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喧騒が戻ってくる。


オルフェウス家が散り散りに分かれ、レイフだけがその場に残る。


放心状態のようだ。


「……どうしよう、シリウス。俺……ドリアンと戦わなくちゃいけなくなっちゃったよ」


弱々しい声に怯えたような顔。


立っているのがやっとという状態で呟かれた言葉に、目が細まる。


「知らん」


強めの言葉にレイフは、顔を上げて眉を寄せている。


「……俺、無理だよ。兄さんたちと戦うなんて……」


いつものニコニコとおちゃらけたレイフなど幻のようだ。


へらりと笑うあの笑顔はどこにもない。


深い溜息を吐く。


恐怖はなかなか消えないものだ。


それは痛いほど分かる。


でも、だからこそ、レイフには立ち上がってほしかった。


あんな惨めに視線を彷徨わせてほしくはなかった。


こんな弱々しく体を丸めてほしくはなかった。


自分で立とうとしないレイフに、腹が立った。


だから、励ましの言葉は与えてやらない。


「レイフ」


睨みつける。


ビクリと肩を震わせていた。


「……怒ってるの?」


瞳が揺れている。


「……そこに居たいなら、いつまででもそこに居ろ」


「……っ」


レイフが目を見開いた。


「俺はもう行く」


背を向けて視線だけを受け止める。


あとは、お前次第だ。


レイフと離れ、改めてヴァレリアンたちにお礼をしに行こうと歩を進めていると、声をかけられる。


「おい、シリウス」


アウロニスだ。


呆れた顔をしている。


「派手にやったな」


それに肩を竦めて、視線を逸らした。


「……腹が立ったからな、全員に」


「……お前は本当、わかりやすいな」


「そう?」


眉を寄せてアウロニスを見れば、鼻で笑ってきた。


「おう、お前結構行動に出てる」


「……」


言い訳も思い浮かばず、黙ってその言葉を受け入れた。


「明日か……楽しみにしとくか」


「観に来るの?」


「当たり前だろ、親父が居るんだから、俺も泊まりだし」


「……邪魔しないでね」


「言ってろ」


アウロニスは料理の方へと歩いて行った。


近くの壁に寄りかかっていると、音楽が流れ始める。


どうやら、ダンスの時間になったようだ。


男性が続々と女性にアプローチしていくのを、先ほど改めてもらったグラスを傾けながら眺める。


足音が近づいてきていた。


アヴェリンだ。


上品にふわりと撒かれた茶髪に、悠然と木々が揺れるように光る深緑の瞳。


扇を携えてゆっくりと視線を合わせてくる。


目の前に立ち、扇を口元で開いた。


「ごきげんよう、シリウス様。良ければ一曲、いかがですか?」


手を差し出される。


目を細めるその姿は、何を考えているのか見当もつかない。


じっと見つめ返して、体を壁から離した。


グラスをウェイトレスへと渡す。


胸に手を当てて、その手をそっと下から受け取った。


「……光栄です。アヴェリン嬢」


扇をしまい、準備が完了したアヴェリンの腰に手を回す。


周囲のダンスの流れに乗るように、ゆっくりと動き出した。


「あら、お上手ですのね」


嬉しそうに微笑む。


「習ったばかりですが、覚えは良い方ですので」


「ふふっ、正直ですのね」


楽しそうだ。


じっとアヴェリンを見ていれば、目を細めて見返してくる。


「レイフとは、結構長い付き合いなのですか?」


アヴェリンの口からその話題が出るとは思わず、目を瞬かせる。


「……いいえ、入学してからです」


「そう……あの子は学園ではどんな感じなのかしら」


本当に意図が読めずに、困惑する。


一拍、足が遅れた。


「あら、集中してくださいまし」


「……申し訳ありません」


音楽を耳に入れながら、質問の回答を考える。


「……協調性があり、良く周りを見ています。不真面目そうな態度とは反対に、真面目に授業を受けて、成績は良いです」


「そうですか。では、シリウス様はレイフのことをどう思ってらっしゃるのですか?」


「俺ですか?」


「はい」


にっこりと微笑むアヴェリンを見ながら、レイフのことを思い出す。


いつも隣に居た。


いつも声をかけてくれた。


いろんなことを教えてくれたし、いろんなところに一緒に出掛けた。


―――行こう、シリウス!


その手を握り返した記憶は昨日の出来事だ。


「頼もしい、友人です」


「……ふふっ、可愛い」


なんだか弄ばれているようで、眉が寄る。


アヴェリンは、目線を下げたまま、口を開いた。


「……レイフは可哀想な子です」


唐突なその言葉は、意識が引っ張られるには十分だった。


アヴェリンを黙って見続けた。


「長兄のデイモンは幼い頃より家督を継ぐための勉強に明け暮れ、私も淑女教育で相手をする暇などなく、お父様もお母様も子供にあまり干渉するタイプではありませんでしたから、自然とあの子のことを気にかけるのはドリアンとダンカンだけでした」


聞いて思い出すのは、放置されていた弟のことだ。


目を伏せる。


同じだったのかもしれない。


「最初は、仲良く遊んでいる姿を見かけていましたの。だから、私も、長兄も、大丈夫だと、思い込んでおりました。きっと、立場が明確になったのは、剣術を3人で習っていたあの頃でしょうね」


一拍置いて、アヴェリンは自嘲気味に笑う。


「気づいたころには、レイフはあまり自分の意見を言わないようになっていました。ドリアンとダンカンが前に立って代わりに喋り、庇うような仕草をお父様にするようになりました。外から見たら、それは弟を守っているように見えていました」


「でも実際は、違った?」


割り込んだ言葉に、アヴェリンは頷く。


「レイフはきっと虐げられてきたのでしょうね。私にはそう見えました。兄たちには敵わないと植え付けられたのでしょう。……醜い嫉妬ですわ」


アヴェリンは分かっていた。


あの状況を。


「……なぜ、傍観に徹したのですか?」


アヴェリンは上目遣いで見つめてくる。


「知りたいですか?」


「……いえ、わかりました。言わなくて結構です」


残念そうに眉を下げるアヴェリンから目を逸らした。


お前も一緒じゃないか。


「決して嫌いなどではないのですよ?」


アヴェリンは強かな声音で付け加える。


そのアヴェリンの手を勢いよく引っ張った。


「……あっ」


バランスを崩し驚くアヴェリンの腰をぐっと引き上げて、上から彼女の顔を覗く。


大きく開かれる瞳をじっと見つめながら、顔を耳元に近づけた。


「それでも、同罪だ」


「……っ」


アヴェリンの息の詰まる声が聞こえ、音楽も終わりを迎えたので、体を離す。


放心状態のアヴェリンに目を合わせた。


「心地よい時間をありがとうございました」


一礼をし、次の瞬間の顔を上げた後の、アヴェリンの顔を見て悪寒がした。


震える手を添えて、恍惚としていた。


これはやばい。


すぐに離れよう。


アヴェリンの返事を待たず、その場を後にした。


パーティーも終わりを迎え、レイフの舞台の時間が刻々と迫っていく。



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