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04 生命を次に繋ぐ、聖女の終末

 視界に入る真っ青な色彩は何だろうか、とルチルはぼんやりと考えていた。そこに二つの丸い影が入ってくると、誰かを呼ぶ声が聞こえる。


「ルチル」


「ルチル」


 ルチルって誰だろう、と考えていた意識が突然はっきりとした。彼女は、急に上体を起こす。


「ディム! ロゼ! 侵入者(トレスパサー)は!? 皆、大丈夫!?」


 彼女を心配で覗き込んでいのだろう二人は、急に身を起こしたルチルとぶつからない様、身を仰け反らせた。


「大丈夫だ、ルチル」


侵入者(トレスパサー)は消滅したわよ」


 首を左右に振り、二人の様子を確かめたルチルは大きく安堵の溜息をついた。


「二人とも、大丈夫なのね。良かった……」


 ディムもロゼも、ルチルを安心させる様に彼女の肩を軽く叩いたり、頭を撫ぜたりした。人心地ついたルチルは、先程のロゼの言葉に疑問を感じる余裕を得た。


「ロゼ、侵入者(トレスパサー)が消滅したって、どういう事かしら? 今思い出したけど、私の能力(浄化の光)は間に合わなかった筈……」


「それなんだけど、あたしもディムも良く分からないんだ」


「ああ、あの時は俺ももう駄目かと思ったんだけど、気が付いたらもう何処にも居なくなってて。ただ、あれを見てよ」


 ディムが指差す方に目を向けるルチルの目に、粉々になった石像の残骸が映る。


「えっ、どうして……」


「俺等もあの時の記憶が無くて……」


「気が付いたら、こうなってたのよね……」


 ルチルにもその時の記憶は無い。いえ、待って。何か大事な事が……。


「っ、思い出した……。あの、聞いてもらえるかしら。あの時、私、もうおしまいかしらと考えた。そして意識が無くなった筈なのだけれど、夢……そう夢を見てたみたいなの。その夢の中で、あの石像そっくりの光輝く女性に会ったのだけれど……」


 ルチルは、夢の中で遭った女性、彼女に見せられた幾万ものこの現実では無かった事にされた滅亡の事、そして自身に預けられた能力(別世界への移送)の事を二人に話す。


「信じられない話だと思うかもしれないけれど、私には単なる夢とは思えなくて」


 二人は何とも言えない顔でルチルを見る。信じたいけれど、信じ切れない想いがあるのだろう。


「取り敢えず、戻ろっか」


 先ずは落ち着こうという、ロゼの言葉に頷く二人。ディムは戸惑いをみせながら。ルチルは、何かを心に決めた様子で。

 三人は、それぞれの想いを抱えながら帰投したのだった。


* * *


 監視哨での夜。ルチルは他の二人を起こさないよう、こっそりと監視哨を抜け出した。彼女には確かめたい事があったのだ 音も立てず、監視哨を出た彼女が向ったのそれ程遠くない森の中だった。


 星明かりの下、一本の樹木に彼女はそっと手を添える。そして心の内にある、あの存在に語りかける。


——天地を幾度も巡りし慈愛の光。この者を次なる世へお導き下さい


 最初は何の変化も見られなかった。だが、時が経つにつれ、その樹木はぼんやりとした柔らかい光に包まれていく。それは彼女の持つ眩い浄化の光とは違い、橙色の暖かな光だった。間も無くその光は薄れていく。


 再び星明かりだけがその樹木を照すようになった頃、ルチルは手を添えた樹木からお礼を言われたような気がした。


——ありがとう。時が来たら、向こうでも精一杯生きるよ


 ルチルは、はっと目を(みは)る。やはり、夢は夢では無かった。自分は今この樹木に、その死後の生を与えたのだと。いえ、と思い直す。生を与えたのではなく、次の世へ渡る為の切符を与えたのだ、と彼女は悟った。


 これから如何動くべきなのか、ルチルは考えに深く身を沈めながら、その樹木を後にしたのだった。


* * *


「ディム! ルチルはどこ!?」


 ロゼの慌しい声で、ディムは叩き起こされた。寝惚けた(まなこ)で、窓の外を見れば、未だ夜明け前の紫色の空が見える。


「何だ、こんな時間に……ルチルがどうした」


「居ないのよ! 何処にも! あなた何か分らない!?」


 いきなり聞かれてもディムにだって分る訳が無い。


「知らない。そこら辺、散歩でもしてるんじゃ……」


「あなただって、昨日のルチルの様子は知ってるでしょう! あの思い詰めた顔を!」


「だからって、俺に何かるかって言われても……」


「そうじゃなくて、あなたの探知能力で探してって言ってるの!」


 ロゼも相当焦っていたようだ。


「最初からそう言えよ……ちょっと待て。うん? 変だな……もう一度……え! 何処にも居ない! 限界まで探ってみても何も感じられない……」


 茫然とするディムとロゼ。


「ルチル……ルチル……」


 へたり込んでしまったロゼは、譫言のようにルチルの名を繰り返すだけだった。


* * *


 幾らルチルの失踪を隠そうとしても、隠しきれるものではない。ディムとロゼは、補給の為に監視哨へと遣って来た兵団員を見て、覚悟を決めた。


 兵団員の一人が、ディムとロゼを見た。


「ルチル・ラファエラが見えないが何処に居る」


 ここ(国境の一番深い森)来て、初めて掛けられた外部の言葉だった。


「行方不明です」


 最低限の返事をするディムだが、これ以外に適切な言葉も無かった。ロゼは黙って俯くままだった。


「捜索はしたのか?」


 ディムは頷く。


「この森の中は一通り」


 ディムもロゼもあれから命令に背かない様、国境の深い森を隈無く探索したのだ。しかし、ルチルの存在は跡形も無く消え去っていたのだった。


「この事は報告する。彼女は見付け次第捕縛する。恐らく死罪となるだろう」


 その団員は、なんの感情も込めずそう言うと他の団員を率いて帰っていった。


「どこに居るのかなあ、ルチル」


 嘆くようなディムに、ロゼは声を殺して泣くだけだった。


* * *


 ルチルが失踪してから一年が経った。


 この間、王国では黒い砂漠の噂が少しずつ広がり始めていた。森の奥から始まったその砂漠は、次第に人の領域へと広がってきたのだ。村の外れ。牧草地。川の上流や湖等。


 人の集る地からはまだ遠い、けれど決っして遠すぎる事の無い場所の砂漠化は、少しずつ、少しずつ人びとを不安にさせていった。

 このままでは何か悪い事が起きるのではないか……砂漠化した地に近い村の人びとから始まった噂は、商人や旅人を介し、次第に人びとがより集る町へと、街へと、都市へと拡大していった。

 そして、その噂を追うかの様に、黒い砂漠も少しずつその範囲を拡大して行った。


 そして一年後の今、その噂はとうとう王都にまで達していたのだった。


* * *


 王都の至る所に貼られている、金髪金眼の女性の手配書を見てその女性は苦笑を漏らした。


 『見掛けたら次第兵団に連絡すべし』


 ローブを身に纏い、銀色の髪を深いフードからのぞかせたその女性は呟く。


「こんな時なのに未だ命令は有効なのね」


 彼女の背後から、同じくローブにフード姿の女性が近寄ってきた。


「聖女様。ルーシー聖女様。先を急ぎましょう」


「私は聖女では無いと何度言わせるのですか」


「わたしお救い下さったのはルーシー聖女様ですから……」


 銀髪の女性は、こちらにも苦笑してしまった。


「もう、しょうが無い人ですね。でも、人前では止めて下さいね。エラ」


 はい、と嬉しそうに声を上げるエラにまた女性は苦笑した。そして周囲の人びとの噂話に耳を傾ける。


——黒い砂漠が、とうとうあの町の近くに出来たんだってさ


——この間より更に王都に近づいてるじゃないかい


——大丈夫かねぇ。偉い人達は何をしてるんだろうねぇ


——しっ。不味い事を言うんじゃない。取っ捕まるじゃないか


——何が不味いんだい。本当の事じゃないか


 黒い砂漠の噂は確実に人びとを不安にさせていた。そして、政を司る者達は有効な手を打てていないようだった。


——なぁ、この間、砂漠に飲み込まれそうになってる村に、聖女様が現れたんだってよ


——いま噂になってる銀髪の聖女様かい?


——それそれ、とても綺麗なひと(女性)だったって、旅の人が言っててさ


——俺も聞いたぜ。綺麗なだけじゃなくて、怪我人や病人を癒したって話だった。


——ああ、眩い光と暖かな光でどんどんと治して行く姿は、思わず(こうべ)を垂れてしまう位、尊いものだったそうだ


 そして、その黒い砂漠の噂には聖女の噂がセットとなって囁かれるのだった。


「聖女様、今日の訪問の時間に遅れてしまいます。訪問先(孤児院)は未だ先にありますので急ぎましょう」


「そうですね。エラ。急ぎましょう」


 彼女はエラを従え、孤児院へと足を早めるのだった。


* * *


 王宮、謁見の間に今ディムとロゼは居た。

 二人の後ろには国境兵団の指揮官が控えている。

 二人の前には、玉座の下にトマス・ヴェルトマン魔法兵団団長、ヘンリー・ジョージャイ公爵夫妻、カルト侯爵、ウィリアム同侯爵子息が、一列に並ぶ。彼等は一様に緊張した横顔を二人に見せていた。

 そして、その奥、玉座に座るのはこの国の王、オスカー・クラインその人だった。


 国王が慣例を無視して直接、重々しい声音で言葉を発した。


「ディム・ジューダス、ロゼ・キュリアス。両名に此度の黒い砂漠に関りがありと報告を受けているが、真か? 直答を許す故、偽り無く申せ」


 二人は深い森から連れてこられたばかりで、何を問われているのか見当もつかなかった。


「私達が発見者である、と言う意味で関りがあると言えばその様に言えます」


 だから、ディムにはその様に言うしかなかった。


「嘘を申すな! 貴君らはあれ(黒い砂漠)を利用し陛下の治むる太平のこの国に騒乱を齎そうと企んでおったではないか! 正直に申さねばその生命……」


「ヘンリー」


 無いものと思え、と続けられる筈だった言葉はオスカー国王に遮られる。


「今一度聞く。あの砂漠と両名の間の関係を嘘偽り無く申せ」


「発見者である以外の関係は御座いません」


「では、ルチル・ラファエラはどうなのだ」


 ディムもロゼもどう返答しようか、少し戸惑った。彼女の夢の中の話をしても理解して貰えるとは思わなかったからだ。二人とて未だにルチルの話を信じ切れていなかったのだ。


「一年前、失踪する迄はルチルも発見者としての関りしかありませんでした。ですがその後については……」


 言葉を濁すディム。今だって彼女が砂漠を利用しようとする等ありえない、と信じてはいる。が、がそれを確かめる術は無かった。


「ヴェルトマン。捜索はしているのだろう。成果を報告せよ」


 団長は表情を変えずに応える。


「国中に手配書を配り、魔法兵団団員の他、民の平穏を預る治安省の手を借り行方を探させておりますが、その所在は杳として知れず未だ発見に至ってはおりません」


「この騒ぎに、ルチル・ラファエラは関与していると思うか?」


 勿論です、彼女が主犯です、と騒ぐ公爵らに対し、ディムとロゼは無言の儘だ。


「何故、反論せぬ。両名も彼女の関与を認めるのか」


 オスカー国王の下問に二人は首を横に振る。


「彼女の関与など無いと信じておりますが、それは彼女の為人を知っているからです。それは、証とするには不十分である事も明白です。なので私共には肯定も否定もできかねます」


「いかにも、その通りだな」


 軽く頷くオスカー国王は、眼下の公爵らに顔を向ける。


「黒い砂漠の話は一年以上前から、ディム、ロゼ、ルチルの三名によって報告されていたと聞く。昨年の夜会では、その事によって彼の三名は罰を受けたともな。だが罰の件も含めて余の耳に入ったのは、王都に噂が広がり始めた三月程前だ。何故此の様に余の耳が遠くなってしまったのか、説明できる者はおるか?」


 公爵らは一様に黙り込んでしまった。互いを見る事もしなかった。


「黙っていては分らぬが……そこの、国境兵団の指揮官、忌憚なく申してみよ」


 二人の後ろに控えていた指揮官の男は、はっ、と返事をし、顔を上げる。


「自分は、彼等から三度、報告を受けました。が、その都度提出される証拠なるものに事件性が認められませんでした。その証拠なるものは単なる炭の粉にしか過ぎなかったからです。なので、この様な戯言は上官へ報告する迄も無い事と判断いたしました」


「成程、一理あるようには聞こえるが……今となってはな……これも後知恵というものか。

 ヴェルトマン団長。捜索は続けよ。ただし、発見の折りには余が直接問い質す。良いな、決して無体な真似はせぬ様に。

 ディム・ジューダス、ロゼ・キュリアス両名は今少し聞きたい事がある故、余について参れ。

 今日の処は以上とする」


 公爵達にとっては物足りない国王の判断ではあったが、ディム達は欠席裁判にならずに済んでほっとしていた。しかし、聞きたい事とは何だろう、と疑問符を浮べながらディムとロゼは国王の侍従と護衛に囲まれて案内されて行くのだった。


* * *


「単なる発見者では無いのだろう。彼の地で何を見、何を成したのか話してみよ」


 驚くディムとロゼに、オスカー国王は悪戯っ子のような笑みを見せた。


「「は、それでは」」


 ディムとロゼは、最初の侵入者(トレスパサー)の発見から()()()の戦闘、ルチルの失踪の経緯まで全てを話した。


「それでは、彼女の失踪後に現れた侵入者(トレスパサー)? についてはどうだ?」


「我々は国境の一番深い森に居たため、全てを探知する事は出来ませんでしたし、仮令探知できたとしても、対抗手段がありませんでした」


 力失く応えるディムとロゼに頷く国王は、


「ルチルの能力(浄化の光)が無ければ対処も能わず、か。彼女の失踪が痛いのう。

 して、彼女の夢について両名はどう思う。それ故に彼女は其方らと袂を別ったのだと思うが」


「それについては、未だに判断を保留中です。あまりにも突拍子もない話なので、信じたいのですが……」


「信じ切れんという訳か。だがそれではあの指揮官や団長と同じ過ちを犯している事にはならんかのう」


 ディムとロゼは()()()突かれた。自分たちも信じたいものだけを信じるという過ちを犯したのでは無いか。じわじわと押し寄せる後悔が二人を侵食して行く。


「悔むなとは言わん。だが、それに囚われて成す可き事を見失わん様にな。そなたらの身柄は余が預ろう。余の下で働け。この黒い砂漠へ対応せよ。良いな」


 二人は、深く深く敬礼をするのだった。


* * *


「何だか急に不思議な空模様になりましたね、聖女様」


 エラに話し掛けられて銀髪の聖女はフードの奥から両眼を空に向けた。

 鈍色(にびいろ)の雲が激しく流れる様子に、険しい表情になった彼女は鋭い声を出した。


「孤児院まで走るわよ、エラ」


 勢い込んで孤児院までの道を走り抜けた銀髪の聖女は、院長へと叫んだ。


「孤児達を此処へ集めて下さい。今直に」


 驚く院長を更に急かした銀髪の聖女は、集められた孤児達に話し掛ける。


「皆さん、どこか怪我をしてないかしら。具合の悪いところ、ないかしら。有る子にも無い子にも、皆に祝福を送りますね。それじゃ、いきますよ」


——天地を(あまね)く照す慈悲の光。彼の者達に憐れみと許しをお与え下さい


 孤児達を眩い光が包む。怪我の有る子、病の有る子は、快癒した。


——天地を幾度も巡りし慈愛の光。この者を次なる世へお導き下さい


 孤児達の身体が橙色の優しい光で淡く発光する。銀髪の聖女の心には孤児達の魂からのお礼が聞こえていた。


「皆大人しくできて、偉かったわ。お姉さんからの祝福はこれでおしまいです。今日は院の中で大人しく遊んでね」


 院長を振り返った銀髪の聖女は、険しい顔でこれから起こる事を告げた。


「院長先生。慌しくてすみませんが、これで今日の訪問を終わりたいと思います。もう直ぐ、本当にすぐ後に王都は危機に見舞われるでしょう。私はこれから対処に向いますが、王都の全員を救う事は無理でしょう。それでも希望を失わずにいて下さい。子供達の心を不安から護っていて下さい。宜しくお願いします」


 と言い残した銀髪の聖女は、エラを連れて外へと走り去っていった。


 表へ出た銀髪の聖女は、空に広がり始めた漆黒の影を睨みつけた。彼方此方から聞こえる王都民の悲鳴・絶叫が耳を打つ。王都に、侵入者(トレスパサー)が現れたのだ。


「エラ、貴女の能力(広域展開)を借りるわね」


「お任せ下さい」


 エラは銀髪の聖女の両肩に手を置いた。銀髪の聖女は両手を空に翳す。彼女の両の手の平から溢れだした光の奔流は空の影に達し、突き抜けた後、噴水の様に地に降り注いだ。その範囲は王都全体を覆うものだった。


 しかし、侵入者(トレスパサー)の出現は、彼女の予想を遥かに上回るものだった。黒い砂は降り注ぐが、空の影は薄れることなく覆い続けた。地の影は、砂の山の上に新たな影が現れた。


 このまま打つ手も無く、王都は壊滅するのだろうか。

 そう考えた時、空から彼女への掛け声が……


「ルチル! あたしらにも手伝わせろ!」


 ロゼの声が彼女を打った。ロゼはディムを伴いぐんぐんとルチルに近づいてきた。そしてルチルの目の前に降り立つ。


「ロゼ、私達を上空へ。影より上へ連れてって!」


「わかった!」


 ルチルの求めに応じたロゼは、ルチル、エラ、ディムと自身を纏めて空へと浮き上がる。ルチルは空の影を排除しながらディムへと確認する。


侵入者(トレスパサー)はどこ迄広がっているの?」


「王都を囲む壁の外までだ。ただ、浄化されても湧出が止む事が無い。今迄に無い現象だ」


 頷いたルチルは、打って変って静かに告げる。


「多分、この侵入は当分止む事は無いと思う。残念だけど、王都は壊滅する。王国は亡くなるわね。だから、今から私の能力(浄化の光)ではなく、預った能力(次の世界への渡し)を使います。ロゼ、もう少し高度を上げて。エラ、広域展開をお願い」


——天地を幾度も巡りし慈愛の光。この者達を次なる世へお導き下さい


 ルチルは今迄に無い程強く、強く願いを込めて祝詞を捧げる。

 彼女の両手と言わず、全身から穏やかな淡い橙色の光が溢れだし王都全体に降り注いだ。

 その光は、影を擦り抜け、王都民に直接浴せられる。光を浴びた者は、今まさに影による消滅の危機に瀕した者でさえ、穏かな祝福に包まれた。

 彼等は心の底で、今迎える死が真の意味での最後では無いと悟ったかのようだった。

 だから、彼等はその死に悔む事なく、穏やかにそれ()を迎えたのだった。


* * *


 何時果てるとも知れなかった侵入者(トレスパサー)の湧出が終りを迎えた頃、王都は黒い砂に埋もれた廃墟の街と化していた。


 ルチルは、ディムの能力(探知)を借り、生存者の発見に力を注いでいた。

 上手く逃げ切った者、地下に隠れ難を逃れた者。彼等を発見しては、怪我を治し祝詞(渡し)を捧げていったのだった。


「で、これからどうするんだ」


 ディムがルチルに訊ねる。ロゼの表情も同じ問いを彼女に向けていた。


「まだ、王国の全ての地を回っていないの。そこで、今みたいに祝詞を捧げていくわ。その後は他の国へも行かないと……」


「じゃ、さ。俺達も連れてってくれよ。これでも役に立つんだぜ」


「ああ、あたしに任せて欲しいね」


「聖女様、わたしもお役に立ちますよ」


 ルチルはあの夜、彼等に頼りたかった。が、迷惑を掛けてはいけないと、一度は離れた。しかし、その彼等が手伝わせて欲しいという。両の目から溢れる泪で、彼等の姿が滲んで見える。嗚咽で上手く話せない口で必死で感謝の言葉を伝える。


「お願い……私を助けて。一人では……とても担いきれなくて……誰かが、貴方達が……必要なの……」


 彼女の嗚咽は何時迄も続いた。王都の黒い砂漠は、それを飲み込んでしまうが、ディム、ロゼ、エラの三人には深く、深く、心の奥底にまで響き続けるのだった。




最後までお読み下さった皆様、ありがとうございました。

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