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ジュピタル王国英雄奇譚  作者: ヤー子
第一章 出会いーバジリスク討伐編
1/23

運命のデビュタント


第一次魔法大戦が終戦して100年が経ち、各国は安寧の日々を送っていた。

シリウス歴2516年、ジュピタル王国という内陸の大国は、先の戦争の後遺症により魔素の不足が続き、魔力を手放し武力を強化することでそれを補おうとした。ジュピタル王国では古くから聖獣の加護がある。

王都にグリフォンを置き、南にフェニックス、北はバジリスク、東はドラゴン、西に妖狐。辺境の武力、警備は完璧。他国との協定や貿易も栄え、魔力はなくとも大陸強豪国に名を連ねる王国へ発展していた―――。



ユズ・グリフォンはグリフォン侯爵家の第三子として生まれ、小さい頃からはねっかえりだと言われて育った。一つ上の姉は出来が良いのに、本当に同じ両親から生まれたのか、と使用人やスクールの幼馴染からはため息をつかれていた。父と母は暢気なもので、成長すればそのうち落ち着くとニコニコと見守っている。グリフォン侯爵家は王族直属の軍事力を担い、幼少期からの騎士職の養成に力を入れていた。グリフォンという聖獣の加護がある家系で祖父もそのまた祖父も秀でた武功を上げ、先の大戦後に侯爵という爵位を賜ったのだそうだ。一族にはやはりジェネラルを任命されるものが数多くいた。父は今、侯爵として将軍を取りまとめる総監督の仕事をしているし、ユズの一番上の兄も、若干二十歳という若さで王都ユーピテルを防衛する第五将軍に昇格したばかりだ。ユズはそんな兄が誇りだった。小さい頃から一つ上の姉よりも十も年が離れている兄について回り、体を鍛え、養成学校の騎士を目指す小さな子どもたちに交じって剣術や体術を身に着けた。剣術だけに頼っていては剣がないときに負けてしまう。だから体術も大切な武の心得であると、幼い少年たちは教え込まれる。ユズは女の子なのにその教えを聞いて目をキラキラさせた。

兄は最初は父や母と同じように、暢気に筋が良いぞ、さすがグリフォンの血を継いでいる、などと誉めそやしたが、それがいけなかった。もうすぐ十になる妹は、令嬢のいろはをちっとも学んでいないのだと長女から聞かされることになる。


「ユズ、お前は暇があればここへ来て、訓練に参加しているとマリカが言っていたが?」

本日も天気が良く、日差しがさんさんと照っている中で、ユズは騎士訓練生の制服の上から鎧を着て、兜の隙間から汗を拭く。

「ああ、兄上、仕事は片付いたのですか?お相手をお願いしてもよろしいですか」

ユズは質問に答えず笑顔で兄に答えた。同じ年はもう相手にならず、一つ二つ上もユズより剣術、体術の実力のある少年はいないようだった。兜をしていれば女かどうかなど分からないのだ。

「今すぐ!剣でなく、ダンスの相手を探して練習しなさい!」

兄は危機感を覚えて、ユズを訓練場へは通さないようにとグリフォン家お抱えの騎士たちに言いつけた。養成所の子どもにもユズが来ても相手にせず、鍛錬に励むよう徹底させた。


養成所は、騎士を目指す騎士の子ども、平民の子ども、そして軍事を担う貴族の子どもをの別なく受け入れていた。ユズはスクールでお上品に座学を受けているより、こっちで昼夜剣術や体術に明け暮れる方が性に合っていて、スクールで淑女のお友達はできないけれど、養成所で男児に混じって汗を流し、健闘を称え合い、その清々しさは何にも代えがたいものだと感じていた。しかし兄の制止があってからは申し訳なさそうにしながらも、誰も相手にしてくれなくなったので、少々落ち込んだが、一人で黙々と鍛錬に打ち込んだ。ユズは女だから実際戦争に行くわけではない。剣術や体術の試合に出るわけでもない。やっていることは無駄なのだと自分には言い聞かせていた。

異国のおとぎ話で、ジャンヌダルクという女性が神託を受けて、農民から英雄に上り詰めたという話があった。最後は火あぶりになったというが、女でもあのように英雄になれるのならば、どんなに名誉あることなのだろう、とユズはひっそりと憧れを燻ぶらせていた。


「よお、はねっかえり令嬢」

「アレク」

養成所の幼馴染アレクシス・アンダーソンが一人で剣を振っていたユズに声をかけた。声をかけると罰せられるなんて噂もあるのに、気が大きいのか気にしていないのか、アレクシスは木陰に腰かけて、兜を取る。短い黒髪にエメラルドの宝石のような色の瞳が露わになる。口が悪くなければ、その美貌は貴族階級に名を馳せあまたの令嬢を虜にできるのではなかろうか、とユズは思う。アンダーソン家は騎士一家で、その歴史は古く、グリフォンあるところにアンダーソンありなどと言われるくらいには関係が近しかった。事実彼はまだ13だが、その実力は同年代の群を抜けていて、大人騎士も相手にならないほどの実力だという。あともう少し早く生まれてきていたらグリフォン家長男オニキスの補佐役は彼だったろう。もう少し年を取ればその役職は確約されているだなんて今から噂されている。実のところ将軍補佐、よりもアレクシスは将軍に興味があった。彼の実家もそれを歓迎し、アンダーソン騎士一家から悲願のジェネラル昇格を期待されている。

「オニキス様から出禁くらってんだろ?」

「そんなものに屈したら騎士の名が折れる」

「てめえは騎士じゃねえだろうが、上官の命令は絶対だぜ」

「アレクこそ、私にそんな口聞ける立場じゃないでしょう」

グリフォンは侯爵家ではあるが、アンダーソン家は騎士職一筋だ。しかし実力主義の現場ではそんなことは通用しない。オニキスに武功も鬼才もなかったのなら、いつでも取って代わってやる野心すらアレクシスにはあった。

「普通のご令嬢はこんなところにはおりませんからねぇ」

彼の軽口を聞きながらユズは舞うように剣の型を習った。どんな社交ダンスより楽しいし、ユズの型は迫力も繊細さも兼ね備え、もしその大会があるのなら優勝筆頭にあたいする美しさがあった。天は二物を与えずというのなら、どうして彼女にこんな才を授けたのか、アレクシスは不憫に思う。

「まあ良いんだ、デビューなんとけ?まであと5年。好きに過ごす。」

ユズはこうして武術を続けてはいるが、自分の未来に関してはなんだかんだ諦めているようだった。アレクシスの隣に腰を下ろして、兜を脱ぐ。長く伸びたハニーブラウンの髪の毛は後ろのほうで一つ団子にくくられ、まとめきれていない髪はぺっとりと首筋に張り付いている。それがかゆいのかタオルで汗を拭いて、ぶんぶんと首を振った。川に落ちて身震いして身体を乾かす犬猫のようで、アレクシスは笑った。

「アレクは、試験に合格したら、どこへ行くの?」

「合格してから決まる。」

試験に合格した騎士見習いは、辺境へ行くのだとユズは聞いていた。先の大戦が終わって長いが、辺境では国境の小競り合いが頻繁にあるらしい。魔力を持たないジュピタル王国に魔法攻撃を仕掛けるのが定石だが、辺境地にはグリフォン家と同じように聖獣の加護を受けている辺境伯家が鎮座している。軍備は盤石だ。合格してから決まるとはユズには言ったが、内内ではアレクシスは東のドラゴン辺境伯のところへ配属が決まっていた。東はマルス魔法大国と面していて、表向きは同盟を結んではいるが、水面下でお互いの辺境伯同士がバチバチやっている。

「武運を祈るよ、そうだ、なんか贈り物をしてやろう」

「えらい上から目線だな。」

ユズは同年代の子どもより年上の部隊に混じって練習をしていたから、アレクシスには昔から結構世話になっている。アレクシスはユズが侯爵令嬢だろうが気にせず接してくれる数少ない人間だ。彼がいたからユズは養成所に通うのが楽しかったというところは否めない。ここでは身分は関係なく、強いものが上にたつ。下剋上を目的に切磋琢磨するだけの世界、それを教えてくれたのは彼だった。兄、オニキスから頼まれていたのかもしれないが、彼を取り巻く空間はユズの理想にとても近く、とても居心地が良かった。


「何が欲しい?」

「俺が欲しいもんは手に入らんからな。気持ちだけで充分だよ。」

アレクシスは遠くを見て言う。ユズはその横顔を見て、なんとなく寂しい気持ちになった。

「アレク、次は」

「アレクシスさまー!!どこですのー??」

遠くから、アレクシスを探す声が聞こえた。ヴィアンカ・ハーネストは伯爵令嬢だ。ユズのほかにもいるじゃないか、こんなところに来る令嬢は・・・とユズは思わず笑った。ヴィアンカはアレクシスに恋していて熱烈にアプローチしているのだ。彼が14歳になれば親を利用して婚約にこぎ着けようと虎視眈々としている。アレクシスの家格から、伯爵家に婚約を持ち込まれたら断れない。アレクシスは今は騎士道に専念したいから親には絶対婚約を受けるなと日々ヴィアンカを交わすことに苦心しているらしい。今も彼女から逃げてきたのだ。騎士見習いになって戦場へ行くと言うのに、婚約者など不要である。しかもヴィアンカのことだ、手紙を送れだの、忙しいからと無視するなとなにかと面倒なことになるに決まっている。とにかく見習いになるまでもう少し。見習いになれば戦を経験しに辺境へ行くのだ。王都から離れるまでもう少し。彼女から少しでも距離を取らねばならない。

アレクシスは、面白そうににやにやとして、こっちだと言いそうなユズの口をむんずとふさいで、ヴィアンカの声が遠ざかるのを待った。

「バカかお前、静かにしろ。ばらしたら殺す」

「・・・」

仮にも侯爵令嬢にそんなことを言える彼はきっと大物になるのだろうな、ユズは口をふさがれながら考える。彼女の声が通り過ぎて、アレクシスはため息をついた。

「アレク、試験に合格して辺境に行ったら次はいつ戻るの?」

「・・・順当にいけば21で騎士に昇格するから、7年後だな」

「へえ、兄上はじゃあ異例の大出世なのだね」

二十歳で将軍職につけたのは、侯爵家の名もあるが、オニキスの実績も評価されてのことである。

「オニキス様は鬼才だし、頭も切れるからな。」

アレクシスも王都に戻ってどこの部隊に所属されたいかと聞かれれば先進気鋭のオニキスの隊に行きたい。

「頭切れたら血が出るね」

「お前はやっぱり馬鹿だな。本当にオニキス様の血縁か?」

ユズは幼い頃より本を読むよりも体を動かすほうが好きだったから、きっとポンコツなのだ。それを見かねて一つ上のマリカがどうにか常識などを身に着けさせようと躍起だったのだが、ここ最近、彼女のポンコツ具合が愛おしくなるくらいには諦めていた。

「ユズ、バカじゃあ人を率いる英雄にはなれねえ。剣で身を立てるつもりなら軍略を学べ」

ユズはきょとんとアレクシスを見る。そういうことは彼しか言ってくれない。ユズがここまで剣術を続けられたのは、本当にアレクシスの気遣いとか道しるべがあったからだと切に思う。

「そうか、なら、お前が戻った時、恥にならない立派な騎士になっていると約束しよう。」

「あー・・・失敗した、普通のレディになっててくれ」

それはアレクシスの願いというよりもグリフォン家の総意なのだから、しょうがないことだ。アレクシスは腰をあげた。

「・・・もうきっと婚約とか結婚とかしてんだろうな」

次に会うときは、彼女が普通のレディとして、どこかの貴族と結婚している年齢だ。アレクシスはいとおしそうにユズを見て、よしよし、と頭を撫でてやる。そんなユズの未来は今はちょっと想像できないけれど。


***


今日はアレクシスが東の辺境へ出立する日だった。多くの14歳を迎えた若い騎士見習いが各地に振り分けられる。辺境の地で軍備を学んだり、実際に戦争へ借り出されたりなどするのだ。武功を上げればそれなりの地位に昇格もするし、辺境伯に才能を見出されそこで将軍に昇格し、王都には戻ってこないものもいるのだそうだ。そんなことを聞けば、アレクシスとはもしかしたら今生の別れとなるかもしれないだなんて、ヴィアンカはさっきから泣きどおしだ。ハンカチがずぶ濡れでハンカチの役目を果たしていない。鼻水も出てるし、それはもう人に見せられる顔じゃないとユズは思うけど、ヴィアンカは悲劇のヒロインのように打ちひしがれている。

「アレクシス様、ヴィアは、ヴィアはアレクシス様のご無事だけを毎日お祈りしますわ」

さっきまでどろどろの顔をしてたのに、いざアレクシスが来れば、正気になり、もはや涙は美しい私を飾り立てる演出、のように顔を作っている。恋する令嬢とは恐ろしい・・・ユズはひそかに思った。たくさんの人に見送られて、歩いていく。ユズは背が小さく、だいぶついて行かないと、彼と話すことはできなかった。王都ユーピテルへの唯一の出入り口に聳え立つ石垣の門のあたりまでくれば、見習いたちは一斉に馬に乗る。ユズはその中からやっとアレクシスを見つけた。

「ユズ、来てたのか、」

彼女が見当たらないから、見送りには来なかったのかと思っていた。

「アレク、これをやる。」

ユズは餞別だと鞘飾りを渡した。ユズの髪と目の色のようなくすんだ金のような茶のような色だった。

「おう、サンキュ。・・・お前は今日もまあ令嬢らしからぬ格好で」

髪は兜を脱いだばかりのような乱れ具合だし、騎士養成所の訓練着のままだ。そういえば彼女が令嬢らしいドレスを着たところなんてただの一度も見たことがないかもしれない。

「なんかねえかな・・・そうだ。」

アレクシスは右の耳からピアスを取ってユズに渡した。

「私、穴開いてない」

「失くすなよ。じゃあ、元気でな」

あんまり未練がましくなるといけないからアレクシスは笑顔で馬を嘶かせた。馬上の人は多くの少年たちと行ってしまう。逆光に照らされ、それはとても美しく見えた。アレクシスが見えなくなって、ユズは手の中のピアスを見つめた。エメラルドのそれは、かの人の瞳の色だ。そしてユズの大好きな色だった。


***


時は5年経ち、ユズが15になったとき、ヴィアンカがトレス伯爵家との婚約が決まったと姉のマリカに報告に来た。ヴィアンカとマリカは幼馴染でとても仲が良いのだ。

「あら、ヴィアはだってアレクシスが好きだったじゃない。」

「だってアレクシス様ったら手紙の返事も一通だってくれないし。それにアンダーソン家は王都にいれば騎士職で名誉ある御家柄だけど、貴族ではないでしょう・・・お父様は反対なさって。」

5年も経てば、乙女の恋心というものは醒めるのか、それとも現実を見る年になったのか、そういう恋バナにはユズはいまだに興味なく、相変わらず暇があればダンスやお茶ではなく剣術や体術の稽古をして暮らしている。もうルーティーンのようなものだから、体を動かさなくては気持ちが整わないのだ。兄も諦めたのか特に何も言わなくなった。戦闘訓練じゃないときは読書をしているが、兵法書を読んでいるものだからもう末期である。この子は性別を間違えて生まれてきたのだろうと父親とため息をついた。家にはそういう本はたくさんあるのだ。興味を持つのは仕方がないのかもしれない。

「確かに騎士職は前戦と隣り合わせだものね。心配する気持ちがいくつあっても足りないわ。」

「やっぱり安定の伯爵領を持った御方と添うべきですわ」

「ねえユズもそう思うわよね」

「あー、そーなの?」

マリカはため息をつく。珍しく近くに座って読書しているかと思えば異国の戦記物ナポレオン英雄記を熟読しているものだから呆れたのだ。マリカは妹が心配だった。ヴィアンカが婚約したのだ。マリカだって14の時から公爵家のエルヴィン・スタンシャインと婚約関係にある。ユズにはそういう話が全くない。グリフォン家の次女ははねっかえりだと専ら噂だからである。デビュタントに出れば、容姿は悪くないからそれなりに相手は言い寄って来るのではということだけがマリカの願いだった。そのために礼儀作法を叩き込まねばならない。侯爵家の子女に生まれたからには妹にそれに恥じないような行動や実績を求めていた。

「できれば伯爵家くらいとまとまってほしいところだけれど」

「ねえ、マリカ、ユズのデビュタントは一年早くしたら今年一緒に行けるわ。一年待ってもこの調子じゃ、はねっかえりは変わらないわよ。なるべく早く現実を見せて、後悔するのも早いうちの方が良いんじゃなくて?若さは待ってくれないわよ」

ヴィアンカのいうことは一理あると思った。ユズが英雄に夢中なのは幼い頃から変わらない。家族の前では言わないが、ユズがいまだに女騎士になるのを夢見ているのをマリカは知っている。

「お母さまに相談してみるわ!」


今年のデビュタントはコートヴォール館という森の中にある王家の別荘で開催されることになっていた。そこでの開催は久しぶりらしく、16歳前後の令嬢、令息は一年前から楽しみにしている。神秘的な空気、森の妖精に祝福を受け、盛大に祝われるデビュタント。マリカのドレスはだいぶ前からオーダーメイドしていたが、ユズのものはなかったはずだ。たとえデビュタントに参加でなくてもユズは絶対連れて行って、一年後はこれをする、ということを教えておくべきだ。マリカは強い決意を持ってヴィアンカとのお茶会を終えたのだった。


夕食は母とマリカとユズと末の弟のオパールが食卓を囲んだ。父と兄は仕事で家を空けている。

「お母さま、私、ユズをデビュタントに連れていきたいの。」

「ユズのデビュタントは来年じゃなかった?ユズが行きたいの?今年はコートヴォールだものね、行きたいのは無理ないわ。」

ユズはダンスパーティーなんててんで興味はなかった。護衛騎士に混じっていくのはどうか、と言ってみたら、母と姉は据わった目をしていた。どうやら却下らしい。今だってユズはドレスを着ないで、白シャツにスラックスなんて男子のような出で立ちをしている。無駄に似合うから違う意味でため息が出る。

「お母さま、ユズに来年の展望を持たせるために私、ぜひ参加させたいの。ドレスも着て、お化粧もして、もし可能なら婚約者を見つけてあげたいわ!」

「マリカはなんて妹思いなんでしょう。」

「ユズ姉さまがドレス??明日は槍が降るのでは」

10歳の末弟オパールは目を丸くしてユズを見た。

「槍が降ったら、建物が壊れる。防ぐ術はあるのだろうか・・・」

「ユズ、ありえないってたとえなのよ、本気で考えないで。本当におバカねえ」

母は槍が降った場合の対策を講じそうなユズを叱責し、マリカの提案は案外いいかもしれないと思い始めた。無理やりにでも機会を作り、ドレスを着せてしまうことがユズには必要に思える。今日父が仕事から帰ったら相談する、とその場の食事は終わった。


***


かくして、ユズはマリカのデビュタントに同行することになった。マリカはスタンシャインイン家の婚約者と行くと言うので、グリフォン家からの馬車にはユズだけが乗っていた。

ドレスを着ても馬には乗れるといえば、馬に乗ってパーティー会場に行く令嬢なぞいるわけがないだろう、と使用人たちは口をそろえてユズに言い聞かせた。もはや使用人たちにとってユズは侯爵令嬢の立ち位置は外れていて、どうにかこのはねっかえりを矯正しようと四苦八苦している。自分の娘、息子でもないのに、ついくちうるさく言ってしまう。当人が別に気にせずのらりくらりしているから、身分関係なんてわからなくなってしまっていた。

馬車なんて整備されていない道を走ったらガタガタうるさいだけだし、多くのデビュタントに行く令嬢令息の馬車の列で進みが遅いったらない。ドレスはマリカのおさがりだけど、こんな上等なものは初めて着た。水色の夜会用のドレスは肩から腕が丸出しでユズの鍛えられたしなやかな二の腕は美しかった。足も膝丈で後ろが少し膨らんだデザインで動きやすくはある。だから馬には乗れると思ったのだが、御者はダメだと取り付く島なく言い、護衛騎士はユズよりも弱いくせにお嬢様は座っていてください、といつもよりきつい言い方をされた。髪は編み込みをして横に流すようにして、花やら飾りやらを飾っていく。普段髪の毛をいじらせてくれないユズを飾り立てる侍女やメイドは嬉しそうだった。あら、お嬢様、右の耳だけにピアスをされてますのね、とメイドが気づく。それを隠すように上から耳飾りをつけていく。

「お嬢様もこうしてみればちゃんとグリフォン家のお嬢様ですね」

なんて失礼なことを言われる。化粧も施され、普段と全く違う自分がいた。自分だと気づかれないのではと思うほどだ。普段養成所で一緒に訓練している騎士たちは「詐欺だ・・・」とユズを恐れて遠ざかった。兄と父はさすがわが娘、妹と誉めそやし、マリカはまあまあね、とだけ言っていなくなった。

「あとはユズ、ダンスは覚えてねえならだまって壁の花になっておけ」オニキスはそういう。

「言い寄って来た男は覚えておきなさい、あとで調べさせるから。」父はとってつけたように言うが、期待はしていないようだ。

「これなら婚約が決まるかもしれないわ。」

それなら一安心なんだけど、と母は言う。とりあえず会場にはマリカもいるし、何か困ったことがあればマリカを頼るように言われ、家から追い出された。馬車の中で手持無沙汰だから兵法書を開いた。

『狭い場所での通常の剣の扱い方、抜き方、斬り方がある。』

ユズは場所の中で、兵法書のとおりに剣を抜いてみた。なれない靴に少しよろめく。ドレスに合わせられた白いヒールの高い靴のなんと歩きにくいことだろう。

『相手から攻撃を防ぐ際に後退は厳禁』

『交叉立ちが基本』

相手に対して真正面でなく横向きになった状態をいう。

『直接的な攻撃の場合、その力方向を円の動きにうまく乗せ、攻撃の方向は変えない』

回し蹴りが例として挙げられている。剣を抜くにもまずは間合いが大事ということだ。

「お嬢様ー?馬車内で暴れないでください?」

「なぜだ、暇なんだ、いいだろ」

ユズは窓から顔を出して、御者を見た。

「動くとあぶねえっすから」

御者は騎士団の一人が担っていて、幼少期からユズのお転婆具合には苦労している一人である。そんなこんなで会場についたのは夕方になるころだった。受付に行けば、

「グリフォン家からの令嬢はマリカ様お一人ということでしたが、飛び入りですか?」

「はあ、そうです」

受付のメイドなのか執事なのか少し高飛車で感じが悪い。ユズはグリフォン家から参加させてほしいという趣旨の手紙を見せる。これを見せれば大丈夫だからと言われたのだが、受付の女性は怪しいと言うように品定めしてくる。グリフォンは伝説上の生き物だ。鷲の翼とライオンの下半身を持つ動物の独特の紋章だから、偽造はそうできないはずだ。マリカはまだ来ていないのだろうか。

「見学なら、あとで呼ぶので、会場でなく外でお待ちください」

手紙を読んだ受付の女にぴしゃりと言われて、ユズはグリフォン家の馬車の側へ戻った。大体舞踏会なんて別に興味はないのだ。華やかな会場だとは思う。庭園も手入れされていて美しい。とくにバラ園のバラは見事だ。グリフォン家では、女児には花の名前を付けるのが習わしだった。マリカはアラビア・ジャスミンのことで、ユズは柚の花のことだ。だから少し花には詳しい。ユズの唯一女子らしいところがあるならば、そこかもしれない。薔薇の側にアマリリスや蘭が咲いていて、全体に華やかな花が多い。シクラメン、チューリップ、紫陽花と流石王家の森の別荘とあらば、ない花がないかのように美しく整備され、夜になればそれがライトアップされ人工的な美を演出している。

夜会前に庭を散歩するカップルを何組か見かけ、ユズが一人でいるのを物珍しそうに見て通り過ぎた。普通はパートナーを伴ってくるものらしい。確かに来る人来る人は二人一組が多かったし、一人でも女性の一人は滅多に見かけない。


「ユズ!」

「マリカ。あ、エルヴィン、お久しぶり」

「やあユズ、今日は見違えたね」

「エルヴィン様!でしょ、エルヴィン、甘やかさないでちょうだい!」

マリカは扇子で口元を覆って、ツンケンしているように見えた。ユズと同じハニーブラウンの髪に母譲りの碧眼は見る人を魅了するくらい美しかった。

「あはは、ユズ、義兄上様とかでも良いんだよ?」

「えーっと、近くに結婚したら、考えますね」

もう婚約して2年だ。だけど両家は18のマリカの誕生日に結婚させるということで合意している。ちなみにエルヴィンは今年18で、マリカの二つ上だった。ユズの三つ上ならアレクシスと同じ年だ。アレクシスは幼い頃より養成所にいるから、貴族の知り合いはたぶん、グリフォン家か、貴族から養成所に来たあたりの子息ぐらいだろう。大体あの男は貴族とか平民とか騎士とか気にしないで相手にしているから、きっと社交のことはどうでも良いのだ。ユズはユズでアレクシスのせいで社交に疎くなった、ということにしていた。ユズはスクールに行けば貴族が学んでいるのだが、ユズの令嬢らしかぬはねっかえりであまり友達はできなかった。運動のレッスンの時は男児に混じってサッカーやバスケットをやらせればもうスーパーヒーローであったし、男児は自分よりも目立ち、うまい彼女を疎みユズと仲良くしてくれなかった。

「たとえばエルヴィンのお友達でフリーな人はいないの?」

「そうだな、めぼしいやつは売れてしまっているし・・・ユズのはねっかえりも考えれば、」

それを考えてしまえば、彼女の婚姻はきっと絶望的だ。大体男という生き物は自分より強い女は受け付けないのだと聞く。

「さあユズ、中に入るわよ。もう始まるわ」

マリカに伴われて、エルヴィンの顔もあり、受付は顔パスだった。あの問答はなんだったのだろう。


宮廷音楽団が優雅な音楽を奏で、ウェルカムドリンクだと飲み物を渡される。

「おいしー初めて飲んだ」

「シャリーテンプルよ。ほかにもたくさんあるわ」

マリカはユズとのパーティーが嬉しいようだった。

「ユズ、ダンスの特訓の成果が見たいわ。エルヴィンと踊って来て!」

「えええ、エルヴィンの足が使い物にならんくなるよ、ご容赦御勘弁、お情けをください、姉上!それにそれに、最初は婚約者と踊るものだし!ねえ、エルヴィン」

「うーん、僕としてはユズと踊るのは大歓迎だけど」

このカップル、よもやユズを陥れようとしているのか、とユズは戦々恐々と二人を見た。

「きょ、今日はマリカのデビュタントだしさぁ!私は壁の花になれって兄と父が言ってたし!」

自分の下手くそなダンスで、大公爵家のエルヴィンと踊るなんて恐れ多すぎる!とユズは首を振りながら後ずさる。

「マリカを一人にしたら、他の男に狙われちゃう!」

「僕のマリカは他の男と踊っても僕のところに戻ってくるから大丈夫、さあ、ユズ」

にっこり笑うエルヴィンに手を取られて、ホールに連れ出される。

「運動神経が良いんだから、ステップなんてすぐ覚えるだろ。リラックス、リラックス。僕のリードに合わせて」

ただでさえ甘いマスクに甘い声をしているんだから、ユズは恥ずかしくなる。歩きなれない靴で、彼の足だけを踏まないように、リードにぎこちなく遅れながらついて行く。きっと周りからエルヴィンが相手なのにみっともないと笑われているのだろう。優雅な音楽も歪んで聞こえる。

「ユズ、音楽は聞こえる?リズムを掴むんだ。剣の型はあんなにきれいに舞えるんだから。」

音楽はよく聞けば三拍子のワルツ調で、頭の中で1,2,3と数える。強制的に覚えさせられた簡単なステップがだんだんと取れてきた。そう、上手だよ、とエルヴィンが褒めてくれる。ユズはだけど終始難しそうな顔で、ダンスはやっと一曲を終えた。そんなに激しい運動じゃないのに、ユズはゼーハー言いながらエルヴィンに手を引かれてマリカの元へ戻った。マリカはやっぱり他の男に声をかけられている。そばにヴィアンカもいるから例のトレス伯爵令息かもしれない。

「ユズ、とってもへたくそだったわ。もっと練習しなきゃね、次はフェルナンド様と踊ったら?」

「ふぇ?」ユズは息もぎれぎれにそう訊き返し、ドリンクをもらって一気に飲み干す。行儀が悪いけれど、どえらく緊張した。普段からヒールに慣れていないのにさらに慣れないダンスをさせられて、相手がエルヴィンなのだからなおさらだ。恥をかかせないようにと思っても、もうだめだめだとマリカが酷評している。

「こちらフェルナンド様、トレス伯爵家の令息だそうよ。ヴィアンカのフィアンセ」

「こんにちは、初めまして。」

「初めまして、僕はエルヴィン・スタンシャインです。」

「お初お目にかかります。公爵家の方と知り合いになれるなんて光栄です。スタンシャインさんはマリカ・グリフォン侯爵令嬢のフィアンセだとヴィアンカ様から伺っております。」

フェルナンドは丁寧にエルヴィンに挨拶をした。優しそうな彼はヴィアンカとはまだ関係を深めてはいないらしくお互いに緊張した空気を感じた。そうなるとマリカは世話を焼きたがる。今もユズと踊らせてヴィアンカに焼きもちをとか画策しているのだ。ユズは巻き込まれるのはごめんだと空気になろうとマリカとヴィアンカが話に花を咲かせているうちに料理の方に抜け出した。

温かい湯気が出ている料理はビュッフェ形式で好きにとって楽しんでいいらしい。パーティーは終始和やかな様子で若い令嬢令息を中心に社交を繰り広げている。

ユズは適当に座って、骨付き肉を頬張りながら、くるくる踊る若い人たちを見ていた。令嬢はみんな煌びやかなドレスを着ていて、今日の日を祝福され、幸せそうにユズの目には映った。


***


アレクシスは王都へ帰還した。養成所へ顔を出せば、オニキスがアレクシスを認めた。

「帰ったのかアレク!背が伸びたな、男ぶりが上がったんじゃないか!」

アレクシスを弟分のように可愛がっていたオニキスは久しぶりに見た喜びで、美しい黒髪をぐしゃぐしゃと撫でる。もう子供じゃねえっすよ、とアレクシスは笑いながらそれを受け入れた。

「ご機嫌っすね、オニキス様。なんかわかんねえけど飛び級で騎士の試験受けろって追い出されました。」

「優秀ってこった!頼もしいぞー!アンダーソン家から将軍が出れば、いよいよ爵位を賜れる日も近いぞ!」

「別に爵位なんていらねえっすよ、気楽な騎士職で満足してます。オニキス様元気そうで何よりですね。しかし、・・・なんか全体落ち着かなくねえっすか?」

なんだか、ざわざわと肌がざわつくのをアレクシスは感じていた。戦の前触れというかそれに近い予感のような嫌な空気だった。騎士の勘というのか、それはこの5年で第三将軍まで昇格したオニキスにも感じ取れていた。虫の知らせは昔から強く感じる。今は家にいない二人の妹が気がかりだった。

「ああ、お前も感じるか。今日はよりによってマリカのデビュタントなんだよ、無事に帰って来るかな・・・。よりによってユズまで行かせちまったし・・・そうだ!アレクちょっと見てきてくれね??コートヴォールの館に行ったんだよ!!」

アレクシスは今、帰還したばかりなのだが、グリフォン家はアンダーソン家の直属の上司にあたる家なので、ボスのいうことは絶対である。コートヴォールの館は王都ユーピテルからは馬を飛ばせば一時間でつくので、行ってやるか、と帰還早々家に挨拶もせずにまた王都の門をくぐった。マリカはともかくユズのデビュタントは来年だろう。ユズに限ってマリカについていきたいなんて言わないはずだ。いや、5年経って彼女も少しはそういうのに興味を持つようになったのかもしれない。それはやっぱり想像できなかった。ビリビリと森を進むにつれ騎士の第六感は嫌なことに突き刺すように肌に感じる。騎士団一つを借りてくれば良かった、と今はただ馬を走らせた。


***


美しい音楽、煌びやかに着飾った令嬢とエスコートする貴族の子息。にぎやかに盛り上がるデビュタント。普通ならユズはこういう世界に憧れて、誰かに見染められて恋に落ちて、なんてありきたりな物語を好むべきなのだ、とマリカは言っていた。マリカはユズと違ってグリフォン侯爵家にふさわしい優秀な令嬢だとどこにでも誉めそやされていて、ユズとしても誇れる姉である。はねっかえりと言われるユズのことを恥ずかしいと思っていることも知っているし、だけどユズは行動や習慣を直せずにいた。

剣術は楽しい。嫌なことを忘れられる。だけどそれがいつどう役に立つというのだろう。実際にユズは戦場へ出るわけでもないし、護衛騎士として働けるわけでもないのだ。何度マリカに言われても、ユズは相変わらず令嬢としての佇まいより、騎士の誠実さとか忠実さとかそっちのほうに惹かれるのだ。


会場の扉が開く。入って来たのは、カウボーイのような帽子を深くかぶって顔を隠している、背格好からは男のようだ。手には拳銃を持っていて、それを上に向けて、一発撃ち放った。銃声とシャンデリアの割れる音がする。悲鳴が上がる。正面の入口にはその連中がいるから、逃げるなら裏口だ。ユズはマリカを探した。カウボーイの一団はおよそ50人はいるようだ。銃を持っているのは2,3人・・・あとは剣や棒のような武器らしい。目的は金か、逃げ惑う令嬢、令息たちの中、それを生け捕りにしたいような動きを感じた。

裏口も案の定固められているようだ。ユズはそばの窓を叩き割った。その手があるか、と貴族の男や付き人たちが真似してそこから外に飛び出す。

「助けを呼んでくるから!」

「いやあああ、いかないで!」

とロマンスを気取っているカップルもいる。緊張感がわかってない。実際女は置いて行かれて、会場に取り残されているのは圧倒的に令嬢が多い。混乱に乗じて、会場の外のホールに出た。受付の女が死んでいた。他には執事や騎士なのか普通に殺されている。

「ユズ!」

「ヴィアンカ、マリカは?はぐれた?」

「トレス様がぁ」マリカは泣きべそをかいている。マリカを残してさっさと逃げたのだろうか。

「クズ男だったんだろ、あきらめろ!」

ユズは後ろにヴィアンカをかばい、目線はマリカを探した。会場は混乱極めいて、人がはけなければ探すのも困難だ。悲鳴が聞こえて、麻袋かぶせられている令嬢が強盗に運ばれている。人売りなのか、大人しくしていれば傷つけられはしないだろう。会場の外の一角にそれは集められていた。男はいらないらしく、殴られて外に投げられている。

「ユズ様!早くお逃げを」

窓から護衛騎士がユズを見つけたらしく手を伸ばす。その手にヴィアンカを掴ませた。

「ヨーゼフ、マリカは戻ったか」

「いえ、」

「よく聞け、この非常時、護衛騎士を集め、外から野盗を包囲する指揮を執るのだ。グリフォン家の騎士ならできるはずだ。私は中で、マリカを探す。」

「危険です、お嬢様、お戻りください!」

「ヨーゼフ!すぐに、護衛騎士たちに協力を仰ぎなさい!」

ユズの強い語調にヨーゼフは息をのんだ。ヴィアンカを窓から避難させ、他の令嬢も続きやすいように椅子を窓のそばへおいてやった。

ビュッフェのテーブルからナイフを取って、麻袋をかぶせられ後ろ手にしばられ荷物のようにまとめられている令嬢たちの場所に自ら歩んでいくのはユズぐらいだ。途中泣きわめく貴族を追いかけているカウボーイハットに足をかけて進路を妨害した。

「自ら獲物になるのか、どこの女だ?」

「低俗な輩に名乗る名はない!」

「ふ、名乗らねえ奴は殺していいってボスが言ってた」

棒を振り回す太刀筋は大振りで、訓練もされていないような身のこなしに、交わして相手の左ほほに見事な右ストレートを打ち込む。ユズの攻撃はグリフォンの加護もあるから、相手は一瞬、一撃で再起不能である。まさか貴族令嬢に素手で打ち込まれるなんて思わないだろう。意表をつくのは戦略の一つだ。

ナイフでしばった縄を切って、麻袋を外すと、令嬢たちはこぞって逃げていく。お礼の一つを言える余裕はないのだろう。そこにマリカはいないようだ。少しほっとして、ユズは会場へ引き返した。


会場の一角に逃げ損ねた令嬢、令息が固まっている。令息が一人、頭に拳銃を突き付けられ、いうことを聞かなければ殺す、などと言われている。

「ぼぼぼぼぼ、ぼくを殺せばちちちちちちちうえがだまってないぞ」

令息は息も絶え絶えで抗議していた。

カウボーイハットの男たちは顔を見合わせて笑った。

「お前が死んでも俺らは困らねえんだよ。一応聞いてやるから名乗れよ」

「伯爵だ!ブラウン伯爵・・・」

「どうする?」

「伯爵なら利用価値はある、連れてけ」

男は麻袋をかぶせられてぐるぐる巻きにされた。どっちにしろ、利用されつくしたら死ぬかもしれない。どうやらあそこがヘッド、中枢らしい。一人ひとり選別している。あれから何分経ったのだろう。混乱は王都に伝達されればすぐに助けが来る。こいつらもそう長居するとは思えなかった。

「こうしゃくって位はだれかいねえのかよ。」

ざわざわと捕らえられている貴族たちは顔を見合わせる。進み出たのはエルヴィンだった。

「スタンシャインだ。この国の公爵を望むなら、これ以上はないだろう」

「へえ。俺にははっきり言ってこうしゃくの価値はわかんねえのよ、じゃあ、死にな」

エルヴィンに拳銃が向けられた瞬間にその拳銃にヒールのついた白い靴がジャストヒットして拳銃は床に飛んで行った。


相手が動けていないうちに次の攻撃を繰り出して、動きを制圧する。それが、ユズの学んだ兵法である。拳銃の脅威がさった。伸ばしっぱなしの腕をつかんで背負い投げをする。ドォンと普通なら出ない音がした。男はぴくぴくと痙攣しながら気絶していた。

いきなりヘッドを抑えられた、手下たちは一瞬遅れて、我を取り戻し、武器を手に取るが、その隙さえ、ユズは与えなかった。みぞおちに一発、手套で二人倒し、三人目は片羽締めで次々と伸ばしていく。形勢逆転だ。一応は後ろにレディをかばって、前にいた男たちは動けなくなった野盗をぼこすかこれでもかと殴った。


「エルヴィン、怪我は!?」

「・・・ああ、うん、大丈夫だ。」

ユズは駆け寄って、彼の無事を確かめる。野盗は彼を殺そうとした。誰かにそう命令されたような口調だった。「公爵を殺せ」と。今日デビュタントに出る公爵家は一つ。ラランド公爵家の令嬢だ。エルヴィンはマリカのパートナーとして来ただけなのだから、正式な招待ではなかったはずだ。スタンシャイン公爵家に手を出すということはジュピタル国ではそれはもう国家を揺るがす大事件だ。スタンシャイン公爵家は先々代の国王の王弟に与えられた爵位で、いわば大公と言われる位だ。今も国家の機密を握る重要職に就いている。それこそ、グリフォン侯爵家を王都の軍事に任命したのは初代のスタンシャイン公爵なのだ。だからその嫡男である彼を殺されるわけにはいかない、姉の婚約者である前に、国家として守らねばならない人物なのだ。だから護衛や隠密がついているはずなのだが、軒並みやられたのか、本家へ報告へ行ったのか、それらは助けてはくれない。ならばユズがグリフォンの威信にかけても守らないといけない。


「マリカは?」

「ユズ!バカ、無茶しないで!」

後ろのほうにいたらしくマリカは駆け寄ってきた。

「あ、ぜんぜん、弱っちかったから、無茶はしてないんだけど」

「さすがだよ、ユズ、僕は背負い投げに見とれてしまった。投げられたくは、ないけど」

「二人とも無事でよかったわ、お願いだから、私から離れないで。」

マリカは涙ぐんで言う。ユズもマリカと会えてほっとした。しかし、脅威は去っていなかった。


「そこのお嬢さん、腕が立つんだな、手合わせを願おうか」


その男はカウボーイの帽子の一員ではないらしい。顔まですっぽり隠れるフードで顔は見えない。一瞬間であたり一面に魔力が満ちて、動きが封じられているような錯覚に陥る。ユズは動けた。グリフォン筆頭の聖獣の加護には魔力の無効化がある。それゆえ魔法大国相手でも訓練を積んだ騎士は戦えるのだ。


「やはり動けるか。あんた、なんの加護を持ってる?」

「誰だ、」

魔法大戦の影響なのか、後遺症なのか、はたまた呪いか・・・この国には魔素と言われるものが不足していて、魔法を扱える人物はごく一部だ。

「ユズ!エルヴィンが」

マリカの悲鳴のような声が響く。エルヴィンだけじゃなく、多くの貴族、そして野盗がバタバタ強い魔気に中てられて眠ったような状態になった。

「動ける人間が二人もいる。大収穫?いや・・・お嬢さんたちはもしかして姉妹か?」

ユズはエルヴィンを支えているマリカをかばうように前に出た。近くの野盗が持っていたオンボロの剣を手繰り寄せる。

「マリカに手ェ出したら殺すぞ」

令嬢にあるまじき言葉遣いだ。そして令嬢とは剣など握らないし、大の男を背負い投げなどしないし、右ストレートで気絶なんてさせない。しかし男は関係ないとでも言うように話す。

「なら勝負しようぜ、お嬢さん。俺が勝ったらマリカ・・・を連れて行く、ここの連中も眠ったままだ。お嬢さんが勝てば、お嬢さんを連れて行く、こいつらにかけた眠りの魔法も解いてやる。」

「・・・なぜお前は魔法を使える?」

「質問は、後にしてくれ。マリカでもお前でも俺はどっちでもいいんだ。マリカのほうが簡単そうだが、お前を倒さないと無理だろ?」

「ユズ、危険だわ・・・助けを待った方が・・・お兄様が来てくれるわ」

マリカは恐ろしくてボロボロと泣いてしまっている。ユズはマリカを泣かせたこの目の前の不届きものをもはや許せない。訳の分からない魔法使いと戦うのは不利だ。加護があっても物理魔法は防げない。だけど一様に言えることは、魔法使いは、遠隔攻撃要因。ならば接近戦に持ち込めば、勝機はある。

「殺すつもりで行く」

「いい心意気だな。俺はジェイド。ジェイド・ウラヌスタリア」

聞いたことのない名前だった。正式に戦うとき、名乗ることは騎士養成所では常識だ。

「ユズ、・・・グリフォン。」

最初に名乗る理由は、勝敗でどちらかが死ぬまで戦うことを前提としている。実践は初めてだ。少し手が震える。でもやるしかない。負けたらマリカが連れていかれて、エルヴィンも、ほかの貴族令嬢令息も目覚めないのだ。彼の魔法は屋内、この館内に作用しているらしい。屋外での戦闘の音や騒ぎがまだ聞こえていた。


ユズは自分の実力を把握できていなかった。相手が弱いのか手加減しているのか、アレクシスがいなくなった今はもう図るすべがなかったのだ。オニキス筆頭家族はユズの武術趣味には好意的ではなかった。同年代は相手にならない。上の世代は相手にしてくれない。対外試合も参加は不可。だから実際に敵を制圧する機会だなんてこれを機にもうないだろう。ならば、ここでマリカとエルヴィンを守れなければ、本当に今までやってきたことは無意味ということなのだろう。

相手の脚さばきは、それなりに場数を踏んでいるように見受けられた。実践経験が皆無なユズは間合いをはかりながら思考した。さっきは身体が勝手に動いた。そういう、ものなのだろうか。おんぼろで使い物になりそうにない剣だが、少し緑色に光っている。グリフォンが少なからず加護をくれているのだ。余計なことは考えずに、相手に向かおう。仕掛けては来ない。こちらから行く。踏み込めば交わされる。ユズの実力を見ているのか、ジェイドと名乗った男は防戦一方だ。突きからの翻して袈裟を狙う。相手が退くならユズはさらに間合いを詰めた。ガチリと剣同士が組み合う。接近での力勝負では力では持たないかと思ったけど、若干ユズが押しているようだ。

「ほかの魔法を警戒してるのか?ここには魔素がないから、もう使えない。もっと本気で来ても、いいん、だぜ!」

接近戦の間合いから、足を払われて、相手が薙ぎ払う。交わすように後退したが倒れている野盗を踏んずけて派手にこけた。靴は投げつけたときから脱いでいたから、素足なのだが。

「ユズ!」

「マリカ、動くんじゃない」

今はユズより相手の方が、敵の近くにいる。

「殺すつもりで来るんだろ、・・・人を殺したことはないって面だな。大国と言っても生温い国だ。」

ぐいっとマリカは男に引き寄せられる。その美しい首筋に剣を当てがわれた。

「今、こいつを殺せば、お前は俺を殺せるか」


『人質のいるとき、相手の意表をついて隙を作る』

ユズはゆっくり立ち上がり、徐に剣を上に振り投げた。その行方を男は反射的に追う。そこからはもう覚えていない。男の上方にあったシャンデリアが男のすぐ後ろに落ちた。下敷きになりそうだった人がいるから、男はとっさに魔法で防御した。シャンデリアの割れた破片が飛び散るのまでは防げない。男はマリカごと避けた。

「まじかよ、凄すぎる…」

ユズが面前に飛び込んでくる。男の剣を素手で掴んで、マリカから引きはがす。腕ごとてこの原理で捻り上げて、剣を落とさせた。そのまま内またで背中を床に叩きこむ。相手もそこを踏みとどまり、帯刀していた小刀を左手で振り上げた。ユズの右に流していた髪がドサッと落ちる。ポタポタと剣の刃を握ったユズの右手からも出血している。相手も右手が使えない。今なら勝てる、とユズは踏み込んだ。左手の刃物を制圧すればこっちのものだ。倒れている人間に躓くような失態はもうしない。相手の交叉に立ち、回し蹴りで左手を狙った。男はしゃがみこんで、交わし、そのまま小刀を振り上げた。ドレスのすそが大きく破かれる。ユズは攻撃の手を緩めなかった。相手も痛めた腕で交戦する。ナイフの腕をつかみ上げる。


「う・・・」

「エルヴィン!?」

マリカがエルヴィンに駆け寄った。眠りの魔法が解けた。ユズは相手に集中して気づいていない。解呪の条件があったのか、マリカは考えた。解けたのなら、こっちに有利に交渉ができる。あの男はユズかマリカを連れて行きたがっていた。ふと、影が落ちる。振り向けばカウボーイハットの男がゆらりと立ち上がり、トリガーを引いていた。

マリカはとっさにエルヴィンをかばった。

(だれか・・・・助けてっ)マリカはこれほど強くグリフォンに祈ったことはなかった。


男の気が逸れた。ぐいっとユズの頭を引き寄せて、体を反転させる。ユズには男の肩越しにカウボーイハットの男が銃を構えて、トリガーが引かれるのが見えた。それよりもユズが男の手ごと握っている小刀の刃が男の胸に食い込んでいくのにユズはぎょっとする。反転させれば否応なく刺さっていくのだ。銃声が響いて、男に衝撃が走った。それと同時にユズがつかみ上げていた彼の腕の小刀に重心がかかって、肉に刃物が食い込んでいく嫌な感覚が伝わる。状況の把握が必要だ。カウボーイハットの男は舌打ちをした。先ほど背負い投げをされた恨みなのか、ユズを狙っているようだ。またトリガーが引かれていくのをスローモーションで見ていた。


ドガン!とカウボーイハットの男は後ろから強く殴られ、再び気絶した。助けが来たようだ。

「あ・・・・アレクシス?」

マリカが彼の名前を呼んだ。

「マリカ、・・・無事」

「アレク!」

マリカはアレクシスに飛びついて、泣き出す。もう外の野盗は残らず捕らえた。あとは中だが、さっきの男のほかはほとんど倒れている。ところどころ眠らされている人が目を覚まし始めているようだが、野盗を捕らえるのはたやすいだろう。外にいた護衛騎士たちが入ってきて、自分の主君たちを見つけて、倒れているのに絶叫して揺り動かしている。ざわざわとあたりは騒然としていた。


***


ずるりと男が覆いかぶさるのに身を任せて、下に崩れ落ちる。

「おま、・・・どうし、て」

男がユズを銃弾からかばったのは明らかだ。

「・・・本当に人を殺したことが、なかったのか」

ユズの血にまみれた手が震えているのを男は認めた。

「なら・・・お前が初めて殺した男だな。」

はらりとフードが外れれば、ダークブラウンの髪に、青緑色の目が現れる。もう目の色はなくて、唇の血色も失われて、その男は死んだ。まだ若く、顔の様子からどことなく気品が漂っているが、もうその人は動かない。

殺した・・・、私が・・・ユズは自分の手を見て、ドレスまで赤黒く血にまみれているのを見た。


―――お嬢様、ユズお嬢様はいらっしゃいますか!

ヨーゼフが叫んでユズを探している。会えるのか、こんな格好で・・・。髪の毛はざんばらで、ドレスはボロボロで、ともすれば護衛騎士やマリカは卒倒しかねない。家に帰って兄と父からどんなに叱責を受けるだろう。そして、人を殺した。もう嫁の貰い手など絶対つかないだろう。もとより行く気はなかったのだが、殺人を犯した令嬢だなんて致命的だ。エルヴィンが取り計らってもみ消せるかもしれないが、ユズの心には重く、深く刻みつけられた事実は、今もなお心臓が早鐘を打って、身体の芯から震えた。足に力が入らない。人を殺すというのはこんなにも力が削がれるのか、声も出せずにユズは自分の手を見ていた。



むくりと目の前の骸が徐に起き上がる。

「・・・・よし、生き返った・・・。死ぬんなら痛みはなんとかしてほしいものだな。腕も治るのか。お前、容赦ないのな。折れたかと思った。」

ユズは目の前の光景を顔面蒼白で目を見開いて呆然と眺める。声が出ない。

「ああ、俺は5回死ねるらしい。あと4回だ。まあ詳しい話はそのうち。」

男は生き返った。唇の色も戻ったし、使えなくなったはずの腕も戻っているし、銃に打たれた傷も、ユズが突き刺したナイフの傷も、もうない。男がユズに自分のかぶっていたフードをかぶせてくれた。ユズは幽霊を見たように、いまだに男を見つめている。


「グリフォンの姫、このまま俺と一緒に来てくれますか?」


いきなり優しく、男は笑った。魔法なのか、剣の刃を掴んで血が出ていた左の手のひらに彼が触れれば、傷が治っていった。ユズは正気に戻らないので、男は目の前で手を振ったりペチペチとユズの頬を叩いたりした。

――アレクシス様、ユズお嬢様がおりません!

――そんなわけあるか、探せ!エルヴィン様、お怪我は!?

――僕は大丈夫だ、気を失ってただけで・・・マリカは、まだ目覚めない?ユズは・・・

――マリカ様をお願いします。先ほどまでマリカ様はお目覚めでした。今は安心して眠っただけでしょう。俺もユズを探します。


同じ会場内は騒然としていた。ユズは自分を探す声に反応する。今やドレスも隠れてしまっているので、見つけられないのだろう。

「あ、アレク・・・」

アレクシスがいる。5年ぶりに姿を見た。幼さはもう残っていなく、遠目には立派な青年に見えた。騎士たちの指揮をとり、もう盗賊たちの脅威は去ったようだった。


「聖騎士か・・・聖騎士とは相性が良くないんだ。見つかる前に逃げ切りたい。」


彼の恰好は今はどこをどう見ても王侯貴族で、この場に居ても全く違和感がない。少し長めのダークブラウンの髪は後ろのほうで三つ編みにしてある。何者なのだ、こいつは。ジェイドと名乗った男はユズに腕をひねられたときに落とした、造形のしっかりとした剣を拾った。銀細工で刃元にいくつもの宝石が埋め込まれている。

「行こう、グリフォンの姫。」

男はユズに手を差し伸べた。

「俺たちは、お互い名乗って戦った。約束を違えてはならない。お前が来ないならここの連中をまた眠らせなきゃならない。なんなら俺があと4回死ななきゃ解呪できないようにもできる・・・と思う。」

あの状況で、それは一方的な約束のようにも思えた。だけど男は死んだ。ユズが殺したのか、拳銃に打たれて死んだのか、どちらが死因なのかははっきりしないけれど、男は戦いの最中に確かに死んだのだ。だからユズが勝ったということなのだろう。ならばマリカとエルヴィンは守れるのだ。


「ユズ!」

ユズは声の方を振り向いた。人がごった返す中で、50メートルほども距離があるのに、アレクシスと目があったような気がした。きっと錯覚だ。ユズはフードをかぶっている。正体が分かるわけがない。


『・・・お前が戻った時、恥にならない立派な騎士になってると約束しよう。』

『あー・・・失敗した、普通のレディになっててくれ』


こんな格好で、誰にも会うわけにはいかない。ましてや彼には見られたくない。普通にレディは剣をふるったり、男を投げたり、人を殺したりはしない。目から涙があふれてくる。無我夢中だった。剣をとったときから。そして、それが使命なのだと強く感じた。私は、普通の、レディにはもう戻れない。

この男の手を取れば、どうなるというのだろう。不適にほほ笑む青緑の瞳は、アレクシスの鮮やかなエメラルド色とは似ても非なるものに見えた。座り込んだまま、震える手を持ち上げようとした。


男は件の聖騎士がこちらへ向かってくるのを視界の端に捉えた。まさか正体がばれたのか、いや、そんなはずはないと心を落ち着けて、彼女の手がこちらへ伸びるのを待った。

「グリフォンの姫、人を殺すのなんて、この世界じゃ当たり前のことだよ。その世界にいなくたって、いきなりそっちからやって来るなんてこともあるしな。お前はグリフォンの加護を受けてるなら、たとえ女だって戦うべきだろ、グリフォンはそういう聖獣だ。平和ボケに置いておいて良い聖獣じゃない。あの妹?姉?みたいに普通のご令嬢に落ち着くってんなら加護の持ち腐れってやつだ。そうなるのは、お前の本望か?」

本望か、と聞かれれば、いつだってユズは戦う道を選んできた。こんな日が、来るはずがない、と思いながら、自分の剣術を武術を鍛えるのをやめられずにいた。

「戦えよ、剣を取れ、グリフォンの姫。」

男は手ではなく、その銀細工の立派な剣をユズに差し出した。ユズは、美しい剣を受け取る。男は満足そうに笑みを深める。ユズの手を取って、立たせる。

「・・・・あなたは・・・、誰、何者、なの」

「場所を、変えようか」

「ユズ!」

近くにアレクシスの声が聞こえた。

「行くな、戻ってこい!」

男がユズに渡した剣に触れれば、光が男とユズを包んだ。アレクシスは舌打ちをして、その光に躊躇することなく飛び込んだ。

手を伸ばして、ユズが消えてしまう前にこの手に抱き寄せたい。

「ユズ!」

ユズはアレクシスを光の中で見た。

かろうじて、指先が触れたか触れないかで、光が闇に吸い込まれるように消えていく。

「・・・くそ、」アレクシスが伸ばした手が何かをつかむことはなかった。


光が消えれば、2人はコートヴォールの館から跡形もなく消えてしまった。グリフォン家の次女が何者かにさらわれた。それだけが自明であった。アレクシスは左耳のピアスに触れる。

「ヨーゼフ、俺は一回王都へ戻る。馬車でマリカを連れていけ。エルヴィン様。」

「アレクシス、ユズは見つかったのか?ユズは僕を庇っただけなんだ。だから、オニキスへの報告は大目に見てやってほしいんだ。」

「エルヴィン様、ユズは魔法使いと消えた。自分で手を取っていたように見えた。」

「・・・この国で転移魔法なんて、よっぽど力のある・・・異国の?」

「詳しくは。」

アレクシスは首を振る。

「エルヴィン様が眠っていたのも魔法の影響でしょう。だから魔法が効かないで起きていたマリカのほうがわかるはずだ。でも今は聞けない。マリカはいったんグリフォン家に帰します。」

「・・・分かった。僕も事態の収拾をしてから、グリフォン家へ向かう。・・・はあ、マリカのデビュタントがこんなことになるなんて。」

エルヴィンが申し訳なさそうに、気を失ってしまったマリカの額を撫でる。

「ユズのことはうまく話せ。マリカが取り乱さないよう、取り計らってくれ。」

「御意」

「アレク、よく戻ってきてくれた。それと、帰還すぐなのに、すまないな。」

エルヴィンはアレクシスを気遣った。アレクシスはぎこちなく目礼する。

マリカは年子の妹のユズを溺愛している。ユズのはねっかえりを一番根気強く直そうとしていたのは彼女である。ユズの将来を考えて、ユズを淑女にすることが自分の使命だというように。いなくなったと聞いたら半狂乱だろう。ユズにつながる情報は今はマリカだけが頼りである。アレクシスは馬車にマリカを運んだあと、自分は馬に跨って、来た道を全速力で戻った。



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