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昼前の教室は熱気が漂っていた。
見慣れた姿を探して、足を進める。
「あ、シリウス。遅かったね」
「ちょっと、トイレに行ってた」
レイフの隣に腰掛ける。
レイフは机に身を預けてだらしなく体を伸ばし始めた。
「ああ、憂鬱」
「何で?」
珍しくて、つい問いかけると、下から顔を覗かせる。
「何でだと思う?」
「いや、知らん」
「そこはもっと考えてよ」
口を尖らせるレイフを見ながら、思い当たる節を探してみる。
「明日からの長期休園くらいしか思い浮かばない」
「それだよ、それ」
レイフは重い溜息を吐く。
「実家に帰らなきゃいけないんだよ」
レイフがこんなにも嫌そうな顔をしたのは初めて見る。
確か、兄弟仲が悪いとは聞いていたが、詳しいことは聞いていなかった。
本人もあまり話題に出さないので、積極的に話したいわけではないだろう。
「1ヵ月、ずっと実家なの?」
「いや、絶対参加しなきゃいけないパーティーだけ参加したら、帰ってくるつもり」
パーティーと聞いて、自分もそんなのがあったなと思い出す。
この時期は、多いのかもしれない。
「なら、帰ってきたら、どっか遊びにでも行く?」
「え?……え!?シリウスが?今、俺、誘われてるの!?」
わざとらしい驚き方に、睨みで対抗する。
「やっぱやめる」
「うそうそ!行く行く!どこ行こうかな。あ、この間出来たカフェとか気になるかも、でもシリウスと出かけるなら、隣町の露店通りで、食べ歩きとかもいい!」
元気を取り戻した、レイフを眺めて、胸を撫でおろす。
レイフはこうでないと落ち着かない。
紙に候補地を書いていくその姿を、授業が始まるまで眺めていた。
――――――
拝啓 シリウス殿
空の青さが、輝きを増す今日この頃、初めてお手紙をしたためます。
不肖の息子が大変お世話になっていると聞き及んでおります。
此度、貴殿との面会の上、語らうことができたらと思っています。
つきましては、ここに正式にパーティーに参加していただきたく、ご招待とさせていただきます。
貴殿のお姿が拝見できること、心より楽しみにしております。
ヴァレリアン・レオンティウス
――――――
「基本的にはパーティーの1日から2日前に行って、屋敷に泊まってパーティーに参加だが、あのタヌキ爺は3日前に来てほしいらしい。お前と話したいのかね」
綺麗に折りたたまれていた紙を掲げながら、机をトントンと叩いているドレイク。
静かな騎士団長室には、処理前の書類が大量に積み上げられていた。
「……話すって何を話すことがあるんでしょうか」
正直、気が重い。
「さあね」
ドレイクは眉を寄せながら、机に招待状を置く。
「まあ、悪い話ではないだろうが、ひとつ、嫌な可能性の話をするとだな、シリウスを取り込みたいと思っているかもしれん」
「取り込む?」
「そうだ」
ドレイクは真剣な目で、瞳を覗き込んでくる。
「ウォルターとの決闘、それに騎士見習いで、俺ともかなり親密であることは調べればすぐわかる。そんな振れば金を落としそうな優良物件が平民だなんて、まあ貴族からしたら、格好の的だわな」
ドレイクは一呼吸おいて、背もたれに身を預けた。
「後見人になるというか、養子にするというかってところか」
眉間に皺が寄る。
「……断ればいいですか」
こればっかりはドレイクの判断を仰ぐ。
隷属契約がある前提では、決定権は全てこちらにはない。
ドレイクは硬い表情をして唸る。
そして、ちらりと目だけをこちらに寄こした。
「この際、俺が正式に後見人なるか。パーティーの前に」
実際、後見人のような仕事をドレイクが請け負っているのは確かだった。
それが書類上もそうなるというだけの話なら、しがらみもなく過ごせそうだ。
そっと胸を撫でおろす。
しかし、ドレイクの顔は硬いままだった。
「でも、それにはひとつお前に頼まれてもらわなきゃいけないことがあるんだ」
「……何ですか?」
沈黙が下りる。
「……親に、会ってきてほしい」
「……」
ドレイクの目を見る。
驚きよりも、強い拒否反応からくる疑問。
「……何で?」
「お前が会いたくない気持ちも分かる。だが、後見人になるには、今のお前の親権を持っている親の一筆が必要なんだ」
親。
その言葉を使いたくはない。
あの人たちは、『親』ではなかった。
溜息を吐く。
「……どこにいるか、知らないです」
「それはこちらで調べておく。ついでに、縁も切ってくるか?後からネチネチ言ってこられないように、先手は打っておいた方がいい」
目を伏せた。
拳を握る。
息が詰まるのは、何でだろうか。
「……それでいいです」
「分かった。書類は作っておく。場所が分かり次第、連絡しよう」
ドレイクはこの話は終わりというように、招待状を封に戻し、こちらに寄こす。
「さて、採寸しないとな!とびっきり目立つ服、選んでやるよ!」
豪快に笑うドレイクに、目を細めて睨みつけてやったが、心は少し軽くなった。
「地味な服にして」
「お前の顔が目立つんだから、どっちも一緒だ」
「なんだ、その理屈」
思わず頬が緩む。
この人が親だったら良かったのに。
その言葉は胸の奥底にしまっておいた。




