プロローグ
冷たい床、冷たい壁、薄い敷布団1枚に、薄い毛布が1枚。
鉄格子の向こうにも、がらんどうの牢屋が見える。
窓がないはずなのにいつも寒さを感じるのは、無機質な色の壁のせいか。
ジャラリと両手を拘束する鎖の音が鼓膜を刺激する。
冷たい壁に寄りかかった。
「ねえ、シリュー」
壁向こうから尋ねる声はどこか寂しそうだった。
あいつも同じ壁に寄りかかっているのだろうか。
「本当に、一緒に行かないの?」
揺れ動く声音に、心が揺れる。
「ここに残ったら、シリューはきっと殺されちゃうよ。僕はシリューに生きていてほしい」
心臓が締め付けられる感覚に、胸のあたりをぎゅっと握った。
「僕と一緒に逃げよう、シリュー」
あいつの顔が見えなくてよかった。
きっと、顔を見たら、決意が鈍る。
ぐっと歯を食いしばった。
「行かない」
出た声は思ったより冷然としていた。
「もう、いいの?」
あいつの声は更に揺れ動く。
「もう、いい」
何も、かも。
「疲れた」
頭を冷たい壁に押し付けて、無機質な天井を見上げる。
「お前は自由に生きれば?」
目を瞑れば、あいつの笑った顔しか浮かばない。
こんなにも心を支配されているとは思わなかった。
幸せに、はたぶん無理だろうから、ひっそりと身をひそめながらでも、生きていてほしいなんて、エゴだろうか。
「シリューは僕のこと嫌い?」
あいつの震えた声は初めて聞いたかもしれない。
思わず、笑みが零れた。
「嫌いだよ」
嫌いだよ、本当に嫌い。
嫌いになりたい。
「そっか。僕はシリューのこと好きだよ」
「知ってる」
「ははっ」
乾いた笑いと共に、壁向こうからジャラリと鎖の音が聞こえた。
「じゃあ、シリューとはここでお別れなんだね、独りは寂しいなぁ」
「お前は今までも独りだっただろ」
「シリューと出会ってからは、もう独りなんて考えられないよ」
同じ思いを感じてるなんて絶対に言わない。
言ってやらない。
壁越しに立ち上がる音が聞こえた。
「そろそろ、行くね」
「ああ」
「さようなら、シリュー」
返事はしなかった。
代わりに鎖が床に落ちる音が、鼓膜を揺さぶった。




