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放課後の廊下は、昼間よりも音が少なかった。
部活動へ向かう足と、寮へ戻る生徒の話し声が遠くで交差し、やがて散っていく。
窓から差し込む光は弱く、影が長く伸びていた。
教室を出たところで、後ろから声をかけられる。
「シリウス」
振り返ると、アウロニスが立っていた。
一歩分だけ距離を保ち、こちらを真っ直ぐ見ている。
後ろには当然、サイラスとベローナもいる。
「何」
「今日この後の巡回任務の件だ」
学校に通いながら騎士見習いをするシリウスとアウロニスは、放課後に仕事に合流することになっている。
しかし、公然とその話題を出すのは初めてだ。
「南門側の?」
「そうだ。集合時間が変更になったらしい。聞いてたか?」
「いや、知らない。いつ分かったの」
「俺もさっき知ったところだ。通信具で言われた」
騎士団から支給されている、通信を可能にする魔法具を掲げて見せる。
その会話に物怖じせず、サイラスが割り込んできた。
「それ、結構値が張るものだよー、だからアニス、いつも冷や冷やしながら持ち歩いてるもんねー」
「うっせえ!」
ケラケラとサイラスにからかわれるアウロニスは、今日一日でだいぶ見慣れていた。
「あ、ケイリアさんだわ」
それなら少し時間に余裕があるなと仕事のことを考えていると、ベローナの声が鼓膜を刺激して自然と視線の先を追った。
昼間よりも落ち着いた装いで、ひっそりと佇んでいる。
その隣に、1人の男が寄り添っていた。
ウォルター・レオンティウス、レオンティウス侯爵家の長男だ。
無駄なく整えられた焦げ茶の髪に、周囲を引き付けるルビーのような瞳、背筋の伸びた立ち姿は、ケイリアの清楚な佇まいによく映えた。
一瞬、ウォルターの赤い視線がこちらを射抜く。
敵意とも、好意とも違う、確認のそれ。
お前を知っている、そういう瞳だった。
「ケイリア、行こうか」
彼はケイリアに視線を戻し、柔和な笑みを携える。
「はい、ウォルター様」
先ほどの顔を赤くさせていたケイリアなど想像させないような、完璧な笑みを向けて返事をしている。
まさに、理想の婚約者同士の姿だった。
こちらを横切る際に、ケイリアと視線が交差し、お互いが軽く頭を下げるだけに留めた。
2人は並んで歩き去っていく。
その背中を、誰も呼び止めることはしなかった。
「真面目そうな人ね」
ベローナが控えめに言うと、妙な緊張感が弛緩する。
「噂通りだねー。秩序第一、名誉重視、貴族の鑑のような人だよー」
サイラスの的確な評価に、反応したのはアウロニスだった。
「ああ、だから面倒なんだよな、いちいち小言がうるさい」
「パーティーとか参加すると、アニスはいっつも何かしら指摘されてるもんねー」
「硬いんだよ、あいつは」
「アニスはもうちょっと貴族としての嗜みを持った方がいいわよ」
そんな軽口が飛び交う中、ウォルターの視線を思い出す。
昼の視線と、今のそれが重なる。
先ほどのは敵意を感じなかったが、なんとなくそう感じた。
「じゃあ、俺は先に行く」
アウロニスたちに背を向けて歩く。
廊下の奥に秩序の気配が残っているのを、しっかりと肌で感じ取っていた。




