閑話
アウロニス視点です。
その日はかなり暑い日だった。
休園期間は残り1週間。
パーティーのために家に帰ったが、基本は騎士団の宿舎で過ごしている。
学園は休みでも、騎士団は休みではないので当然だ。
基本は誰かが動いている。
依頼も入る。
巡回も行く。
学園がないだけで、騎士見習いにはいつもと変わらない日常だった。
今は朝の鍛錬前で、自主的に運動をしている。
ただ、暑さのせいで捗らずに、苛立つ気持ちが大きい。
無意識に溜息を吐いて、今日の予定を思い出そうとした。
「おーい!アウロニス!」
その声は、騎士見習いの一人からだった。
「ドレイク騎士団長が呼んでるぞ!」
名前に驚き、疲労感のある体に叱咤して、走る。
何かやらかしたか。
あるいは嬉しい報告か。
もしかしたら雑談かもしれない。
不安と期待が入り混じった感情が胸中を占める。
自然と頬が緩むのを抑えられなかった。
騎士団長室まで行き、深呼吸をする。
扉を3回ノックした。
「騎士見習いのアウロニスです」
「ああ、入ってくれ」
低く厳かな声に緊張が走り、手が震える。
扉を開けた。
出迎えたのは大量の書類と、頭を抱えているドレイクさんだった。
「し、失礼します」
他に誰も居ないことを確認して、恐る恐る部屋へと入る。
数回入ったことがある程度なので、慣れない雰囲気に、背筋が伸びた。
「おはよう、よく来てくれた」
「おはようございます!」
深く一礼をして、顔を上げるとドレイクさんは苦笑いを浮かべる。
「そう、かしこまらなくていい。今回呼んだのは、騎士団長としてではないんだ」
疲れた顔で、眉を下げている。
騎士団長としてではないドレイクさんとは、どういうことだろうか。
意図が読めず黙っていると、思いがけない名前が出てくる。
「……君はシリウスと仲が良かった気がするんだが……合っているかい?」
「……はい?」
数秒考えて、素っ頓狂な声が出る。
シリウスと仲が良い?俺が?
「……仲が良い、というほどではないかと……」
そこまで言って思い出すのは、市井の時に見たあいつの諦観が浮かんだ表情。
不機嫌で、冗談も言って、たまに笑う、あの顔が、あそこまで感情を削ぎ落されたのには、正直驚いた。
自分には理解できない感情だし、環境を考えれば、ああなるのは自然なのかもしれない。
ただ、それで同情をするとか絶対にないし、まあ気を遣う程度はするかなくらいには思っている。
でもそれだけ。
それは仲が良いとは少し違う気がした。
「そうだったか……うーん、困ったな……」
本気で困っている声に、眉を寄せる。
「あの、あいつがどうかしたんですか?」
何かあったのか、ドレイクさんがこんなに心配しているのだから、ただ事ではないだろう。
ドレイクさんは顔を上げる。
ゴクリと喉を鳴らした。
「実はな……シリウスが熱を出したんだよ」
は?あいつが熱?
「……そう、ですか」
想像ができなくて、曖昧な返事をしてしまう。
それに構わずドレイクはそのまま口を開く。
「この通り私は忙しくて、様子を見に行けないんだが、なかなかしんどそうだったんで代わりに見てきてほしかったんだ」
「……はあ」
「でも、仲が良くないなら、嫌だよな。この件は忘れてくれて構わない。呼んでおいて悪かったな」
ドレイクさんの申し訳なさそうな顔に罪悪感が湧く。
気は乗らないが、気にならないというわけでもない。
「あの……俺、行きます」
するとドレイクは、身を乗り出して嬉しそうな顔をした。
書類が数枚、宙を舞う。
「本当か!?実はみんな忙しくて、騎士見習いの誰かにとは考えていたんだが、シリウスと親しいのは君くらいだと考えていたんだ。良かった……じゃあ、今日は非番にするから、頼んでも良いか?」
安心した顔をしている。
それだけで言って良かったと思った。
「はい」
あいつが泊っている宿舎の場所を聞き、騎士団長室を後にする。
気が重いという感じはないが、気分がすっきりしているわけでもない。
大きく深呼吸をした。
「っし、いくか」
気合を入れて足を踏み出す。
自分の宿舎で、看病用のタオルだとか、ちょっとした食べるものだとか、必要になりそうなものを持っていく。
あいつの部屋にもあるだろうが、念のため。
これは任務のようなものだ、しっかりやり遂げなければ。
その心持ちで、シリウスの部屋へと向かう。
宿舎はどの部屋のつくりも同じなので、等間隔に扉が並んでいる。
一番角部屋だった。
ふう、と息を吐いて、ノックする。
コンコンコン
返事はない。
眉を寄せて、扉を睨む。
もう一回ノックしようとした、その時に扉が開いた。
「……だ、れ?」
掠れた声が扉の向こうから顔を出す。
シリウスが出てきた。
いつもと違うのは、上気した頬、荒い息、焦点の合わない瞳に、眼帯のしていない左眼だった。
思わず息を呑む。
何だ、この妙に目を引く感じは。
顔がなまじ良いから余計に目がいく。
それに反するように痛々しい左眼は、より一層際立った。
「……ア、ウロ、ニス?」
眉を寄せて、ゆっくりと顔を上げる。
ゴクリと唾を飲み込んだ。
こいつ、何なんだよ。
心臓が暴れ出すのを押さえつけるように、荷物を持つ手に力を込めた。
「……っそうだよ!ドレイクさんに頼まれたんだ!入るぞ」
顔を逸らして、ドアに手をかける。
思いっきり引っ張ると寄りかかっていたシリウスが、バランスを崩した。
「……あ」
間抜けな声と共に、体が抵抗なく傾いでいく。
咄嗟に腹に手を回して支えた。
「……っ」
文句を言いたくなったが、病人だったことを思い出し、口を噤む。
くそ、調子が狂う。
思ったより軽い体をぐっと起こして、首に手を回させる。
「……ごめん」
弱々しいその声に、眉が寄る。
もう別人だと考えよう。
ゆっくりと部屋へ足を進めた。
簡素な部屋だった。
普通は片づけができない奴が多いから、雑然とした雰囲気が漂うものだが、シリウスの部屋は質素だった。
整理整頓というよりも、使ってないような感じ。
学園寮の部屋が、こいつのテリトリーなのかもしれないと、漠然と思った。
「とりあえず、寝ろ」
そう言って、ベッドで腰を下ろさせる。
シリウスは、荒い息遣いのままベッドに寝転がった。
腕で目を覆っている。
「……あの人もおせっかいだな」
ぼそりと呟くその声は、たぶん嫌悪じゃない。
「お礼、言っとけよ」
結構心配してたから、と付け足すと、腕の隙間からこちらを覗いてきた。
「何だよ」
「……アウロニスも、心配したの?」
「はあ?」
思いっきり顔を歪めてやったら、そいつは見たこともない、嬉しそうな顔で笑った。
「ははっ。そうだよな……なのに来てくれたんだ……ありがとう」
本当に、同一人物か、こいつ。
目がぴくぴくと痙攣する。
確かに、レイフとかウォルターに対しては、割と柔らかい喋り方をしているが、それを自分に向けられると、違和感でしかない。
背中がぞわぞわした。
「……黙ってろ」
「……うん」
素直な返事が聞こえて、沈黙の中で、タオルや食事の準備をしてやる。
布団をかけてやって、額に濡れタオルを乗せる。
部屋の中にある、簡素なキッチンで、持ってきた食材を広げた。
まあ、スープくらいなら作れるだろう。
振り返ってシリウスに好き嫌いがないか聞こうとして、こちらを見ていた瞳と視線が交差した。
「……な、なんだよ」
「……料理するんだ」
「あったりまえだろーが!何歳から騎士見習いやってると思ってんだ!」
騎士見習いはある程度自分のことは自分でやらなければならない。
貴族として生まれてきて、騎士見習いになってからの一番最初の難関だった。
苦労の日々を思い出して、舌打ちする。
「嫌なこと思い出したぜ」
「……ごめん」
声に出ていたらしく、シリウスが尻すぼみの声で言った。
だから調子狂うんだよ。
いつもなら、からかう感じで乗ってくるのに。
食事の準備をしていると、もぞもぞと動く音が聞こえる。
ちらりと見ると服を脱いでいた。
何も男同士なら珍しくもないが、その体の無数の傷の中に、普通はないものが目に入った。
「……おい」
「な、に?」
「その胸の、なんだよ」
シリウスは、服を脱ぎ捨てて、新しい服を探しに、壁伝いによたよたと歩いていく。
「むねって……れいぞく、けいやくのこと……?」
少し歩いただけで息も絶え絶えだったが、そんな心配など吹っ飛んでしまう内容に目を剥く。
「隷属、契約?は?どういう……」
質問をしている間にシリウスは、床に膝をついてしまった。
ハッとして、急いで駆け寄る。
「おい、何やってんだよ」
「……着替え、しようかと…気持ち悪いから」
息を荒くしているそいつの視線の先を追って、服を探す。
「ほら、これでいいか?」
「うん、ありがとう」
ゆったりとした動きで着ていく。
話を蒸し返す気にもならなくて、そのままシリウスを支えてベッドへと連れていく。
「……前は、弟に看病してもらったな……」
ぼそりと呟かれたそれに、シリウスを見ると、思い出しているのか目を細めてじっと天井を眺めていた。
相当弱ってんな、こいつ。
息を吐いて、キッチンに戻る。
料理を作り終え、片づけをして、シリウスの様子を見に戻ると、小さな寝息が聞こえてきた。
「……タイミングわる」
頬が引きつる。
折角、出来立てなのに。
溜息を吐いた。
蓋して、置き手紙を置いていけばいいか。
近くにあった紙に殴り書きをして、キッチンに置く。
はだけている布団をかけなおして、額のタオルを新しいのに変えておいた。
その時に見た顔は苦しそうだった。
嫌な夢でも見ているのか。
きっとろくでもない夢だ。
だからその寄っている眉をぐっと押してやった。
今度、そいつは痛みで顔を歪める。
思わず、笑った。
ざまあみろ。
近くに薬と水を置いて、部屋を出る。
帰りの足取りは軽かった。
――――――
「アウロニス」
朝、ランニングのために外に出ていると、シリウスに声をかけられた。
体調は良くなったのか、身軽に歩いてくる。
昨日の今日でちょっと気まずくなって、視線を逸らした。
「何だよ」
「昨日、ありがとう」
「……」
無言で返す。
「あんまり覚えてはないんだけどね」
肩を竦めたそいつに苛立ちを込めて睨みつけた。
「そうかよ」
こっちは気になることばっかりだったってのに、腹が立つ。
もう走り出そうと踵を返すと呼び止められた。
「あのさ」
「何」
「いろいろありがたいんだけど、字の汚さはどうにかした方がいいと思う。全く読めなかった」
見せられた紙切れを見て、ぷつんと切れた。
「うるせえよ!!」
もう二度と看病なんかしてやるか!
全速力で、そいつに踵を返して、走った。




