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身体に大きな振動が伝わって目を開けた。
馬車が止まったようだ。
お腹が痛んだ気がして、ぎゅっと握る。
嫌なことを思い出した。
あの頃の記憶に幸せだったことなどないが、どれも鮮明に覚えているものだから、自分の能力を恨めしく思う。
深く息を吐いた。
「到着しました」
暫くして、御者がドアを開けて呼んでくるので、体を起こした。
「よくぞ、来てくれた、シリウス殿」
出迎えたのは、ヴァレリアン・レオンティウスその人だった。
隣にはウォルターと、夫人も居る。
平民に対しての出迎えにしては、礼を尽くしすぎている気がして、ギョッとした。
「……お初にお目にかかります。ヴァレリアン・レオンティウス侯爵閣下、デルフィーヌ・レオンティウス侯爵夫人。ウォルター様もお久しぶりです」
気を取り直して、覚えたての礼をとる。
すると、相手も気分を良くしたようで、ヴァレリアンは満足そうに無精ひげを見せつけるように笑った。
「これは、平民には見えないな。私のわがままに付き合ってもらうのだ。ゆっくりしていきなさい。ウォルター、積もる話もあるだろうから、部屋までの道を、一緒に案内しなさい。シリウス殿、昼食時にまた会おう」
ヴァレリアンとデルフィーヌが去っていくのを確認して、肩を軽く落とした。
「すまない、君の顔が見たいという父上のわがままだ。本当は私だけで出迎えるつもりだったんだ」
目線を右往左往しながら、弁明を図るウォルターに、肩を竦めてみせた。
「ウォルターが謝ることじゃない。部屋、案内お願い」
「ああ」
返事とともに歩き出した。
「昼食の時は執事が呼びに来ると思うから、それについてきてもらえばいい。それから、水は部屋に常備してある。好きに飲んでくれ」
「分かった」
歩きながらの会話に相槌を打つと、ウォルターが肩越しに振り向く。
「制服じゃない君の姿は、新鮮だな」
今日の服はパーティー用の衣服と、同時に購入したよそ行き用の服だった。
過度な装飾もないが、良い生地で作られていたようで結構な値が張った。
ドレイクが意気揚々とカタログを漁っていたことを思い出し、少し口元が緩んだ。
「買ったばっかだよ」
「……そうか、良い買い物をしたな」
案内された部屋に入り一人になって、無意識に緊張していた体を解した。
煌びやかな部屋の装飾は落ち着かないが、数日の辛抱だ。
首元を緩めて、ベッドに座る。
窓からは庭が見え、キラキラと噴水が反射して、華やかさが増していた。
―――あの頃とは大違いだ。
記憶が引っ張られる。
パン1つを買うために、朝から晩まで必死に働いたこと。
パン1つを二人で分け合ったこと。
毛布1枚で弟と一緒に丸まって寝たこと。
目を覆って体を倒した。
疲れているのかもしれない。
昼食の声がかかるまで、少し目を閉じていた。




