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ほどなくして試験がスタートした。
実習棟のステージは6つあるが、今回は教師二人ということで二つのステージでそれぞれ行うことになった。
レイフも早いうちに呼ばれて対戦相手と相対する。
レイフの相手はサイラス・リアンダー、リアンダー侯爵家次男。
家格は上だが、性格はおっとりとしているので、気兼ねなく相手ができるとレイフ本人が言っていた。
濃いめの茶髪に素朴な黒目で、アウロニスと一緒に居るところをよく見かけ、目が合うとへらへらと笑っている印象だ。
「試験だから本気出さないけどいーよね」
「そこはサイラスに任せる。俺は強くないから、ある程度頑張らないとだからさ」
「りょーかい」
二人のおっとりとしたやり取りをぼーっと眺めていると、隣に気配を感じる。
アウロニスだ。
「お前の友達、強いのか?」
怪訝そうな言い方は何かを心配しているのか。
「さあ?」
「サイラスは強いが、たぶん本気を出さないだろうな」
「試験なんだからいいんじゃない」
「お前は、俺とやるとき本気で来いよ」
返事をせずに、アウロニスに目を向ければ、睨み返してくる。
「なんだよ」
「別に、試合始まるよ」
ステージへと目を向ければ二人が同時に走り出したところだった。
カーンと大きな音が鳴り響き、木刀が撥ねた。
サイラスは片手、レイフは両手で木刀を握っているが、木刀を再度振り下ろすスピードはほぼ同じ。
何合か木刀が重なったが、レイフが木刀を振り、それに合わせてサイラスが木刀を重ねに行っている。
力量差は見る者が見れば歴然だろう。
ただし、レイフの得物を扱う技術も基礎がしっかり身についていて、応用部分と筋力を上げれば、同じ力量差までは持っていけそうだ。
およそ10分といったところで、号令がかかる。
2人は息を整えながら、握手を交わし、ステージを降りた。
「サイラス、お前はもうちょっと本気出せ」
「いやいや、割と余裕なかったよー、躱すのに精いっぱいー」
へらへらとしたサイラスとムスッとしているアウロニスの会話を横目に、隣に来たレイフを労った。
「お疲れ」
「疲れた、手応え感じない、落ちたかも」
がっくりと肩を落としているレイフの肩にぽんと手を置く。
「そんなことないと思う、よく動けてた」
「騎士見習いさんに言われると、自信つくわ」
明らかに明るい表情に変わったレイフは汗を拭って水分補給をしに場所を離れた。
試験はどんどん進んでいくが、ほとんどの試合は実力が拮抗して時間切れが多く、少し退屈になってくる。
戻ってきたレイフと壁に寄りかかりながら、ステージを眺める時間が数十分続くと、突然レイフが身を乗り出した。
「あ、ケイリアちゃんだ」
ステージを改めて確認すると毎朝朝食を共にするケイリアが、髪を上部で結わえ、木刀を携えてステージに佇んでいる。
いつものふんわりとした雰囲気とは違った凛とした横顔に思わず見惚れる。
本当に綺麗な顔だ。
間もなくして試合が始まり、ケイリアが動き出す。
左前にステップした。
少し変わった動きに対応しようと、同じく女性の対戦相手は、足を止めてケイリアを観察している。
その隙を見逃さず、ケイリアは木刀をまっすぐ相手の顔へと突き出した。
細剣を使うときの動きだったので、普段はレイピアあたりの武器を好んで使っていると推測できる。
相手の女性は自分より小柄のケイリアの動きを一拍遅れて反応したため、木刀は間に合わず身をよじって辛うじて頬を掠める程度にとどめた。
勢いを殺すことなく、ケイリアは突きをメインに木刀を自在に動かしていく。
相手はそれを目で追いながら必死に食らいついている。
相手がくらいついていける理由は、筋力量の差だった。
体格もそうだが、腕の筋力がケイリアの方が少なく、普段使っている武器よりも木刀の方が重いため、動きが遅い。
相手はその逆、だから打ち合いが成立していた。
「うわ、すごいなケイリアちゃん。普段とは違ってかっこいい」
「本来の武器を使ったら、もっと速く動けると思う」
「へえ?流石、ベルナデット伯爵家の娘だ」
騎士を目指す女性は少ないとはいえ、どんどん増えていっている。
その第一人者として有名なのが、ベルナデット伯爵家の夫人で、その血を色濃く受け継いでいるという意味だろう。
ほどなくして、決着がつく。
ケイリアの突きが相手の手首を襲い、木刀が手から滑り落ち、無防備になった喉元に剣先を突き付ける。
相手が降参のポーズをとった。
「綺麗だったね、シリウス。まるで妖精のようだった」
「妖精?」
どちらかといえば、素早い動きと的確な狙いの定め方が狼のようだった気がするが、シリウスはそれを口に出すことはしなかった。
「シリウスも見惚れた?」
冗談めかして言ったレイフの問いに、逡巡して首を縦に振れば、レイフは驚きを声に出す。
「え、本当に見惚れたの?」
「まあ、綺麗な動きだったとは思う」
「あれ?惚れた?」
「飛躍しすぎだろ」
「いや、だって、人に微塵も興味なさそうなシリウスが見惚れたって、惚れた以外になくない?」
「なくない、人を何だと思ってるんだ」
「朴念仁」
返す言葉がなく押し黙ると、レイフはニヤニヤと笑みを浮かべてくる。
無視をすることに決めた。
レイフの嘆きが聞こえるが、全て聞き流して、淡々と進められていく試験を眺める。
特に興味のそそるものはなく、とうとう最後の試合となった。
「アウロニス・エレンディル、シリウス」
ぐいっと背筋を伸ばして足を進める。
「頑張れー」
レイフの応援に左手を上げて返事をし、教師の前にアウロニスと並んで相対する。
「騎士見習いの2人はほとんど合格は確定しているが、規則なので戦ってもらう。気楽にという雰囲気ではなさそうだが、やりすぎないように。他の生徒たちの見本になるというイメージで挑みなさい」
2人で返事をし、木刀をそれぞれに持ってステージで向き合う。
木刀はやはり軽い。
何度か振り、感覚を確かめる。
握る位置も微調整し、アウロニスに目を向けると、彼はすでに構えていた。
半身を後ろに、重心を落とし、木刀を右手で持ち、左手は添える。
この構えはどこかで見たことがあった。
「ドレイクか」
「あ?ドレイクさんだろうが」
真剣な眼差しが、途端ぐにゃりと歪んだ。
怒っている。
「ごめん」
素直に謝れば、アウロニスは更にきつく睨みつけてくる。
「お前がどうやってドレイクさんに近づいたか知らないが、平民風情がドレイクさんの推薦で騎士見習いになって、学園まで通わせてもらってるなんて、身の程を弁えろよ」
アウロニスの言葉に納得した。
彼はずっと嫉妬していたのだ。
ドレイクのことを尊敬しているのかわからないが、パッと出のアウロニスと歳の変わらない人間が、ドレイクと親しくしていることが、許せなかったというところか。
なんだか、理不尽さを感じる。
少し腹が立った。
「要するに、嫉妬か」
呟きのすぐ後、教師の号令の声が響き渡る。
しかし、しっかりとアウロニスには届いたようで、全身で怒りを体現していた。
「ぶっ殺す!」
アウロニスの地を駆ける音が鼓膜を揺らした。




