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第1話 妃の痙攣

宮中に来て一週間、椿はまだ廊下の音の伝わり方に驚いていた。石畳ではなく、木組みの廊は歩くたびに軋み、微かな振動が向こうの廊先まで届く。噂も、怨念も、きっと同じように広がるのだろう。


「症状は?」

女官に案内されて現れた妃・雪蓮の寝室で、椿は視線を落とす。蒼白な肌に小さな斑点が点在し、手首がわずかに痙攣している。発熱の痕跡はほのかだが、関節の微妙な硬直は間接の固まりを示唆する。匂いには頼れない。しかし色、熱感、発汗、皮膚の質感――観察できる情報は多い。


椿は小さな紙を取り出し、筆で線を引き、症状を書き込む。因果関係と順序を整理すれば、答えは見えてくる。


「飲んだ薬は?」

「昨日、御薬師様にいただいた温胆湯のみでございます」

女官は丁寧に答えた。椿は紙をめくり、処方内容を確認する。温胆湯……胃腸の調整に用いる温補系の薬だ。既に症状との齟齬が見えた。痙攣は肝の異常を示唆しており、胃腸だけを整える処方では説明がつかない。


椿は筆を握る手に力を入れ、冷静に推理を進める。


症状の発現順序


現在処方された薬との関連


過去の病歴や生活習慣


宮中での薬の流通経路


彼女は全てを書き出すと、頭の中で図を描く。点と点を線でつなげると、痙攣は単なる病気ではなく、“薬の性質の改変”による副作用である可能性が高い――。


「御妃様、この症状は薬の作用ではありません。別の経路から影響が出ています」

椿が穏やかに告げると、雪蓮は目を見開いた。表情はかすかに不安と期待に揺れる。


「では、原因は?」

「詳細は検査を要しますが、まず薬の材質と服薬環境を確認する必要があります」

椿は懐から小さな器具を取り出し、指先で微量の薬を検査し始める。色、粘度、沈殿の有無、溶解度……一つひとつの数値と感覚が、症状の原因を論理的に導く手がかりとなる。


数時間後、結論が出た。痙攣は、宮中に出回る同じ系統の薬の一部が不純物で混ざり、作用が強化されていたことが原因だった。椿は速やかに調合を修正し、雪蓮に投薬。数分後、微細な手首の震えが静まっていく。


「……これは……」

雪蓮は驚きの色を隠せなかった。表面上の微笑は保ちながらも、目の奥には安心と少しの戸惑いが混じる。


椿は静かに紙を畳み、筆を懐に納めた。宮中で生きるためには、症状だけでなく、人々の表情や言動も観察し、論理で推理することが必要だ。病を治すことは、陰謀を解く鍵にもなる。


その夜、廊下で偶然出会った宦官・烏凌が、椿をじっと見つめた。彼の瞳は冷たく、しかしどこか興味深げだ。


「理屈通りに動くのは安心する」

小さな声で呟くと、彼は微かに笑みを残し、去っていった。


宮中での戦いは、症状だけでは終わらない――薬師としての戦い、そして人間関係の観察が始まったばかりだった。

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