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灼熱の時代:五胡十六国時代記⑨

〇365年、時代の転換点


時は365年、華北かほくの地は、相変わらず激動の中にあった。しかし、この年は、後に語り継がれる大きな転換点となる。それは、二つの雄大な物語が、交差するかのようにも見えた。


前燕ぜんえんの巨星、墜つ


北の大地、前燕ぜんえんでは、この国の軍事的な柱であった慕容恪ぼようかくが静かに息を引き取った。慕容恪ぼようかくは、前燕ぜんえんの初代皇帝である慕容皝ぼようこうの子であり、若くしてその才能を開花させた。彼は常に冷静沈着れいせいちんちゃくで、まるで盤上ばんじょうこまを操るかのように、的確な軍事戦略を立てる天才だった。彼の指揮のもと、前燕ぜんえんはかつて華北かほく席巻せっけんした凶暴な冉魏ぜんびを滅ぼし、その版図はんとを大きく広げたのだ。


「将軍、この度の戦も、我々の勝利に終わりました」


ある将兵が、誇らしげに慕容恪ぼようかくに報告する。しかし、慕容恪ぼようかくは表情一つ変えず、静かにうなずいた。


「うむ。しかし、慢心は禁物だ。常に次を考えよ」


その言葉には、一切のおごりがなかった。彼は常に先を見据え、決して現状に満足することのない、真の軍人であった。


しかし、そんな偉大な将軍にも、限りはあった。床にせる慕容恪ぼようかくの顔は、かつての精悍せいかんさを失い、穏やかな微笑みをたたえていた。


叔父上おじうえ……」


次期皇帝となる慕容暐ぼよういが、彼の枕元に座り、今にも泣き出しそうな顔で問いかけた。慕容暐ぼよういは、まだ若く、経験の浅い君主であった。


「……心配するな、。わしがいなくとも、前燕ぜんえんは揺るがぬ。お前には、我が弟、慕容垂ぼようすいがいるではないか」


慕容垂ぼようすいは、慕容恪ぼようかくおとうとにあたる人物で、彼もまた類稀たぐいまれな軍事の才を持っていた。慕容恪ぼようかくは、慕容垂ぼようすいの才能を高く評価し、彼を慕容暐ぼよういの補佐として信頼していたのだ。


だが、慕容恪ぼようかくの死は、前燕ぜんえんに暗い影を落とすこととなる。その軍事的な勢いは、明らかに陰りを見せ始めたのだ。前燕ぜんえんの拡大期を支えた最大の功臣こうしんの死は、後の前燕ぜんえんの運命を大きく左右することになるだろう。


________________________________


前秦ぜんしん胎動たいどう


一方、華北かほくの西方では、新たな勢力が静かにその力をたくわえていた。それは、氐族ていぞく苻堅ふけんが率いる前秦ぜんしんであった。


苻堅ふけんは、かつての暴君ぼうくん苻生ふせいを廃し、自ら皇帝(後に天王)となった人物だ。彼は、民族や出自しゅつじにこだわらず、才能ある者を積極的に登用する寛大な心の持ち主だった。その中でも、彼が最も信頼を置いたのが、漢人かんじん宰相さいしょう王猛おうもうである。


王猛おうもうは、内政ないせいの天才と称される人物だった。彼の指導のもと、前秦ぜんしんは目覚ましい発展を遂げた。かつて混乱を極めた国は、秩序を取り戻し、人々の暮らしは豊かになり始めた。


丞相じょうしょう、この度の収穫しゅうかく豊作ほうさくとのこと。民も喜んでおります」


報告を聞いた苻堅ふけんは、満足げに王猛おうもうを見つめた。王猛おうもうは、そのたびに静かに微笑む。彼は決して多くを語らなかったが、その手腕は確かであった。


王猛おうもうは、租税そぜいを軽減し、農地のうち開墾かいこん奨励しょうれいした。また、公正な法を定め、私欲しよくに走る官僚かんりょうを厳しく処罰したため、人々の信頼を勝ち得ていった。


王猛おうもうよ、そなたのおかげで、我が国は盤石ばんじゃくとなった。もはや、この華北かほくに、我らにかなう国はないであろう!」


苻堅ふけんは、王猛おうもうの功績を称え、満面の笑みを浮かべた。彼の言葉には、隠しきれない華北かほく統一とういつへの野望やぼうにじみ出ていた。


王猛おうもうは、その野望を現実のものとするため、日夜にちや尽力じんりょくしていた。彼の改革によって、前秦ぜんしん国力こくりょく飛躍的ひやくてき充実じゅうじつし、その軍事力ぐんじりょくもまた強化されていった。


前燕ぜんえん軍事的支柱しちゅうが失われた今、華北かほく覇権はけんは、新たな時代へと移行しようとしていた。前秦ぜんしん統一とういつへの野望やぼうは、もはや誰も止めることはできないかに見えた。



北風が吹き荒れる冬の江南(こうなん)は、いつもより冷たく感じられた。東晋(とうしん)の都、建康(けんこう)宮城(きゅうじょう)では、大将軍(たいしょうぐん)桓温(かんおん)が、静かに、しかし確固たる決意を胸に、北の空を見上げていた。彼の眼差しは、遠く華北(かほく)の地、すなわち異民族(いみんぞく)の王朝が割拠(かっきょ)する広大な平野に向けられていた。


桓温(かんおん)は、東晋(とうしん)武将(ぶしょう)にして政治家(せいじか)であり、かつては(しょく)成漢(せいかん)を滅ぼし、二度にわたる北伐(ほくばつ)(北方の異民族(いみんぞく)討伐(とうばつ)すること)を敢行(かんこう)した稀代(きたい)野心家(やしんか)であった。彼は自らの才覚(さいかく)に絶対的な自信を持ち、その容姿(ようし)にも恵まれていたが、時折、他者との比較に一喜一憂(いっきいちゆう)する繊細(せんさい)な一面も持ち合わせていた。しかし、今、彼の胸中(きょうちゅう)を占めるのは、ただ一つの目標――三度目となる北伐(ほくばつ)完遂(かんすい)であった。その矛先(ほこさき)は、華北(かほく)東部に広がる強大な勢力、前燕(ぜんえん)に向けられていた。


「今度こそ、中原(ちゅうげん)の地を(しん)の手に取り戻すのだ。」


桓温(かんおん)は、低い声で(つぶや)いた。その言葉には、過去二度の北伐(ほくばつ)で得られなかった決定的な勝利への渇望(かつぼう)が込められていた。(へい)徴集(ちょうしゅう)が進み、食糧(しょくりょう)武器(ぶき)の準備が着々と整えられていく。東晋(とうしん)の国力を(かたむ)けての大攻勢(だいこうせい)が、まさに始まろうとしていた。


同じ頃、華北(かほく)の西方、関中(かんちゅう)の地では、前秦(ぜんしん)の統治が盤石(ばんじゃく)なものとなっていた。皇帝(こうてい)苻堅(ふけん)は、氐族(ていぞく)という異民族(いみんぞく)の出身でありながら、民族(みんぞく)出自(しゅつじ)にこだわらず賢才(けんさい)を登用する寛大(かんだい)な人物であった。彼の(かたわ)らには、漢人(かんじん)賢臣(けんしん)である丞相(じょうしょう)王猛(おうもう)(ひか)えていた。王猛(おうもう)は、内政(ないせい)改革(かいかく)軍備(ぐんび)増強(ぞうきょう)を本格化させ、前秦(ぜんしん)国力(こくりょく)は日増しに充実(じゅうじつ)していた。


東晋(とうしん)桓温(かんおん)が動きを見せているようですな。」


王猛(おうもう)が、地図を広げながら冷静に報告した。苻堅(ふけん)(うなず)く。


「うむ。前燕(ぜんえん)との間に、再び波乱(はらん)が起きるか。我らは国境地帯(こっきょうちたい)防衛体制(ぼうえいたいせい)を強化し、静観(せいかん)するのみ。」


苻堅(ふけん)は、王猛(おうもう)進言(しんげん)を常に重んじた。彼は天下統一(てんかとういつ)という壮大な理想を抱いていたが、同時に、王猛(おうもう)現実的(げんじつてき)戦略眼(せんりゃくがん)を信頼していた。前秦(ぜんしん)は、着実に力を(たくわ)え、来るべき時に備えていた。


そして、368年。春の訪れと共に、東晋(とうしん)の大軍が動き出した。桓温(かんおん)は、自ら大軍を率いて淮河(わいが)(中国を東西に流れる大きな川)を渡り、前燕(ぜんえん)領内へと深く侵攻(しんこう)を開始した。その進軍はまさに怒涛(どとう)のごとく、前燕(ぜんえん)国境(こっきょう)を守る兵士(へいし)たちは、その勢いに圧倒(あっとう)された。


一方、前燕(ぜんえん)の都、(ぎょう)では、混乱(こんらん)が広がっていた。数年前、前燕(ぜんえん)の軍事的な柱であった慕容恪(ぼようかく)が病に倒れ、この世を去っていたのである。慕容恪(ぼようかく)は、冷静沈着(れいせいちんちゃく)卓越(たくえつ)した軍事(ぐんじ)天才(てんさい)であり、冉魏(ぜんぎ)を滅ぼすなど、前燕(ぜんえん)拡大期(かくだいき)を支えた最大の功臣(こうしん)であった。彼の死は、前燕(ぜんえん)の軍事的な勢い(いきおい)に大きな(かげり)をもたらしていた。


若き皇帝(こうてい)慕容暐(ぼよう い)は、幼くして帝位(ていい)()き、重臣(じゅうしん)に頼らざるを得ない状況であった。彼の前には、憔悴(しょうすい)しきった将軍(しょうぐん)たちが並んでいた。


桓温(かんおん)の大軍は、すでに淮河(わいが)を越え、我らが領内(りょうない)に深く侵入(しんにゅう)しております!」


一人の将軍(しょうぐん)(ふる)える声で報告した。


「なぜだ!なぜ、これほどまでに侵攻(しんこう)を許したのだ!慕容恪(ぼようかく)殿がいれば…」


別の将軍(しょうぐん)(くや)しそうに(こぶし)を握りしめた。慕容暐(ぼよう い)は、蒼白(そうはく)な顔でただ(だま)っていた。彼は、この未曾有(みぞう)危機(きき)に対し、どう対処(たいしょ)すべきか、その答えを見つけられずにいた。軍事的な指揮系統(しきけいとう)混乱(こんらん)し、かつての勢いは見る影もなかった。有効な反撃(はんげき)(さく)も定まらず、前燕(ぜんえん)は、まさに風前の灯火(ふうぜんのともしび)であった。


桓温(かんおん)北伐(ほくばつ)は、華北(かほく)勢力図(せいりょくず)を大きく揺るがすであろう。東晋(とうしん)野心(やしん)と、前燕(ぜんえん)混迷(こんめい)、そして静かに時を待つ前秦(ぜんしん)思惑(おもわく)交錯(こうさく)し、五胡十六国時代(ごこじゅうろっこくじだい)の歴史は、新たな局面(きょくめん)を迎えようとしていた。



冬の寒さが和らぎ、春の(きざ)しが見え始めた369年の華北(かほく)東晋(とうしん)大将軍(たいしょうぐん)桓温(かんおん)が率いる大軍は、前燕(ぜんえん)領内(りょうない)深くへと侵攻(しんこう)していた。強烈な野心家(やしんか)であり、(おのれ)能力(のうりょく)に絶対的な自信を持つ桓温(かんおん)は、三度目の北伐(ほくばつ)中原(ちゅうげん)回復(かいふく)悲願(ひがん)達成(たっせい)し、その(いきお)いのまま帝位(ていい)簒奪(さんだつ)(力ずくで帝位を奪い取ること)するつもりでいた。しかし、戦況(せんきょう)は彼の思惑(おもわく)通りには進まなかった。


前燕(ぜんえん)は、確かに軍事(ぐんじ)天才(てんさい)であった慕容恪(ぼようかく)を失い、指揮系統(しきけいとう)混乱(こんらん)(かか)えていた。だが、彼らは故郷(こきょう)を守るために必死(ひっし)抵抗(ていこう)を続けた。東晋(とうしん)軍は、広大な前燕(ぜんえん)の地で、兵站(へいたん)(軍隊への食料や物資の補給路)の維持(いじ)に苦しめられることになる。遠征(えんせい)が長引くにつれて、食料(しょくりょう)武器(ぶき)補給(ほきゅう)(とどこお)り始め、兵士(へいし)たちの士気(しき)は徐々(じょじょ)に低下していった。


将軍(しょうぐん)!これ以上の進軍は危険(きけん)かと!兵糧(ひょうろう)(そこ)()きかけております!」


ある将校(しょうこう)が、桓温(かんおん)進言(しんげん)した。桓温(かんおん)は、眉間(みけん)に深い(しわ)を寄せ、苛立(いらだ)ちを(かく)せない。


(だま)れ!この()(およ)んで弱音(よわね)()くか!中原(ちゅうげん)は、もう我らの目前(もくぜん)にあるのだぞ!」


彼の言葉には、(あせ)りが(にじ)み出ていた。かつては冷静沈着(れいせいちんちゃく)であった彼も、この泥沼(どろぬま)戦況(せんきょう)には、いらだちを(かく)しきれなくなっていた。前燕(ぜんえん)軍は、東晋(とうしん)軍の疲弊(ひへい)見透(みす)かし、ここぞとばかりに反撃(はんげき)を開始した。各地で小競(こぜ)り合いが頻発(ひんぱつ)し、東晋(とうしん)軍は消耗(しょうもう)を重ねていく。


結局、桓温(かんおん)は決定的な勝利を得られないまま、撤退(てったい)余儀(よぎ)なくされた。大軍を率いて意気揚々(いきようよう)と出発した北伐(ほくばつ)は、無残(むざん)な失敗に終わったのである。江南(こうなん)へと戻る桓温(かんおん)の顔には、疲労(ひろう)悔恨(かいこん)の色が深く(きざ)まれていた。この失敗は、彼の帝位簒奪(ていいさんだつ)という野望(やぼう)への道をも遠ざける結果となった。東晋(とうしん)朝廷(ちょうてい)では、彼の権勢(けんせい)(かげり)が見え始め、再び微妙な均衡(きんこう)が訪れることになった。


一方、華北(かほく)の西方に位置する前秦(ぜんしん)では、皇帝(こうてい)苻堅(ふけん)が、この東晋(とうしん)前燕(ぜんえん)攻防(こうぼう)を静かに見守っていた。苻堅(ふけん)は、民族(みんぞく)出自(しゅつじ)にこだわらず賢才(けんさい)を登用する寛大(かんだい)な人物であり、賢臣(けんしん)王猛(おうもう)補佐(ほさ)のもと、内政(ないせい)を固め、国力(こくりょく)を着実に増強(ぞうきょう)していた。


桓温(かんおん)撤退(てったい)したようですな。」


王猛(おうもう)が、静かに報告した。


「うむ。やはり兵站(へいたん)がネックとなったか。前燕(ぜんえん)疲弊(ひへい)したであろう。」


苻堅(ふけん)は、悠然(ゆうぜん)(うなず)いた。彼は、東晋(とうしん)前燕(ぜんえん)が互いに力を消耗(しょうもう)し合うのを静観(せいかん)するという「漁夫(ぎょふ)()」(当事者同士が争って疲弊した結果、第三者が利益を得ること)を得る戦略(せんりゃく)を取っていた。直接的(ちょくせつてき)介入(かいにゅう)は控え、自国の力を温存(おんぞん)することを選んだのである。


「これで、我らが華北(かほく)統一(とういつ)の道は、さらに開けたと言えましょう。」


王猛(おうもう)の言葉に、苻堅(ふけん)満足(まんぞく)そうに目を(ほそ)めた。彼の理想(りそう)である天下統一(てんかとういつ)は、着実に現実(げんじつ)へと近づいていた。東晋(とうしん)の失敗と前燕(ぜんえん)消耗(しょうもう)は、前秦(ぜんしん)にとって大きな好機(こうき)となるであろう。五胡十六国時代(ごこじゅうろっこくじだい)の歴史は、この一連の出来事を経て、新たな局面(きょくめん)へと向かっていた。

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