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ジュピタル王国英雄記  作者: ヤー子
第三章 フェニックス辺境編

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エルヴィンの手紙

フェニックス辺境編です。


ドラゴン辺境から少し平地を歩いて、山のふもとには休憩所や必要物資が揃えられる簡単な店がある。一行はそこを目指していた。ジェイドとアレクシスがジュピタル王国の魔力の枯渇についての原因を話して、それを手紙にしながら歩いている後ろをユズはアレクシスの馬、葦毛のジャスティスの手綱を引きながらついて行っていた。ユズには、難しい話は分からない。ジェイドは原因を知って、悪魔に太刀打ちできる策を練りたいのだろう。悪魔を倒せば、ジュピタルの魔力は戻る。でも彼の命は戻らない。悪魔を倒して、彼の国を救う。でも彼は助からない。ジェイドは一体何を原動力として動いているのだろうか。ユズが考えたって答えの出ないことだ。

ジャスティスの鼻面を撫でてやれば、気持ちよさそうにする。ユズとジェイドが乗ってきたあの鹿毛の馬たちはドラゴン辺境に置いてきた。山を越えるのはしんどいだろうと、面倒を見てもらえそうな酪農家に譲ってきたのだ。

「見えた、休憩所」

休憩所に行っても、二人はあーだこーだ言いながら手紙を作っている。ユズはつまらなくて、店の方に一人でやってきた。でも特にそそられるものもなく、山道入り口まで歩を進めていた。

「ユズ!」

声に振り向く。マリカがいた。ユズは幻かと思った。マリカは馬車から出てきた。こんなところでは誰も着ないような綺麗なドレスを着て、ヒールの靴で走り出す。

「マリカ、危ないよ」

ユズも彼女に駆け寄った。なんでか涙が出てくるのは、姉が泣いているからだろうか。もらい泣きというやつだ。マリカはユズに抱き着いた。ギューギューと彼女は持てる力全てを使ってユズを抱きしめた。

「マリカ、ユズが死んでしまうよ」

「・・・エルヴィンも、なんで・・・」

「ドラココを出たら、次はここかなって。フェニックスに行く前に顔を見せてくれたら良いのに。」

エルヴィンは可愛いマリカを泣かせるのはユズでもだめだ、とユズの髪を撫でた。マリカともエルヴィンともあの日以来だった。生まれてからこんなに姉と離れたのは、そういえば初めてのことだ。マリカはあと2年で嫁にいくまでは、ユズと離れることだなんてないと思っていたのだ。

「ユズ、ユズ、無事なのね、良かった」

「心配、かけてごめん。」

「戻っておいでよ、エルヴィンの馬車で帰りましょう??迎えに来たのよ、ユズ」

マリカはボロボロ涙を流して、そんなことを言う。泣き落としだ。エルヴィンは落ちるだろうが、ユズは落ちない。

「私は、行くわ。行かねばならないの」

「アレクがいるんでしょ?オニキス兄さまだって行ってしまった、あんたが行く必要はないわよ!」

マリカは怒った。ほら、ウソ泣きである。そう言われれば、ユズは何も言えなくなった。たしかにアレクシスがいるのなら、彼はユズの代わり、それ以上の役割を果たすのだ。今だってジェイドはアレクシスと話してばかりで、ユズはほっとかれている。

「・・・私は・・・」

「マリカ・・・ユズを応援してやるんじゃなかったか?」

エルヴィンに言われてマリカは苦い顔をした。マリカや母親の過保護さがユズを縛り付けていて、それをユズは分かって、寄れるはずの王都に寄らないのだ。ともすればアレクシスが追いかけてきた時、連れ戻されるのではないかと逃げていたくらいだ。

「だってだって、離れたくないの!私の可愛いユズ、生まれてからずっと私のそばにいたのにっ・・・髪だって、あんなに頑張って・・・・私が伸ばしたのに!!」

ユズとおそろいの綺麗なハニーブラウンの髪の毛がマリカは自慢だった。自分と全く同じ髪型をできるように、毎日手入れして、髪を梳いてやっていたのだ。今は切った時よりは少しは伸びて、一本にまとめられるくらいの長さになっていた。それをすればまた、男装しているようで、マリカはつらかった。髪を切るなんて、修道女でもないのに。

「ユズは!結婚する気がないの?結婚とか、したくないから、旅に出るの?」

「私は、たくさん考えたの」

うまく言葉は出てこない。

「ゆっくりでいいよ、ユズ。」

エルヴィンがユズの髪を撫でる。

「・・・ジェイドを助けたいと思ってる。結婚は、考えてない。」

だって、ジェイドは死んでしまう。今は、それしか考えられないのだ。

「・・・やっぱりその男、お兄様に八つ裂きにしてもらうんだから!!!」

マリカはユズに怒鳴って、抱き着いて、そして一人で馬車に走って行ってしまった。

ユズはエルヴィンと残された。

「見ない間に、ずいぶん大人になったな。」

旅をしていろんなことを知ったのか、マリカよりも幼さが抜けたような気がする。エルヴィンはユズの言葉に、淡い恋心のようなそんな思いを感じ取った。いつのまにそんな顔をするようになったんだろう、と近い未来に自分の義理の妹になるユズに感慨深さを抱く。エルヴィンはグリフォン家より上の身分の家だから、小さい頃は会うのは年に2回ほどで、幼馴染とは言えなかったけれど、ユズのこともマリカのことも小さいころから知っているのだ。

「ユズ、フェニックス領にスタンシャインの分家があるんだ。」

エルヴィンはこれが本題だと、ユズに紹介状を渡す。

「僕の叔父夫妻が住んでいてね。道中頼りになればと思って手紙を出しておいた。」

ユズは大事なことを言われているのは分かって必死にエルヴィンを見つめた。

「つまり・・・」

「ああ、つまり、フェニックスにいったらジョージ・スタンシャインを訪ねなさい。力になってくれる。」

「わ、私に話していいの、アレクとか・・・ジェイドに」

「アレクはともかく、僕はウラヌスタリア王弟殿下に接触するつもりはないよ、ユズがちょうど一人でいてくれて助かった。じゃあ、行くね、旅の幸運を祈る。」

エルヴィンがハグしてくれる。彼はいつもいい匂いがする。ユズはどきどきとハグを受け入れた。

「アレクって、どうして僕にも殺すぞ、くそエルヴィンとかいう視線を投げられるんだろう・・・ちょっとアンダーソン家の行く末が心配になる。」

エルヴィンはユズの耳元でつぶやいた。エルヴィンのユズに対する気持ちはもう本当に妹を思うようなものだし、ユズは可愛いから抱きしめたくなるのはしょうがないことだ。収まりがいいし、女の子特有の甘い匂いがする。身体は鍛えているはずなのに、良い感じに柔らかい。そりゃあマリカの方がふわふわと柔らかいけど。ユズにはまた違う柔らかさがある。アレクシスがこちらへ気づいて歩いてくるのを確認して、面白いから、エルヴィンはユズに頬ずりもしてみたら、彼の目がいっそう鋭くなって大股で近づいてきた。

「じゃあ、ユズ、アレクによろしく。」

エルヴィンは颯爽と馬車に乗り込んで行ってしまった。


「ユズ!今のエルヴィン様だったよな?」

「・・・ああ、うん、エルヴィンがマリカと来て、」

「・・・・スタンシャイン公爵じゃなきゃ、殺すぞ、クソが」

ユズはマリカはユズより、アレクシスの嫁ぎ先を心配したほうが良いと思った。こんな感じでは女性は容姿を目当てに釣れても、やっぱり続かないと思うのだ。アレクシスはアンダーソン家の一人息子だし、彼としては誰かを嫁に取りたいのだろうけど、あと三年で21を迎えるアレクシスが、ユズは心配になった。かといって、自分が貰ってやろうとは、なぜかジェイドには思えても、アレクシスには思えないのだった。

「ごめん、遅れて。どうしたアレク、また人を殺しそうな顔をして」

ジェイドがジャスティスを引いてくる。

「・・・殺せないし殴れないやつはどうするべきか考えてた」

「・・・」

アレクシスは普通ならジェイドも殺せないし殴れないはずだ、とは誰も言えなかった。

「行こうか」

木々が茂る山道を一行は進んでいった。


***


リスクーザのときと同じで、ジェイドは山菜やら木の実やらきのこやらを採取して登るので、ちっとも進まない。ユズはユズで、カマドウマを鷲掴みして持ってきたり、リスがいるだの、タヌキを見ただの言ってきたりうるさい。アレクシスはイライラしてきた。こいつらこんなんで六日で山を抜けられると思っているのだろうか。

「山は良いよな、天然のマイナスイオンを感じて、癒される」

「いや、癒されねえよ、ちっとも」

「アレク、旅はもっと楽しむものだ、せっかく執務から解放されたんだから!」

ドラココにいた彼は三か月ほとんど休んでいなかったはずである。そういう労働環境だから、アレクシスが擦れたのだ、とジェイドは思う。それが改善されれば、ユズにだってちょっとは優しくなれるはずだ。

「ジェイド見て!ヘラクレスオオカブト!」

ユズは可愛い。ジェイドは彼女を見れば癒される。好きな子が目をキラキラさせてカブトムシを見せてくるのだ。もう顔がだらしなくなりそうなくらいだ。アレクシスもそうに違いない、と彼を見ると、目が据わっている。そうか、可愛すぎるからあえて、意識しないようにそんな顔をするのか、確かにアレクシスの顔がだらしなくなったら困る。やはり自分に厳しいのだろう、彼は。ジェイドはなるべくいい方に考えるように努めた。

「すごいな、ユズ。どこで見つけた?ほっぺに泥がついてる」

「触るな、クソジェイド。」

ジェイドはユズの泥をタオルで拭いてやろうとしたら、アレクシスは止めた。

「遊びに来てんじゃねえんだよ、虫を捕るな!草を取るな!お前らフェニックスに行く気あるのか!!!」

ユズの頬はアレクシスによって伸ばされて、ごしごし強引に拭われて赤くなっていた。いつかグリフォンが言っていた・・・アレクシスとユズは相性が良くない・・・ジェイドはその意味を身をもって実感したのであった。

「アレクにはあげない、自分で取ってよ!」

「誰が欲しいと言った!今すぐ野生に戻してこい、いや、お前が野生に帰るか?」

ユズは、体力が有り余っているから、そんな虫を捕る余裕なぞあるのだろう、アレクシスはこんな山中だが剣を抜く。

「すぐ剣を抜くなアレク、ユズが真似するだろ。いいじゃないか虫取りくらい。アレクも取って来いよ・・・まさか、虫苦手?」

ジェイドの言葉にカチンとくる。わかっている、やつはあえてそういう言い方をしている。ユズだけじゃなく、自分も御せられている。そういわれれば、自分は・・・、

「上等じゃねえか・・・・パラワンオオヒラタクワガタを捕る」

「・・・・・じゃ、じゃあ、勝負だな!!」

ユズは目を輝かせてアレクシスを見た。そしてアレクシスはクワガタ探しをしている途中で気づくのである。ジェイドにうまく乗せられた。ユズが楽しそうにクワガタ探しを手伝ってくれている。なんで俺まで遊んでいるのか・・・アレクシスは無になったのだった。

パラワンは見つからなかったが、タランドゥスオオツヤクワガタが見つかった頃、ジェイドは今日はここで切り上げよう、ウラヌスの剣を取り出した。結局進んだのか進まなかったのか、もうアレクシスには分からなかった。


アレクシスはジェイドが取った山菜を洗って、いろいろ下処理を手伝った。その間ユズは風呂を済ませて、リビングテーブルの上でクワガタ相撲の土俵を作っていた。普通の令嬢の遊びではない。アレクシスは幼少の時オニキスに昆虫採集から付き合わされたが、ユズはそのときは、山になど付いてきていないし、キャッキャと観戦していたのを思い出す。


山菜ときのこの炊き込みご飯とナラタケの味噌汁と麓の休憩所で買ってきた冷凍の鶏肉で焼き鳥を作って、夕食が完成した。ユズの土俵づくりも完成したらしい。ユズは取ってきたカブトムシとクワガタにヤマモモをやって、ここで待っててね、と声をかけている。

「そういえばエルヴィン様ってなんで来てたんだ。マリカも来てたんなら、見送りか?」

アレクシスは思い出したようにユズに話しかけた。ユズはもらった手紙はどこだっけ、とポケットやカバンを探す。エルヴィンが紹介状をくれたのだ、そしてユズに頼んでくれた。アレクシスじゃなくてユズに頼んでくれたのが、ユズは嬉しかった。

「探しているのはこれだろう、ユズ、落としてたから拾っておいた。」

手紙をジェイドがテーブルの上に出す。

「エルヴィン様からの手紙を落とすな、信じられねえ・・・」

アレクシスはため息をついた。ユズは悲しくなった。せっかくエルヴィンから頼まれたのに、やっぱり自分はそういうのに向いていないらしい。手紙はスタンシャイン家の封蝋がしてある。ジョージ・スタンシャイン殿と宛名も書かれている。開けていい手紙ではなさそうだ。

「親族宛てか。頼まれたのか」

「ああ、うん。頼っていいって。分家の方、叔父さんって言ってた。」

「ふーん・・・俺が預かる。」

アレクシスは手紙を自分のカバンにしまった。少し残念に思いながらも、そっちのほうが安心なので、ユズは気を取り直してごはんを食べた。食後はクワガタバトルだ。アレクシスが遊んでくれるのは久しぶりだから、ユズは楽しみだった。

「ところで、こないだのダンテの話をトパーズ様とオニキス様にしたら、お前の兄貴が魔術師協会に連絡を取って、今魔術師界隈もやっと動き始めたということだ。ここ2年ヘルメス?」

「ヘルメス四世」

「そうそれと連絡が途絶えていたのがやっと繋がったと、魔術師たちも一安心したってさ」

アレクシスはジェイドと手紙の話をしている。ユズにはあまり分からない話だ。ちゃんと整理をして考える必要がある。ユズはごちゃごちゃしている情報に順番をつけていく段階で彼らはどんどん違う話をしだすから、もうついていけない。それでも、順番に考える。


まず100年前の魔法大戦で、ジュピタルは魔法攻撃を受けて、その結果後遺症として魔素の不足が起きた。その魔素は魔力を作る根源で、それがないと魔法使いは魔法を使えない。ジュピタルは幸い、聖獣の加護がある国で、魔素がなくても民が困ることなく暮らせるし、軍事面も問題ない。故にジュピタルは魔素がないなら使わなければよい、と原因の究明はしなかった。

次に、その魔素の枯渇減少が2年前からダンテでも起き始めた。ダンテはドラゴンのせいだと判断し、ドラゴンをせん滅すれば、ダンテに魔力が戻ると思っていた。しかし、実際は、ドラゴンを排除しろと命令を受けたあの中二病がダンテの魔素を吸って、ダンテとドラゴンを衝突させていた・・・。中二病を倒したら魔素はダンテに戻った。


つまり・・・ジュピタルの魔素は悪魔と名乗ったあいつの仲間に吸い取られ、それも100年の間、枯渇しきるまで搾り取られ、あげくにウラヌスタリアを壊滅状態にしているということだ。


悪魔の目的は、何なのか・・・そこまではまだ分からないけど、なんとなくジュピタルが関係しているような気がユズはしていた。だって、悪魔は加護を集めろとジェイドに言ったのだ。聖獣の加護を悪魔が所望するはずがない。時間稼ぎなのか、それとも別の理由があるのか、ユズはそこまで考えて、じっとジェイドを見る。アレクシスと訳の分からない話をしている。ユズと目が合えば、当たり前に笑ってくれる。ユズは次はアレクシスを見た。アレクシスはこっちを見て、ニコッとはしてくれない。何見てるんだよ、ぐらいに睨まれる。ユズはため息が出た。

「あからさまに俺を見てため息をしたな、」

アレクシスは引きつった。

「アレク早くお風呂に行ってよ、私はジェイドと二人がいいの」

「聞き捨てならねえので、ずっといます。お前が寝てから入ります。」

なんでアレクシスはこんなに意地悪なのだろうか。空気を読むとかきっとしないし、できないのだろうな、とユズは失礼なことを考えて、またため息が出た。

「まあまあ、ほらクワガタバトルするんだろ!早く片付けよう。俺が風呂に行ってくるわ!」

食器の片づけはアレクシスの仕事なので、ジェイドは任せて避難した。


アレクシスが食器を洗う横でユズは洗い終わった食器を拭いていた。早く遊びたい、と気がはやる。ユズが珍しく手伝ったので嫌な予感はしていた。案の定、つるりと手から滑り落ちた皿が床で砕け散る。ユズは目を大きく開いて、どうしよう、と慌てて、それを拾おうとした。アレクシスは泡だらけの手などどうにでもなれと、ユズの手を制止しようとしたがつるりと掴みづらい。もう抱きしめて止めるしかない。

「止まれ、ユズ!動くな!触るな!」

「アレク!アレクごめん、私、」

アレクシスに怒られそうで、ユズはやっぱり慌てた。

「俺がやる。お前は触るな。」

彼女に怪我をさせてはいけない、それは幼少期からアレクシスに植え付けられた思考だった。周りもそういうし、自分もそう思う。彼女は直属の上司の侯爵令嬢。いくらはねっかえりでも、それは変わらない。皿など拭いたことがない、お嬢様なのである。割れた食器もとっさに触ろうとするほど世間知らずなのだ。

「落ち着け、別に怒ってないから。」

「・・・」

アレクシスはいつも怒っているもの。ユズはそう思って、落ち着こうとした。アレクシスはそのままその落ちた皿の破片をユズが踏んでしまわないように、横抱きにする。ユズは硬直した。そのまま移動された。ダイニングテーブルの椅子に座らされる。

「ここにいろ、動くな、いいか」

「はい」

アレクシスはキッチンに戻った。ユズはその場で固まったまま今何が起こったのかを考えた。よくマリカやヴィアンカが言っているお姫様抱っこをされたのだ。アレクシスに。ヴィアンカが彼に恋をしてとき、そういう妄想をしていた。何が良いんだ、これの・・・ユズは羞恥しかないと感じた。私は別に歩けないわけじゃないし、抱っこしてほしかったわけでもない、ユズは思い出せば赤面してしまう。もう子どもではないのだ。アレクシスはいつでもユズを小さい子どもみたいに扱うのは本当にやめてほしい。

「ユズ?赤くなったり青くなったり、忙しいな」

「・・・ジェイド!あ、私・・・ごめん、お皿を割ってしまって」

「おお、怪我はなかったか、お前に怪我させようとする皿は処分だな、アレク、大丈夫だったか」

「大丈夫だ。悪かった、掃除機はどこにある?」

ジェイドは立ち上がって、キッチンに居るアレクシスに合流する。あらかた魔法で綺麗にしたようだ。


ユズは部屋に行って、ベッドに身体を投げ出した。もう、遊びたい気持ちが削がれた。アレクシスは怒らなかったけど、ユズは違う意味で悔しかった。アレクシスはユズを剣以外は何にもできない女だと思っている。実際何にもできないのが、ユズは悔しかった。ジェイドもアレクシスも何でもできる。それが羨ましい。きっと一流の騎士とか、王族の男の人はなんでもそつなくスマートにこなすものなのだ。こんなはねっかえりで、令嬢らしからぬ自分は対極の位置にいる。自分がなりたい自分が一番遠い。

「・・・どうしたら良いんだろ」

呟いたら涙すら出てくる。

「私は、どうしたいんだろう」


マリカに言われた、ユズが行く必要がない、という言葉が頭にこびりついていた。



***


「あれ、クワガタバトルやらないのか」

「・・・お前が一番楽しみにしてるみたいだな」

「あたりまえだろ、ヘラクレスとタランドゥスの戦いなんて、ちまたじゃ滅多にお目にかかれないぞ!」

ユズが部屋に行ってしまっても、ジェイドは構わずに二匹を土俵に上げた。ジェイドの自室はここになるのだから、彼が楽しむ分にはいいのだろう。ユズがいないなら、アレクシスもここにいる必要はない。ユズがいるなら、この魔法使いと二人にすることはなるだけ避けたい。アレクシスは心のどこかでジェイドを認めていた。ミリアリアがユズが彼に恋をしている、と言った時から、そんな辛いことはあってはならないことだと思ったのだ。ジェイドが死ねば、ユズは泣くだろう。それだけでも可哀そうに思うのに、さらに恋なんてしてしまったら、吹っ切るのに一体いくら時間を費やすことになるのだろう、それを支えてやることはできる。だけど、そんなことは最初からない方がいいのだ。今ならまだ、ユズを彼から引き離してやれるだろうか。アレクシスはそんなことを考える。

「アレク!アレク、ヘラクレスが勝ったぞ」

「はあ、ふざけんな、タランドゥスが負けるか」

明るい男だ。アレクシスが考えられないくらい、いろんなことを背負っているくせに。彼は、厄介だ。自分ですら絆される。もう終わりが見えているなら、こんな感情を切り離して、必要最低限で接したい。そしたら幾分、別れる時が楽なのに。


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