ノルン
※主人公が思春期なのであれこれに興味のある描写があります。
ジェイドはノルンを抱いて、草原に寝転がっていた。ノルンはよく寝る子だ。ドラゴンなのだが、彼女には鱗がなく、ふわふわの体毛で、抱き心地は最高だった。他はドラゴンらしく、立派な牙もあるし、可愛い角もあるし、背中には翼だってある。目は虹色に輝き、どの子よりもノルンが一番可愛いとジェイドは思った。最近は体重が重くなってきたけど、まだ抱っこできる。一週間でノルンは狼ぐらいの大きさになった。向こうの草原でユズも寝転がっている。ユズはノルンと全力で遊んで自分も寝た。さわさわと草原が風に波打っていた。頬を撫でる風は生暖かくて初夏の季節を感じさせた。ノルンを抱っこするのは冬ならもっと最高だった。今は若干汗ばんできた。
ノルンは起きたらしい、ジェイドから離れて、ユズのほうに行く。ユズを日差しから守るように、日の側に座った。
「テントでも立てるか。」
ノルンが大きくなって、部屋が手狭になったので、ジェイドはユズとノルンとドラゴン辺境の自然フィールドを探検することにした。ジェイドが行くと言ったらユズは二つ返事で着いてきた。アレクシスは仕事があるので来ない。二人で行くことにだいぶ難色を示していたが、ノルンもいるので良いのだ!とユズが押し切っていた。
ドラゴン辺境自然フィールドは主に辺境の東側から南側にかけて広がっている、ドラゴンの生息地である。多くのドラゴンは使役獣としての適性がない限り、この自然フィールドで野生化して過ごすことになるのだ。ノルンもできれば、使役獣として戦うより、こういうところでのんびり過ごしてほしい、とジェイドは思っていた。
ノルンはすくすく育っていく。成長が早いのが嬉しいような、寂しいような、だけど加護が早く欲しいような焦りも若干ありながら、ジェイドはノルンを育てていた。
ユズはジェイドが思い悩んでいるのは分かっていた。いつかも言ったように気持ちは本人のものだ。ユズは無責任に国のことは今は忘れればいいのに、と思うのだ。ジェイドは今をしっかり目の前のことに向き合って生きるべきだ。余計なことは考えないで、ノルンの成長だけを楽しみにしていれば、良いのだ。ユズもそれ以上はジェイドの事情を考えないようにした。堂々巡りになる。むくりとユズは身体を起こした。
「ジェイド、薪拾ってくるね」
「あんまり遠くまで行くなよ」
ユズはジェイドに手を振って森林のほうに行く。野生のドラゴンは別に人間なんか気にしないのか、ユズが目の前も通っても、足を踏んずけても、薪と勘違いして引っ張っても、ビクともせずにユズを見つめるだけだ。ユズは寝そべっているドラゴンの大きな顔の目の前に立って、その大きな目を見つめる。ノルンもこんなに大きくなるのかしら。
「食われそうだよ、ユズ、そんなに近づくな」
「ジェイドは食われるかもね、魂がおいしいから」
「滅多なこと言うな・・・ひえー、でけえな」
このドラゴンはここらで一番大きいのだそうだ。ビッグドラゴンとそのままの名前がついている。ドラゴンというより、東洋の竜、と言った方が正しい気がした。頭から尻尾まで100メートルはあるだろう。ジェイドはヤシの実を取りに来たらしく、ビッグドラゴンにお頼み申し上げて、登らせてもらい、ヤシの実を取ってユズに投げた。ユズは一つ、二つ受け取って、ジェイドが悪ふざけで三つ目を投げてきたので、二つ目に受け取ったものを投げ返して、それはジェイドに直撃した。木から落ちて、ピヨピヨと目を回す彼を笑った。
「お前が投げるな、普通に痛い!」
「手加減したんだけどな。ほらいくよ!」
ジェイドの手を取って立たせ、ノルンの寝ている草原まで戻る。火を焚くところに木の下敷きと半分に切ったドラム缶を置いた。ドラム缶で、イノシシを丸焼きして、バーベキュー用に串をつくった。イノシシの丸焼きはそのままノルンが食べる。ノルンは食いしん坊で、人間が食べるようなものを好んだ。ヤシの実も殻ごとバリバリ食べていた。
「火を見ていると、落ち着く」
夜、火のそばでコーヒーを飲みながら、ジェイドは語った。ソロキャンプあるあるらしい。
「人間とそうじゃない動物の違いって、火を使うかどうからしい。」
「えー・・・難しい話?」
「ユズには難しいかー」
「私には何でも難しいわ。」
語りたいなら語りなさいよ、とユズは促した。
「じゃあ、ロマンチックに手でも握って」
ジェイドが椅子を近づけて、ユズの手を取る。ガブリ、とノルンがジェイドの頭に噛みつく。甘噛みだから痛くはないが、よだれで頭がべとべとになる。ノルン、悪かった、そう焼きもちを焼くな、とジェイドはノルンを宥めたが、ノルンはそこから動かず、ジェイドは仕方なく頭にノルンをかぶったまま話を進めることにした。
「二人きりだしさ、良いじゃん?俺も女の子の肌が恋しくなることだってある」
二人きりの言葉にノルンはまた今度は強めにかじった。イダダダダ・・・ちくしょう、今度はノルン抜きで二人でキャンプだ、パパだってママと仲良くしたいんだぞ!とジェイドはノルンを頭から外して、目を合わせる。額に歯型がついていた。ガルルとノルンは軽く火を吹いた。ジェイドの前髪が焦げた。こいつ俺のこと舐めてない?どこで育て方間違えたかな・・・とジェイドはため息をつく。ユズには愛情表現のように見える。アレクシスに対するノルンの態度は完全に威嚇だから、あれがきっと舐め腐っている態度だ。アレクシスはそれが剣の稽古になると思って容赦なく切りかかるのをジェイドは何度制止したことかしれない。
「私の手は、別に女の子らしくはないだろ」
「いや、小さくてかわいいし、剣だこがあって強くて、俺は大好きな手だ。」
ジェイドが気を取り直してユズの手を握る。そんな奇特なことを言うのは彼ぐらいだと思う。
「右ストレートとかアッパーとかフックとかも出せるけど。」
「俺はどうあってもお前に物理じゃ敵わねえわ。」
だから手を握るくらいまでしか手なんて出せない。それくらい許してほしい。
「火を見てるとさ、そういう人間の営みが長年積み重なって、今があるんだなって」
ロマンチックなことをジェイドは言っているつもりなのかもしれないが、ユズにはいまいちピンとこなかった。ジェイドは少しずつユズに寄って、ダメもとで彼女の肩に寄り掛かってみた。ユズは別に邪険にするわけでもなく、その意味を考えた。
「・・・つまり」
ユズは結論を出す。
「・・・エッチしたいってこと?」
「バカ!違う!違くねえけど違うわ!」
ジェイドは核心を突かれて、慌ててユズから遠ざかった。
「ノルンノルンノルン!頼む、俺が変なことしだしたら今度は全力で止めてくれ。」
今は危なかった。火の魔力にやられた。だからさっきから止めてたじゃん、と言い出しそうなノルンの生ぬるい目にジェイドは落ちこんだ。ユズはユズで首をかしげて、つまり・・・どういうことなのだ、とまた考え込む。難しい話はちっとも分からない。分からないままで良いとジェイドはノルンを連れて、火から離れて、星を見上げる。夏の大三角形がくっきりと見えた。アルタイルとベガとデネブと。あとはキラキラと天に伸びる、竜の命の灯が見えた。竜の姿のように地上から天へ登っていく神々しい光。ドラゴンは死んだら、天へ還るのだそうだ。身近にいるようだけど、やはり彼らは聖獣なのだ。
『ジェイドは、ユズを大切にしたいんだね』
「そうだな、大切に・・・」
ジェイドはどこからか声が聞こえてきたのに答えていた。しかしジェイドのそばにはノルンしかいない。あのミニグリフォンの声とは違っている。ノルンがキラキラと虹眼をジェイドに向けている。
「え、お前喋ったの?とうとう人語を話すように・・・・ノルン?いいか。」
ジェイドは水辺に行って、ノルンに鏡を見せるようにする。
「人語を操れるのはすごいことだよ、俺の娘は天才だ、だけどなノルン、お前はドラゴンなんだ。人間はな、みんなユズのような良いやつばかりじゃない。アレクのような悪い・・・あ、ごめんアレク、アレクもまあいいやつではあるけど、ああいうやつもる。俺はお前に、できればドラゴンの世界で過ごしてほしい」
ジェイドはもはや意味の分からないことを言っている。
『アレクは嫌い、悪いやつではないけどね』
「まあそうだが、って・・・人知を超えたことばかりだな」
『ジェイド、私はジェイドよりも人間の醜さも愚かさの賢さも優しさも知っているわ』
「何言ってんだ、まだ赤ちゃんだろ?」
一歳にもなっていない癖に何を言うのだ。生後3週間だ。ドラゴンで言えば、どのくらいの年齢なのか、専門書をあとで読もうと決めた。ジェイドはユズに向き直る。
「ユズ!ノルンが喋ったぞ!」
ユズはジェイドがおかしくなったのだろうと相手にしなかった。ノルンはドラゴンだ。喋るにしてもドラゴンの言葉をしゃべっているのは聞いたことはある。
「ママって?」
「いや最初はパパだろ」
「はいはい、もう眠くなった。」
ユズはあくびをした。
「・・・一緒に寝ても・・・いいのか?」
ジェイドは一応許可をとる。間にノルンを置く。それならいいと思う。
「ジェイドの立てたテントでしょ。ほら寝よう」
ユズは男前だ。さっきのことをちっとも気にしてない。意識されてないことに落ち込むのはいつものことだ。これ以上彼女と距離を詰めるのは・・・お互いにきっと良くないことも分かっている。
『ジェイド、自分の気持ちに素直になってみたらいいよ。ユズは優しい子だよ、あの子はあなたに言わないでたくさん我慢してる。あの子に我慢させてるようじゃ、ジェイドもアレクと同じね。』
「は?へ・・・お、お前、俺の心読んだのか、やめてくれ、破廉恥だぞ」
ノルンは何者なのだろうか・・・・この声はもしかしてジェイドにしか聞こえていないのかもしれない。それならまだ許容できる。ノルンは応えずにユズに続いてテントに入っていった。
ノルンを挟んで川の字になった。
「地面固くないか?眠れそうか?」
クッションを敷いているから大丈夫だ、とユズは返した。テントの天井を透明して星が見えるように魔法をかける。
「ジェイドが、魔法使いってこと、ときどき思い出す・・・」
夏とはいえ、夜は少し冷えるから、ブランケットかけて星と竜の灯を眺める。自然に命が還っていく・・・それは当たり前のことだと理解はできる。
初めて会った時、彼は信じられないくらい人に作用する魔力を使っていた。あんなの普通、ジュピタルで使える魔法ではない。
「・・・エルの兄貴がすげえ魔法使いなんだよ。」
「私の兄上、失礼なことしてるんだろうな・・・」
「ユズって兄上の評価、厳しいよな。」
ジェイドは笑った。
「・・・兄上は・・・」
ユズは途中で喋らなくなった。おやすみ、とジェイドはハニーブラウンの髪の毛を撫でてやる。
翌朝、案の定、ノルンを枕元に追いやってユズとくっついて眠っていた。ノルンはわざと布団を出たのかもしれない。なんで、こうなった・・・とジェイドは節操がないとアレクシスに言ったことを菓子折りを持って訂正とお詫びをしないといけないと、自分を恥じた。
テントから出て、朝日がまだ上がっていない群青の空を見た。ノルンはああ言うが、自分の気持ちに素直になったら、とても平気ではいられないと思った。今だってこんなに苦しくて、年甲斐もなく、心が乱される。だからユズとこれ以上近くなることはできない。しちゃいけない、自分にはやらなきゃいけないことがあるし、すべてが終わったとしても、自分には先がない。これから先、彼女と一緒に未来を生きる幸せなんてものはないのだ。生きたい、死にたくない、そんなことを思ってしまえば、目的の遂行が困難だろう。だから、自分に関しては一切を諦めてあの悪魔に挑むのだ。
迷いはない、ジェイド、うつむいてはダメだ。自分に言い聞かせて、東側の白くなる平原の先を見る。早く・・・国へ帰る。俺は、帰る。必ず。
***
「だいぶでかくなったな、」
ドラゴン辺境自然フィールドツアーを終えれば、季節はすっかり夏ばみ、ノルンは十メートルにもなっていた。久しぶりにメアリーの店に来て、ニコラスにノルンの健康状態を見てもらう。いたって元気だとお墨付きをもらって、ノルンは表でランサーとじゃれついている。
「ユズちゃん、その後どうよ、押し倒してみた?」
「・・・メアリー、いや、うまくは行かないよ」
ユズはメアリーと話し込む。あのお姉さんはまたユズに碌でもないことを吹き込むんじゃないかとジェイドは冷や冷やした。
「今、ちょーっときな臭いんだよ」
ニコラスが、最近のドラゴン辺境の様子を教えてくれる。言った通り、ミリアリアの生誕祭が終われば、お祭り騒ぎは終息し、あんなに宿が取りづらかったのが噓のように人が掃けた。だけどこの定食屋は相変わらず閑古鳥が鳴いている。密会におすすめよ、とメアリーは開き直っている。帰ってきて、アレクシスと会う前にここに寄ったが、アレクシスは会う間などないように忙しいようだ。
「ダンテ辺境伯がヒュドラを作ったんだ。」
「作れるもんか、三頭竜のことだよな。」
「魔法大国だ、魔法技術でクローンやキメラなんかも作ってる。」
ヒュドラは神話に登場するような怪物だ。
「毒消しならいっぱい持ってるぞ、お前にも分けてやる」
ジェイドはニコラスにそれを渡す。ヒュドラも猛毒を使うドラゴンだった記憶がある。ニコラス曰く、そこまで完ぺきな再現ではなく、実際サイボーグみたいな出で立ちで、目から魔砲弾を出し、こちらのドラゴンのあらゆる技を耐えうる個体である、ということだった。そんなのが出てきて、どうやって勝つというのだろう。
「打開策は?何かあるのか」
「実際問題、シールドを張るしかないのか・・・でもそのシールドにどれだけ魔石を消費しなければならないんだって話だよ。魔石だってマルスから輸入してるんだぜ」
ジェイドの気が完全にそっちにそれたのを見計らって、メアリーはユズにこそっと耳打ちをする。
「実は、赤ちゃんできたの」
「あ、え・・・ニックには?」
ユズは小声で聞いた。メアリーは首を振る。まだ教えていないらしい。
「結婚は?」
「まあ、そのうちってずっと待ってたのよ?ニックはいつ死ぬとも分かんない身だからって、現状に甘んじてるの。だから既成事実をね、作っちゃえッと思って」
避妊具に穴をあける典型的なやり方を用いたらしい。ユズはなるほど、と少し大人な話をそわそわして聞いた。ジェイドもアレクシスもそういう話題の肝心なところは何一つ教えてくれない。愛が必要だの、同意が必要だのの御託はどうでも良いとは確かに言えないかもしれないが、いかんせん、すべてにおいて曖昧なのだ。ユズはいつか来る未来に備え、綺麗ごとよりもちゃんと具体的なことを知りたい。だからこういうのは同姓が教えてくれる。マリカやヴィアンカのことも彼らはユズに悪影響だというが、ユズには大事な情報収集だった。といっても彼女たちは結婚するまでは清らかな身である。耳年増ではあるが、実際に経験しているわけではない。メアリーはユズから見て正真正銘大人の女性だ。
「でも、言ってもニックは結婚なんてしないかもね。良いんだ別に。あたしはあの人の子どもが生みたいし、育てたい。」
メアリーは意志の強い、母親の目をしている。
「・・・泣きそう、メアリー、私は泣きそうよ」
ユズは言いながら涙ぐむ。こんな愛のカタチがあるなんて、どんなおとぎ話よりもロマンチックだと感じる。もうはっきりいって、ニコラスは蹴っ飛ばしてやりたい。
「ユズちゃんは可愛いわー、どうしたらこんな可愛い子が育つんだろ、親の顔が見たいかも。子育てのコツを聞かなきゃね。そのうちユーピテルに遊びに行くからね!」
メアリーはユズにウィンクした。
「ジェイドは良い男よ、何としても捕まえてほしいわ。ユズちゃんには合ってると思う。」
メアリーはいつ来てもジェイド推しで、これ以上進めないユズを励ましてくれた。
「ジェイドはアレクを推してる」
「アレクはだめよー、あれは顔だけ愛でてればいいの。女癖悪いって聞くし、」
「せっそうなし?」
「そうそう、しかも愛もないし、雑だし、下手って噂もある」
この界隈ではアレクシスは有名すぎて、噂の出所も確かではないが、それは男児においてはとても不名誉な噂であるのではないかと、ユズは可哀そうに思った。そしてユズに同情されるのだけはアレクシスの本意ではないことを、彼女は知らないのである。
「うまい下手って、やっぱあるのかな」
「あるあるー、まあ基本は好きな男じゃないと濡れないもんだって、濡れなきゃ気持ち良くないしね。」
「ぬ?」
ユズは怪訝に眉根を寄せる。
「好きな人となら、キスだけで気持ちよくなるんだよ」
「ということは・・・」
いぶかし気にこちらを見ていたジェイドと目が合う。ユズは閃いて、席から立ちあがった。
「キスして気持ちよかったら、それは好きということだ!」
「そう、そうよ、なんて素晴らしいの!」
メアリーは絶賛して、ジェイドはずっこけ、ニコラスは頭を押さえた。
「違う!違うだろ、順番が!!」
「そういう恋だってあるわよ、私とニックは身体からだった」
「もういい加減にして、メアリーさん!」
「メアリーほどほどにしなさい。」
久しぶりの団欒にほっと一息をつく。
「そういえばニック、ドラゴンって人語喋ったりする?」
ジェイドはニコラスに聞けば、ニコラスは目を見開いて、首を振る。
「ジェイド、それは」
突如、空襲警報が町に鳴り響いた。ドラゴン辺境においては割と日常らしいが、この警報はかなり喫緊を要したものである。メアリーはすぐに店を閉める。
「カイトは学校か。メアリーすぐに迎えに行ってくれ、帰ったら「地下へ避難ね、分かってる。ユズちゃんとジェイドもうちの地下に入る?ノルンくらいだったら入れるわよ」
「ニック、私は一緒に行く」
「来てくれるなら助かる、ジェイド、この子は戦力になる。アレクには反対されるもしれんが、連れて行ってもいいか」
「え・・・」
ジェイドはユズを見た。すぐには返事ができなかった。ユズは戦力になる・・・だけど戦にすすんで行かせるなんて、自分はそういうところへ彼女を連れて行こうとしているくせに、矛盾した気持ちが煩わしく駆け巡る。
「ジェイドはメアリーとノルンといて!メアリー、くれぐれも・・・無理しないで」
メアリーは大丈夫、私はドラゴン辺境の女よ、とウィンクする。メアリーはニコラスの頬にキスをして、それからカイトを迎えにいくために急いだ。
ユズはニコラスとランサーに乗った。バサバサと翼を広げて、ランサーは空へ飛びあがった。
「急げ、ランサー・・・これは、」
キラキラと昼の空にもドラゴンの灯が上がっている。東一帯が燃えているように赤い。ランサーはすごいスピードで辺境東へ向かっていった。
ジェイドは残され、茫然とした。
『ジェイド、私たちも行かなくちゃ』
ノルンがジェイドの後ろに来ていた。ジェイドは怖かった。
『ユズが怪我したら、誰が治してあげられる?この国で魔法使いは無力なのよ』
「ノルン、お前が怪我したときの対処法を、まだ勉強してないっ!俺は、お前を失うのも恐ろしくて」
『・・・ジェイド、心配いらないよ。私には治癒の加護もある』
優しい主人をノルンは労った。少し不安が取れたのか、ジェイドは気を取り直す。ノルンの加護はまだわからなかったが、そういう加護もあるのか、とジェイドは今は深く考える余裕がなかった。
「わかった、行こう」
『私が行かなくてはならないの、ごめんね、ジェイド』
ノルンが自分の背に乗るように促し、ジェイドはふわふわの背に上る。ノルンが飛んだところは見たことがなかった。だけどノルンは飛べるようだ。翼を広げて、バサバサと動かして、高く飛びあがる。ランサーはとっくに見えなくなっている。ノルンは東の辺境ではなく、南側、自然フィールドに向かっていく。
『みんなに助けてもらわなければ・・・』
ノルン、お前、そんなこともできるのか、ジェイドはノルンに掴まって、風を頬に受け、東側を見た。光が飛んで、キラキラと竜の灯が見えている。ドラゴンが、たくさん死ぬ。人間も死んでいるかもしれない。文字通り戦争になるなら、王都へ知らせないといけないのではないか。応援を呼んで、ジュピタルへの侵攻を食い止めなければならない。しかし、ジュピタルを狙って、マルスになんの得があるのだろう。マルスは魔法大国。ジュピタルは対を為すかのように魔法を使えない国だ。魔法使いが来たがらない国、と言えばいいのだろうか。マルスの人口はほとんどが魔法使いだ。
『マルスの目的は、ドラゴンの殲滅。ジュピタルの聖獣の一角を潰すことよ。』
「・・・なんの、ために」
『マルスはドラゴンが魔力を食べてしまうことが許せないの、ジュピタルのドラゴンがマルスの魔力に手を出していると思っているのよ。』
ドラゴンが魔力を食べているとされる文献はあるが、それは違うと研究論文で否定されていたはずだ。マルスの中でも何かおかしな変化が起こっているのだろうか。
『そうよ、ジェイド。マルスでもダンテでは魔力の枯渇が起きている。』
それは魔法大国における大問題である。マルスはそれがダンテでしか起こっていない理由はドラゴンにあると断定したようだ。
魔力の枯渇。
ジュピタルではおおよそ100年前からそれは起こったという。ジュピタルは魔力を切り離して対応した。だけどそれの原因の究明は放棄されている。ドクンとジェイドの心臓が波打つ。魔力を食う魔物は、ここにいるじゃないか。あいつは誰と契約してウラヌスタリアに来たわけじゃないのか、だとすれば。
『ええ、ジェイド。ジュピタルはあなた、あなたの国に謝罪しなければならないのよ。このジュピタル王国こそが、あの悪魔の力の根源。悪魔ベリアルの狙いは最初からこの王国なの』
ウラヌスタリアは、ジュピタル王国の地底深くを通じて、真後ろに位置する国で、悪魔が占拠しやすい立地に合った。悪魔にとっては、ただ、それだけの理由なのだ、と。




