生誕祭
ユズは凝りもせずジェイドの部屋にいて、ドラゴンの卵を両手で抱いていた。卵は青と緑と赤と黄色ととにかく色とりどりで、マーブル状の模様だった。ドラゴンの卵をもらって一週間になるが、卵は孵らない。耳を当ててみるとトクトクと鼓動の音がして、生きているようだ。
「ユズ、夜会の招待状をもらった。」
それはミリアリアの生誕祭の夜会ということだ。
「そう、行ってらっしゃい」
「お前も行くだろ?」
ジェイドは怪訝そうに言う。
「ちょっと、夜会はトラウマで・・・私は成人してないし。卵とここで待つ。」
ジェイドは王族だし、ここの逗留させてもらっている以上、断る道理はない。
「ユズ、これはいい機会だと思うんだ。アレクシスをぎゃふんと言わせよう。」
ジェイドは何か画策しているようだ。アレクシスと一週間前に派手にやり合っていたのは記憶に新しい。ユズがラブホテルのことで口を滑らせたせいだ。ジェイドはしかし、ユズを責めることはなかった。そういう悪事はいずれはバレるように神が導くそうだ。ただ少し早かった。まあ、早ければ早いだけ傷はきっと浅い、とジェイドは前向きに考えた。ほとんど一方的な半殺しにあったけれど。
「アレク・・・?」
「ああ、まずユズはアレクを夜会に誘ってくれ。あいつのことだからもう誰かのパートナーかもしれないし、パートナーなんかいらんし、夜会なんてくそくらえ、と言っているかもしれない。」
***
ジェイドの予想は大方当たっていた。
「アレク、なぜミリアリアのパートナーにならんのだ!」
ドレイクは愛娘がアレクシスに袖にされて悲しんでいるのを看過できなかった。婚約者の打診もさんざん断られていて、一体可愛いミリアリアの何が気に入らないのかドレイクには理解できない。大体、アレクシスはただの騎士職。本来は辺境伯からの婚約の打診など破格の出世である。だけどアレクシスはそういう打算的な出世は気に食わないと一蹴するのだ。この若造は腕も立つし、仕事もできるのだが、そこだけは大変頑固であり、ドレイクには決して屈さないのだ。腹立たしいことには、グリフォンの後ろ盾があるものだから、ドレイクは強くミリアリアとの婚約に踏み切れないのだ。
「・・・あのグリフォンの娘ともう婚約でもしているのか」
「してませんが。」
「ならば、今回はミリアリアのパートナーぐらいは引き受けてくれ」
「俺は騎士であり、今はここの軍をまとめる総司令です。夜会には出ない。これ以上話をするなら、執務はご自分で「悪かった、」
ドレイクはあまり執務が得意ではない。だからなんとしてもこの有能な男を婿に迎えたいとあれこれ手を尽くす。
「しかしアレク、ミリアリアの大事な生誕祭なのだ、総司令は必ず出席することになっているぞ」
確かに幹部はみな強制参加だ。アレクシスは軍備を理由に断れると思っていた。だってここの軍備はドラゴン使いに頼り切りで兵士が雑魚すぎる。アレクシスが鍛えても叩いてもなぜか腑抜けている。グリフォンから来た兵士たちが辛うじて使い物になるくらいだ。この事態はゴッドドラゴンがいなくなってしまった20年前から続いているらしい。たしかに辺境伯自体がポンコツだ。ドレイクも20代のころはもっと威厳もあったし武力も申し分がないくらい素晴らしいドラゴン使いだったと年長の兵士やドラゴン使いが言っているのを聞いた。今では全く想像もつかない。
「だからな、どうか娘のパートナーになってくれ。この通りだ」
「この夜会が終わったら、ミリアリアの婚約者はとっとと決めてください。つか誕生会前に決めて置いたら良かったでしょうに!」
お前が断るからミリアリアの婚約者が決まらないのだ!とドレイクは叫びたかったが、もう外堀を埋めるしかない。この夜会で、アレクシスを嵌めるのだ。そんな謀略がなされていることをアレクシスは気づく余地もなかった。
「アレク、暇か?」
「暇じゃねえ、話しかけんな」
ユズが鍛錬場にやってきた。兵士のほとんどは伸びていて、アレクシスは一人突っ立っていた。故にユズは暇だと思ったのだ。
「私と手合わせしてよ」
ユズは木刀を持っていた。
「き、君!やめておけ、アレクは今は機嫌がよくないっ」
親切な兵士が止めてくれる。そんなのはユズには関係ない。アレクシスはだっていつも不機嫌だ。その端正なお顔立ちの眉間にしわが寄っていないことは珍しい。
ユズは正眼に構えて、アレクシスは下段に。踏み込んで、打ち込んで、往なされる。彼が仕掛けるのを受けるけれど、連続攻撃の力が強くて三回目に弾き飛ばされた。それでもユズは倒れないから、兵士たちは目を見張った。普通の兵士はもうこれでジエンドなのだ。カン、カンと小気味の良い木刀のぶつかり合う音と、足裁き、剣裁きに兵士たちは感嘆のため息が漏れた。あの女の子は何者なのだ。あんなに華奢な腕でアレクシスの剛腕の剣を受け止めるだなんてありえない。普通は折れる、絶対。
「アレク、、あ、のね!」
「話しかけんな、余裕ぶってんなら本気で潰すぞ」
「あのっ、私と・・・・」
ユズの本懐はアレクシスを夜会に誘うことなのだ。それがジェイドから与えられた指令だった。本懐を遂げないことには、この勝負の意味はない。
「・・・わ、たしっ、うわ!」
ズバン!と木刀が袈裟を狙って、ユズは避けた。あれが当たってたら本当に怪我をしていた。鍛錬場において、彼は容赦ない。もうユズを見る目は獲物を狙う目である。
上段からアレクシスの木刀が振り落とされる。受け止めるけど、地面に足がめり込んだ。
「アレクー!!!女の子だぞ、やめろー!!!」
同僚が叫んでいる。ユズはしりもちをついて押し倒れた。どすっと、顔の真横に剣が突き刺さる。腕がじんじん痺れている。やっぱり強い、全然、敵わない。息一つ上がっていないアレクシスを、ユズは見つめた。アレクシスもユズを見た。
「アレク・・・私、お誕生会に行きたいの」
「は?」
ユズが突拍子もなく言い出した。
「私と一緒に、行ってほしいの。」
アレクシスは瞬きをした。
「つまり、パートナーになってほしいと言ってるんだけど・・・アレク?聞こえてる?」
聞こえてはいる。ただ、理解は追いつかない。大方ジェイドの差し金である。そうでなければユズがそんなことを言い出すはずがない。クソジェイドのクソ野郎がまたいらん気を回しやがって・・・とふつふつ怒りが湧いてくる。
「もうミリアリアと行くことになってる。お前は来るな、未成年なんだから、参加権はないはずだ」
アレクシスはそう吐き捨て、鍛錬場から去った。兵士はユズを不憫そうに見て、アレクシスの酷い言いようはどうにかならないものか、と嘆いた。ユズは特段気にした様子もなく、立ち上がって、誰か手合わせしてほしい!と申し出てきた。あいにく先ほどの立ち回りを見てしまった兵士は、ありがたく辞退するのだった。
「ち、俺としたことが、遅れを取ったか・・・アレクのもて男め。ユズ、辺境伯のご令嬢がライバルということはだぞ、しかもパーティーの主役と来た。なかなか倒しがいのあるライバルだな。まあ、お前も侯爵なら身分的にはいい勝負だが、この勝負、必ず取りに行く。」
報告を聞いたジェイドはそんなことを言う。一人で何かの勝負をしているらしいが、ユズはドラゴンの卵に夢中だった。ジェイドの部屋に行くたびに卵を抱きしめて、肌身離さず持っている。卵は暖かくて気持ちがいいのだ。
生誕祭のパーティーは三日後だ。
「さあ、ユズ支度をしないと。城下へ行くから、準備しておいで。」
ジェイドはユズから卵を取り上げて、抱っこ紐に入れた。ドラゴンの卵は常に人の体温を触れさせておく必要があるのだそうだ。だからジェイドはもらった時からトイレや風呂の時はユズに預け、寝る時も一緒に卵と過ごしていた。
「ねえ、卵って、赤ちゃんみたいだね」
ユズはジェイドの抱っこ紐にいる卵を撫でた。
「まあ、赤ん坊のような扱い、だよなァ」
そんな会話をしていれば、自分とユズの赤子のようで気恥ずかしくなった。とりあえず、気を取り直して格好は不格好だが、そのまま城下へ行く。城下には似たような状況の人が結構いるので誰も疑問には思わないのだ。
「夜会にはドレスと靴がいるだろ。オーダーメイドは難しいし、レンタルが妥当だよな、着付けもしてくれるところがいいな。」
今日は試着までできればいいところか、と時間を見てジェイドは言う。二人はドレスレンタルの店を二・三件はしごした。ユズはジェイドが楽しんでいるようなので、それが嬉しかった。
「デビュタントのときは水色だったっけ、でも緑が好きなんだよな、青も似合いそうだし・・・赤も華やかでいいじゃないか。」
「なんでもいいよ、別に」
「今は髪が短いから、背中が開いているやつとか結構セクシーでいいと思うんだ!」
自分に婚約者がいたら、こうしてドレスを選ぶことは夢だった、とジェイドが言う。ときどき彼は意識していないし、明るいのだけど、ユズの心臓がチクチク痛むことを言う。わかっている、ユズが傷ついていることはジェイドには伝わっていない。ジェイドもそんなつもりで言っているわけではない。ユズは気づかないふりをする。
「本当はオーダーメイドが良いんだけどさ、」
「既存のやつもなかなか素敵だと、思うよ」
「そうだよな!これはどうだ?着てみてくれ」
選んだのは青緑色のものだ。
「あ・・・もっと濃い緑のほうがいいか」
ジェイドは選んだ色が、アレクシスの目の色じゃなくて、自分の目の色だったのは無意識だった。
「いいよ、この色も好きだよ。着るだけでしょ」
ユズはドレスを持って店員に声をかけて、試着室に入った。ジェイドはアレクシスが悪いのだ、と珍しく他人のせいにした。ユズにドレスを選んでやるのは本来はパートナーの権利である。だけどアレクシスはパートナーにならないのだという。だから自分が選んでやる。むしろこの件を通し、アレクシスを煽ることができるのかもしれない。ジェイドは首をふる。ユズを巻き込むのは可哀そうか・・・と。ライバルはミリアリア嬢で、今回はアレクシスとユズにダンスを一回ぐらいさせたらジェイドの勝ちだ。
ドレスはユズにとても似合っていた。胸元から腰にバラの形のフリルがあって、リボンが腰辺りに結ばれていて、ブルーグリーンの豊かな生地が彼女の白い肌と亜麻色の髪とマッチしていた。
「いい!可愛い!なんて可愛いんだ、ユズは実は女神だったのか?首にネックレスも必要だし、耳飾りと、あとは髪の毛もアレンジしような!メイクはどんなのが似合うんだろう・・・」
ジェイドの絶賛にユズはさすがに照れた。店員たちもまあまあと微笑ましそうにジェイドとユズを見る。
「素敵な旦那さんですね、こんなに喜んでくれるなんて、奥様は幸せだわ」
「ほんと、羨ましい限りです、滅多にいませんよ、こんな旦那さん」
ジェイドが卵を抱っこしているからか、なぜか夫婦だと思われていた。ユズはおかしくなって、「はい、大事にします、旦那さん」と答えたのだった。こんなドレスを着るのは、あの時ぶりだけど、あの時よりずっとパーティーが楽しみになっている自分がいた。
***
「ユズ、生まれる!」
「ほんとに!?」
その日は生誕祭で、昼は町のほうでやっている祭りを見物しようと話していたが、朝、ジェイドの部屋にいったユズは驚いた。卵がベッドの上でグラグラ動いているのだ。ジェイドは取り乱して、あわあわしていて、ユズはその手を握ってやった。
「何やってんだよ」
入ってきたアレクシスはくっついて卵を見守る二人をバリっと引き離してその間に立つ。卵にいよいよ皹が入って、ユズもジェイドもアレクシスにひっついた。ジェイドのほうは、引きはがしておく。ユズとジェイドはもう我が子の誕生さながらにドキドキしている。アレクシスは卵が孵るだけのことには慣れていた。別に感動も何もない。
中から黒い色をした小さな翼、細い蝙蝠のような手足が出てきた。
「ブラックか、ランサー以来だな」
アレクシスはそういう。黒い竜は珍しい。10年ぶりとのことだ。ドラゴンの赤ちゃんは卵の殻を食べている。グゲェと鳴いて、火を吐いた。属性は決まるまでは時間がかかる。今火を吐いても、氷を出すこともあるし、風を操ることもあるのだという。体毛は鱗ではなく、ふわふわとしていた。そうう種類らしい。目は真ん丸で虹色に光って、庇護欲を誘った。
「う、生まれたァ!でかした、でかしたなユズ!よく頑張った・・・ありがとう」
ユズが生んだわけじゃないが、ジェイドはドラゴンを抱きしめに行く。
「か、可愛いっ!名前、名前はどうする!?」
生まれたてのドラゴンにユズは夢中になった。正直可愛いとはいいがたいとアレクシスは思う。爬虫類なのか鳥類なのかよくわからない生き物は今はガリガリに痩せている。
ジェイドはメモ用紙にたくさん名前を考えていた。親バカか・・・とアレクシスは引きつってジェイドを見る。
「これは、雌か?なら、娘だな・・・メイリン、ターシャ、アンジェリーク・・・しっくり来ない・・・マリア・・・?マリアはどうだろう!」
この黒い物体にマリアはない・・・アレクシスは首を振る。ドラゴンはアレクシスに火を吐いた。
「殺すぞ、」
アレクシスは剣を抜く。
「ギャー!だめだやめろ、アレク!」
ジェイドは娘を必死に守る。
「ノルンはどう?ノルン、私がママだよ」
ジェイドの手帳からこれがぴったりという名前をユズが選んだ。
「ノルン・・・なんて可愛い、俺がパパだ」
すっかり感動している二人にため息が出る。
「アレクはお兄ちゃんだよー、ユズ、ミルクを作らねば。ドラゴン用のミルクがあったから」
ドラゴンは、哺乳類ではないはずだ。しかしこのドラゴン辺境にはドラゴン食がいろいろあるのだ。
「ままごとに興味はねえ。町には出るのか、出ねえのか」
「ドラゴンって、生まれたては外出させてもいいのか!?」
「留守番させとけ」
「お前!それ虐待だろ、ノルンは生まれたてなんだぞ!」
ユズがでかい哺乳瓶にミルクを入れてもってきた。作り方は勉強したらしい。こいつらはこの城においては客。ドラゴンを世話する以外にやることはない。一通りあれやこれや世話を焼いて、ドラゴンのヒナは眠った。ジェイドはノルンを丁寧におくるみに包んでドラゴン用抱っこ紐にそれを入れて出かけるようだ。
「もうすっかり昼になってしまったな、昼の部も楽しまないと。ユズの準備もあるし」
「なんの準備だよ」
「アレクがパートナーを断ったから俺が夜会に連れて行くことにした。」
アレクシスはじろっとジェイドを睨んだが、ジェイドはどこ吹く風である。町へ出ればパレードに出し物に音楽が鳴り響いて、活気があふれていた。こんなに盛大に自分の誕生日が祝われたら少し恥ずかしい気もした。
「ジェイドは何月生まれなの?」
「5月だよ、ユズは・・・12月かな」ユズは12月の誕生花だったことを思い出す。
「そう、私は12月、アレクは今月。もうすぐ19歳なの」
「ちなみにミリーの誕生日は先月な。」
伸ばしに伸ばして今日になったのだ。
「じゃあ、今日はノルンの生誕祭だな!」
ジェイドは嬉しそうに言う。ノルンの育児用品をあれでもない、これでもないと言いながら漁っていく。生誕祭よりもそっちがメインになっているようだ。ノルンは女の子だから、尻尾にリボンをつけよう、とユズはピンクのリボンを買った。
「どれ、ユズにもなんか買ってやろう・・・今日の夜会につけていく髪飾りとか」
白薔薇と白百合のコサージュを見つけて、彼女の髪に当てる。
「アレク、ユズは白が似合うよな!」
「・・・」
アレクは無言だ。不機嫌そうにそっぽを向く。
「ノルンももちろん似合うぞー」
スピスピ寝ているドラゴンにもジェイドは話しかけた。ランチをして、食後にコーヒーを飲めば、アレクシスは久しぶりのしかも束の間の休日だ、と感じた。夜はミリアリアの付き添いの仕事がある。やってられない、本当に。ジェイドはドラゴンが生まれてからは終始親バカで、ユズはなぜかそれに付き合っていて、自分が浮いているが、そこまでドラゴンには入れこめない。
「はあ・・・生まれたばかりだが、今日はニックに預けることが決まっているからな・・・メアリーの定食屋に連れて行こう。」
ユズの準備にそろそろ取り掛からねば、6時の夜会に間に合わなくなる。メアリーの食堂は今日も閑散としていて、ニコラスとカイトとメアリーしかいない。メアリーはアレクシスが来たことに大興奮していた。握手して!サインして!とちやほやと接待する。
「今日生まれたのか、ブラックドラゴン、虹眼、しかも雌・・・かなり希少だぞ」
ドラゴン使いから見ても、ノルンは珍しい種類らしい。何の加護を持っているのだろうな、と先が楽しみだと話す。ニコラスはさすがにドラゴンの扱いが慣れていて、こんなに小さいやつは久しぶりだな、とノルンと交流を深めている。
「ノルン、また迎えに来るからな。ニックに誑かされんじゃないぞ、お前はまだどこにもやらん。」
「ハハハ、ジェイドは良い親になりそうだな。知ってるか、ドラゴン辺境では子育ての前に必ずドラゴンを育てるんだよ、婚約段階でドラゴン飼うやつもいるな。男親のドラゴンへの接し方を見て、結婚するかどうか決めるって女もいるくらいだぜ?」
「ああ、だから勘違いされたのか。」
ユズは思い当たって、納得した。
「え、お前らドラゴンの卵連れて出かけてたの、そりゃあもう夫婦じゃん」
ニコラスは快活に笑った。ジェイドはちょっと照れていた。
「・・・・ユズちゃん、頑張れ、もう一押し・・・あとは押し倒せばいける」
メアリーはユズに耳打ちして、ウィンクをする。ユズは苦笑いして、受け流す。
アレクシスも3時には城へ戻れと言われていたので、重たい腰を上げて、店を出て行った。
「じゃ、ノルンを頼んだ」
「おう任せろ、楽しんで来いよー。」
ニコラスは手を振った。
ユズとジェイドはまずレンタルドレスの店に向かった。本当なら前日から手入れが必要らしいが、ユズは若いから大丈夫だ、とジェイドは親父のようなことを言った。ドレスを着る前に、着付けをしてくれる店員にあれやこれやと注文をつける。
「メイクはオレンジ系が似合うから、このアイシャドウとこれを混ぜたらいいと思うんだ、それと口紅はあまり赤すぎないやつで頼む、この子は妖艶ってよりは無垢で攻めたほうが輝くだろ?髪の毛はこんな感じでできるかな。ちょっとつけ毛をしても良いし、存分に飾ってやりたいんだよ」
「はい、かしこまりました」
店員はジェイドの押しに引き気味だったが、途中からはあれやこれやとジェイドと意気投合してこの首飾りのほうが似合うだの、耳飾りはシンプルにするだの楽しそうにしていた。
「ジェイドってさ・・・何でもできるんだね」
「器用貧乏とは昔から言われてたけど・・・ユズ、今日もとっても綺麗だ、俺のお姫様」
鏡の中の自分は少し濃い目のメイクをして、少し緊張したようにこちらを見つめていた。短い髪もワックスやら編み込みやらでボリュームが加えられて、さらにさっきほど買ったコサージュが文字通り、髪色に映えて、これが似合う、ということなのか、とユズは自分のことを他人のように思った。
ドレスは靴が見える程度に丈を直されて、靴も低めのヒールで歩きやすいが、青くラメが入っている夜会用ものだ。ユズが疲れないように、とジェイドはそれを選んでくれた。普段からハイヒールを履きなれている令嬢ならまだしも、もし何かあって、転んだら大変だ、なんて心配をして、この靴になった。
ブルーグリーンのドレスに白い手袋、コルセットの矯正で背筋がしゃんと伸びている。
「ユズって、引き締まってるけど、筋肉質ではないよな。それであんな力が出るんだから、グリフォンの加護ってすげえよ」
「そうだね、何ならジェイドをお姫様抱っこできるし」
ユズはだけど力拳をつくれば、ちゃんと出る。今日は武器は拳しかないね、とユズは笑った。夜会で剣は受け付けに預ける。ジェイドはウラヌスの剣となるべく離れたくはなかったが、ここは観念して自分の居室に置くことに決めた。城に行ってから、会場から少し歩けば自分の部屋だから、持っていけるだろう。ジェイドもいつもの格好とは全然違う、正装で、これもレンタルだという。王族が着るならもっときらびやかでもいいらしいが、目立ちたくないので、フォーマルのタキシードだ。ちょうどいい時間にもなったし、手配してあった馬車で城へ向かう。
「俺、久しぶりだな、前はエルの兄貴の成人の儀とか、カサブランカが生まれたときとか、結構頻繁にパーティーしてたんだ」
ユズ、パーティーは楽しいぞ、とジェイドはにこにこしている。ユズは基本はジェイドの話を聞きながら、自分の考え事をしていて、それは話に集中はしていないということなのだが、ジェイドは別に怒ったりしない。だってユズはなんて彼に返せばいいのか、途中で話が迷子になるのだ。ジェイドの成人の儀は、もう少しだねとか、とてもではないが言えないのだ。
「ユズは12月に16になるのか・・・・こんな旅してなきゃ、お祝いなのにな」
「私、・・・旅してる方が・・・楽しい?・・・楽しくはないか、」
この旅がジェイドにとって楽しい旅ではないのは明白だ。やっぱり口を開くとだめだな、とため息をつく。
「俺は楽しいぞ、ユズが、一緒に来てくれて、本当に良かった」
一人旅よりも全然楽しい。おかげでこんな機会にも恵まれて、だからとことん楽しまねばなるまい。馬車が止まる、他にもそういう馬車がたくさんある。ジェイドは左手に剣を持って、右手でユズの右手を取って、キスをする真似をする。
「ユズ、誰よりも綺麗な俺のお姫様。今宵あなたをエスコートする栄誉を与えていただけませんか?」
気障ったらしい台詞をまるで準備していたかのように言うジェイドにユズは笑って、こういうときはなんて言うのだっけ、と全く勉強もしていないし、こんなことは初めてだし、戸惑って首を傾げれば、
「はい、喜んで」とジェイドは自分で言ってユズの手を取った。
二人で馬車を降りて、たくさんの紳士淑女に交じって、城に入る。一行は二階に続く大階段を通り、二階の大広間を目指すようだ。
大広間は生誕祭用に飾られて、上座にいるミリアリアにお祝いをいう人々の列が為していた。ミリアリアは隣にアレクシスを置いて、来る人々に笑顔でお礼を言う。アレクシスは例の仏頂面で無言だ。顔は良いしスタイルもいい、目の保養にもなるが、絶対パートナーに選ぶべきではないような不遜な態度である。アレクシスはいつか不敬罪になって、そこから処刑人を返り討ちにして。国外逃亡するのではないかというシナリオがジェイドの中で出来上がってきた。ジェイドに気づいたのか、目が合う。まだ距離があったから、ジェイドは手を挙げて挨拶をした。
順番が来て、ユズを見たアレクシスは固まった。ジェイドはミリアリアにお祝いの挨拶をする。今日初めて会ったが、ミリアリアは赤茶色の髪をしっとりまとめて、エレガントなグラデーションドレスを着ていた。主役らしいチョイスだ。
「いいえ、今日は来てくださって光栄だわ。・・・あなたはグリフォン侯爵の娘さんだとか」
「はい、ユズと申します」
「ミリーと呼んで。同じくらいの年の女の子はあまり友達になってくれなくて」
「それは、私と同じですね」
ユズの場合は特殊だと思う。ユズとミリアリアが少し会話している隙にジェイドはアレクシスに耳打ちした。
「お前、顔が怖い、もっと笑え」
「もとからだ」
この仏頂面がデフォルトだというのか、イケメンの無駄遣いめ!とジェイドは心の中でつっこむ。
「二人そろって立ってると婚約パーティーかなんかって感じだけど、お前の顔が恐ろしすぎて、ミリアリア様が可哀そうだ」
「ほっとけ、クソジェイド」
アレクシスは心の中ではなく普通にジェイドの悪口を言う。
後がつかえるのでここで長話はできない。また後で、とジェイドはうまく切り上げてユズをエスコートした。
アレクシスはそのままユズを目で追った。ユズは、飾り付ければ、ああなるのか。そんな彼女は見たことがなかったし、今まで全く想像つかなかった。アレクシスの記憶の中の彼女はいつも騎士養成所の訓練服を着た十歳のときのままなのだ。ジェイドの挑発的な目線も腹が立つ。けれど、すぐに忘れる。ユズが、信じられないくらい綺麗で、それは、自分の知らない彼女で・・・これならすぐにどこかへ誰かがさらってしまう。急いで出世しても、間に合わないかもしれないという焦りが出てくる。はねっかえりだから、貰ってやれるのは自分しかいないだなんて、今の今まで余裕に構えていたのに、あんなに綺麗になるだなんて、知らなかった・・・―嘘だ、知っていた、だから、だからどこにも出したくなんてないのだ。できれば閉じ込めて、自分だけのものでいてほしいのだ。こんな醜い独占欲を自分が持っていたことを、アレクシスは自覚する。認めがたいもので、だけど抗いがたい、どうしたら良いのかも、分かっているのに、いざ彼女を目の前にすると、素直になれない。そんな自分が愚かしいことを、アレクシスは自分で一番分かっていて、自分が一番嫌いだった。




