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10


放課後の廊下は、昼間よりも音が少なかった。


部活動へ向かう足と、寮へ戻る生徒の話し声が遠くで交差し、やがて散っていく。


窓から差し込む光は弱く、影が長く伸びていた。


教室を出たところで、後ろから声をかけられる。


「シリウス」


振り返ると、アウロニスが立っていた。


一歩分だけ距離を保ち、こちらを真っ直ぐ見ている。


後ろには当然、サイラスとベローナもいる。


「何」


「今日この後の巡回任務の件だ」


学校に通いながら騎士見習いをするシリウスとアウロニスは、放課後に仕事に合流することになっている。


しかし、公然とその話題を出すのは初めてだ。


「南門側の?」


「そうだ。集合時間が変更になったらしい。聞いてたか?」


「いや、知らない。いつ分かったの」


「俺もさっき知ったところだ。通信具で言われた」


騎士団から支給されている、通信を可能にする魔法具を掲げて見せる。


その会話に物怖じせず、サイラスが割り込んできた。


「それ、結構値が張るものだよー、だからアニス、いつも冷や冷やしながら持ち歩いてるもんねー」


「うっせえ!」


ケラケラとサイラスにからかわれるアウロニスは、今日一日でだいぶ見慣れていた。


「あ、ケイリアさんだわ」


それなら少し時間に余裕があるなと仕事のことを考えていると、ベローナの声が鼓膜を刺激して自然と視線の先を追った。


昼間よりも落ち着いた装いで、ひっそりと佇んでいる。


その隣に、1人の男が寄り添っていた。


ウォルター・レオンティウス、レオンティウス侯爵家の長男だ。


無駄なく整えられた焦げ茶の髪に、周囲を引き付けるルビーのような瞳、背筋の伸びた立ち姿は、ケイリアの清楚な佇まいによく映えた。


一瞬、ウォルターの赤い視線がこちらを射抜く。


敵意とも、好意とも違う、確認のそれ。


お前を知っている、そういう瞳だった。


「ケイリア、行こうか」


彼はケイリアに視線を戻し、柔和な笑みを携える。


「はい、ウォルター様」


先ほどの顔を赤くさせていたケイリアなど想像させないような、完璧な笑みを向けて返事をしている。


まさに、理想の婚約者同士の姿だった。


こちらを横切る際に、ケイリアと視線が交差し、お互いが軽く頭を下げるだけに留めた。


2人は並んで歩き去っていく。


その背中を、誰も呼び止めることはしなかった。


「真面目そうな人ね」


ベローナが控えめに言うと、妙な緊張感が弛緩する。


「噂通りだねー。秩序第一、名誉重視、貴族の鑑のような人だよー」


サイラスの的確な評価に、反応したのはアウロニスだった。


「ああ、だから面倒なんだよな、いちいち小言がうるさい」


「パーティーとか参加すると、アニスはいっつも何かしら指摘されてるもんねー」


「硬いんだよ、あいつは」


「アニスはもうちょっと貴族としての嗜みを持った方がいいわよ」


そんな軽口が飛び交う中、ウォルターの視線を思い出す。


昼の視線と、今のそれが重なる。


先ほどのは敵意を感じなかったが、なんとなくそう感じた。


「じゃあ、俺は先に行く」


アウロニスたちに背を向けて歩く。


廊下の奥に秩序の気配が残っているのを、しっかりと肌で感じ取っていた。



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