グリフォンの加護
光の中で、指先が触れたと思ったら、それは幻だった。アレクシス自体が、きっと幻だったのだ。暗闇に転移したかと思ったら、すぐ光が付く。剣があたりを照らすように光っている。
「持っててくれ」
声がして、ユズは剣を持たされた。男は魔法使いのはずなのに、暖炉に手で火をつけて、マッチを使って天井の明かりにも火をともした。どこかの廃屋なのだろうか。部屋にベッド一つ、厨房もあって、ソファもあって、借り暮らしには使い勝手のいい部屋のようだった。生まれてグリフォンの家から出たことがないユズは市井の庶民の暮らしには疎かったが、自給自足をするなら、こういう家のほうが便利なのだろうと思った。
「そっちに風呂とかがある。これ、着替えな」
部屋が明るくなれば、剣は光るのをやめて、男は剣をユズから受け取り、ユズには簡単なシャツとスラックスを渡した。
「男物ですまないが、まあ、似合うだろ。髪はー・・・あとで整えてやる。先に風呂に入ってこい。俺は晩飯・・・もはや夜食だな、作るわ」
テキパキと男は指示をだした。ユズはぽい、と風呂のあると言われた部屋に押し込まれた。たぶん、何も考えないで、言われた通り動く方が楽だった。今日はいろんなことがありすぎた。鏡に映る自分は汚れていた。髪だけは、マリカの希望でずっと伸ばしていた。いつか絶対嫁に行くのだから、髪は伸ばすものなのだと。まとめていれば邪魔にはならなかったから、ユズはとくに異を唱えずに、自分の髪を梳くマリカの楽しそうなのを思い出した。血まみれでボロボロのドレスを脱ぐ。あんなに綺麗だったのに、こんなにボロボロでもう二度と使えないドレスになってしまった。
血はコルセットもシミューズにも染みていて、とりあえず、全部脱いで、風呂に浸かった。シャワーで頭を流して洗いやすくなった髪をごしごしと洗う。風呂のお湯に潜る。ブクブクと息を吐き出す。息が苦しくなって、顔を出す。
「・・・生きてる・・・」
ピストルを持つ敵と戦っていたのに、最後は気を抜いてしまった。ユズの敵はあの男と、最初の盗賊だってそうだったのだ。あの拳銃が、ユズでなくマリカやエルヴィンを狙っていたら、もうどっちにしろユズの負けだった。
そしてよみがえる、男を殺した確かな手ごたえに、鳥肌が立った。ジャブジャブと震える手をごまかすように顔に水をつけた。
与えられた着替えに晒があったから、胸にはそれを巻けということなのだろうか。晒を一人で巻けるのも淑女は絶対できないはずである。あの男はユズをなんだと思っているのだろう。グリフォンの姫、とは呼んでいるから、そう認識はしているはずなのだが。もといた部屋に行けば、シチューのいい匂いがした。
「食うか、いっぱい食べな。これ、飲み物な」
テーブルに座るように促されて、目の前に簡単な食事を出され、そして男は迎えに腰かけた。
「美味し糧」
男が唱えて、スプーンを持って、普通に食べている。ユズはぽかんとその様子を見ていた。
「姫さんが食べるには粗末だが、気にせず食え。これからはずっとこんな感じだ。」
「・・・これから?私は、なんで連れてこられたの?」
「あー、話すと長くなるんだよなー・・・それ以外に聞きたいことはないか?ここはどこ?とか」
「えー・・・ここはどこ」
ユズは誘導に乗ることにした。もう始終主導権は男が持っているような気がする。
「ここはな、ウラヌスの剣の中なんだぜ!」
それが言いたくてたまらなかったのか、男は目をキラキラさせてファンタジーなことを言い出す。魔法がそもそもユズにとってはファンタジーの世界のものだったから、信じろと言われてもまったく実感がわかない。
「剣?」
男は柄も鍔も刃も銀色に輝く剣を掲げる。刃の部分にはルビーやエメラルド、そしてサフィヤが埋め込まれた精巧な作りだ。鞘はないらしい。ちなみに切れ味も抜群だと自慢される。
「これはな俺の家に代々伝わる魔剣なんだ。俺が魔法使いなわけじゃなく、この魔剣が魔法使いっていうか・・・まあ持っていればどこでも魔法が使えるんだ。すげえ剣なのよ、」
「それを持てば、誰でも魔法が使えるの?」
「どうだろうな、使えたらやばいな、盗られないようにしないと」
説明自体がざっくばらんすぎて、彼はきっとユズと一緒で難しいことは考えないタイプなのだろうと思った。誰でも魔法が使えるのかということ自体を試したことはないという。持ってみるか?と男は別にこだわりもなくユズに剣を渡す。さっきも持ったけど、剣はずしりと重い。相当しっかり鍛えなきゃ、片手では振れない重さだ。男は細身に見えるけれど、意外と腕力があるのだろうか。それ込みで魔法なんだろうか、もう何をどこまで考えたらよいのかもわからない。魔法使いはチート・・・ユズはそう考えることにした。
「俺はソロキャンとか趣味だったから別に野宿でも構わないんだが、この剣のおかげで野宿はしないで済むんだ!今日からここが、俺と姫さんの愛の巣になる!」
「・・・え?」
「男女が一緒に住めば、愛の巣だと言うだろ?」
男はユズの緊張とか警戒を解こうとして、冗談を言っているのだろうか。
「・・・愛し合えば、そうだろうけど、私たちの間には愛の欠片もないだろ、」
「そうか?俺は全然愛せるよ、姫さんかわいいし、強いし、もう結構好きだぞ」
会った時とは想像もつかないくらい天真爛漫に笑うこの魔法使いは、ちょっと会ったことのない種類の男で、ユズは瞬きをしてとりあえず置いておく。
「私は仮にもお前を殺した人間だろうに、奇特な人間だな。まず、本当に人間なのか?」
「あー・・・普通の人間ではねえのか。呪いを受けてるんだ。」
死んで生き返ったことを言っているのだろう。
「そうだな、何から話せば良いんだろうな・・・」
男は考えあぐねているようだった。正直この状況を人に説明するのは初めてなのだ。
「姫さんには手伝ってほしいんだ、ジュピタルの聖獣の加護を集めたい。俺は生贄になるから、生を5回分与えられた。けど5回目に死んだら、集めた加護を持って帰れないから、保険をかけておきたい。」
「加護を集めてどうする?異なる聖獣の加護なんてもらえないはずだよ。」
「だから一回ずつ死ねってことだろ。もう一回死んじまったけど、あんたはグリフォンの姫なんだよな。だからお前を連れていけば、それはそれでなんとかなるだろ。」
男の説明はやはり要領を得ない。男自身も訳が分からぬまま目的を遂行しようとしているようだ。
「代償が、あるの?それをしないと死ぬ、とか」
男を突き動かすものがあるはずだ。じゃないと聖獣の加護を複数集めるだなんて無謀なことはしないはずである。彼は話すことを逡巡して、首を振り、意を決して話し出す。
「・・・そうだな、死ぬんだよ。俺だけじゃない、国民13万3千人が人質で・・・期限も有限で、あと2年切ってる。俺の国は西の果てにあってな、ここまで来るのに早馬でも3か月かかるんだ、だからできるだけ早く加護を集めて帰らないと・・・」
男は遠くを見るような眼をした。笑っていると幼く見えるが、真剣な顔は存外整った顔立ちをしていた。13万人の人質・・・そんな大勢を人質にできるだなんておおよそ人間業ではない。それこそ魔法大戦があったころのような物騒な話である。10万人を一気に吹き飛ばす兵器は人道的に禁止されたはずだ。
「・・・どういうのを相手に・・・そんなことがまかり通るだなんて」
「相手は悪魔だ。その悪魔もどっかの大国から回されてきたんだろ。そういう裏事情は兄貴が調べてる。俺は自身が呪われちまったし、悪魔の望みを叶えるために動かざるを得ない。間に合わなくて国民が死んじまったら国ごと死ぬことになるしな。」
「・・・悪魔・・・」
ユズにとってはおとぎ話の中の世界に思えた。彼の命は有限らしい。有限なら有効活用すべき、と彼はジュピタル王国までやってきた。
「ジュピタルには聖獣の加護があるから悪魔は入れないのだそうだ。」
「・・・事情は理解したけど、悪魔が何のために加護を所望しているのかを知らねば協力は難しくないか。我が国の加護が悪魔の所業に加担することになれば、」
それは恐ろしいことにならないか・・・ユズは躊躇した。
「お前は知らないのか、ジュピタルの加護を集めたら実際何ができるんだ」
男は翡翠色の目でユズを見つめた。この一年ジュピタル王国に入って、死に物狂いで書物を漁った。それこそ、東西南北主要都市に行って、聞き込みや調べものをした。王都の図書館にももちろん向かった。禁書の許可は異国のものには出せないと突っぱねられたが、魔法でなんとかしてくまなく読んだが、加護を集めて何ができるかはどこにも記されていない。だから男はもう時間もないことだし結果どうなっても集めることを優先しようと思ったのだ。
ユズはグリフォンの加護が武力の強化を司ることは知っていた。今まで座学よりも剣術、体術にかまけてきた。ただ、聖獣の加護は万人に与えられるものではない。それこそ血筋のものには生まれながらに与えられている。そして聖獣が何らかの試練を課し、それを達成し認められたものがもらえるという言い伝えは古くから家にある。しかしそんな試練をグリフォンが与えたところなんて見たことがない。祝詞を唱えて、ミニグリフォンはときどき現れて、何かを告げるそうだが、無理難題だと聞いた。それこそアレクシスだってその課題をクリアしていないのだという。「年齢が足りんと言われた・・・」と以前彼は言っていた気がする。だから血筋以外で加護をもらえる人間なんてそうそういない。しかもそれを集めるだなんて聞いたことがない。各辺境に聖獣は分かれていて、お互いに干渉することはないように棲み分けたそうだ。
「そうか・・・当事者でも分らんのか・・・。もしも加護が悪魔の所業に加担するのなら、お前を協力させるのも難儀な話だな。」
自分の国を救うために、彼女の国を危険に晒すのでは自分本位が過ぎる。だけど、男には時間もなければ、他に方法もないのだ。
「ならば、グリフォンに取り次いでくれ。俺は俺の力で加護を受け取ろう!」
それならば、彼を認める認めないもグリフォンの気まぐれなのだから、ユズには関係ないはずだ。ユズは聖獣殿でミニグリフォンを呼び出すぐらいしかできないのだが、そこまでなら男に協力してやろうと思った。
「あのさ、」
「ん?」
夜食を食べ終わって、男はソファに寝転ぶ。ユズにベッドは使ってくれと言いおいて、もはや寝る体制を整える。
「あなたはあの盗賊の仲間じゃないの」
「うーん、違う。俺はあそこにグリフォンの姫が参加するって聞いて行ったら、乱闘になってた。グリフォンは、戦の加護なんだろ、ぜひお目にかかりたかったんだ。乱闘ならラッキーぐらいに思った。」
彼は最初からマリカを目当てに来ていたということだ。ユズは受付に名前もなかったのだから。
「加護なんて実際に見るまでは信じられないだろ?」
ユズが魔法を信じられなかったのと同じ理屈なのだろう。
「姫さんは綺麗だったな。実際、これから連れてくなら、守ってもらおうと思ってどんだけ強いのか試したら、うっかり死んじまった。」
呪いを受けてはいるが、実際死んだのは初めてだ、と男は笑った。
「マリカに手を出すからだ!」
「でも、人を殺したことがない剣だった。」
彼が死んだのは、マリカに剣を向けて、ユズの逆鱗に触れたのと、ユズをあの盗賊の銃弾からかばったからだ。
「・・・ジュピタルは、男女で性差がある国なんだ。女は兵士にも騎士にも英雄にもなれない。」
「やっぱりグリフォンの加護の持ち腐れだな」
男は静かに言った。ユズと目は合わない。男は静かになった。なんで初めて会った、しかも自分を一回殺したやつの目の前で眠れるのだろう。眠りというものは心底安心しなければよほど疲れていたって訪れないものだと聞いた。事実ユズは眠くなかった。目の前の男は一回死んだのに今は生きている。だけどあんなに血を流して、ユズのすぐそばで確かに死んだのだ。初めて人の死を間近で感じた。興奮なのか恐怖なのか、ユズはよくわからないものに苛まれた。
「姫さん、眠れないか?」
「え?」
寝たと思っていた男がユズに話しかける。
「俺も、兄貴や国民のことを思えば眠れない。だからな、寝るときは忘れるんだよ。」
「忘れられるものではないだろう」
「ウラヌスの剣を貸してやるよ。何も考えないで眠れるから」
その剣は先ほどまで、切れ味は抜群だとか言ってたのにやはり鞘がなく裸のままで、まるで飾りの剣のように刃先は丸かった。形も自由自在のようだ。片手で軽々男が剣を掲げて、ユズに取りに来いと手招きする。言われるがまま受け取ると、さきほどの重さはやはり感じず、今は羽のように軽い。不思議な剣のことには相違ない。
「暴漢からも守ってくれる。安心して眠ればいい」
「・・・暴漢ってお前のことか」
「失敬な、俺は自称紳士だ!まあ、でも男は俺しかいないのか。・・・となると、俺たちはやっぱり結婚するのか、この国では未婚の女は男と宿をともにすれば結婚しなきゃならないと読んだ気がする。」
眠くて頭が回らなくなってきたが、この一年無駄につけたこの国の知識を男は思い出した。たとえ関係がなくても一夜を同じ宿でともにすれば既成事実と認識される。身分違いの恋の果てでよく取られる形式だ。
「ああ、もしくはお前が処刑される。」
「俺は責任取れないぞ、もうすぐ死ぬし。」
男は目を見開いて、一大事だ・・・と考え始めた。
「一番の兄はもう妃もいて、ガキもいるからな。二番目の兄はどうだ。エルの兄貴はなかなか美丈夫で、俺よりもソロキャン歴が長い。サバイバルはお手の物だ、少し、年が離れてるか…?」
ユズを見て男は真剣に考え出す。
「・・・お前の国ってなんなんだ、サバイバル推奨の国なのか」
ハハハ、と男は屈託なく笑う。サバイバルができる男は頼れるという慣習なのだろうか、とユズは疑問に思った。
「平和な国だったんだよ。」
彼はどこか憂いをたたえて、窓の外の星を見る。空はもう東から白み始めていた。
***
アレクシスは通常馬を走らせて一時間の道のりを、三十分で帰ってきた。馬には大変申し訳ないが、アレクシスの馬はタフだった。
「アレク、盗賊の制圧ご苦労。マリカとユズは無事だったか」
オニキスはグリフォン家の正門で今か今かと報告を待っていたようだ。
「マリカは無事です、ユズがいなくなった。」
息を切らしてアレクシスは膝をついて、報告した。
「ユズが!?誘拐されたということか、マリカではなく、ユズが!?」
マリカならともかくユズを誘拐するなんてそれはもはや普通の人間ではない。ユズは普通の男の兵士よりも捕まえるのは困難なはずなのだ。
「自分の意志で、行ったと、いうことか・・・」
それしか考えられない。オニキスは聡かった。
「相手は、魔法使いのようでした。ユズの近況から何か手掛かりはないですか。」
「・・・いつもどおりだ。養成所に出入りしたり、ヴィアンカとマリカと茶は飲んでいたが。ヴィアと茶をしたときに、マリカがユズを連れていくと言い出して、だめだアレク!考えれば考えるほど全部怪しく思えてくる!」
もうさかのぼって、ヴィアンカがトレス家と婚約したからマリカに報告に来て、ということはトレス家が一枚噛んでいるのではないかとか。この盗賊の夜襲は絶対計画的だったろうし、ユズはそもそも頭数に入ってなかったはずだ。だとしたら本当はマリカが狙われていたのだろうか。
「落ち着いてくださいオニキス様、俺も動揺してますけど!グリフォンはどうですか」
「・・・先ほどよりは落ち着いているようだ。」
災いの前兆を感知するというグリフォンの鳥肌のようなざわつきは、今は収まっていた。
「なら、無事でしょう。マリカが帰って目が覚めたら、・・・うまくやれとはエルヴィン様がおっしゃったけど、何があったのかは聞く必要があります。」
「マリカは気を失っているのか」
16の娘にどんなに過酷な状況だっただろう。マリカはユズとは違い、普通の令嬢として育ってきている。グリフォン家の娘としての気位が高くあれど、気を失うのも道理だ。今日という日がデビュタントで、マリカはこの日を楽しみにしていたというのに、オニキスは妹の状況を慮った。
「ユズのことは伏せて、話を聞きます。俺に任せてもらえますか。」
「・・・・そうだな、俺は事態の収拾状況を把握する。」
「少しは休んでくださいね」
「無理だ!ユズがいなくなったなんて、仕事でもしてなきゃもういてもたっても」
オニキスははねっかえりのユズを人一倍可愛がっていたから、心中は穏やかでないのはしょうがない。これから尋問されるであろう盗賊の頭はだいぶ可哀そうなことになると思う。それこそ、現場で死んだほうがはるかにましだったろうとアレクシスは同情はしないが、事態が好転することをグリフォンに祈った。
『よく戻ったな、アレク』
祈れば、ときどき、本当に気まぐれにこのミニグリフォンは姿を見せてくれる。緑色に輝くオーラをまとって、手のひらサイズの大きさなので威厳も何もない。形なんて鷲の頭とライオンの胴体なんて大層なものには見えず、見えて鳥のヒナに獣脚がくっついている珍妙な動物だ。頭の中に声が響いてくる。
「ユズがいなくなった。愛し子だろ、探せ」
『戻ってくる、心配する必要はない』
やはりそうか、連れて行ったあの男はグリフォンにとっては害をなす存在ではなかったということだ。だからユズは行ったのか。
『西の果ての国で災いが起きている。ユズはそれを助けに行くだろう。』
ミニグリフォンは予言めいたことを言って、消えてしまった。それを自分に伝えてどうしろというのか。西にユズを探しに行けということか。グリフォンは肝心なことは教えてくれない。
ヨーゼフが牽いた馬車がついた。マリカが転がり落ちるように出てきた。馬車の中で気づいたようだ。もううまく話せも何も、難しいだろうことはアレクシスは察知した。
「ユズは!!ユズはどこなの、アレクシス!!」
アレクシスを認めると、マリカはその腕にすがるように、大きなサファイヤ色の目をこれでもかと見開いて詰め寄った。
「落ち着けマリカ。とりあえず無事らしい。お前に話を聞きたいんだ。」
「ユズが無事だとどうしてわかるの!?いなくなったのよ!私がっ、私があの子をあんなところに連れて行ったからっ」
ぼろぼろと大きな目からは涙が零れ落ちていく。ユズを連れて行った責任を大きく感じているらしい。
「お前のせいじゃない、あいつを連れ戻せなかったのは俺の落ち度だ。泣くなよ、マリカ、オニキス様にもエルヴィン様にもお前を泣かせたら絞め殺される。」
というか、すでに屋敷の侍女がアレクシスを射殺しそうな目で見てくる。姫様はお疲れなのだから、早く出ていけ、と言わんばかりだ。
「汚れてるけど・・・タオルでいいか」
「マリカ様にそんな汚いタオルを渡さないでください!マリカ様、野蛮人から離れて、ああ、泣かないで、マリカ様」
侍女はアレクシスを目の敵にするかのようにかなり辛辣だった。アレクシスは軍服を着ているのだが、本来軍人は姫貴族とは近づかない。アレクシスはまだ幼馴染のように育ったから家の出入りは許されているが、居住区域にはめったなことではいかなかった。それにここへ来るのも5年ぶり、ともなれば、侍女は事情を知っているはずがない。マリカを泣かせた野蛮人・・・それがアレクシスに対する評価なのだ。なれど、事情を聴く必要がある。
「マリカ、話せるか。ユズを連れて行った男は魔法使いなのか」
マリカはしばらく泣き止めずにいたが、自身を落ち着ける。
「・・・ユズが、盗賊を倒して、とりあえずダンスホールは安全になったと思ったの。そしたらいきなり、みんなバタバタと倒れ始めた、エルヴィンもよ。確かに、魔法・・・というやつでないとそれは難しいと思うのよ。」
マリカは深呼吸をして、状況を思い出した。あの状況下でユズとマリカだけが動けていた。
「一瞬、私も動けなくなりそうだった。でもグリフォンの加護なのか、すぐ体は軽くなったの。」
聖獣の家名があるものの血筋には、魔法を無効化する力がある。それとこの国では聖騎士になれば、魔法に対抗できる軍服が与えられる。今アレクシスが着用しているのがその服だ。
「・・・男は、私かユズかを連れて行きたかったようだった。勝負をしようって、男が勝ったら私を連れていく、ユズが勝ったらこの魔法を解くって。」
「わ、私、殺されそうになったのっ、そしたらユズがシャンデリアを落として、飛び込んできてっ、男ともみ合いになって、」
マリカは話しながらガタガタと震えた。彼女は見たところ、怪我はないように見える。アレクシスはマントを彼女に羽織らせてやる。
「魔法が、解けたの・・・そしたら倒した野盗も起き上がって・・・、ユズにやられたから、ユズを拳銃で狙ったのよっ、でも拳銃は、男に当たったの、し、死んだと思ったわ、そして、あなたが来た。」
その時には、もうあちこちで眠っていた人々の目が覚めて、外から護衛騎士たちが主人の無事を確かめて人込みでごった返していた。
「・・・取引の内容、もっと詳しく思いだせねえか。男が勝てば、お前を連れていくって言ったんだな?」
「あの男は、最初からユズを連れていきたがってた!でもグリフォンならどっちでもいいってユズを脅したのよっ・・・」
確かにあの場面で、マリカとユズを天秤にかけられたら、ユズの性格上マリカを差し出すなんてことはないだろう。それはマリカも同様で、目に入れても痛くないほどにかわいがっている妹をまさか連れて行かせる選択肢は持ち合わせていない。
「一人でどんな目に合ってるか・・・ユズ、ユズ、!アレク、ユズを探して!お願い、お願い、私、なんだってするからっ」
マリカは泣き止まずに悲痛にアレクシスに訴える。アレクシスとて、その願いを全てを擲ってもどうにかしてやりたくはあるのだ。
「任せろマリカ、その男は八つ裂きにして殺してやるから、まず落ち着け」
「・・・・その男は・・・死んだはずじゃない?撃たれたのよ、生きているわけ、」
「魔法使いなら治癒魔法とかなんとかあるだろ」
「私、魔法を勉強したわ。治癒の魔法は自分には使えないのよ、」
ならば、ユズを連れて行った男は一体・・・生き返ったというのだろうか。魔法さえ未知の脅威だというのに、異国ではそんな人間業でないこともやってのけるのか・・・100年魔法を使っていないジュピタルはそういう魔法技術に疎くなっているように思えた。マリカは恐ろしくなる。どうか、ユズが無事でいてくれるようにマリカはグリフォンに祈る。マリカが祈ってもミニグリフォンが出てきてくれることは一度もない。アレクシスにさえ出てくるのに、ユズにいたっては毎回出てくるのに。オニキスが呼べばかなり不本意そうに出てくる気まぐれなミニグリフォン。マリカはあまり好きではなかった。祈ることはいつしかしなくなっていたのに、今回ばかりはユズが無事でいるように念じる。
祈りが通じたのか、ユズは翌朝に帰ってきた。一人男を伴って。
「ただいま、父上」
「ああユズ、お帰り、今戻ったのかい?」
正門で出張から帰ってきた父親と出会った。白髪交じりの黒髪にユズと同じ琥珀色の目は切れ長で凛々しくも若々しい父親だ。今年で50歳とはとても思えないほど身体も鍛えている。武を司るというグリフォンの加護を受けている影響だろう。聖騎士の着る軍服に身を包んでいる。愛娘と朝いちばんに会えたのがうれしく、父トパーズは相好を崩した。ユズはマリカとデビュタントに行っていたと思ったのだが、いつものように男装して、髪も肩ぐらいまで短くなっている。似合ってはいるのだが、デビュタントが終わったから切ってしまったのだろうか。母親譲りの美しいハニーブラウンの髪はマリカがいつもお姫様のように梳いていた。
「父上、西のほうに行っていたんですよね!西に行けば母上怒るけど。」
「タマモノマエが美しいから、誘惑されると思ってるんだよ。エレインはいつまでも私が好きだからねぇ。」
朝から父ののろけを聞いた。タマモノマエは西を守護する聖獣だ。九尾を持つ妖狐で、人間に化けると城を傾ける人間離れした美しさで男を魅了するのだという。
「父上、紹介しますね、彼、ウラヌスタリア王国から来たジェイド・ウラヌスタリア。昨日のデビュタントで知り合って、グリフォンの聖獣殿へ行ってみたいって。連れて行っていいですか?」
「ああ、聖獣殿は観光地のようなものだから好きに行きなさい、グリフォンが出てきてくれるといいんだがね。ウラヌスタリアとは、ずいぶん遠くからいらっしゃったんだね、ゆっくりしていきなさい。」
ウラヌスタリアは西のほうにある小さな国だったか、トパーズの記憶にもそんなに残っていないような国だ。ユズが男の子とつるむのは昔からなので父は特段変だとは思わなかった。縁があればぜひ嫁にもらってほしいくらいであるが、他国に行くのは寂しいのでそれはだめだよな、なんて見当違いなことを考えている。男は闊達に拝承する。気持ちの良い挨拶だ。
「はい、ゆっくりはできませんが!ありがたく拝見させていただきます!」
父は昨日の様子をまだ聞いていないようだった。朝一で出てきてよかった、とユズはジェイドと顔を見合わせた。誰にも会わずに聖獣殿へ行けるなら、そうしたほうがいい。ユズはジェイドにローブのフードをかぶせて、庭をつっきる。
父は家に入り、居間へ行くと、神妙な雰囲気でオニキスとマリカが座っていた。
「お帰りなさい父上」オニキスが声をかける。
「ああただいま、マリカは今日はいやに早起きじゃないか。昨日は楽しかったか?」
マリカがこの時間に起きていることは珍しい。そしていやというほど憔悴しきった愛娘に異変を感じ取る。
「あなた、大変なの、」
妻のエレインが、目に涙を浮かべていた。
「何が・・・」
「俺が説明します。結果からいうと、昨日デビュタントでユズが失踪しました。魔法使いが異国から侵入した可能性が高く、今現在調査中です。」
「・・・・ユズ・・・え?ユズ?」
トパーズは今しがた正門であった娘の名前が出てきて聞き返した。
「お父様、デビュタントは野盗に襲われて、ユズがほとんど倒してくれたわ。でもそのあと、魔法使いが・・・ユズをさらっていったのよ」
「野盗については、ラランド公爵家の横領が絡んでいて、そちらも詳しく調査中。魔法使いとの関連は薄いとみています。」
たんたんとオニキスは報告する。娘と同じように昨日は寝ていないのか美しい容貌がやつれきっている。あれ、今しがた正門で会ったユズは幻だったのだろうか。聖獣殿へ行くと言っていなかったか。
「お、落ち着いて聞いてくれ」
父は意を決して、口を開く。
「ユズは聖獣殿へ行った、あ、案外元気そうだったぞ。昨日知り合ったという異国の・・・・あいつが魔法使いか!」
聞いて、オニキスは早かった。
「急ぎ、聖獣殿へ人を集めろ!魔法使いを包囲せよ!」
グリフォンの騎士は総動員で聖獣殿へ向かった。もう逃げ場はない。
***
聖獣殿は聖獣を祀る廟である。天井は高く、中も屋敷が丸々入るくらい広い。そんなに広くなくてもいいだろう、ミニグリフォンしか、しかもたまにしか出ないじゃないか、と多くの人間は思っている。グリフォン家の喫緊の課題はこの聖獣殿の縮小化だと、オニキスは言い出していた。見張りの騎士を気絶させて、ユズとジェイドはそっと聖獣殿へ入った。躊躇なく、騎士を伸ばしたユズにジェイドはあっけにとられ、深くは考えないことにした。それができるところは自分の長所である、と信じた。
倒した見張りの騎士を中に入れてからドアは閉めておく。奥の間に行けば、先客がいた。意気揚々と入っていくジェイドを引っ張って、物陰に隠れる。
「アレクシスだ。」
「昨日の聖騎士か」
「どうする、父上のようにはごまかせないし、見張りみたいに倒すのも・・・厳しいな」
アレクシス相手にユズは勝ったことがないし、それももう5年も前なのだが、あのたたずまいだ。後ろ姿で、軍服を着ていても鍛えられた身体であることがわかる。彼は鍛錬を怠ったりしない性格だろうし、やはり一筋縄じゃいかない相手である。
「聖獣にはどうやったら会えるんだ?」
「あの奥の宝玉に触るだけ。加護をくださいって念じるんだ。グリフォンが気に入れば出てきてくれる。」
「一か八かってことか。」
階段の奥にカーテンがあって、緑の大きな宝玉が祀ってある。廟は金と緑の装飾が多く、本当なら祝詞を唱えて・・・など手順があるのだが、今はもう屋敷のほうでは騒ぎになっているだろうし、時間がない。それにグリフォンは気まぐれだ。誰かれが触ったって出てきちゃくれない。出てきても加護などおいそれとはくれない。ユズの生きてきた15年間でアレクシスでさえもらってないんだから、加護をもらえる条件はかなりの難関なのだろうと思うのだ。
「・・・もうきっと兄上が父上に私のことを話したと思う。」
時間はない。
「俺って、つかまったら殺されるとして、どっかに捨てられてから生き返ることにする、そのとき動けるようにはしておいて欲しい、あとこの剣を死体のそばにおいてくれ」
「それって自分の意志で生き返られるものなのか?」
ずいぶん便利な呪いだ。昨日こいつの死を悼んだ自分はなんだったのだろう。ジェイドから剣を受け取る。
「私がアレクの気を引いてやる。右のほうから後ろへまわれ」
「・・・怒られるんだろ?」
子犬が叱られたような眼でジェイドはユズを見た。
「気にするな、お前よりはまし」
彼は見つかったらきっと捕まって、引き渡される。そこにユズの言い分なんて通るとは思えない。
「お前が俺に加護をくれよ」
ジェイドの手は震えていた。一度死んだら、生き返ったけれど、逆に死ぬのが怖くなったと言う。そりゃあそうだ、普通の人間は死んだら生き返ることはない。それに数度死ぬということは、その死の苦しみを数度味わうということである。ユズは考えたら恐ろしくなったので、頭を振った。
「しっかりしろ、13万人背負ってんだろ。」
彼の状況を自分に当てはめたら、とても他人事にはできない気がした。アレクシスを欺くのは心苦しいけれど、あとはもうグリフォンが決めることだ。どうか・・・彼の幸先にグリフォンの加護がありますように、ユズは彼の手を握ってやる。
「行くよ。」
ジェイドはユズの言うように右側の柱の陰に回る。ユズは深呼吸をして、ジェイドから預かった剣を腰に携えて、動く。アレクシスは上を見つめて、ため息をつく。グリフォンは現れなかったようだ。今日は気難しい日なのか・・・とユズは内心こわごわする。
「・・・アレク」
「!?ユズ!!」
はじかれたように顔をこちらに向けたアレクシスと目があった。エメラルドを彷彿させる目からは驚きや怒りや安心が見て取れる。久しぶりに会った、記憶よりもだいぶ大人になったアレクシスが目の前にいる。
「どこにいたんだっ!みんな!一晩中探した!」
ガタンっとバカなのかジェイドは足元の柱に躓いた。ユズは気が気じゃなく、とっさにそばの階段に躓いて転んでみる。アレクシスは駆け寄って、ユズを抱き起して、痛いぐらいにぎゅうぎゅうとユズを抱きしめた。
「怪我はないか、どこも痛くないか」
「いま痛い、骨が折れる」
「折れちまえ、このバカ・・・すぐに、オニキス様に報告に行くぞ」
後ろをジェイドが忍び足で宝玉のそばに向かっていた。もうそこは忍ばないで走れ!とユズは叫びたくなった。ドンドンドン!と廟の扉がけたたましく叩かれる。ジェイドはびっくりして飛び上がった。アレクシスはそちらに気を取られているうちに、とユズはジェイドを見る。ジェイドは真ん中の宝玉じゃなく、脇の赤い宝玉に触っていた。
―違うバカ!階段かけ上って、一番大きい緑の玉だよ!ユズは心の中で叫んだ。
「ここを開けろ!」
「何事だ!」
アレクシスが問う。
「中に魔法使いが侵入した模様!ユズ様、ユズお嬢様はいらっしゃるか!!廟に魔法使いを入れることは謀反と同じことですぞ!!」
「謀反!?」
ジェイドが一番驚いている。
表の騎士が叫ぶ。扉はジェイドが開かないように魔法をかけたようだ。
「まじかよ、謀反って・・・、ユズも相当巻き込んじまった・・・」
「ちっ、迷うな、ジェイド!その階段を駆け上がれ!!」
廟の扉は破られんばかりに撓む。ドガン!とドアを蹴破ったのはオニキスだ。
「アレク!あいつを捕まえろ!!」
階段に足をかけようとしてもつれさせたジェイドを指さす。アレクシスが飛び出す。ユズは追いかけて、アレクシスがジェイドに切りかかる寸前で、彼の剣をウラヌスの宝剣で受け止めた。
「ユズ!そこをどけ、庇いだてするのか!」
「ジェイド!腰抜かしてる場合か!行け!」
ユズの言葉に頭を押さえていたジェイドは階段を駆け上がった。弓矢が飛んでくる。もう聖獣殿なのに、容赦なく襲われている。ユズは剣を押し返して、飛んできた弓矢を薙ぎ払い、アレクシスと対峙した。話を聞いてくれそうにはない。力で制圧するかされるかだ。
「グリフォン!グリフォン助けて!ユズを助けてくれ!」
ジェイドは緑の宝玉に触って、叫んだ。瞬間、緑の光が満ち満ちて、聖獣殿一体を包む。そんな光景は見たことがなくて、全員緑の光線に目がくらむ。
父、トパーズ・グリフォンは聖獣殿から神々しい緑色の光が出ているのを屋敷のバルコニーから見た。妻エレインと10になる次男オパールもバルコニーに出てくる。
「なんと・・・」
いまだかつてない事態が起きている。光はグリフォン侯爵領一体を包んでいく。この在り様では王城から使者が来るのは時間の問題である。
「・・・ウラヌスタリア・・・あの子はウラヌスタリアと言ったか、ならば・・・王族じゃないか」
今気づいた事実に息をのむ。国名をそのまま家名にできるのは王族だけだ。王族を、間違って捕縛、ましては殺害してしまえば国際問題になりかねない。
「私も聖獣殿へ向かう。エレイン、オパールを頼む」
***
ユズは、こんなに大きなグリフォンを見たことはなかった。廟はドーム型になっていて、天井はとても高いし、屋敷一戸丸々入るだけの広さがある。その廟の天井がもはや吹き飛んで、跡形もない。
上半身は白銀の羽毛に覆われ、額に緑の宝石が輝いている。猛禽類独特の目をこちらに向けた顔は大人しく、聡明に見えるが、その武力は国の存続をも脅かすと言われたあのグリフォンが目の前にいた。獅子の胴体は黄土色とはいいがたく、金色に輝いているようにさえ見えた。
ジェイドとユズが一緒に緑の球体に入ってプカプカ浮いていた。騎士たちはバタバタとグリフォンの聖なる気に充てられて倒れていく。アレクシスとオニキスだけが立っていて、浮かんでいる球体とグリフォンを見上げていた。
「何が・・・起こって」アレクシスはオニキスをかばうように立つ。
「・・・あいつがグリフォンを呼び出した。しかも完全な聖獣体を・・・」
オニキスでさえ、聖獣体と会ったのは初めてだった。ミニグリフォンは家名があって、無理やり呼び出す権限は譲渡したが、聖獣体を召喚できたことはない。父もないはずだ。先の魔法戦争が終わって100年、グリフォンがこういう形で王都に現れたことはないと聞いている。
『久しぶりに地上へ出たが・・・身内から守れとは些かはねっかえりが過ぎるぞ、ユズよ』
「・・・」
話しかけられたが、ユズはぽかんとグリフォンを見つめて、呆けている。
『ずいぶん生ぬるい国になったな、ジュピタルは。』
戦争がなくなり、グリフォンが必要なく、お飾りとして祀られている時点で、彼は退屈していた。今回も、まったく取るに足らない、なんなら少し目をかけている騎士たちの戦闘本能を削っただけで、もう終わってしまった。せっかく外へ出たのにつまらない。
『ユズ、この子の国では戦争をしているのだろう、ならば一緒に行くのはどうだろう』
呼び出したのはジェイドのはずなのに、グリフォンはユズに話しかける。ユズはぱちぱちと瞬きをして、ジェイドを見た。
「・・・ジェイドはグリフォンの加護がほしいって。ジュピタルの聖獣の加護を、集めるんだって、グリフォン、加護を集めるとどうなるの?」
ユズは聞いた。
『ほう・・・加護を集める者は千年ぶりだ。条件は満たしているようだ。我は戦場へ行くものへは加護を与える。その剣に印を刻もう。』
グリフォンは前足を馬のように振り上げ、その白銀色の翼をめいいっぱい広げる。ユズとジェイドの入っている球体に嘴が近づいてくる。食われる、とでも思っているのか、ジェイドはユズにしがみつく。グリフォンの額に埋め込まれている緑の宝石が光った。そうすると、ユズの持っているウラヌスの剣の刀身が緑に光って、エメラルドの宝石がグリフォンの形に変わった。
「え、くれるの!?生贄とか壮絶な修行とか必要なく!?」
ジェイドは驚いている。
『贄は必要ない。お前は加護を与える条件を満たしている。加護を集める者、我を戦場へ連れて行っておくれ。』
もう100年、ずっと力を蓄えて持て余しているグリフォンは獅子の胴体のしっぽをパタパタと振った。
『加護を集める者・・・がどうなるか、それは知らせてはいけない決まりなのだ。集めた後にわかる。』
「じゃあ、集めるしかないってこと、か。」
『ユズを連れて行っておくれ。役に立つだろうから』
「いいんですか、家族の許可は」
『グリフォンがいいと言えばいいのだ、な、オニキス』
「いいわけねえだろ。なんで出てきた!?俺の成人の儀にもミニグリフォンだったくせに!納得いかねえ」
『この子の国は一大事なのだよ、オニキス、協力してあげなさい』
「お前は戦争がしたいだけだろ!!戦争は!国家を揺るがす大事なんだよ、この男の些末な国のために平和を破るに値する理由はないだろう」
『お前は本当に話を聞かない。大事は小事から、小事のうちに摘み取るものだ。その子の国の大事にこの国が無関係だと思っているうちは、お前は小物だよ、オニキス。』
グリフォンが現れた理由は天智を超えている。みなまでは言わないくせに、グリフォンは知ったかぶった口調だから、オニキスはイライラした。中身はあのミニグリフォンと一緒だ。今やグリフォンの直系でもミニグリフォンを召喚できる力しかない。魔素がなくなったのと関係しているのだろうか。
もう扉も吹き飛んでいたから、父が駆け付けてオニキスの隣に立った。
「・・・グリフォンが出たのか・・・それほど、この子は大変な状況なのか・・・」
「父上、危ないですから、」
トパーズが恭しくグリフォンに敬意を払う。聖獣体と会ったのはやはりトパーズも初めてだ。トパーズの祖父は魔法戦争でグリフォンとともに戦っていたと伝え聞いてはいたが。グリフォンは武を司る。安寧の地ではその実力は発揮されない。
『トパーズ、ユズは人のために戦える子だよ。どうかこの子の助けにしてやっておくれ』
「し、しかしユズを外に出すだなんて、ウラヌスタリアはあなたが出なきゃいけないほどの状況ということなのなら、ユズを出すなんて、私には考えられない」
父親は愛娘をそんなところへ送り出すことに躊躇する。それこそ戦場へ送り出すならオニキスが妥当である。けれど、昔からグリフォンとオニキスの相性はよくなく、よく喧嘩をしているのは知っている。オニキスは長男で、家や国を守ることに重きを置いているからだ。今は守らなくても平和を保っている国を。
『どうかグリフォン家からこの子に力を貸してやっておくれ。加護を集める者、次はどこへ向かう?』
「・・・あ・・・北へ。し、死にますか?」
バジリスクは毒蛇の聖獣だ。北の首都へ行ったときにまず北へ向かうと魔獣の森があって、そこを抜けるのが至難だった気がする。バジリスクと接触はしていない。息を吹きかけたり、睨みつけるだけで人が死ぬというのだから、何回死んでも足りないような気がしたのだ。対策を講じて行かなければ無駄死にである。それこそグリフォンの加護がなきゃ絶対に戦えない聖獣だ。
『ユズを連れて行きなさい。このまま魔獣の森まで飛ばしてあげよう』
「待て待て待て!ユズを連れてく許可はしねえぞ、親父!なんとかしろ!」
オニキスはトパーズをぶんぶんと揺り動かす。もう体裁とかかなぐり捨てている。
「アレク!」
オニキスはアレクシスを見る。
「聖獣相手に剣を向けられませんよ!・・・、グリフォン!俺が行く、それじゃあダメか!」
訴えるアレクシスをグリフォンは見下ろした。
『ならばアレクシスにも加護をやろう。』
あんなに願ってももらえなかった加護をあっさり与えられて、アレクシスは拍子抜けした。アレクシスの剣が緑に光っている。内から満ち満ちるような力を感じる。グリフォンの武の加護は戦場へ赴くものへ与えられるようだ。
ユズとジェイドが入った球体はそのまま北のほうへ飛んで行った。
オニキスの絶叫が響いた。グリフォンはパタパタとライオンの尻尾を振って、また緑の光に消えていった。
「アレク!北だ!すぐに追いかけろ!!」
「わかっ!分かりましたから!」
「オニキス、アレクに準備くらいさせてあげなさい。」
「なんであんたはそんなに呑気なんだ!ユズがまたいなくなったんだぞ!」
オニキスは父親を揺り動かす。
「だって、グリフォンがああいえば、私たちは逆らえんし・・・」
「この非道親父が!娘が可愛くねえのか!」
「可愛い子には旅をさせよっていうだろう」
父はこの後、妻と長女からも糾弾されたのは言うまでもない。
***
すごいスピードで球体が回りながら空を飛んでいくから、ジェイドはユズに縋り付いて叫んでいた。ユズは衝撃に備えなければならない、とくっつくジェイドを引きはがすのに躍起になる。
「死ぬ死ぬ死ぬ!これ死ぬって!」
「すぐに死ぬな!離れろ!」
「ユズは死んだらだめだろうが!」
緑の球体が、もう消えている。このスピードで落ちる場所が水辺とか柔らかい草場とかなら助かるけど、きっとちょっとずれている。
「グリフォンったら、大雑把なんだから!」
「似てるぞ、ユズに」
「殺すぞ、」
地面が近づいてくると同時に、ユズは持っていた剣に念を込めて一振りした。風圧が起きて、衝撃が緩和される。ユズはうまく着地できたが、ジェイドは着地できずに転がっていった。生きてはいる。
「・・・身一つで放り出されたな」
目の前には北の門と言われる魔の森。そこへ入るために休息や準備をするギルドの町が栄えている。このギルドの町も北のバジリスク辺境領の管轄のはずだ。
「ユズ、サバイバルには念入りな準備が必要だ!」
別にサバイバルに行くわけじゃないのだが、ユズは気を取り直したジェイドについて、ギルドの町へ足を踏み入れた。他の誰でもないグリフォンの許可が下りたのだ。初めての他の領土へ興奮で高鳴る心臓を感じてジェイドのあとを追った。




