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灼熱の時代:五胡十六国時代記⑧

〇新しきひかり


西暦359年6月、前秦ぜんしんみやこ長安ちょうあん緊張きんちょうが走った。前秦ぜんしん皇帝こうていであった苻生ふせいは、その残虐ざんぎゃくおこないから「暴君ぼうくん」とおそれられていた。彼の統治とうちは、まるでえたけだもののように、おおくの忠臣ちゅうしん無辜むこたみ犠牲ぎせいにしてきたのだ。権力けんりょくおぼれ、精神的せいしんてき不安定ふあんていな彼の存在そんざいは、建国けんこくもない前秦ぜんしん内部ないぶむしばんでいた。


しかし、その暴政ぼうせい終止符しゅうしふつべくがったものがいた。かれこそが、苻堅ふけん――苻生ふせい従兄弟いとこにあたる人物じんぶつである。苻堅ふけんは、氐族ていぞく出身しゅっしんでありながら、民族みんぞく出自しゅつじにとらわれず、かしこ人材じんざい登用とうようしようとする、寛大かんだい理想主義的りそうしゅぎてき性格せいかくぬしであった。かれは、らんれた統一とういつをもたらすという壮大そうだいゆめいだいていたのだ。


そのよる長安ちょうあん宮殿きゅうでんは、いつもとはことなる静寂せいじゃくつつまれていた。かぜれるあかりが、不穏ふおんかげかべとす。 「陛下へいかは、また酒宴しゅえん最中さなかか……」 ある兵士へいしが、小声こごえつぶやいた。 「ああ、そしてまた、だれかがえるのだろうな。」 べつ兵士へいしが、くらつづけた。 人々のこころ疲弊ひへいしきっていた。いまや、苻生ふせい治世ちせいのぞものは、だれ一人ひとりとしてい(い)なかった。


そのふかやみなか苻堅ふけんひそかにへいうごかした。かれは、自分じぶん理想りそう実現じつげんするためには、この暴君ぼうくん排除はいじょするしかないと決意けついしていたのだ。計画けいかく周到しゅうとうすすめられ、一瞬いっしゅんにして宮殿きゅうでん苻堅ふけんへい制圧せいあつされた。


苻生ふせいは、さけいしれたまま、なにこっているのか理解りかいできない様子ようすだった。かれの前に、しずかに苻堅ふけん姿すがたがあった。 「叔父上おじうえ……なにをする……?」 苻生ふせいこえは、すでにちからうしなっていた。 苻堅ふけんは、冷徹れいてつ眼差まなざしでかれ見下みくだし、った。 「おまえ暴政ぼうせいは、このくにを、そしてたみを、ほろぼす寸前すんぜんまでめた。もはや、これ以上いじょうはおまえゆるすことはできぬ。」 そして、そのによって、苻生ふせいはついにはいされ、殺害さつがいされた。長年ながねんにわたる暴君ぼうくん時代じだいは、あっけなくまくじたのである。


暴政ぼうせいくるしんでいた前秦ぜんしんたみは、このほうせをくと、安堵あんどのためいきをついた。そして、あらたな時代じだいへの期待きたいが、ゆっくりとふくらみはじめた。


苻堅ふけんは、前秦ぜんしん天王てんのうのち皇帝こうていとなる称号しょうごう)として即位そくいした。彼の即位そくいは、前秦ぜんしん政治せいじ安定あんていさせ、のち華北かほく統一とういつけた重要じゅうよう転換点てんかんてんとなった。 苻堅ふけんは、即位そくいするやいなや、賢臣けんしんである王猛おうもう登用とうようした。王猛おうもうは、漢人かんじん宰相さいしょう皇帝こうてい補佐ほさする最高位さいこうい官職かんしょく)であり、かれ内政ないせい手腕しゅわん非常ひじょうたか評価ひょうかされていた。


王猛おうもうよ、そなたのちから必要ひつようだ。この混乱こんらんただし、まこと太平たいへいきずくために、ともあゆんでくれぬか。」 苻堅ふけんは、王猛おうもうり、あつ眼差まなざしでうったえかけた。 王猛おうもうは、ふかうなずいた。 「陛下へいかおんこころざしに、このささげましょう。たみやすんじ、くにさかえるまで、尽力じんりょくいたします。」


苻堅ふけんは、王猛おうもうと共に(ともに)、内政ないせい改革かいかく軍備ぐんび強化きょうか積極的せっきょくてきすすめていった。かれらの手腕しゅわんによって、前秦ぜんしんは、これまでの混乱こんらんからなおり、強大きょうだい国家こっかへと変貌へんぼうしていくことになる。このとき華北かほくに、あらたな統一とういつきざしたしかにはじめていたのである。




覇者はしゃたちの思惑おもわく


西暦360年、華北かほくひがしひろがる前燕ぜんえん宮殿きゅうでんに、ふかかなしみがかげとしていた。前燕ぜんえん勢力せいりょくおおいに拡大かくだいし、その最盛期さいせいききずげた皇帝こうてい慕容儁ぼよう しゅんが、ついにその生涯しょうがいえたのだ。慕容儁ぼよう しゅんは、ちち慕容皝ぼよう こうきずいた基盤きばんぎ、軍事的ぐんじてき才能さいのうつよ推進力すいしんりょくくにおおきく発展はってんさせた、まさしく野心やしんちた指導者しどうしゃであった。


かれによって、おさな息子むすこ慕容暐ぼよう いが、わかくして帝位ていいくことになった。慕容暐ぼよう いは、まだ経験けいけんあさく、重臣じゅうしんたちのちからたよらざるをない立場たちばだった。しかし、彼のまわりには、傑出けっしゅつした軍事指揮官ぐんじしきかんであり、冷静沈着れいせいちんちゃく知略ちりゃく叔父おじ慕容恪ぼよう かくをはじめ、有能ゆうのう家臣かしんおおひかえていた。かれらのささえによって、前燕ぜんえんはなお最盛期さいせいきたもつづけることとなる。


一方いっぽう華北かほく西方せいほうでは、あらたな時代じだい幕開まくあけをげる出来事できごと着実ちゃくじつすすんでいた。西暦361年、前秦ぜんしん皇帝こうてい苻堅ふけんは、本格的ほんかくてき内政改革ないせいかいかく軍備ぐんび増強ぞうきょうちからはじめていた。苻堅ふけんは、民族みんぞく出自しゅつじとらわれず、かしこ人材じんざい登用とうようする寛大かんだい性格せいかくっていた。かれにとって、最も(もっとも)信頼しんらい賢臣けんしんが、前年ぜんねん登用とうようした王猛おうもうであった。王猛おうもうは、漢人かんじん宰相さいしょうとして、すでに内政ないせい手腕しゅわんたかさを発揮はっきしていた。


ある長安ちょうあん宮殿きゅうでん一室いっしつで、苻堅ふけん王猛おうもうは、地図ちずひろげ、真剣しんけん面持おももちでかたっていた。 「王猛おうもうよ、この乱世らんせおさめ、たみ安寧あんねいをもたらすには、なによりもまず強固きょうこ国家こっか体制たいせいきずげる必要ひつようがある。」 苻堅ふけんは、力強ちからづよった。彼のには、天下てんか統一とういつという壮大そうだい理想りそう宿やどっていた。 王猛おうもうは、しずかにこたえた。 「陛下へいかのお言葉ことばまことにごもっともにございます。わたくしは、租税そぜい制度せいどととのえ、疲弊ひへいしたたみ生活せいかつなおすことからはじめたいとぞんじます。それと同時どうじに、ぐん訓練くんれん強化きょうかし、兵士へいしたちの士気しきたかめることもかせません。」 「うむ、そなたにまかせる。このくに未来みらいは、そなたの手腕しゅわんにかかっているとっても過言かごんではない。」 苻堅ふけんは、王猛おうもうへの絶大ぜつだい信頼しんらいしめした。


王猛おうもうは、その期待きたいこたえるべく、内政ないせい改革かいかく軍備ぐんび増強ぞうきょう尽力じんりょくした。疲弊ひへいしていた民衆みんしゅう生活せいかつ改善かいぜんされ、兵士へいしたちの士気しき向上こうじょうしていった。前秦ぜんしん国家こっか体制たいせいは、かつてないほど盤石ばんじゃく基礎きそがしっかりしていてるがない様子ようす)なものになっていったのである。


一方いっぽう長江ちょうこうへだてた南方なんぽうでは、東晋とうしんという漢民族かんみんぞく王朝おうちょうが、北方ほっぽう動向どうこう静観せいかんしつつも、虎視眈々(こしたんたん)(すきねら機会きかいうかが様子ようす)と機会きかいうかがっていた。西暦362年、東晋とうしん実力者じつりょくしゃである桓温かんおんは、北伐ほくばつ北方ほっぽう異民族いみんぞく討伐とうばつすること)の計画けいかくすすめていた。桓温かんおんは、強烈きょうれつ野心家やしんかであり、みずからの能力のうりょく絶対的ぜったいてき自信じしんつ、東晋とうしん代表だいひょうする武将ぶしょうけん政治家せいじかであった。


いまこそ、きた回復かいふくするときだ。長安ちょうあん奪還だっかんし、しん栄光えいこうふたたもどすのだ!」 桓温かんおんは、幕僚ばくりょうたちをまえに、たからかに宣言せんげんした。 かれ言葉ことばには、中原ちゅうげん中国ちゅうごく中心部ちゅうしんぶ平野へいや地帯ちたい)へのつよおもいと、おのれちから天下てんかうごかそうとする野望やぼうがにじみていた。桓温かんおんは、大規模だいきぼ軍事行動ぐんじこうどう準備じゅんびを着々(ちゃくちゃく)とすすめていく。


華北かほくでは、前燕ぜんえん最盛期さいせいき謳歌おうかし、前秦ぜんしん苻堅ふけん王猛おうもう二人三脚ににんさんきゃくによって着実ちゃくじつちからたくわえ、そして南方なんぽうでは、東晋とうしん桓温かんおんきたへの眼差まなざしをするどくしていた。それぞれが、たがいの動き(うごき)を牽制けんせいし、自国じこく勢力せいりょく拡大かくだいねらう。




三国さんごく思惑おもわく洛陽らくよう悲劇ひげき


西暦362年、華北かほく西にし位置いちする前秦ぜんしんでは、皇帝こうてい苻堅ふけんが、天下統一てんかとういつへのあゆみを着実ちゃくじつすすめていた。彼は、民族みんぞく出自しゅつじにこだわらず有能ゆうのう人材じんざい登用とうようする寛大かんだい君主くんしゅであった。とくに、賢臣けんしんとして名高なだか王猛おうもう助言じょげんみみかたむけ、内政ないせい改革かいかく軍備ぐんび増強ぞうきょう尽力じんりょくしていた。


関中かんちゅう小勢力しょうせいりょくは、このまま放置ほうちすれば、いつまでもあらそいのたねとなる。すみやかに併合へいごうし、たみ安寧あんねいをもたらすのだ。」 苻堅ふけんは、臣下しんかたちにめいじた。関中かんちゅうとは、現在げんざい陝西省せんせいしょう中部ちゅうぶにあたる地域ちいきで、いにしえより重要じゅうよう土地とちとされてきた。かれ言葉ことばには、天下てんか統一とういつという壮大そうだい理想りそういだきつつも、足元あしもとからかためる堅実けんじつ姿勢しせいあらわれていた。


前秦ぜんしんぐんは、周辺しゅうへん小勢力しょうせいりょくを次々(つぎつぎ)と制圧せいあつし、関中かんちゅう地域ちいき統一とういつを着々(ちゃくちゃく)とすすめていった。王猛おうもう指揮しきもとへいたちは規律きりつただしく、たみみだすことなく進軍しんぐんしたため、占領地せんりょうちでも大きな混乱こんらんしょうじなかった。


西暦363年になると、苻堅ふけん統治とうちはますます安定あんていし、前秦ぜんしん国力こくりょく着実ちゃくじつ増強ぞうきょうされた。とくに、漢人かんじん知識人ちしきじん積極的せっきょくてき登用とうようしたことは、前秦ぜんしん国家こっか運営うんえいおおきな恩恵おんけいをもたらした。かれらは、法律ほうりつ制度せいど整備せいび貢献こうけんし、ぜい徴収ちょうしゅう戸籍こせき管理かんりといった行政ぎょうせい実務じつむ効率的こうりつてきすすめた。 ある王猛おうもう苻堅ふけん報告ほうこくした。 「陛下へいか関中かんちゅうはほぼ平定へいていされ、たみやすんじております。あらたに登用とうようした漢人かんじん官僚かんりょうたちも、それぞれがそのさい遺憾いかんなく発揮はっきし、まつりごと円滑えんかつすすんでおります。」 苻堅ふけん満足まんぞくげにうなずいた。 「ほうせだ、王猛おうもうよ。そなたの尽力じんりょくのおかげだ。われらのゆめである天下統一てんかとういつは、着実ちゃくじつちかづいている。」


一方いっぽう華北かほく東方とうほうひろがる前燕ぜんえんでは、慕容恪ぼよう かくがその軍事ぐんじさい遺憾いかんなく発揮はっきしていた。慕容恪ぼよう かくは、冷静沈着れいせいちんちゃく卓越たくえつした軍事ぐんじ天才てんさいであり、前燕ぜんえん最盛期さいせいききずげるうえ中心的ちゅうしんてき役割やくわりになっていた。


西暦364年、慕容恪ぼよう かくは、へいひきいて洛陽らくようへと進軍しんぐんした。洛陽らくようは、かつて西晋せいしんみやこであった古都ことであり、その支配しはいは、華北かほく覇権はけん象徴しょうちょうする意味いみっていた。 「洛陽らくようとせ!われ前燕ぜんえんちから天下てんからしめるのだ!」 慕容恪ぼよう かく号令ごうれいもと前燕ぜんえんぐん洛陽らくようしろ猛攻もうこう仕掛しかけた。東晋とうしん一時的いちじてき回復かいふくしていた洛陽らくようまもりはかたかったが、慕容恪ぼよう かく巧妙こうみょう戦略せんりゃく兵士へいしたちの奮戦ふんせんにより、ついにしろ陥落かんらくした。


洛陽らくよう奪還だっかんは、東晋とうしんにとっておおきな痛手いたでとなった。みやこ建康けんこう現在げんざい南京なんきん)では、桓温かんおん長安ちょうあん方面ほうめんへの北伐ほくばつ計画けいかくしていた矢先やさきのことであった。かれ強烈きょうれつ野心やしんも、洛陽らくよう喪失そうしつという現実げんじつまえには、一時的いちじてきかげひそめることとなった。


洛陽らくようが、また異民族いみんぞくの手に…。」 東晋とうしん朝廷ちょうていには、深い(ふかい)落胆らくたんこえひびわたった。 洛陽らくよううしなったことで、東晋とうしんは再び(ふたたび)華北かほくへの影響力えいきょうりょく低下ていかさせざるをなかった。中原ちゅうげん回復かいふくゆめは、またもとおのいたかにえた。


華北かほく各地かくちで、それぞれが覇権はけんあらそ三国さんごく思惑おもわく交錯こうさくするなか歴史れきし歯車はぐるまやすむことなくまわつづけていた。前秦ぜんしん着実ちゃくちゃく地力じりきたくわえ、前燕ぜんえん広大こうだい版図はんとほこり、東晋とうしんうしなわれた栄光えいこう夢見ゆめみていた。この時代じだいのうねりは、これからさらなる激動げきどうび起こすことになるだろう。

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