64
夕日が影を濃くする時間、図書棟は閑散としている。
先ほど、補佐役の応募用紙を提出したところ、教師は嬉しそうにしていた。
後日、ポジショニング決めの会議があるらしい。
ドレイクにも参加する旨を伝えなくてはいけない。
やることは山積みだなと、溜息を吐いた。
今は手隙のため研究を推し進めようと、魔力質に関する文献を求めて図書棟に来ている。
本棚を眺めて、目的の文献を探すも、どれも覚えのあるタイトルしか並んでいない。
「だいぶ読みつくしたか」
他の場所も探そうと踵を返したところで、人が居ることに気が付く。
机で大量の紙と本を広げて、何やら悩んでいる様子のライラだった。
よく見ると、広げられた本のページには見覚えがあった。
『魔法陣と式』だ。
本のページを捲っては戻ってを繰り返し、ペンは紙に書いてはバツ、書いてはバツを繰り返している。
その真剣な様子に声をかけようか悩む。
あれほど真剣にやっているのならば、邪魔しない方がいいかもしれないと思ったが、ふと違和感を持った。
何故、彼女が魔法陣について調べているのか。
確か、ライラは魔法科・魔法薬学・魔法工学を専攻にしているはずだ。
知識として入れておく分には不自然ではないが、彼女が今文献として使用しているのは、かなり高度な部類の魔法陣関連の本だ。
以前、研究用として使用していたが、魔法陣の根幹についての思想に偏った内容なので、直接的に何か役に立つようなものではなかったはず。
どうして、そんな本とにらめっこしながら、必死になっているのか、デインの友人である彼女に対して、少し興味が湧いた。
そっと近づいていく。
近くなると紙に書いてある内容も少しずつ見えてきた。
「……結界魔法の式か?」
ぼそりと呟いた声に、ライラが肩を撥ねさせて振り向いてきた。
「シリウスさん!?」
驚かせてしまったことに罪悪感を感じながら、更に近づく。
「ごめん、驚かせた」
「……いえ」
目を伏せたライラは、ハッと何かに気づいたようで、急いで本を閉じ紙を胸に抱く。
「……見ました?」
硬い声でちらりと覗いてくる瞳に、目を細めて頷く。
「結界魔法陣の式が書かれてた」
ライラは気まずそうに目を逸らした。
見られたくないものだったのだろうか。
「あ、新しい結界魔法が作れないかと、思いまして……」
そっぽを向いたまま強めの口調で説明してくる。
なんだか、イジメているように感じて、頭を掻いた。
「良いんじゃない?別に。何なら手伝うけど」
「……良いんですか?」
上目で恐る恐ると聞いてくる。
頷くと、お願いしますと頭を下げられた。
「わかった。ちょっと待ってて」
言い残して本棚を漁りに行く。
魔法陣を構築するのに必要な文献をいくつか引っ張ってきた。
本を机に置き、ライラの向かいの席に座る。
「……これは?」
「参考になりそうな本。構築するなら、読んでおいて損はない」
「……全部覚えていらっしゃるんですか?」
「まあ、一通りは」
ライラは目を見開く。
その瞳の感情は、感心というより恐怖が見えた。
彼女の顔を見たくなくて、目を伏せる。
「どこで躓いてるの?」
話題を切り出せば、慌ててライラは紙を見せてきた。
「次の式で、ぴったり合うものが良く分からなくて、困っています」
途中まで記されている魔法陣に目を通す。
魔法陣の構成は、いくつかの式に分けられて構成されている。
初級なら2式、中級なら4式と、強くなれば、式の数が増える。
ライラが渡してきた式の数は2式で、それを組み合わせても魔法陣の5分の1程度にしかならない。
「上級の結界魔法?使えるの?」
問えば、ライラは目を泳がせて口ごもった。
不自然な様子に眉が寄る。
「……趣味です。実用は……考えていません」
「……そう」
ライラにも事情があるんだろう。
深くは聞かないことにした。
もう一度、紙に描かれた式を確認する。
よく見る結界魔法の基本式だ。
この次に来る式から、バリエーションが変わってくる。
形状・強度・規模など。
参考になりそうな本を開く。
該当のページを開いてライラに見せた。
指をさす。
「今はこの部分まで式が完成してる。ここから個人の裁量になってくるから、たぶん躓いたんだと思う」
「……この本分かりやすいです」
「これが、一番初心者向き」
ライラはじっと本を見ている。
内容を把握しようとしているのかもしれない。
構わず続けた。
「基本だと、次は形状を決める式を組み込むのがベストだと思うけど」
「……なるほど。私は法則を先に決めようとしていました。だから合わなかったんですね」
「それは最後の方」
「分かりました」
ライラは今度こそ迷いなく、新しい紙に式を書いていく。
「分からなかったら声かけて」
「はい」
さっき、参考文献と一緒に引っ張ってきた小説を開いた。
カリカリとペンを走らせる音が鼓膜を揺さぶる。
そこから一度も声をかけられることはなく、窓の外から光がなくなるまでライラの手は止まらなかった。




