないと思うんだよ、ミリアリア様?のせいで宿がなくて、こんないい値段で泊まれるところがあるなら、有効に活用すべきと思うの」

「まあ、間違ってはいないんだが、ここに入ればさすがに何もないと思う人間はいないんだよ、だから、アレクには内緒にしよう」

ユズは頷く。アレクシスとの約束を破るのは、あんなに苦しかったのに、なんだか今は違う苦しさがあるように思う。自分とジェイドの間には、きっとどう転んでもそういう間違いは生まれない。彼以外なら起こるのかと聞かれたら、どうなのだろう、ユズには普通のその辺の男なんて複数相手でも返り討ちにしてしまうような力がある。

考えるだけ、無駄だと思った。はねっかえりは端から相手になどされないのだ。寝たい女云々は男の方にだって選ぶ権利がある。ユズはきっと彼の好みではないのだ。泣いてはいけないと思ったそばから目頭が熱くなる。ここ最近病気などしたことがないのに胸の内がズキズキと痛んで、呼吸ができなくなる。ユズはクッションで顔を抑えてソファにもたれかかった。


「寝るのか?ベッドに行け、俺はここでいいから。」

「まだ寝ない。」

ユズはくぐもった声を出す。ジェイドは気にしないで本の続きを読みだす。ユズは目を閉じた。少しでも彼の隣にいたいと思った。それだけはどうか許してほしい。だって有限なのだ。ここで三か月は過ごさないといけない、あと、どのくらい彼に残されているのかを考える。二年を切っていると記憶の片隅に思い出す。


ユズは何も話さない。寝ているのだろうか、ジェイドはふと隣を見る。顔をクッションにうずめて、寝苦しくはないのだろうか。

「ユズ?」

スースーと規則正しく寝息を立てている。そっとクッションを外せば案の定、寝苦しそうに顔をしかめていた。寝返りを打つようにジェイドに身を寄せる。ソファもベッドのようになるようで、ああ、そういうことをするカップルもある程度はいるのだろうなんて余計なことを考えてしまった頭をブンブンと振った。邪念は捨てろ、精神の鍛錬が足りないぞ、ジェイド。俺は今は男ではない、修行僧だ、と暗示をかけた。しかし修行僧はいとも簡単に、ソファベッドのソファを倒して、目の前の眠っている女の子にそっと布団をかけて、さも当たり前のように自分も横に寝そべった。日焼けなのか少し赤くなった頬に影を落とす長い睫、少し低いけど整った鼻筋、リップも何もつけていないだろう赤い唇、その寝顔はあどけなくて、可愛くて、気が付けば手を伸ばしていて、慌ててひっこめた。息を吐いて、明かりを消して、だけど隣からは動く気はしなかった。ウラヌスの剣を掲げて、剣の刃面を見つめれば、自分の顔がうっすら映る。


ウラヌスタリアを出てから1年と10か月、ジュピタルに来て今日で1年と7か月が経っていた。




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