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熱気が霧散していく。
動きづらい服での戦闘は、余計な体力も奪う。
思ったより疲労感が身体を襲ってきて、一息ついてから、木刀を置きに歩いた。
「いってえ……」
「……お腹が。これ、内臓いってないよな……」
「……ごほっ。首、痛すぎ」
その場で呻く三人の声が聞こえる。
「シリウス君、無傷とは流石だな……」
賞賛というより驚嘆に近い声音のヴァレリアン。
ランスロットは終了の声掛けをした後から、ずっと考え込んでいる。
ギデオンは瞠目するだけで、口を開かない。
「素晴らしいですわ……!シリウス様……いいっ!」
アヴェリンは扇を取り落とし、両手で口を覆って、瞳をうるわせている。
それを横目に捉えたが、無視をして、近くに倒れているドリアンに近寄った。
「大丈夫?」
声をかけると閉じていた目をゆっくりと開ける。
「なんか……世界が回ってる……」
「ああ、たぶん脳が揺れてるんじゃないかな。あんまり動かない方がいいよ」
ヴァレリアンの方に目を向けて、聞こえる声量で声掛けする。
「治療師とかは居ますか?」
「あ、ああ!すぐ呼ぶよ!」
近くに居た執事に話をし、執事は急いで修練場を出ていった。
ギデオンとダンカンの方を見れば、ギデオンが介抱しているので、問題ないだろう。
溜息を吐いてドリアンの隣に腰掛けた。
「疲れた」
「……俺は何が何だか分からなかったがな」
返答があるとは思わなかったので、一拍置いてから返す。
「反応が鈍い。もう少し魔力感知、意識した方がいい」
「そっち方面はからっきしなんだ」
「じゃあ、レイフを見習ってもう少し勉強したら」
ちらりとドリアンを見ると、目が合った。
ドリアンが目を瞑って、苦笑する。
「……ああ、わかった。やってやるよ」
2人で話していると、呻いていた3人がよろよろと歩いてきた。
「おい、最後の説明しろ!あれはなんだ!」
「……無詠唱は君はどこまで使えるんだ」
「ごほっ未だに痛いんだけど、怒ってたの……?」
三者三葉に声をかけてくる三人を下から眺める。
思わず笑った。
「スケルトンみたい」
「馬鹿にしてんだろ!!」
アウロニスの怒号のすぐ後に、パチパチと拍手が下りてくる。
「お見事でした。シリウス殿。あれほどお強いとは……あなたは兵器みたいですね」
にっこりとデイモンが紡ぐ言葉にアウロニス、ウォルター、レイフが眉を寄せた。
「デイモン兄さん、言っていいことと悪いことが……」
「良いよ、事実だ」
レイフの言葉を遮って、手を振る。
本当にその言葉通りだ。
「事実というのは、本当に兵器として育てられたということですか?」
肯定されるとは思ってなかったのか、驚きの顔をしている。
それに否定も肯定もしなかった。
「……想像に任せる」
「秘密主義ですね。そういう方のことは暴きたくなる」
ぞくりと悪寒が走る。
じっとりと見つめてくるその瞳から目を逸らして、レイフに物申す。
「レイフの兄姉、本当に嫌」
「ははっ、デイモン兄さんとアヴェリン姉さんは別格だよ」
苦笑いを返されるだけだった。
更にここに、ヴァレリアンとランスロット。
そして意識はあるが動けないダンカンを抱えて、ギデオンが近くに来た。
ひっそりとその後ろにアヴェリンも居る。
「お疲れ様、みんな。と労いたいところだが、実はランスロットが恐ろしいことを言うものだから、質問がしたい」
ヴァレリアンが口を開き、ランスロットに視線を向ける。
目が合った。
観察者のそれだ。
「……シリウス君、最後、木刀が手元に戻っていたね。あれの説明を聞きたい。あの技は、他国の論文などにも載っていない、全く未知のものだ」
「……」
どうやって説明しようか悩む。
まさか他国の論文まで把握している人間がいるとは、思ってもみなかった。
「……ランスロット侯爵閣下は、キャンセラーもご存じですか?」
その質問に一番に反応し、体を揺らしたのはウォルターだった。
「ああ。知っているよ。オフスグアナ共和国が編み出した技だ。実用的ではないので、眉唾ものとされているが」
「え、そうなんですか!?」
驚くウォルターにランスロットが目を向ける。
「どうしたんだ?驚くことかい?」
「……いえ」
まずいと思ったのか、視線を逸らしてやり過ごそうとしている。
どこまで知っているか把握するために聞いただけだったが、あそこまでウォルターが反応してしまうと言わざるを得ないだろう。
息を吐いて、口を開く。
「決闘の時に俺が使ったのを見たから、驚いてるんですよ」
周囲がざわつく。
「使ったと言ったか?あれは、式を逆算して組み立てなければならない。並みの思考では到底不可能だ」
ランスロットが詰め寄るが、それに視線を逸らして、知っています、と応えた。
「それも決闘で使った……?実用したということか。君は本当に規格外だな」
ヴァレリアンの呟きには応えず、これ以上何か言われる前に、先ほどの技についての説明に移った。
「……先ほどの技ですが、論文にないとは知りませんでした。ただ、最近錬金学で魔力質の研究をしていまして、それの検証を兼ねて使用してみただけです」
無言。
誰も声を発さない。
視線で、何を言っているんだコイツはと言っているような気がした。
居心地が悪くなって、目を伏せる。
「魔力質の研究の内容は?」
ランスロットが淡々と聞いてくる。
「……魔力質を体外で変質させて実用できるか、です」
「例えば」
「実証段階まで行っているのは、硬化と弾性です」
「では、試合の技はそのどちらか、まあ聞いた感じ、弾性の方か」
「……はい」
ランスロットは口を噤む。
周囲は分からないのか、口を挟もうとはしなかった。
「しかし、弾性でなぜ手元に戻る?」
深く切り込んできた。
説明は面倒だが、言わないは通らない雰囲気だ。
今デインが居たら代わりに説明してくれただろうにと、少し恋しくなった。
「……弾性の、元に戻ろうとする力を利用しました」
分からないのか、ランスロットは、続けて、とだけ言った。
溜息を吐く。
「……魔力循環を武器にも広げます。その外枠を弾性に変換して形状記憶を持たせることで、武器を投げても、元の形状に戻ろうとし、手元に返ってくるという仕組みです」
ランスロットは口を開かない。
たぶん理解しようとしている。
「何だそれ、めっちゃいいじゃん」
ぼそりと呟いたのはアウロニスだ。
内容は理解していないだろう。
考えの浅いアウロニスに苦言を呈したのは、父親のランスロットだった。
「だからお前は愚息なんだ。もう少し頭を使え。つまり、まずは魔力を武器に流し込まなければならないということだ。これがどれだけ難しいことか、理論上はできるだろうが、成功例など聞いたこともない。更に、弾性に変質させる?そんなことが可能なら、今頃みんなやっている。できないから普及していないんだ」
正論にアウロニスは口を噤む。
ぐうの音も出ないようだ。
ランスロットはまたこちらに視線を戻した。
険しい顔だ。
ふいっと逸らす。
「……木刀の返ってくるタイミングはどうやって調節したんだ?」
「……魔力の波長を整えて動かないようにしてました」
「波長?」
流石にここまでくると分からないようで、素っ頓狂な顔をしている。
「波長を調整したということか?それで制御が可能?どういう原理だ?」
説明が難しい。
眉を寄せて考える。
「……魔力には微量な振動があるのは分かりますか?」
「分かる」
「その振動を止めることで、魔力の循環を一時的に止めていたんです」
「……」
目が点になっている。
「……止めれるのか?」
「止めれます」
「……それは体に影響はないのか?」
「外枠だけ止めていただけなので、問題ないです」
あんぐりと口を開けている。
スッと立ち上がった。
「もういいですか?」
「ダメだ」
「何でですか」
「このまま私の部屋に行こう。もっと詳しく聞きたい」
「はあ?嫌です。疲れたので、休ませてください」
「私の部屋で休憩しなさい」
眉を寄せて、アウロニスを見る。
「アウロニス、どうにかして」
「知るか。お前が撒いた種だろ」
「……薄情者」
「言ってろ」
ランスロットが腕をつかんできた。
「さあ、行こう」
深く溜息を吐いて、これから続く長い追及をどのように掻い潜るか、部屋に着くまで考え続けた。




