32
空腹で目が覚めた。
朝、部屋に帰り、ベッドに寝転がってからの記憶はない。
文字通り、泥のように寝ていたらしい。
目を少しずつ開けながら、薄暗い部屋を見渡す。
身動ぎの音が聞こえて、同室者が部屋にいることが分かった。
顔は見えないが、声をかける。
「……今から、行くのか?」
そいつの音が止まり、ああ、と返事をされる。
「ドレイクさんが、正式にシリウスは不参加でいいって伝えろって」
「そう」
もう一度寝る気にはなれなくて、体を起こす。
まだ、だるさは抜けきれてなかった。
魔力の回復もたぶん2日くらいはかかる。
アウロニスの方を見れば、汚れた灰色の隊服を身に纏い、剣を腰に下げて、立っていた。
こちらを見ている。
「……電気、つければよかっただろう」
「お前……俺が寝ている奴に迷惑かけるように見えるのかよ」
それには、返事をせずに、肩を竦めるだけに留めた。
「シリウス」
取り敢えず、シャワーでも浴びるかと立ち上がると、アウロニスに呼び止められた。
「なに」
アウロニスは俯いて、沈黙を流す。
言葉が紡がれるのを、アウロニスを見ながら待ち続けた。
「……討伐、の、気を付けるところ……教えてくれ」
漸く開かれた口から出たのは、思いもよらない言葉だった。
じっとアウロニスを観察するが、俯いていて表情は読めない。
でも手はずっと拳を握っている。
何を思ってそんなことを聞くのか。
「討伐の気を付けるところね。……まあ、正直いろいろあるけど」
そこで区切って、アウロニスに近づく。
肩をビクつかせたアウロニスは、ドレイクに何を言われたのか。
「一番は自分の力量を知っておくことじゃないか?」
「……っ」
思い当たる節があるのか、吐息が漏れている。
叱られて傷心中というところか。
憧れの人に怒られるのは、きっと相当に精神的ショックが大きかっただろう。
アウロニスに手が届く距離で止まった。
まだ下を向いている。
「俺はアウロニスが、この討伐任務、やり切れると思って、推薦したんだけど」
「え?」
上げられたアウロニスの顔は締まりのない顔をしている。
思わず笑った。
「なんだその間抜け面」
「な……うるせっ」
「そうだ、一つ頼みがある」
唐突に話題を変えると、アウロニスは慌てた。
「待て、今、さっきなんて言った?お前が、俺を、推薦って言ったか?」
「忘れて」
「いや、無理だろ、は?何で」
その問いには答えてやらず、頼みの続きを口にした。
「短剣、投げたから、回収してきてほしい」
短剣のホルダーを取り出すと、アウロニスが両手を出してきたので、そこに落とす。
「大事なものだから、よろしく」
軽く口にして、シャワー室へと向かう。
その途中に思い出して、肩越しに振り向いた。
「あ、行ってらっしゃい」
シャワー室に入ると、ドア越しに大きなため息が聞こえた。
「いってきます!!」
アウロニスの情けない顔が見えた気がした。
―――――――
王都への帰還は、思ったよりも軽やかだった。
疲れもあるはずだが、何よりも4日目は何事もなく討伐を終えれたことがよかった。
最後尾を歩きながら、騒がしい団員たちを眺める。
変異個体はあの1体だけだったらしく、その後は順調に数を減らし、残敵処理が完了したそうだ。
帰りの行軍に参加する際には、最初労いの言葉を次々とかけられたが、適当に返していると、周りに人が居なくなっていた。
アウロニスから無事に受け取った短剣をホルダーから取り出す。
『そんなに大事なものなのか?それ、あまり高そうには見えないが』
『うん、大事』
アウロニスとの会話を思い出すと、一緒にあいつのことも思い出した。
―――これ、あげる。
―――シリューは短剣と長剣の二つ持ちがいいと思うよ。
まだ、剣の握り方もほとんど知らなかった頃の記憶だ。
あいつは短剣を二つ扱う戦い方だった。
今も変わらないだろうか。
―――いつかさ、2人で、冒険者とかになってさ、魔物討伐とか、楽しそうだよね!
屈託なく笑っていた、あいつの願いはもう一生叶うことはない。
でも、どこかで生きていてくれさえすれば、それで十分だ。
短剣をしまい、土を思いっきり踏みしめる。
行きよりも、体が軽くなったような感じがした。




