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魔法式と呼ばれる、謂わば詠唱は、節を繋げることで、様々な魔法陣を形成するための補助の役目を担うものだ。
しかし、節の繋ぎ目に余分な魔力が必要になってくる。
だから、魔力が少ない人ほど扱うのは難しい。
図書棟の机で研究資料と『魔法陣と式』という文献を交互に見ながら考える。
「簡略化すれば、初級魔法でも少ない魔力で同じ陣を形成できるかもしれない」
要は媒体さえできれば、式は違うものでも成立する可能性がある。
「初級魔法式の簡略化と……その最低成立条件の検証。この方向で行くか」
文献を閉じ、まだまだ空白だらけの研究資料を持って立ち上がる。
放課後の夕日を背に立ち去ろうとすると、声が聞こえてきた。
「どうして、こんなことするんですか?」
図書棟ということもあって、怒鳴り声というわけではないが、かなり強い口調だ。
そして、その声には聞き覚えがある。
デインだ。
確認のためにその方向へと足を進めると、デインに対峙するもう一人の人影。
見覚えがある。
同じ錬金学科に居る、モプトン・ゼリアだ。
黄緑色の髪と黄緑色の目が特徴の男。
床に膝をついているデインと、それを見下ろしているモプトン。
まだ出会って間もない頃のイジメの現場を思い出した。
上級生に魔法で悪戯をされているのに、抵抗もしないデイン。
しかし、今回はデインもしっかり反抗していた。
「べっつにぃ?そこにあったから踏んじゃっただけじゃん?いちいち大げさなんだよなあ」
下品に笑うモプトンの下を見れば、破片が散らばっている。
透明感のある青色で、元は魔法石だろうか。
研究の検証用に使っていたのかもしれない。
その周りには紙もいくつか落ちている。
「……落としていたじゃないですか」
俯いていて、声のトーンは低い。
「そうだっけ?手も滑っちゃったかあ。ごめんねえ」
言い方が全て見下しているように感じるのは、わざとだろう。
ふざけている。
これが『妨害』だろうか。
不愉快だ。
でも、手出ししてはいけない。
資料を持つ手に力が入る。
もし実害があるようなら止めればいい。
「でもさ、Eクラスのくせに、鼻につくんだよねえ。筆記が首席だったからって、本当は僕らのこと見下してるんだろ?」
「ち、違います。見下してません。……僕は魔法が使えないので、他の人よりも努力しないといけませんから……それだけです」
「どうだか!Sクラスの人とまで仲良くしてさ……馬鹿にしてるんだろ!」
モプトンは足を振り上げて、思いっきり魔石の破片を踏み潰す。
グシャッという音が響く。
それを横目に、本棚にあった適当な本を手に取り、落とした。
バンッ
音に反応して、モプトンとデインは顔を上げる。
やっと人が居るかもしれないという疑念を持ったのか、モプトンは慌てていた。
「と、とにかく!分を弁えて行動しろよ!」
モプトンが立ち去っていく。
デインはゆっくり動き出し、魔法石を片付け始める。
それを手伝わずに背中を向けて終わるのを待った。
デインが席に座ったところで、落とした本を拾って戻し、デインに近づく。
「お疲れ」
「あ……お疲れ様です、シリウス君」
その声はいつもと変わらないトーンで、いつも通りの笑顔だった。
「資料作りですか?」
「うん、そっちも?」
「はい、でもなかなか進まないですね……」
そういって、粉々に砕けた魔法石にそっと手を触れている。
眉が寄った。
「手伝えないけど……それ以外なら、頼ってもいいから」
「はい!シリウス君は優しいですね」
その時の眉が寄った笑顔が、重なる。
寒くても、お腹がすいても、気丈に振る舞う―――
―――大丈夫だよ、お兄ちゃん
思わず、デインの頭に手を乗せた。
強めに置いて、ぐりぐりと頭を撫でる。
「うわっ、シリウス君……?」
明日、雨が降らなければいいと、そう思った。




