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修練場には、雑然とした雰囲気が漂っていた。
アウロニスとの戦いのときよりも人が多いからだろうか。
ヴァレリアン、ランスロットはもちろん、アウロニス、ウォルターも修練場に来ていた。
「おはよう」
「おう」
「おはよう、シリウス」
入口から少し離れた端の方で壁に寄りかかっていれば、アウロニスとウォルターが近づいてくる。
「まさか、シリウスがレイフを焚きつけるとは思わなかった」
「……まあ、レイフがどうするか分からないけど」
「結構怯えていたらからな、彼」
ウォルターも昨日のパーティーの件はしっかり見ていたらしい。
「というか、あいつが俺と張り合えるって評価したらしいな?」
ランスロットから聞いたようだ。
アウロニスを見れば、怒っているというわけではなく、事実確認をしているという顔をしていた。
「張り合えるとまでは言ってないけど。それなりには相手取れると思ってるよ」
「そうか、そりゃ、お手並み拝見だな」
楽しそうに口角を上げている。
2人と話していると、悪寒のする視線を感じた。
ピクリと指が動く。
ちらりと見れば、やはりアヴェリンだった。
扇を口元に当てて、じっとこちらを見ている。
見えなくても、あの扇の下には確かな笑みを感じた。
視線を外す。
冷や汗が背中を伝った。
「どうしたんだ?シリウス」
口数が少なったことを機敏に察知したウォルターに顔を覗かれたが、目を瞑って深呼吸をして、大丈夫と応えた。
あれは、相手にしてはいけない。
「おーい!シリウス君!少しいいかい?」
ヴァレリアンに呼ばれてそちらに足を運べば、ランスロットとギデオン、そしてデイモンが揃った。
「今日は改めて、お三方、よろしくお願いいたします」
ギデオンが丁寧にお辞儀をし、それに倣ってデイモンも頭を下げる。
「いやいや、今回、私は場を貸しただけだからね。気にしないでおくれ。審判はランスロットにとってもらうよ」
「はい」
ギデオンが顔を上げるのと同時に、デイモンが頭を上げて目が合った。
ニコリと微笑まれる。
「おはようございます。シリウス殿」
「……おはようございます」
一歩近づいてきた。
目を細める。
「昨日アヴェリンとダンスをしていたようですね」
「……はい。1曲だけですが」
「いたく、気に入っていました。仲良くしてやってください。あれでも寂しがり屋なんですよ」
悪意を感じられない言葉に、頬がつる。
あれが?寂しがり屋?
「……承知しました」
そっと一歩下がった。
デイモンは肩を竦めるだけだった。
その横で大人同士で話が盛り上がっている。
話題はやはり、自分たちの息子のことだった。
「しかし、君のところの末っ子にそんな才能があったとは、なかなか噂は当てにならないな」
ランスロットが片眉を上げて興味深そうに口にした。
ギデオンは下手に出て、へこへこしている。
「ええ、私も光るものはあると思っていましたが、まさか騎士見習いの方に褒めていただけるほどだとは思ってもいませんでした。」
「彼の評価はなかなか鋭いぞ。私の息子とも決闘をしていたらしくてな、評価を聞いたら、的確に教えてくれた。本人もやる気を出していたし、シリウス君は指導者に向いているかもしれん」
「ええ、息子さんというとウォルター君ですか。なるほど」
ヴァレリアンが割って入り、話が広がる。
ギデオンは納得したような顔を見せた。
さらに、ヴァレリアンが口を開く。
「あのドレイクにも進言してくれたしな」
その言葉に、ギデオンが驚愕の顔をする。
そして目の前のデイモンも、顔をピクつかせた。
目を細める。
嫌な予感がする。
「バルタザール伯爵に進言したんですか!?」
「そうであったな。シリウス君」
「……はい。聞かれたので答えただけですが」
話を振られて、視線を逸らしながら、期待をさせすぎないように一言付け加える。
しかし、それを無視するかのように、ランスロットも加わった。
「アウロニスのことも推薦したらしいな。この間の騎士団の大規模魔物討伐に一緒に参加させてくれたらしい」
余計なことを言ったな、あいつ。
遠くに居るアウロニスを、睨みつけておく。
「なんとなんと。それはぜひともうちの愚息たちのこともしっかりと見ていていただきたい。きっと満足していただけるでしょう」
ギデオンが満足そうに目を細めて笑顔を作る。
その表情を見て、嫌悪感から、溜息を吐いた。
話しが脱線していく大人たちから、視線を外すと、近くにデイモンが来ていた。
目を合わせると、口角をわずかに上げる。
「シリウス殿はかなりの影響力があるようですね」
小さく呟かれる。
眉を寄せて、デイモンを見続けた。
「これからも仲良くしてくださいね」
歯が浮くような感覚がして、咄嗟に歯を食いしばった。
何なんだ、こいつら。
アヴェリンとは何か違う悪寒に、失礼します、と一言だけ告げてその場を後にした。
大きく深呼吸をして、心臓を落ち着かせる。
大人はまだ一歩引いているが、あの二人は狩人のようにこちらを狙っているのが、節々に感じる。
厄介な奴らに目をつけられた。
関わったことに少し後悔をしていると、遅れてやってくる、ドリアンとダンカン。
2人は、軽装で現れた。
「おはようございます!ヴァレリアン閣下、ランスロット閣下、父上、デイモン兄さん!」
「おはようございます!」
元気よく嬉しそうに2人は大人たちに話しかける。
視線がヴァレリアンとランスロットに言っている。
ヴァレリアンとランスロットを尊敬しているのだろう。
「今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
慇懃にお辞儀をした二人は今度こちらに目を向けた。
大股で歩いてくる。
「おはようございます」
先に一礼をして出迎えると、ドリアンとダンカンは鼻で笑う。
「騎士見習いだかなんだか知らないが、有頂天になるのも今のうちだからな。今日、レイフをけちょんけちょんにして、お前の目が節穴だってこと、知らしめてやる」
相変わらず、人を見下すような言葉をつらつらと並べるドリアンに、目を細める。
「そういえば、どうしてダンカン殿も軽装を?」
ダンカンが自慢げに胸をそらせた。
「俺も戦って、観てもらうためさ!」
「……なるほど」
レイフと戦った後に、2人で試合をする運びにしようという魂胆かもしれない。
溜息を吐いた。
この2人と同じというのがかなり嫌悪感がある。
「では、節穴ではなかった場合、あなた方が口だけの詐欺師だったということでよろしいですか?」
「はあ!?」
怒りを露わにする2人を睨みつけながら、近寄る。
「そうでしょう。兄でありながら弟を貶めて、自分たちを過大評価させる。騙しているのと一緒ですよ」
「……っお前、平民の分際で!」
ドリアンの胸倉を掴もうとしている腕を横から握った。
力を籠めると、苦しそうに眉が寄る。
「……兄ならしっかり、弟を見ろ」
じっと睨みつければ、ドリアンの瞳が揺れる。
恐怖か、羞恥か、焦燥か。
ドリアンは勢いよく腕を振り払う。
掴まれていた腕を握りながら、後ずさった。
「……っ」
去り際、何かを言いたそうにしていたが、無言でダンカンと一緒に去っていく。
そしてそのタイミングで、レイフが入ってきた。
軽装のレイフと目が合う。
じっと見つめ合って、レイフがへらりと笑った。
思わず頬が緩む。
大丈夫そうだ。
ホッと胸を撫でおろした。




