1cm
身長179cmの社会人女性、伊那 澪。
彼女が想い続けてきた相手は、
自分より15cm背の低いチームリーダー・車田 隼人だった。
沖縄での社員旅行を前に、
彼の秘密を守るために始まった 契約恋愛。
「伊那さん……一緒に泊まってください」
「伊那さんが、必要なんです」
ところが社内では、
二人は“結婚間近のカップル”だと勘違いされていき――。
「付き合ってどれくらい?」
「3ヶ月で……」
「3年です」
この恋、
最後までバレずに切り抜けられる?
今夜は狂乱の夜。
漆黒の闇の中でも、居酒屋のネオンはやけに派手に輝いている。
一軒の居酒屋の引き戸が開き、180cmは優にありそうな長身の女性が、連れを探すように周囲を見回した。
女性にしてはあまりにも背が高いせいか、入口付近に座っていた男たちがひそひそと囁き合う。
「やば、でかくね?モデルか?」
「俺より高いんじゃね?180cmあるだろ。ああいう背ぇ高い女、正直無理だわ。ちょっと気持ち悪い」
カウンターで身分証を確認され、そのまま通り過ぎたが──
どうやら彼女は、その会話を聞いてしまったらしい。
彼女の表情が、わずかに硬くなる。
「女はやっぱ、ちっちゃくて可愛い方がさ……」
楽しそうに喋っていた男が、言葉を止めた。
話題の中心である彼女が、彼らのテーブルの前で立ち止まったからだ。
何も言わずに男を見下ろし──
そして、すっと腰を折る。
スッ──
至近距離で見ると、鋭い目つきと、言葉にしがたい圧迫感があった。
「……あの」
ハイエナに睨まれた鹿が二匹。
そのうちの一人が、慌てて口を開く。
「す、すみま──」
「179cmです。180じゃ、ありませーん」
そう言い捨てると、彼女は鼻で軽く息を吐き、友人の待つ席へと歩いていった。
コツ、コツ。
ヒールを履いていないにも関わらず、どう見ても180cm近くありそうな彼女の名前は──
伊那 澪。
「澪ー!こっちこっち!」
明るく手を振っているのは、親友の**住吉 美月**だった。
友人を見つけた瞬間、むっつりしていた澪の表情が一気に緩む。
そして、そのまま美月の胸元に飛び込んだ。
「みづきぃ……久しぶり……会いたかったぁ……!」
長身の体重を支えきれず、美月は椅子にどさっと座り込む。
「ちょ、いきなり抱きつくな!重いって!離れろ!」
バシッ。
一度離れた胸元を、再び引き寄せて小声で囁く。
「ねえ美月。カウンター前に座ってる男たち、雰囲気どう?怒ってない?殴りに来たりしない?」
美月は入口の方をちらっと見て答えた。
「普通に飲んでるだけじゃない?別に大丈夫そうだけど」
それを聞いて、ようやく安心したように席に座る。
緊張していたのか、最初から置かれていた水を一気に飲み干した。
「で?何かあったの?」
「さっき身分証チェックの時にね……」
話を聞くうちに、美月はムッとした様子で立ち上がる。
どうやら文句を言いに行くつもりらしい。
澪は慌てて彼女を引き戻した。
「ダメ!最近物騒なの知らないの?
ウンコは汚いから避けるんじゃないの。怖いから避けるの」
「……今の、ちょっと言い回し変じゃない?」
「踏んで通ったら靴に全部つくでしょ」
苛立ち気味にお菓子を噛み砕く美月。
「はぁ……見た目とフィジカル的に、澪なら余裕で圧勝できそうなのに。なんでそんなカモ体質なの」
「カモって……平和主義者って言ってくれる?」
「はいはい。明日仕事でしょ?今日は控えめに飲むんだよね?」
店員を呼び、焼酎を二本頼もうとした美月の腕を掴み、澪が主導権を奪う。
「いえ。焼酎4本と、ビール2本ください。キャップは赤で」
「え!?」
美月が目を見開く。
「澪が飲むなんて珍しくない?何かあった?昇進したばっかでしょ。誰かに詰められてる?」
その言葉に、澪の脳裏に一人の男が浮かんだ。
──車田 隼人、チームリーダー。
澪は唇を尖らせ、子どもみたいにぼやく。
「みづき……私、目つけられてる気がする」
両手で額を押さえ、がっくりとうなだれた。
「生活どうしよう……クビになったらどうするの……」
澪は、二ヶ月ほど前の出来事を思い出しながら語り始めた。
⸻
昼食後、同期たちと一緒に屋上へ煙草を吸いに行った。
食後の一服と雑談ほど、最高のデザートはない。
しばらく話していると、同期たちの口からは「褒めているようで貶している」悪口が飛び交い始めた。
新人社員を好き放題に叩いていても、澪は黙って聞いているだけ。
下手に同調すれば、自分も噂の的になるのは目に見えていたからだ。
愛想笑いを浮かべていると、同調しない澪が気に食わなかったのか、話題が変わる。
「澪さんはさ、誰が一番いいと思う?」
煙草を吸いながら、澪は首を傾げた。
「……はい?」
「だから〜。会社で、誰が一番いいかって話」
「私……車田リーダー、です」
その瞬間、空気が凍った。
数秒後、上から下まで値踏みするような視線。
──なんで?
そう思われているのが、痛いほど伝わってくる。
無理もない。
彼と澪の身長差は、実に5cm。
しかも、彼の方が低い。
またしても、褒めるふりをした悪口が始まる。
「え〜意外!リーダーいいよね!顔もいいし、肩幅あるし、手も大きいし、非喫煙者で若くしてキャリアも立派だし〜。澪さん、目高いねぇ」
──そして。
「でもさ……ちょっと背、低くない?」
澪は、つい会話に乗ってしまった。
「まぁ……173cmくらい、ですかね……」
「え!?173!?175はあると思ってた!」
しまった。
吸い込んだ煙が喉に引っかかり、激しく咳き込む。
「ち、違います!昔モデルのバイトしてた時の癖で予想しただけで……違うかもです!あっ、やっぱもっと高いかも!私の勘違いです!」
だが、彼女たちにとって真実はどうでもよかった。
噂話にできるかどうか──それだけが重要だった。
「173だと結婚大変そう……」
「子どもも背低くなりそうね」
澪は、くわえていた煙草を落とし、真顔で言った。
「主任。それ、私たちが心配することじゃないですよね」
一線を越えた成田 彩香の発言に、はっきり釘を刺した。
その時、屋上の扉が開いた。
──車田 隼人だった。
昼休みが終わっても戻らないため、様子を見に来たらしい。
「昼休みは終わってます。いつまで吸ってるつもりですか。早く戻ってください」
当事者の突然の登場に、同期たちは慌てて散っていく。
「ほら、早く戻ろう!」
――ちょっと……私だけ、置いていかないで。
火の消えない煙草のせいで、屋上には車田と澪の二人だけが残った。
車田は吸い殻を拾い、灰皿を片付ける。
そして、そっと立ち去ろうとする澪に声をかけた。
「伊那さん」
コメディで甘い恋愛ものを書いてみたくて、この作品を始めました。どうぞよろしくお願いします。




