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ジュピタル王国英雄奇譚  作者: ヤー子
第二章 ドラゴン辺境編
11/14

夜会 ―オニキス外伝②―


生誕祭の夜会が開幕し、宮廷音楽隊は優雅なワルツを演奏する。

「あの、アレク?もし良かったら私と「ダンスは踊れない。」

ミリアリアが言い出す前に、アレクシスはばさりと言う。優しさの欠片もない。だけどミリアリアはめげずにアレクシスに笑いかける。ずっと騎士で、ここに来てからは軍の総司令にまで上り詰めて、彼のどこにダンスを習う時間があるというのだろう、ことはミリアリアは理解していた。それでも手を取り合ってリズムに乗るくらいなら許されるかもしれないと思って切り出したことだった。ミリアリアはアレクシスが騎士見習いのときから彼に恋をしている。辺境から少し遠掛けをしたくて、馬に乗って平野に行ったときに護衛としてついたのが彼だった。野盗を一刀でねじ伏せる彼に恋をした。恋とは厄介で、彼の性格に難があるとわかっていても思う気持ちは止められないのだ。他の女をとっかえひっかえしていることは知っている。ミリアリアは辺境伯の娘という肩書があるから相手にしてもらえないのも知っている。もし何かあったら、面倒なことになると思われているのだ。

「なら、どこかへ座りましょう?」

ミリアリアはアレクシスを引っ張って上座の椅子に腰かける。主役の席には料理が一通り並んでいた。ミリアリアが席に着けば、辺境伯とコネを作りたい連中がおもねるように挨拶によって来る。これを交わしたいのだが、アレクシスはどこ吹く風で、会場中央を睨みつけていた。


パーティーに出てきている料理はどれも豪華で、かつ食べやすいようになっている。全部少しずつとって、ユズのいるテーブルに運べば、どこかの貴族に声をかけられている。

「お美しいお嬢さん、私と一曲踊りませんか?」

ユズは訝し気に男を見つめているだけだ。先ほどの様子を見れば、断り方も分からないのかもしれない。

「ユズ?踊りたかったら行っておいで?」

ジェイドは助け舟を出す。

「わ、私は、あまり上手じゃないから・・・」

ユズはうつむいて首を振る。なんて初々しく、可愛らしい・・・ジェイドと誘った男の脳内はリンクしたかのように一緒だった。

「じゃー、食べますか!お兄さんもどうぞ!」

ジェイドは給仕からうまくドリンクをもらって乾杯する。


「へえ、ならデビュタントもまだ、ということですか。しかしドラゴン辺境でグリフォン侯爵のご息女と会えるとは思いませんでした。」

男はドンパチやっているマルス魔法大国から招待された男爵の三男で、魔石の商売をやっているので、ミリアリアとコネを作ってこいと送り出されたのだそうだ。

「じゃあ、あっちに主役座ってるけど」

「隣の人、怖くないですか?」男爵令息はおびえている。

「そうだよなぁ、そう思いますよねェ!」ジェイドは深く同意した。ユズは少し緊張を解いて、シャンパンとオレンジジュースのカクテルに口をつけた。お酒は今日は気にせず飲め、とジェイドが許してくれた。ジェイドは話を聞きながら、しこたま男に飲ませて、気分を良くして、男は上座へ行く決心をつけたようだった。アレクシスは実際こちらを睨んでいるだけで、ミリアリアに近づく男などぶっちゃけ眼中に入れていない。

「さて・・・、ユズ、ミッションその1。俺と踊ろう、アレクに焼きもちを焼かせるんだ」

「?ジェイドと踊れば、アレクは焼きもちを焼くの?」

アレクシスが不機嫌なのはユズにとってはいつものことだ。それをさらに煽るというのだからジェイドは何を考えているのだろうか。本人はとても楽しそうなので、ジェイドが楽しいのなら、ユズは協力したいと思う。だけどダンスは苦手だ。エルヴィンと踊った時も彼に恥をかかせてしまったというトラウマしか覚えていない。ジェイドはまだ気心が知られていて、この辺の貴族ではないので、そういう心配は少し薄くなるのだが、うまく立ち回れないだろうし、何より自信がないのだ。

「ユズにも不得意なことがあるんだな、大丈夫、俺、うまいから!」

反対にジェイドは自信しかないようだ。言い切った彼にユズは目を見開いて、笑う。彼となら、ダンスももしかして楽しいかもしれない。ジェイドはエスコートをしてダンスホールにユズを連れ出した。

「手はここ、俺にゆっくりついておいで」

ヒールが低いおかげで、ユズは転ばないでついていけそうだった。ジェイドが笑いかけてくれて、ユズは今は彼だけを見ていていいのだと許された気持ちになった。ダンスはそういう特別なものだ。この曲が鳴り終わるまでは、二人だけの空間。

「じぇ、ジェイド、少し早いっ!」

「このくらいついてこれるだろー」

曲がアップテンポだから、だんだんステップが加速してくる。くるくる回って、そんなことしているカップルはどこにもいない。

「ちょっと待って!」

ユズは笑いながら制止をかけるけど、もうどうしようもなく笑ってしまっていた。ダンスなんて楽しければいいんだよ、とジェイドは悪びれなく、体裁も何も気にしないらしい。彼の育った環境はそういうところなのだ。いつだってユズは、それに憧れた。女は戦っても良いし、強ければ強い方が良いし、自分のやりたいことをやるし、楽しければ楽しいほどいいのだ。何も、柵がない、彼といれば私は自由になれる。

「も、ばか、目立つ」

「ユズ、俺にはお前が今日の主役だよ。とっても綺麗だ、ドレスを着て踊っているのは天使か女神なのか?今日は誰より、輝いているよ、俺の・・・そうだな、俺のお姫様」

曲がスローテンポに変わって、ダンスが終わるのだ、とユズは思った。夢みたいだと思う。彼が、夢を見させてくれる。

「剣を持ってるユズも捨てがたくかっこいいんだけどな、今日は俺のお姫様でいてくれ。」

「はーい、私の王子様」

ユズは投げやりに言う。ハハハとジェイドはやっぱり笑った。

「もう一曲踊ろうか・・・婚約者とかじゃ、ないけど」

「ジェイドが望むなら、私はなんだってしてあげる」

ユズはらしくなくカーテシーをした。いつかもしたように、彼に誓うように、その翡翠色の目を見つめる。

「あなたの役に立ちたいの」

踊りながら、ユズは一生懸命心の中で呼びかける。ジェイドのしたいことを全部叶えてあげたいのだと。ジェイドが恋人にドレスを選びたいとか、優しい言葉をかけたいとか、ダンスを二回三回続けて踊りたいとか、そういうのを全部全部、叶えてあげたい。そう思うことぐらいは、いいのだと思うのだ。この気持ちは、絶対彼に伝えることはできない。けど自分の気持ちは自分のものだ、だから、思うことだけは誰にも止められない、自分だけのものだ、とユズは微笑んだ。



「・・・グリフォンの姫は、あの殿方に叶わぬ恋をしているのね・・・私と同じ目をしてる」

ポツリとミリアリアが呟く。アレクシスはゆっくり目線をユズとジェイドから外してミリアリアを見た。ミリアリアは切なそうにそちらを見ていた。

「ユズが・・・恋?」

それは、決して許可できないことだ。しかも、ジェイドに・・・あんなのに恋なんてしたら、だめだ。

「見ていると、こちらが辛くなるくらいだわ。どうしてあんな顔するのかしら。」

慈しみにあふれて、泣きたいのに泣けないような、言いたいこと全部を我慢しているような意志に煌めいて、だからなお美しい。アレクシスにはミリアリアの言っていることはちっとも分からない。ユズは楽しそうに笑っているように見える。心底、ジェイドとダンスを楽しんでいる。あの微笑みを、自分ではなく他の男に向けている。その事実だけは分かるのだ。

「全然、わからねえけど」

「アレクは鈍感なのよ、あなたは自分勝手だしね」

「ミリー、不満なら俺をパートナーなんかにしなきゃよかったろ。俺は踊れないんだ」

「あの子も踊れないのをあの殿方に連れ出してもらって、あんなに楽しそうだわ。殿方としてはあの方のほうが一枚も二枚も上手ね」

「・・・・頭来た、乗り込んでくる。」

言われてアレクシスはとうとう立ち上がった。

「・・・何よ、これじゃあ私が助け船を出したみたいだわ。」

アレクシスがいなくなったと思ったら、どっとミリアリアの回りに男性が寄ってきた。仏頂面で座っていただけだが、虫よけの機能は果たしていたらしい。


「さて、では可愛い俺のお姫様、もう一曲踊っていただけますか?」

「はい、よろこん「ちょっと待った」

「お、アレクが釣れた!今宵、月もかすむほどの麗しの君、どうか俺と一曲「踊らねえよ!なんで男を誘ってんだ!」

そんなやり取りを見て、ユズはこらえ切れなくて、口を開けて笑ってしまう。淑女としてそんなことしたら絶対マリカに怒られる。

「アレク、パーティーなんだ、楽しもうぜ、そんな怖い顔してないで、ほらユズを見てくれ、癒されるだろう??なんて可愛い俺のお姫様」

ジェイドは見せびらかすようにユズの腰を引き寄せた。

「それ以上ベタベタ触ったら殺すぞ、確実に」

アレクシスは青筋を浮かべて凄んでいる。

「今日は俺のパートナーだ、いくらでもベタベタしていいんだよ」

そして、ジェイドはアレクシスを見つめ返す。アレクシスは彼の意図が分かった。ジェイドが今、ユズを誘えと言っているのだ。そしたら譲ってやるから、と。

「あ、アレク・・・」

ユズがこちらを見て、自分を呼ぶ。

「アレク、私と、」

アレクシスは、ユズの手を取ろうと手を伸ばした。


「無理無理無理無理!アレクと踊るとか無理すぎて無理!」

ユズはジェイドの後ろに隠れた。

「・・・・は?」

「だってアレクだよ、あのアレクシスがダンスとか踊ったら、あ、明日は・・・来ないよ!」

雪とか槍とかそんなものすら降らない、世紀末だ、とユズは震えた。

「よしユズ、わかった、表へ出ろ。」

アレクシスはドレスで着飾っていても、中身はユズだったことに安堵する。そして全く腹が立った。

「お前、ジェイドとは踊ったじゃねえか、俺とはなんで無理なんだよ、つか俺だって無理だわ、踊ったことすらねえからな!」

「だからアレク、俺が踊ってやるって。大丈夫、俺、うまいから!ちなみに女性パートも男性パートもいける。どんとこい。」

ジェイドはアレクシスの肩を叩く。

「お前は節操なしすぎる!」

「お前ほどじゃないだろー、ニックからいろいろ聞いたぞー」

「やめろ、ジェイド、ユズの前では話すな」

「アレクは、せっそうなしなんだな。いいぞ、もっとやれ」

ユズは新しい言葉を覚えた。きっとアレクシスをぎゃふんと言わせる言葉なのだ。ジェイドは爆笑している。


この空間は、彼が魔法をかけたみたいにキラキラしている。この時間がずっと続けば、とても幸せなのにと、だけどこの幸せは、きっと今だから、そう感じることができるのだと、ユズは目に焼き付けたいと切に思ったのだった。


「・・・ジェイド、オニキス様から手紙が来た。」


アレクシスの通信用の魔石が光って、一通手紙を出す。アレクシス宛ではなく、ジェイドに宛てた手紙のようだ。意味がわかってジェイドの笑顔が消えていく。

「そうか、ちょっと待ってくれないか。部屋に戻ってから、読みたい。」

まだ、ユズをエスコートさせてほしかった。そんなわがままは言えない。

「ジェイド、そばにいる。」

ユズの目が不安に大きく揺れた。

「ユズ・・・」

アレクシスは、ユズの手を引いて、首を振る。ジェイドはアレクシスに一度頷いて、手紙を受け取った。



***

オニキス外伝②


オニキスは、航空場を後にしてすぐにメビウスの西側を目指した。現場に一刻も早く行かなくてはいけない。なぜかそう焦燥感に駆られた。現場に行って、自分の目で見て報告をするべきだと思ったのだ。こんな凄まじい戦場は、ジュピタルにいたときは一度も経験しなかった。いつも勝敗が確定しているような戦しか、オニキスは知らなかった。あんなに一方的にやられているなんて、それを助けることなんて、果たして可能なのか、もう大方手遅れではないのか、震えそうになるのを抑えて調達した馬を走らせた。


寝ずに馬を変えながら走りぬくこと三日。とうとうメビウスの西、ウラヌスタリアの国境についた。家族の安否を心配するもの、国境に挑みに行って負傷した兵士の治療で、避難所には多数人がいた。ニケにここの聞き込みを任せ、オニキスはメビウスの兵士の間を縫うように進んで、いよいよそれを目の当たりにした。

「危険です、下がって」

「うるせえ、誰にものを言ってやがる」

オニキスは兵士を倒した。一斉に切りかかられたが、構わずに倒して前に出る。ウラヌスタリアの国旗を掲げている少女が強く赤いシールドを睨みつけている。

「王女、頼みますから、おやめください、あれに突っ込めば死にます」

「もう見てられない、死なばもろとも、当たって砕けろ、意志あるところに道は開ける!」

王女の翡翠色の目がこちらを向く。

「王女!あなたがいなくなれば、国王とエル様はなんであなたを必死に逃がしたとっ!」

侍女なのか、付き人の女が叫んでいる。

「うるさいっ!!うるさいうるさいうるさい!!お父様はもうっ・・・・エルだって・・・・そんなとこで私が生きている意味はある!?こんな、こんな国で、何にもなくなって、私がどうして生きていられるというのよ!!」

悲痛な声がその叫び声を上回るように響いた。

「ジェイド様が・・・ジェイド様が時期に戻られます、大きな、援軍を連れて・・・わかるでしょう、ジェイドだもの。だから希望を捨てないで・・・」

カサブランカは一瞬目に希望を持って、そしてうつむき、首を振る。

「・・・私が死んだら、ジェイドに伝えて」

もう、ジェイドは来ないのだ、カサブランカはそう思ったほうが幾分か楽だった。

「行くわよ」

バシっと手が掴まれる。その一歩はシールドが反応し、血の雨を向けてくる。それを黒い剣が薙ぎ払い、カサブランカを下がらせる。血の雨は銃弾のようなものだ。だけどその黒剣はその血の雨には染まらない。


「待たせたな、お前が王女か。状況を教えてもらう」

「あなた、何者」


「ジェイド・ウラヌスタリアが援護を求めた国のものだ。」


オニキスは、強い目でカサブランカを見た。メビウスの兵士が騒然とする。ジェイドの名前が響いただけで、兵士の士気は上がっていく。


「・・・オニキス様が、剣を抜いた・・・」

その事実に様子を眺めていたニケはほっとする。

「オニキス・グリフォンだ。ジュピタル王国から来た。」

その国は、どこにあるのか、カサブランカには分からなかった。

「たった一人で、意味ありますか」

ほとんど泣いて、声になっていなかった。オニキスは少女の頭を撫でて、剣を握る。


「行くぞ、グリフォン」

天からまっすぐ緑の閃光が降りて、オニキスの剣に注ぐ。そして彼は赤いシールドに駆けた。血の雨が数多く降り注ぐ中を掻い潜って、シールドに剣を突き立てる。ガシャン、と力任せにそれを突き破る。次は人ではない化け物がぬらぬらとやってくる。魔法できりがないほど多数の敵だ。それをものともせずに黒い剣でなで斬りにして行く。


あんなに突破できなかったシールドを、たった一人で壊した。シールドは穴を塞ごうと光りだす。兵士たちはそこから中に入るのに尻込みした。

「行くわよ、中の様子が知りたいわ」

「王女様はここにいて!!」

兵士たちはカサブランカを行かせてはならない、と我先にシールドに突入していった。物理には弱いのか、シールドは蹴られて切られて、大きな穴が開いた。


街並みは、軒並み壊滅。王城だけが中心に立っている。国民は・・・ダメだったのだろうか、王城に、避難している、可能性はあるのだろうか、あそこだけ禍々しくまた強固なシールドで覆われている。


カタカタ、と下にあるマンホールが揺れた。


***


手紙を読むのは怖かった。今まで、知りたいけどあえて目を背けていた国の状況である。知れば、とても平気で旅などできない気がしたからだ。しかし、ユズの兄が行ってくれた。もう他人事ではない。自分の国のことなのだ。


― 前略。ユズは元気だろうか。―

そんな出だしで始まる。心臓がバカみたいに早くなる。

― 悪い報告から。シールドの中、地表の街並みは軒並み壊滅状態。無事な家は一つもなく、草木は枯れ、毒ガスが充満し、長時間留まることはままならず、生き物一つ生存不可。城だけに強固なシールドが駆けられて、敵の本拠地と思われる。―


国民は、だめだったということか。やはり悪魔は約束など守らない。わかってはいた。分かっていたつもりだった。視界が滲んで次の文字が読めない。

― 次に、現状伝えておくべきこと。カサブランカ王女、国境にて保護。エルドラド王弟殿下、この数年、地下通路から城の備蓄を確保し、地下都市を創設。地下都市にて、国民10万人の生存確認。動けるものからメビウスの避難所に移る。エルと兵士団50名、地下都市に残り、私もそこに合流する。貴殿の帰り一刻も早く待つと伝言を頼まれる。―


「・・・」

滲んでいただけの視界は、決壊した。上を向いて、止めようと思ったけど、止まってはくれない。カサブランカとエルドラドが無事だった、国民も大勢が一緒だったと・・・この二年弱、どんな思いで過ごしていたのだろう、どれだけ不安だったろう、ジェイドがぐずぐずしていたから、たいそう気を揉んでいただろうに・・・。

― 地下都市、見事な魔法で作り上げられる。国民の力の総結集、エルは貴殿に見てほしいとのこと。エルから『意志あるところに、道は開ける』また、現状手紙を送る。取り急ぎまで。ユズとアレクによろしく。 オニキス・グリフォン—


「あ、ありがとう、ありがとう・・・ございます」


ジェイドは誰に聞こえるでもなく、そうつぶやいた。深く長く、息を吐いて、強めに頬を叩いた。しっかりしろジェイド、加護を集めて、戻る、早く、国へ戻るのだ。自分を鼓舞する。ウラヌスの剣を手に取る。―意志あるところに、道は開ける―ウラヌスタリアの国民はこの言葉を糧に生きている。


ジェイドは部屋の扉を開ける。アレクシスとユズが二人で何にも会話もしないで、待っていた。

「ありがとう、手紙。アレクも読め。ユズによろしくって」

「・・・」

アレクシスは無言でそれを受け取る。ユズはもうドレスを着替えてしまっていて、髪の毛のコサージュもついていない。時間は結構経っていたのか、大広間のほうもしんとしていた。

「お兄さんに感謝だな・・・直接は伝えられないけど、グリフォンに伝えておこう。」

『オニキスも、強いよ。武力だけなら一番だよ。』

ミニグリフォンが現れた。ジェイドはユズがとても強いことは知っているし、アレクシスはそれより強いらしい。オニキスはさらに上を行くのか・・・とグリフォンの力は際限がないのでは、と思う。

『ただ、オニキスは融通が利かないよ。近くに止める人がいないと暴走するから、気を付けないと。』

「なら、エルの兄貴がなんとかするんじゃないかな、きっと大丈夫だ。」

ミニグリフォンはユズの頭の上に乗る。

『ユズ、元気出して。そろそろユズの出番も来るよ』

「グリフォン、不吉なこと言っていくんじゃねえ」

アレクシスがそういうけど、グリフォンは意味深めいて、消えていく。ユズの出番など、こないだの奇襲の件でこりごりである。そういう意味ではないことを祈る。アレクシスはユズにも手紙を見せて、彼女の分からなそうなところを説明してやっていた。メビウスがウラヌスタリアの隣国なのだとユズはわからないようだった。知らない国がたくさんあるものだ。

「地表の復元は王城を崩さないと難しいのだろうか」

アレクシスは切り出した。

「そうだな・・・こちらからも現状知りたいことを書いて手紙を出そうか。」

・地表の復元について、毒ガスは何を元にして出ているのか

・王城へ突入は試みたのか

・国民の被害は3万人弱、どのような支援が必要か

・あと、実際どのくらい持ちこたえられそうか

今、ドラゴンを育て切らねば加護がもらえず、こちらの現状は足踏み状態であるが、この加護をクリアすれば三つ目が集まり、あと二つ。自分の命、魂はなるべく使わない方向で帰りたい旨など、書きたいことをとにかく箇条書きにした。


― エルドラド・ウラヌスタリア殿下    ジェイド

 ご無事の報告を聞いて、大変感銘を受けたしだい、まずは心労をおかけして誠に申し訳なく、面目ございません。―


***


「私はエルドラド・ウラヌスタリアだ。エルと呼んでほしい。此度の助太刀大変痛み入る。」

その男は銀色の髪を長く伸ばし、三つ編みで結っていた。目は翡翠の色だ。エルドラドはオニキスの手を取り、心底ほっとしたように抱擁を交わした。地下には信じられないくらい広い空間があり、そこで十万人弱が避難生活を送っていた。なるべく快適になるように、必要物資が行きわたるように、かなり計算しつくされた設計をしている。

「これは、魔法・・・なのか」

「エルドラド王弟殿下は世界魔術師会きっての大魔法使いでございます。ウラヌスタリアの三兄弟の中では一番の使い手でございます!」

側近のリンファが答える。ちなみ彼女は二番手の魔法使いで、腕っぷしも立つらしい。騎士団にも所属している。女が騎士団にいるのか・・・とオニキスは驚く。

「うちは女が強い国だ。驚くだろう。」

「・・・うちにもじゃじゃ馬がいるから今更驚かねえけど。」

「彼女は夫をこの攻撃で亡くしてしまった。少なからず被害はあるのが現実だ。膠着状態だったところにジェイドの吉報は誠、天から使者が来たようだった。本当に感謝するぞ!」

エルドラドは人好きのする笑顔を漏らした。

「ジェイドは元気だろうか、無理するところがある子だから、心配なのだ。成人の儀も済ませていないから、いろいろ失礼もしただろう?」

「・・・・ああ、俺の大事な妹を掻っ攫っていきやがったんで、俺は至極遺憾なんです、この場に来るまで、絶対協力なんてしてやるもんかと思っておりましたもちろん」

エルドラドは弟の奇行を聞いて、顔を青くした。ジェイドがそんなことをするなんてよほど思い詰めているとしか思えない・・・、私がここに残ったばかりに、とエルドラドは自分を責める。


「でもまあ・・・ああしないと、現状動かないって・・・そう思ったんだろうな。」

オニキスは仕方なく納得することにした。


「ジェイドは優しい子なんだ、オニキス。なんならその子をジェイドの嫁に迎えて」

「断固拒否する、それとこれとは話は別だ。」

大変申し訳ない、申し訳ない、私の弟が・・・とエルドラドが謝り倒し、その場は収まった。オニキスとエルドラドは同じ年らしかった。彼は良いやつそうなので、多めに見てやることにする。オニキスは自分の国の特性の説明に移る。ジェイドが戻る前に一度、城に特攻をかけても良いかもしれない。オニキスは自分がここまで来たからには、手を拱いて見ているつもりはなかった。


ウラヌスタリアは第一シールドは破壊されたが、謎の有毒ガスが充満しており、こちらの対処はエルドラドが再びシールドをかけることで現状維持となった。ガスの出どころを特定し、成分を分析し、中和あるいは解毒の試みをせねば国を取り返しても人が住むことはできない。この見事な地下都市があるけれど、人は太陽の光を浴びねばならないのだ。久しぶりに地上に出て、カサブランカと再会したエルドラドはそう思う。カサブランカはずいぶんやつれていた。兄が彼女に会ったら自分はきっと叱られてしまうだろう。お前にカサブランカを頼んだはずだ、と。現国王はカサブランカが一人娘で、王妃はカサブランカを生んだ時に亡くなってしまった。だから次はカサブランカを女王として国が続いて行くことになる。


「・・・国王は無事なのか」

オニキスが切り出す。エルドラドは首を振る。

「カサブランカには言えていないんだ。悪魔に肉体を乗っ取られてしまった。魂はもう食いつくされてしまっただろう。」

「ジェイドには、伝えるか?」

「ジェイドは知っている。悪魔と交渉したのはジェイドだ。」

「まったく現状、人質の無事は約束されてないだろ」

「どうだろうな、この地下都市にまで入り込んでこなかったのは、一応約束を守っているともとれる。」

それは彼がかけた守りの魔法が強固だったからに他ならない。外側からは一切、地下通路の扉は開かなかったのだ。地下都市にも地表の戦況を知る実況が流れているから、すぐマンホールからコンタクトを取ったのだ。

あの地表の状態で、人が住める場所で無くしている時点で、反故にされたも同然だとオニキスは思う。


「ベリアルが本気を出せば、私など些末なものだよ。」

「・・・エル、よく耐えたよ、二年近くも、一人で頑張った。胸を張って良いことだ。」

「一人じゃなかったさ。私にはみんながいた。」


だからエルドラドはジェイドが気がかりだったのだ。たった一人で旅に出た弟を。



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