【第8話】「極上龍レバーと平常運転」
異世界焼肉の朝は、相変わらず炭火の香りと喧騒の準備で始まる。
今日は、あのデスソース男――ヒョウさんが来る“かもしれない日”。
ルミの胸は、朝から少しだけそわそわしていた。
それから数日。
朝の光が窓から差し込み、鳥の声と市場のざわめきが聞こえてくる。
――そろそろ、あのヒョウさんが来る日じゃないかな。そんな予感を胸に、私はいつもより早く起きた。
「おはよー、ルミは早いね」
お母さんが笑顔で声をかける。
「アーちゃん、早く起きなさい!」
「はぁーーーい……」と布団の中から気の抜けた返事。
今日は私の市場当番。
「さっさと買い物済ませて、お母さんの手伝いしなくちゃ」
そう心の中で呟き、足早に外へ出る。
市場は朝の活気に包まれていた。
八百屋の掛け声、魚屋の氷を割る音、香辛料屋から漂う刺激的な香り。
そして肉屋の店先に立つコージーさんが手招きする。
「今日は新鮮な龍レバーが入ってるぜ!」
「それ、いただきます!」
貴重な品を受け取ると、急いで店へ戻る。
「じゃじゃーん!」と包みを広げてお母さんに見せると、目を輝かせた。
「極上龍レバーの生刺しね。今日、忙しくなるわよ」
そんな予感に胸を高鳴らせながら、開店準備に取りかかる。
アーちゃんはまだ眠気が抜けないのか、うとうとしながらも炭の用意や器の並べ付けを手伝っている。
七輪に炭を入れ、暖簾をかける。
「異世界焼肉、オープン!」
今日も香ばしい煙とともに一日が始まった。
しばらくして、入口から聞き慣れた声が飛んでくる。
「よっ!」
ヒョウさんだ。今日は四人組。御者仲間らしい。
まだ三回目の来店なのに、常連の顔つきで軽口を叩いてくる。
「どーもぉ」と返す私に、「いいねぇ、その反応」と笑っていた。
席に着くと、姉特製のデスソース、ヒョウさん仕様の生センマイ、そして今日の一品――極上龍レバーの生刺しを注文。
さらにエールを豪快に飲み干し、彼のお腹はまるで龍のように膨らんでいく。
その様子を見ていた友人のマッサンが大笑い。
仲間たちにからかわれているヒョウさんは、いつもより柔らかい表情だった。
一方、その横では――
より坊が、いつものように一人席で焼酎を片手に、アーちゃんに絡んでいた。
二人のやり取りは、もはや夫婦漫才のよう。
客席からもクスクスと笑い声が漏れる。
生センマイにレバー、エール、笑い声。
それらが混ざり合って、今日も店内はにぎやかだった。
忙しさの中にも、不思議と心地よさがある。
――あぁ、これが異世界焼肉の“平常運転”なんだな。
閉店後、静まり返った店内で後片付けをしながら、私は思った。
明日はどんな風景がこの場所で見られるだろう。
そう思うだけで、ちょっと胸が弾んだ。
第8話、お読みいただきありがとうございます!
今回は極上龍レバーの生刺しが登場し、ヒョウさんやより坊といった常連たちが、それぞれの“いつもの席”でいつもの調子。
派手な事件はなくても、こうして笑顔と香りがあふれる時間こそが、この店の日常だと感じられる回になりました。
次回は、思いがけない新客との出会いが、また店の空気を少し変えるかもしれません。
どうぞお楽しみに!