第4話 王家の薬方帳
宮中に滞在して一か月。椿は薬材の管理記録と妃たちの症状を突き合わせながら、王家に関わる薬方帳の行方を探っていた。先日の密かに薬を改変した女官は、表向きは処分されたが、背後に誰かの指示があった可能性がある。
その日、椿は雪蓮の寝室を訪れ、軽く体調を確認した。妃の手首や肩の微細な震えは消えており、調合の効果は確実だった。だが、椿の目は薬箱の奥、古い箱に止まる。古ぼけた紙が、ひっそりと積まれているのだ。
「……これが、噂の薬方帳か」
椿は指先で慎重に一枚を取り出す。記載は古代漢方のような形式だが、特定の症状や薬材の量が詳細に書かれており、一般の薬師には扱えない高度な内容だった。王家の妃や皇族に限定された“秘薬”のレシピである。
その瞬間、烏凌が静かに廊下から現れた。月明かりに照らされた瞳は冷静だが、微かに興味を示している。
「見つけましたね」
「はい。しかし、これを使えば誰でも妃を危険にさらせる。誰が管理しているのか……」
椿は眉をひそめ、紙を慎重にしまう。
翌日、椿は書庫にこもり、薬方帳の内容を分析する。古い薬材の流通経路、配合の順序、症状ごとの注意点――すべてを整理すると、先日見つかった薬害事件と関連性が浮かび上がる。改変された薬は、王家専用の薬方を模した形跡があったのだ。
「……つまり、誰かが王家の秘薬を手に入れ、妃たちを狙っている」
椿は筆を走らせ、流通経路と関係者を線でつなぐ。点と点を結ぶと、一人の薬師と宮中の官吏が浮かび上がった。行動の意図は不明だが、計画性は明確である。
その夜、宮中の庭で椿は密かに実験を開始した。少量の薬材を調合し、微細な変化で反応を確認する。狙われる妃たちに安全な薬を投与しながら、背後で動く者の行動パターンを読み取るためだ。
数時間後、変化を確認した椿は満足げに微笑む。観察と論理、そして処方の技術――すべてを組み合わせれば、宮中の陰謀を少しずつ明らかにできる。
その翌日、烏凌が静かに声をかけた。
「君の手腕には感服する。だが、この件は王家そのものを揺るがしかねない」
「わかっています。だからこそ慎重に、少しずつ……」
椿の声は落ち着いているが、心の奥では新たな緊張が走る。
その後、椿は薬方帳のコピーを取り、妃たちの健康記録と照合。秘密裏に異常が起きた場合、すぐに対応できるよう準備を整える。同時に、背後で指示している者の情報を集め、陰謀の輪郭をつかもうとしていた。
月明かりの下、椿は静かに呟く。
「薬は理屈で動く。人も、理屈で動く――」
宮中の戦いはまだ序章にすぎない。薬師として、観察者として、椿の戦いはさらに深まっていくのだった。