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朝のランニングを終え、シャワーを浴びる。
同室者の確認をした後、食堂へと移動した。
閑散とした食堂に足音だけが響く。
音の反響がやけに耳に残った。
食事を進めていると、鋭くなった聴覚が訪問者を知らせる。
ケイリアだった。
「……おはようございます」
「おはよう」
そこからの会話はなかった。
カチャカチャとカトラリーの音だけが響く。
時折感じる視線には気づかないふりをして、食事を終えて立ち上がった。
「失礼します」
「はい」
静かな空気が肌を撫でた。
教室ではやはりレイフが隣に腰掛ける。
「おはよう、シリウス」
「おはよう」
どかりと座ったレイフだったが、口はゆっくりと開いている。
「あ、のさ。昨日の、あれ。大丈夫だったか?」
「大丈夫」
「そう?ならいいけどさ」
レイフも昨日の異様な雰囲気を感じ取っていたのだろう。
心なしか心配そうな表情をしている。
「ウォルター・レオンティウスと言えば、かなり硬派だからさ。いじめでもされたかと思って」
「俺がそんなことされるようなたまに見えるか?」
「見えない」
にかっと笑うレイフに呆れのため息を浴びせる。
そんな奴じゃない、ウォルターは。
「おはよう!昨日のあの動きすごかったね~!ズバッズバッズバッてー」
「わかる!あれはもう一回観たい」
陽気なテンションでサイラスが割り込み、それにレイフが同調する。
最近の流れだった。
「お前、何で指揮役やらなかったんだよ」
アウロニスが詰め寄ってくるので、それに少し体を引きながら答えた。
「俺は適任じゃない」
「いや、騎士見習いならやるべきだろ」
「アニスじゃないから」
「だから、アニスって言うな!」
昨日のアウロニスの戦闘を思い出す。
出てきた敵に突貫で相手取り、あぶれたワーウルフを他の隊員が処理する、真逆の戦略。
同じ特異点でありながら、それを前面に押し出す戦術はまさにアウロニスならではだ。
「ウォルターと一緒だったしね、彼、指揮官向きよね」
ベローナの言葉を肯定する。
アウロニスは不服そうな顔をしたが、それ以上は言わなかった。
そういえばとベローナが周囲をキョロキョロと見回した。
「ケイリアさんは?」
「あれ、そういえば席にはいるけど、今日はこっちに来ないんだねー」
「本当だ。どうしたんだろ」
レイフとサイラスも話に加わり、全員でケイリアの後ろ姿を覗く。
朝食の時も様子が変だった。
「具合悪いのかな?」
「もしかして、シリウスなんかした?」
「してない」
レイフの言葉を一蹴し、もう一度ケイリアを見る。
ベローナが言う具合も悪くはなさそうだ。
何かを思い詰めている、そんな後ろ姿だ。
そして昨日のウォルターとの会話を思い出す。
婚約者なら、事情を聞いたかもしれない。
ケイリアがそれをどう受け取って、どう判断したか分からない。
聞かないし、歩み寄ることもしない。
『決闘』という重みは言葉では表せないだろう。
ウォルターにとっても、ケイリアにとっても。
これは安易に引き受けていいものではない。
保留にした蟠りが、胸を燻る。
教師が教室に入るまで、誰の声も耳に入ってこなかった。
今日の騎士見習いの仕事は非番で、落ち着かない気持ちが実習棟に足を運ぶ。
実習棟は生徒たちが自主鍛錬をするために、放課後、解放されていることが多い。
今日もステージの半分ほどが埋まっているのを確認して、ソレに気づいた。
ウォルターが木刀を振っている。
それを見守るかのようにケイリアが近くに佇んでいた。
木刀を振るたびに空を切る音が響く。
2人の間に会話はなく、そこに強い理解の絆を感じた。
ウォルターは相も変わらず、黙々と振り続けている。
上段斬り、一文字斬り、袈裟斬り、突き。
魔力操作と同じように、一つ一つの所作に無駄がなく、洗練されている。
赤い瞳には、前を向き続ける直向きさが、強く光っていた。
ウォルターは、本気だ。
貴族とか平民とかの垣根を越えて、必死に自分に立ち向かおうとしている。
シリウスは、ぐっと拳を握る。
誰かが、頑張れと、声をかけてくれた気がした。
「ウォルターは剣術も綺麗だな」
歩み寄って声をかければ、汗を拭ってウォルターがこちらを向く。
ケイリアの視線も受け止めながら、更に口を開いた。
「基礎がしっかりしてる」
「死ぬほど努力してきたからな」
「そうだろうね」
「ただまだ足りない」
悔しさの滲む顔は、昨日と同じ。
「手首が硬い。柔軟を重点的にやる方が、スピードが上がると思う」
「……」
ウォルターの瞳が射抜く。
その目は諦観か、それとも期待か。
「ウォルター。決闘、受け入れるよ」
ウォルターの瞳が揺れた。
「ありがとう……」
夕日が窓から差し込み、温かい音が実習棟を覆いつくした。




