ドラゴン辺境攻防戦
ランサーは戦場に降り立った。取り急ぎシールドで魔砲弾を防いでいるが、これは時間の問題だ。ドラゴン使いは集結している。
「ニック!レッド1とシルバー2頭がやられた、」
「すぐ陣を組む!新しいドラゴンには乗れそうか!」
「だめだニック、戦闘用のドラゴンがもういない」
「いる数でなんとかする」
ドラゴン使いは20名、戦えるドラゴンは18頭。アレクシスは兵士を率いて、岸のほうに防衛線の陣頭を切っている。ニコラスが言っていたサイボーグヒュドラの魔砲弾は威力が強く、シールドを破壊し、城と岩場を遮る森を焼き払っているヒュドラは川の真ん中か付近まで進出してきていた。川の上はもう境界も何もない。
「砲弾はできるだけ避けてくれ、誰か俺とヒュドラまでついて来れるか、」
「わかった、ブルーが行く」
「コニーも」
ブルードラゴンとホワイトドラゴンのドラゴン使いが名乗り出た。どちらも若いドラゴン使いである。
「ユズ、ついて来てくれるか」
「わかった、私があのヒュドラに乗り移る。」
あれを止めなければ、戦況は圧倒的に不利だ。
「ランサーとブルー、コニーが援護する。みんな・・・死ぬな」
ニコラスが静かに言う。その言葉が重い。ドラゴン使いが兜をかぶる。ユズにも兜が被せられた。ニコラスがマントも与えてくれる。気休めだが、ないよりはましだと、何の用意もさせずにつれてきたことを許してほしいと。
「大丈夫、私は、強いからね」
剣一本で、あいつを仕留める。ドラゴンはユズたちを乗せて飛び立った。
砲弾はヒュドラからだけ飛んでくるわけではなかった。向こう岸に五つの筒を確認できる。
「オーウェン、ユフィ!お前ら、あっちの砲弾を頼む」
「「了解!!」」
ランサーだけがヒュドラと対峙する。ヒュドラは実際間近で見れば、ランサーより一回り大きな三頭竜だ。ランサーは風を操るだけに素早さはあるのだが、砲弾をあの竜巻で吹き飛ばせても、このサイボーグはビクともしない。三つの首、合計六つの目から絶えず砲弾が撃ち込まれ、避けるのが精いっぱいで技を繰り出す間もない。
「まるで毒だな、これを食ったら、ドラゴンが死んじまう」
さっき死んだ3体は以前のように魔砲弾を飲み込んで、死んだと情報が共有された。
ユズは、ポケットに毒消しが入れてあった。リスクーザの魔草でジェイドと作ったものだ。
「ニック、これ、毒消し。ランサーに効くかは分からないけど。」
「一応もらっとくが。ギリギリまで近づく。いけるか」
「おう」
ユズは男前に返事をする。ランサーは飛び交う砲弾を交わしながらヒュドラに近づいた。はたしてユズはヒュドラに降り立った。無人である。どこをどう動かしているのか不思議だ。魔法というものはわけが分からない。どこかで遠隔操作されているはずである。魔法で動いているなら魔法使いを仕留める必要がある。姿が隠れているから、この化け物を物理的に止める。カン、と剣が通りそうもない鋼鉄の音がする。しかし、ところどころ隙間が開いているようだ。ヒュドラの首の一つがユズを見つけて、目から光を出せば、ユズは避ける。自分の身体が粉々である。この動物かそうでないのか分からないものは知能はあるが、低いようだ。ユズは右側の首から頭に飛び乗れば、真ん中の首がそれをぶち壊した。なるほど、自分の体と思っていない。右から真ん中の頭に飛び移って、左の頭が大きく口を開けてそこから火を吹いた。飛びのいて左の竜の頭の目が光ったところでその目に剣を突き刺した。光が中で膨らんでいく。
「ユズ!」ユズはニコラスの手を取ってランサーに回収される。
左の頭はそのまま爆発した。
「いいな、だいぶ壊した」
「なんか呆気ない、このままとはとても」
ユズが言ったそばから、川の水面が波打ち、今度は百頭竜ラドンが現れた。その巨大さは川を埋め尽くして、このドラゴン辺境を食い尽くしてしまうのではないかと思うほどだった。文字通り、怪物…絶望の光景とはこのことか・・・ニコラスは戦意消失したように息をのんだ。
「サイボーグじゃない・・・」
「・・・」
「ニック、しっかりしろ!いったん立て直すか!?ブルーとコニーと合流して!」
ニックは震えているようだ。ユズは彼の頬を張った。
「必ず生きて戻らねばならない!お前はドラゴン使いの筆頭だろ!メアリーを一人にしたら許さないから!ランサー、ニックを安全な場所へ、アレクシスを連れて来て!私はできるだけこいつらの首をとる!!」
ユズは飛び降りた。ランサーはユズの言う通りに動く。もはや川の水は干上がり、溺れる心配などない。先ほどのサイボークと違って、ラドンは魔法で作り出されたのか実態である。一匹の首を薙ぎ払う、首は首だけになってもユズに飛びついてくる。頭から脳天をかち割ればやっと動かなくなり、消えてしまう。一匹倒したら四方から首が飛びかかってきた。避けてもマントを食い破られる。牙が二の腕に掠って、燃えるように痛んだ。ユズは毒消しの丸薬をかみ砕いた。三匹屠った。次は八頭の頭が襲い掛かってくる。まずは首を切り落とし、頭だけになっても襲ってくるそれを踏みつけ、セレスの剣で目のあたりを狙って、まだ倒しきれていないラドンが背後から来る、しゃがみこんで交わせば、お互いがお互いを食い合っていた。ラドンを食った頭はむくむくと大きくなるようだ。休む間はない、ラドンの頭が火を吹く。交わしきれない。
風が吹いた。火は、ユズに届かず、強風に負ける。
「ユズ!立て!」
アレクシスの声が聞こえた。ユズは荒く呼吸していた。
「このクソ怪物が、俺のユズに怪我させやがって!」
アレクシスは怒っているのか、一撃で2,3頭の頭を消失させた。ランサーが剣に風を当てたのか、その威力は凄まじかった。ユズは立って、アレクシスと背中合わせになる。
「ありがとう、アレク、私、あっちのを刈る!」
「ランサー、ユズを援護しろ、俺は大丈夫だ」
ランサーは吼えた。ユズはアレクシスとは反対方向に駆け出した。ブルーとコニーもやってきて、ユズの剣に力を貸してくれる。ブルーは水のコニーは炎の属性がある。ドラゴンの力を借りれば、ラドンの首は消滅するようだった。切っても切ってもなくなっているようには思えなかった。だけどやり続けるしかない。日は沈み、夜になり、ユズはもう戦っている時間感覚が分からなくなった。零時を迎えたら、どこからか鐘の音が響いた。そしたら魔法が切れたようにラドンは消失した。川の水がにわかに現れて、ユズはそれに飲み込まれる。力が、とても入らなかった。そのまま流されて、泳げないことに気が付いた。兜が重くて頭が沈む。水が口から入ってくる。息ができず、苦しい。
「なんなんだっ」
川から岸に這い上がったアレクシスは向こう岸を睨みつけた。兵士が駆け寄ってくる。
「・・・アレク!ドレイク様が鐘を鳴らした!あの鐘は魔法を無効化するんだ!」
そして鐘はきっかり零時でないと鳴らないらしい。効果は6時間。朝6時からまたあの攻防が始まるというのか。
「ユズは!?」
「誰か!!お嬢ちゃんはどこだ!!」
近くの兵士は誰も見ていないらしい。辺りは真っ暗である。
ドラゴンが鳴いている。何かを伝えようとしている。ブルーが川の水に潜っていった。また鳴いて、多くのドラゴンが川の流れを追いかけていく。
「流された・・・・グリフォン、ユズが・・・」
アレクシスは走った。川の流れに追いつくのはどう足掻いても無理だった。
***
ノルンの話に、ジェイドは考え、そしてゆっくりと息を吐いた。自分の国に現れた悪魔は、ジュピタルの魔力を根源にしているのだと。だからどの国が召喚したわけではなく、悪魔自体がこの聖獣の国を滅ぼしたいから、ジェイドを使って聖獣を遠くの地に召喚しようとしているのだ。聖獣がこの地を離れた時、きっと悪魔はジュピタル王国を乗っ取るという算段なのだろうか、そこまではまだ推測の域を出ないし、ノルンも分かりうることではないようだ。
「ノルン、大丈夫。俺はな、どこが悪いとかどこに責任があるとか、そういうのはどうだっていいんだ。」
ジェイドはその翡翠色の目に確固たる意志を持っている。
「今、グリフォンは、ウラヌスタリアを救ってくれている。その事実だけだよ。だから俺も、今、何をすべきか、ちゃんとわかってる。」
ノルンはそれを聞いて、人語ではなく、キュウウウウウウウウと高く鳴いた。自然フィールドの大草原に、何百頭のドラゴンが集まっていた。その光景は壮大で、あのビッグドラゴンもいて、なぜかノルンに頭を下げているように見える。これじゃあまるで、
『みんな、このドラゴン辺境を守るのよ。ドレイクはどうしようもないけど、戦ってくれるドラゴン使いがいる。戦っている同士がいる。そしてドラココに10万人の民がいる。今、みんなで力を合わせるときよ』
『戻ってきたのか、我が君』
『仰せのままに我が君』
ジェイドには、ドラゴンの声が聞こえた。ドラゴンの言葉のはずなのに。
『決戦は明朝。』
そうノルンは告げると、また空高く飛び上がった。日はとっくに暮れて、どこかで鐘が鳴った。
『さあ、ジェイド、ユズを助けに行かないと。』
「・・・え?」
そしてノルンは恐ろしいスピードで東に移動し、サバン!と水に潜ったのだった。真っ暗な水の中、ジェイドのウラヌスの剣が光る。ここはなんだ、水の流れを感じる。ノルンはそれに逆らって進んでいる。頭が水から出て、あの国境の川だと分かった。川の流れは速く、そして真っ暗闇だ。ジェイドはウラヌスの剣を掲げ、剣は思いに応えるように強く光る。川上から人が流されてくる。
「ユズ!」
ジェイドはそれをしっかり受け止め、ノルンは再び飛びあがり、川辺に行く。
「ユズ、息してない、水を飲んだのか」
治癒魔法は外傷に作用する。心臓は止まっていない。だとしたら、水を吐かせなければ。口から息を吹き込む。二回、三回、頼む、水を吐け。グリフォン、ユズを助けてくれ。人工呼吸は、継続して行わなければならない。何度も、何度も、ジェイドはユズに息を吹き込む。身体に、反応があった。ジェイドはユズを横向きにして背をさする。ゴホゴホッと激しく彼女はせき込む。そして大きく乱れた呼吸をした。とりあえず、呼吸は戻った。あとは、濡れた衣服を乾かして、身体を温めないと。魔法である程度乾かして、自分のローブを巻きつける。ユズは、意識を戻さず、ぐったりとしている。普段は子ども体温のくせに今はどこもかしこも冷たい。ノルンが火を噴きだしてくれた。
『温めてあげて』
ジェイドはユズを抱きしめて、ノルンのふわふわの前足と首の間に座った。夏なのに、今、おかしいくらい気温が低い。
『あの鐘で魔法を無理やり無効化したからね。天候が変になっちゃったわ。』
こんな寒いのに、水の中にどのくらいいたのだろう。冷え切って当然だ。ミニグリフォンが出てきて、ユズを案じている。ノルンはグリフォンが出てきてからは喋らなくなった。
『アレクが心配している』
「お前、アレクに伝えることはできるのか」
『わかった』
グリフォンは消えた。同じ加護をもらった同士は伝達なども可能なのだろうか。
『グリフォンは気まぐれだから、伝達には向かないわ。それに、ジュピタルではあの子だけ自由に動けるの。』
確かに、ラルフの加護をもらっても、ラルフが出てきたことはない。グリフォンは国の中央に拠点があるから、ジュピタル内ならどこにでも姿を現すことができるらしい。ユズはさっきよりは暖かくて、少し穏やかに呼吸ができているような気がした。ユズの外傷に治癒魔法をかけてやる。
「・・・ノルン、アレクや、他の人も怪我をしてないだろうか・・・」
『ジェイド、あなたは本当に優しい子。いいわよ、行きましょうか。』
寝ているユズを乗せて、この寒い中を飛ぶのは良くないので、ジェイドが背負って歩いた。いつも背負っている剣を前に固定して、光ってくれるので足元は明るい。ノルンは飛んで先に行くらしい。向こうから誰か走ってくる。グリフォンが教えてくれたなら、アレクシスだろう。走れるくらいには元気らしく、ジェイドは安心した。
「ユズ!!!ジェイド、ユズはっ」
さすがに息を切らして、アレクシスは問うた。
「意識は戻らないんだ、でも、なんとか」
息はしている。アレクシスはジェイドが背負っているユズの頭に触る。体温があることに安堵する。
「早く救護小屋へ。火も焚いてて毛布もある」
ユズはどうやら2,3キロ流されたらしい。ウラヌスの剣をアレクシスが持って川沿いを先導してくれた。救護小屋に運べば、毛布でくるくるに巻かれて、火のそばに置かれる。
アレクシスはぎゅうっと意識のないユズを抱きしめた。彼が震えているのは寒さのせいではないだろう。
「お前、どこか痛くないか?」
「大丈夫だ、あいつらを見てやってほしい」
アレクシスは救護小屋に入りきらない兵士を指す。野外で火を焚いて、今日は野宿になるようだ。兵士やドラゴン使いの怪我をジェイドは見て回り、治癒魔法をかけた。ドラゴンたちの方は、ノルンが診てくれているようだ。
一匹のホワイトドラゴンが、地面に寝そべって、身体がキラキラと輝いている。
ドラゴン使いのユフィが、同じドラゴン使いたちに囲まれて、涙を流していた。
「コニー、ありがとう・・・よく頑張った・・・う、う、まだっ、行くなよぉ!」
建前と、本音が混在していた。
『ユフィと一緒に戦えて、楽しかったよ』
ドラゴンの声が聞こえた。ジェイドは理解した。ニコラスがあの時、首を振った理由が。きっと普通のドラゴンの声は、今わの際でないと聞こえないのだ。
『ユフィに会えて、幸せだった。』
光がどんどん強くなって、キラキラとドラゴンは天へ還っていく。ドラゴン使いたちは涙にくれ、ホワイトドラゴンの健闘をたたえたのだった。
「悪い・・・コニーが死んだのは、俺がっ」
「ニック、戦況は、立て直せるか!?」
ユフィは弱気なことを言おうとしたニコラスに詰め寄る。
「俺は、俺はコニーの敵を討つ!お前が、ランサーを使わないっていうなら!ランサーを俺に寄こせよ!!」
ユフィよせ、と周りが止める。今は仲間割れをしている時間はない。鐘の効果はあと4時間ほどだ。明朝、また、マルスが攻めてくるかもしれない。
「ニック、お前が、お前が頼りなんだよ」
オーウェンが言う。年長のドラゴン使いも頷く。
「ビビったんだ、あの怪物に。俺は」
「誰だってビビる、あのお嬢ちゃんやアレクがおかしいんだ。でも見ただろ、あの勇敢さを。見てたら俺らもできることをやらにゃあならん。」
「大丈夫だニック。ドラゴン辺境はドラゴンと共にある。そして俺たちが・・・必ず守るんだ。」
ニコラスはまだ正直震えていたが、大きく頷いた。自分は一人ではないのだ。何か、打開策があるはずだ。ここの攻防は絶対に譲れない。ここを突破されたら、十万人の民が死ぬかもしれない。
「状況を把握しよう、ドレイク様は来てるのか」
「ドレイクは城だ、逃げたかもしれん」
「なんつーやつだよ、ダンテに誰か話をつけにいくやつは?」
「兵士はもっと出せるのか、もうこれは中央に報告は免れないぞ」
「陣形はどうする、今戦えるドラゴンは9頭だ。二人ずつ乗ろう。」
ドラゴン使い達は話し合いを始める。ジェイドはそれに近寄っていく。東の空が白むまで、それは行われた。
ユズは暖かくて、重くて、苦しくて目が覚めた。目を開ければ、アレクシスの寝顔が目の前にあって、抱きしめられていることに気づいた。そしてアレクシスは疲れ切って寝ているようだ。ユズは「ぎゃ」と声を漏らして、身じろぎした。しかしビクともしない、アレクシスの馬鹿力、と内心叫びながら、抜け出そうとする。こんなの聞いてない。アレクシスと寝ていた事実がにわかには信じられない。ドッドッドと心臓が早鐘を打った。顔が近い。
「お、ユズ起きたか?」
水、飲むか?なんか食うか?とジェイドは聞いてくる。
「ジェイド・・・!?こいつを、どうにかして!」
「いや、無理だろ、アレクは馬鹿力だ。ユズの力で無理なら俺のひ弱な腕じゃいかんともしがたい。」
「やだ、もう、最悪!アレク!起きろ!離れろ!」
ユズは力いっぱい叫んだ。くるくる巻きで手も使えない。ミノムシ状態で抱き込まれている。アレクシスの長い睫が揺れて、ゆっくり目が開く。この人の目は、本当に綺麗・・・とユズは近距離でそれを見ることが許された。強制的にだが。
「ユズ!起きたのか、無事か、どこも痛くないか!?」
アレクシスは目を見開いて、ユズを揺さぶった。ユズは状況が分からず、揺さぶられていた。ラドンと戦っていた。急に消えて、川の水が襲ってきた。
「あ!私、溺れた!」
ユズはオニキスのせいで遊泳ができなかったのを恨んだ。今度会ったら蹴っ飛ばしてやると誓う。
「でも生きてる。もういいだろ、離れろ。状況はどうなってるの、あの怪物は何でいなくなった?」
「ふざけんなてめえ、こっちがどんだけ心配したと思ってんだ、殺すぞ」
アレクシスは怒鳴りながらユズをギュウっともうそれは締め技に近い抱擁だった。ぐえ・・・とユズはカエルが潰れたような声を出す。
「アレク、ユズが死んじまう・・・せっかく蘇生したんだから」
ジェイドはため息を吐いて、もう抱きしめて離したくないアレクシスとどうしてもアレクシスの腕から逃れたいユズの諍いの仲裁に入った。そしてそれをすぐ後悔することになる。
「こいつ死んでたのか!?」
「いや、うん、生きてた、生きてました!私は、回収しただけです、誓ってやましいことはしておりません!!」
もうこの様子のジェイドは限りなく何かやましいことをしたと自分で暴露していた。ユズは溺れて流されたのだ、蘇生の方法は限られる。アレクシスはユズを離した。
「よし、ジェイド、表へ出ろ。できるだけ穏便に済ませよう」
アレクシスは剣を取って、立ち上がる。もはや目が据わっている。
何を!?とジェイドはギョッとする。こいつは間違いなく、自分をこの世から抹消するつもりである。今は臨戦状態なのだ、ジェイドは救護担当として置いてもらっている。死ぬわけにはいかない。
「アレク、アレク、勘弁してくれ、俺は無我夢中で!非常に残念なことに何にも覚えていない!ユズだって知らないならそれはもうノーカウントだ!」
ジェイドはしかし、首根っこを掴まれて引きずられていく。
「ジェイド!おなか減った、私も行っていい?」
ユズは無邪気についてくる。元気そうで良かった。熱などもなく、今日もいつでも出れる、と外の様子を見に行くようだ。ジェイドはアレクシスに引きずられながら、ユズにおにぎりとサンドイッチなど手軽に食べられるものを渡した。
「アレク!」
外に出ればニコラスが駆け寄ってくる。
「ジェイドと大方作戦を立てた。この一件に第三の勢力が絡んでいる可能性が出てきた。ミリアリア様が来てくれているから、ダンテに交渉に行く。それで、あぶり出せるのかは賭けだ・・・ドラゴンはランサーだけが付きそう。」
「第三勢力?」
「ダンテが何者かの謀略を受けている。そう考えた方が辻褄が合う。マルスがうちを取っても確かにメリットがないんだ。」
マルスは魔法大国であり、ジュピタルの考えとは相いれないはずだ。ここの辺境伯同士はそういう認識なのに、とくにこの2年くらいはマルスからの攻撃が頻繁だ。
「隠していたようだが、ダンテで魔力の不足が起き始めていて、それでドラゴンを排除するように、仕向けられた」
ジェイドがニコラスに説明してくれたことは、ニコラスも納得のいくものだった。
「だったらダンテと俺たちの敵は一緒のはずだ。認識の齟齬を改めるために交渉する必要がある。ダンテの魔力枯渇を切り札にして」
「なんでミリアリアが行く必要がある」
アレクシスは割って入った。
「お父様が逃げたから。今、私がこの辺境伯筆頭よ。」
ミリアリアが答えた。兵士やドラゴン使いの間を縫って、こちらへ進んでくる。朝日に照らされる赤茶髪、そして光を背に歩いてくる姿は女神にも似ていた。
「昨日から、あなたたちの戦いを見ていた、このドラゴン辺境のために力を尽くしてくれたこと、何と言っていいのか言葉が出てこないくらいよ。感謝をしてもし尽せない。」
ミリアリアはユズを見た。
「ユズ・グリフォン令嬢、あなたにはとても勇気をもらったわ。私、決心がついたの。」
ミリアリアの青い目がキラキラと輝いて、ユズの手を取った。ユズはニコラスの難しい話を半分聞き流していて、いきなり話しかけられたので、動揺した。こんな綺麗なお姫様に手を取ってカーテシーをしてもらったことに赤面する。
「あなたのようには戦えないけど、私には私にしかできない戦いをするわ。」
心を決めた目というのはどうしてこんなに綺麗なのだろうか。ユズは同性なのに見とれてしまう。
ドラゴン辺境のこの東の国境に、今、すべてのドラゴンが集まっている。筆頭にノルンがいて、あのビッグドラゴンもこちらまで来ている。
「行くわ、ニコラス。」
「はい、ミリアリア様。」
ニコラスはランサーにミリアリアを導いた。ジェイドも一緒に行くことになっていた。
「お嬢ちゃん、俺とおいで」年長のドラゴン使いがユズをレッドドラゴンに乗せる。
「アレク、ブルーに乗ってくれ」オーウェンがアレクシスをブルードラゴンに導いた。
「この交渉を邪魔するやつが、黒幕だ。気を引き締めろ。」
ドラゴン使いが誰ともなく言う。レッドドラゴン、ブルードラゴンはランサーの前を飛ぶ。マルスからの攻撃は今のところない。ダンテの地へ降りるのはランサーだけだ。レッドとブルーは空からそれを見守るのだ。ダンテ辺境伯が出てきた。ユズはその若さに驚いた。ドレイクが40くらいだったから、そのくらいを予想していたが、見た目はどうみても20代だ。藍色の髪に青い目をしている。ランサーが降りたって、魔法使いたちが一行を取り囲んだ。ニコラスはランサーからミリアリアをエスコートする。
「ミリー!本当に来てくれた」
ダンテ辺境伯は目を見開いて、駆け寄ってくる。
「おはよう、ルーカス。久しぶり」
「君の生誕祭に行けなかったこと、どうか許してほしい。」
周りの魔法使いは警戒しているが、ダンテ辺境伯は気にしていないようだ。なるほど、とジェイドは悟った。ミリアリアはダンテは自分の話を聞くはずだ、と言い切った理由が分かった。そしてミリアリアの戦いの本意も。
「どうして、協定を破ったの。」
「・・・君には、心当たりはないよな」
おそらくドレイクは、この2年、ダンテと交流を怠っている。ダンテは手紙を送っているのだ、しかしドレイクは彼の若さを理由に話すに値しないと判断していたのだろう。
「ドラゴンが、ダンテの魔力を奪っている。そう何度もドレイクには話をしている」
「ルーカス、ドラゴンは魔力を食べたりしないのよ。」
「でもこの辺境だけが魔力を奪われている。ドラゴンが関係しているのは明白だ。」
ダンテはもはや、魔力の枯渇を隠す気はなかったのだ。深刻に事態を受け止め、何度もドレイクに手紙を出していた。
「これではダンテをジュピタルが奪いたいみたいじゃないか。」
ミリアリアはジェイドを見た。ジェイドは頷く。
「初めまして、ダンテ辺境伯。私はミリアリア様の側近です。魔力の枯渇に心当たりがあります。」
「・・・本当か」
ダンテは目を見張ってジェイドを見た。
「ダンテはドラゴンを排除しようとしている。ドラゴンを邪魔に思っているものの仕業だと考えます。ドラゴンの天敵・・・反対だな、ドラゴンを最も恐れる者が実在する。ダンテはドラゴンの排除に利用されています。」
「ドラゴンは、聖獣のほうの・・・ドラゴンを恐れる、・・・」
ダンテは心当たりがあるようだ。
「いや、しかし、まさか。」
それは到底考えられる話ではない、とダンテは首を振る。だけど魔力をドラゴンが食っているのではないとしたら、魔力を食いものにする悪しきものの存在があることは魔術大国である自分たちは知っているのだ。
「まさか、あの封印が解けたというのか。パトリオット、急ぎ確認してくれ。これは、全世界を巻き込むことになるかもしれない、ジュピタルの魔力が根こそぎ奪われたというのなら!!どこかでもう復活をしている!!」
パトリオットと呼ばれた魔法使いの側近が動き出した、と思ったら、赤い砲弾が彼を貫いた。絶命している。ミリアリアは恐怖で声も出ず、ジェイドは彼女をランサーの前まで連れていく。すぐにダンテはシールドを張ってくれた。守れ、ここで彼女を傷つけることは許さない、とダンテは側近たちに命令する。
「釣れたな」
「あいつだ」
上から見ていたアレクシスとオーウェンはすぐに動いた。魔法使いの一人に扮している、赤い砲弾はやつの手から出ていた。それに向かって、水の矢を投げ込む。人間ではない動きでそれを交わしていた。レッドドラゴンも炎を吐き、その物体を追い詰めていく。ユズはドラゴンから飛び降りて、それと対峙する。
「お前、化け物か」
剣の攻撃をかわす黒いフードを突き刺した。眦が裂け、唇が青く、青白い顔をした、ユズにはヘンテコなメイクに見えた。
「化け物なんて酷いな、お嬢さん、俺の名はサミュエル。悪魔だよ」
しかしそいつは悪魔と名乗る。
「・・・中二病?」
ユズは訝しげに聞く。その悪魔の髪の毛がツインテールなのが気になった。
「・・・そんなのと一緒にするな!俺は強いんだ、ダンテの魔力を吸い取った」
「じゃあ、お前が死ねばダンテの魔力が戻るんだな。なんてやつだ、ドラゴンに罪被せやがって・・・何頭のドラゴンが死んだと思ってる」
ユズはふつふつと湧く怒りを感じた。ノルンが率いている辺境のドラゴンたちがユズに力を送っていた。風が吹いている。悪魔は撃ち込まれるドラゴンの攻撃を避けながら、ケタケタと笑った。
「ドラゴンを殺すのが俺の役割だ。ベリアル様からのご命令なのだ。お嬢さん、若くてうまそうな血肉を持ってるね、お前も食ってやろうか」
風が、ひときわ強く吹いた。セレスの剣は緑色に光る。そして風はまとわりついて来る。悪魔はユズに赤い砲弾を繰り出した。風のせいで、それて当たらない。
ユズと悪魔は竜巻の中心にいるように、周りに風の壁があった。そして、雷が落ち、雨が降る。悪魔は外に逃げようとして、逃げられないでいる。ユズはゆっくりと近づいて行った。剣は炎をまとい、気温は氷点下になった。すべての属性が、この竜巻の中に取り込まれていく。
「ダンテの魔力を吐き出して、地獄へ戻れ、中二病!!」
ユズの剣の一振りは、悪魔には避けるのはたやすい大振りだった。そんなに振りかぶって、そんなに力んで、当たれば確実に死ぬ、そんな剣だ。そんな剣を避けれないはずがない、と高をくくっていた。だけど足が、地面に縫い付けられていた。木が根を伸ばすように、美しい花まで咲かせて。額から、かち割られ身体を袈裟懸けに切断される。女の力ではない。悪魔はまだ、自分は普通の剣では死なないことが分かっていた。身体が切られても、戻れる魔力は存分にあるのだ。しかし、身体から、天敵である聖なる光が切られた傷口からあふれ出してくる。
「・・・お、おのれ、お前、もしかして・・・聖獣の」
緑の光が、悪魔の体を埋め尽くしていく。そして光になって消えた。竜巻も消える。キラキラキラキラ、ダンテ領一帯に光の粒子が降り注いでいた。夏なのに、それは風花のように舞い、地に空気中に溶け込んでいく。
「なんだ、雑魚だったな」
アレクシスがドラゴンから飛び降りてきた。
「うん、昨日の百頭竜のほうが強かったわ」
ユズは同意して笑った。




