21
すっきりとした体に、ラフな衣服を身に纏う。
左眼にしっかり眼帯をつけたことを確認してから、髪の毛から滴る雫を放置してシャワー室の扉を開いた。
「あ、シリウス君。紅茶いかがですか?」
丁度近くに佇んでいたデインとかち合う。
その手には、お盆の上にティーカップが4つ並んでいた。
「今から丁度休憩をしようとしていたところなんです。良かったら」
にっこりとほほ笑むデインに、頼むと一言告げると、ひとつ返事をして、ティーカップを机に並べてから、もう一度紅茶を入れにキッチンへと向かった。
その背を見送り、ティーカップが並べられた机へと目を向けると、三者三葉にぐったりとしていた。
そこに近づく。
「つっかれた。本当に訳が分からない。なんでいちいちこんな回りくどい言い方するんだよ」
「私もそれを覚えるのには苦労したから、分かるわ。ねえ、ライラは軍事基礎いけそう?」
「どう、かな。まだ納得できない感じ、かな。問題文が同じなら、覚えれば答えられるんだけど……」
気づかない3人は変わらず、教養科目について話している。
「でも、これだけはどうしても理解できないの」
そう言ってライラがイマラに問題文を見せている。
「えっと、これは……Bかしら?」
「Dだよ」
覗き込んで答えれば、2人ともギョッとした顔をした。
「シ、シリウスさん!?」
「うわ!びっくりした!気づかなかったぜ……」
イマラとフェンリスは何とか口を動かしていたが、ライラに関しては口を開いた状態で止まっていた。
「ごめん、驚かせた」
謝れば、ライラもイマラも大きく首を振る。
「い、いえ……」
「私も、大丈夫ですわ」
フェンリスに限ってはぐったりとしていた体を起こし、背筋をピンと伸ばしていた。
「シリウスさんも、座りますか!?」
フェンリスがソファの端に移動し場所を作ってくれる。
ちらりとイマラとライラの方を見たが、流石にあっちには座れない。
キラキラと光る眼を意識しないようにしながら、フェンリスの隣に腰かけた。
「うわあ、俺の隣に騎士見習いの人が居るだなんて幸せが過ぎる……!」
拝みそうな勢いに本当に苦手なタイプかもしれないと、反応をしないことに決めた。
隣を意識の埒外に置き、濡れた髪を首にかけていたタオルで軽くふき取る。
イマラは気を取り直すように優雅な所作で紅茶を嗜み、ライラはチラチラとこちらを窺っていた。
満を持して、ライラが口を開いた。
「あ、あの……さっきの、問いについて……聞いてもいいですか?」
ライラに目を向ければ、人見知りなのか、すぐに視線を下へと落としてしまう。
先ほど確認した問題文を思い出してみた。
『次の状況で、軍事的に最も妥当な判断を選べ。敵拠点に重要な補給庫がある。夜間の奇襲で破壊可能だが、周囲に民間人の住居が点在している。民間人の犠牲は5~10名と予測される。
A:作戦を中止する。
B:民間人を避難させてから、攻撃する。
C:補給庫を無視し、正面決戦を選ぶ。
D:予定通り奇襲を行う。』
「その、どうして、Dなのか、知りたくて……」
尻すぼみしていく声に、逆に質問した。
「答え、なんだと思った?」
一瞬、おどおどと困惑を浮かべていたが、観念したのか、ゆっくりと口を動かす。
「私なら、Bを選びたいですが……軍事的と書いてあるので、中止にするのが正解だと、思いました」
この問題でその選択肢を選ぶのならば、ライラは大きな組織での戦闘には向いていないだろう。
「まず、大前提として、戦争は自陣が最も有利にことを運ぶための作戦を練らなければならない。これは分かる?」
「はい」
はっきりとした声を聞いて、更に続けた。
「なら、補給庫が敵陣営から無くなれば、こちらに有利に運ぶことは明白。中止にするというなら、それなりの理由が必要。じゃあ、ライラが進言する理由は?」
ライラはじっと考え込んで、自信なさげに答える。
「……民間人がいるから」
「確かに、民間人が居る。不要な犠牲は良くない。だけど、その理由が通用するのは、犠牲になる人数が不明。もしくは、多大な被害がある場合だけだ」
先ほどの問題文の一文を指さす。
「5~10名の民間人と、戦える自陣の5~10名。どちらかが犠牲になるなら、軍事的に考えて、選んでみて」
ライラの瞳を覗き込み、じっと答えを待つ。
「……民間人、です」
「だったら、作戦を決行するのが、望ましい」
「だ、だったら、避難させてからでも」
「民間人がどのような情報を持っているかもわからないし、逆に自陣の情報が出回ってしまう可能性もある。たった5~10人の民間人のために、そこまでリスクを背負う指揮官は、まず居ないだろうね」
押し黙ったライラは、もう口を開かなかった。
静けさを掻き切るように足音が響く。
デインだ。
「シリウス君は軍事の理解が深いですね」
ティーカップを受け取りながら、デインを見返す。
「そういう問題だろ」
「でも、そこまで分かって答えられる人はなかなか居ないですよ。僕も納得しちゃいました」
へらりと笑い、デインは一人掛けソファに腰掛ける。
それを横目に、久々に酷使した喉を、熱い紅茶で潤した。




