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修練場は熱気を帯びていた。
適当に借りた真剣を手に馴染ませる。
「おい、本当にそれでいいのかよ。お前の剣、何で使わないんだよ」
天井も高く、障害物もない修練場は声がよく通る。
控えているウォルター、ヴァレリアン、ランスロットの視線がこちらを射抜く。
「理由いる?」
「いるだろ」
「じゃあ、使いたくないから」
「なんで」
「勿体ない」
お前には。
言わなくても伝わったのだろう。
アウロニスは眉を寄せる。
「その言葉、後悔するなよ」
もっと怒ると思ったが、予想よりも冷静で、眉を上げる。
少し成長したか。
「お前の時はどうだったんだ?ウォルター」
「魔武器を使用していたと思うので、たぶんシリウスの武器だと思います」
「だいぶなめられているようだな、うちの息子は」
その会話は聞こえないフリをして、軽く剣を振る。
問題ない。
「二人とも、準備はいいかい?」
「はいっ」
「……はい」
ヴァレリアンが前へ出る。
「稽古とはいえ、真剣。傷を負うかもしれないので、過度な攻撃は控えるように。どちらかが降参、あるいは戦闘不能で終了する」
静謐な声に場が引き締まる。
開始の合図の前に、アウロニスが剣先を向けて、忠告してきた。
「本気で来い」
ぴくりと眉が動く。
―――鬱憤、晴らさなきゃね。
「……分かった。後悔するなよ」
目を細めてアウロニスに視線を返した。
一拍。
「はじめ!」
その合図とともに、魔力を練り上げ、魔法陣を、アウロニスの剣を持つ手の付近に、形成した。
発動するまで、0.1秒。
「っち!」
アウロニスは熱さでやっと気づき、注意がそちらに向く。
その隙を逃さなかった。
足に渾身の力を込めて疾走する。
アウロニスの首めがけて剣を横から振った。
「……あ」
思わず声が漏れる。
寸止めのつもりが、いつもより軽い剣だったため、目測を誤った。
少し皮膚が当たって血が出ている。
アウロニスは何が何だか分からないようで、目だけで剣を見つめていた。
「……っ」
歯を食いしばっている。
やっと状況が飲み込めたようで、眉がひどく歪んでいた。
「……まだやるの?」
沈黙。
震える唇から声が漏れた。
「……降参だ」
剣をおろし、軽く振って血を飛ばす。
「ごめん、加減したつもりだったんだけど、当たっちゃった」
アウロニスは頬を引きつらせる。
怒り心頭だ。
「あ?当たっちゃっただと、なめてんのか!」
「事実を言っただけだけど、なんの不満があるの」
「お前は本当、人を煽る天才だよ!」
肩を竦めて、3人の観客の元へと向かった。
「剣、ありがとうございました」
声をかけると、呆然としていたヴァレリアンが、はっとして剣を受け取る。
ウォルターが近づいてきた。
「今のは無詠唱?」
「うん、初級のファイア」
「……初級とはいえ、早すぎる。それも無詠唱で、あんなところに形成するなんて、相当精密な魔力操作じゃないとまずできない」
基本、魔法は自分に近ければ近いほど陣を形成しやすい。
遠くに形成するには、魔力をそこまで飛ばす必要がある。
「魔法速度もだが、駆ける速さも段違いだ。あれほどの速さは、騎士団でもそういないだろう」
ランスロットが難しい顔をしながら、評価を口にする。
それにヴァレリアンが同調した。
「ああ、あれだけ速いなら、学生など亀同然だろう」
ヴァレリアンは気分がいいのか、にかりと笑う。
「良いものを見させてもらった。ありがとう、シリウス君」
「いえ」
軽く相槌を打つ。
「君の強さの秘密が知りたくなるな」
その声はランスロットだ。
細められた目がこちらを観察している。
悪寒がして、逃げるように視線を逸らした。
「どうして、君の年齢で、そこまで強い?」
静寂が場を支配した。
答えを全員が期待している。
それに応えるつもりはなかった。
「……俺の口からは説明できません。バルタザール伯爵に直接聞いてください」
「バルタザール?あいつが何か知っているのか」
「はい」
それだけ伝え、逃げるように話題を変える。
「ヴァレリアン侯爵閣下」
「ん?どうした」
「明日、市井に行きたいんですが、よろしいでしょうか」
「市井?なんかあるのかい?」
きょとんとした顔をしているヴァレリアンに、少し考えて回答する。
「……ちょっとした用事です」
「なるほど。君は本当に秘密主義だ」
諦観を感じるその顔が、ウォルターに向く。
「ウォルター、一緒について行ってあげなさい」
「はい。分かりました」
「え……」
思わず頬が引きつる。
予想外の爆弾だった。
「市井は、良からぬことを考える輩も多い。君は強いがやはり一人は危険だ」
正論に口を噤む。
その次に声を上げたのは、ランスロットだった。
「アウロニスもついてあげなさい」
「はあ!?何で俺も行かなきゃいけないんだよ!」
「……俺も嫌です」
アウロニスと一緒に歩く想像をして、思わず声を上げる。
しかし、ランスロットの口は上手かった。
「この地域は警備が行き届かずに治安が悪いところが多い。騎士見習いならついでに警備してこい。シリウス君も、アウロニスの援護をしてやってくれ」
ぐうの音も出ないとは、まさにこのことだ。
流石に断れなかった。
「……はい」
「くそっ」
わずかな火種を残して、その場は解散となった。




