【第6話】「ヒョウという御者」
一週間はあっという間。
異世界に来てからの日々は、不思議を抱えながらも、確かに積み重なっていく。
そして今日は、あの“デスソース男”との再戦の日――。
あれから一週間。
異世界の朝は、容赦なくやってくる。毎日同じように陽は昇り、街は目を覚ます。
不思議を感じながらも、私は異世界焼肉での日々を過ごし、ほんの少しずつだが、自分の中に成長を感じていた。
「ルミ、ちゃんと起きてるわね?」
お母さんが部屋を覗き込み、軽く笑う。
「アーちゃん、起きなさい」
「ふぁーい……」だるそうに返事をする姉。
この光景も、もうすっかり日常になっていた。
「今日はルミが買い出しね」
すると姉が、布団から上体を起こしながら言った。
「デスソースの男が来るはずだから、あれ買ってきてよ」
その口ぶりは、ちゃんと覚えていた証拠だ。あの日の辛さ対決が、姉にとっても楽しい思い出だったらしい。
お母さんも「ふふふふふ」と笑う。……みんな楽しみにしているんだ。
私も気づけば口元が緩んでいた。――あ、私も楽しみだったんだ。
そう思いながら、市場へと足早に向かう。
特別なスパイスを購入し、異世界焼肉へ戻ると、待ち構えていたように姉が袖をまくっていた。
「よし、今日は勝負だ」
気合いの入った姉を、お母さんが優しく見守っている。
私は姉の分まで開店準備を手伝い、炭の火を起こす。
お母さんもいつもより早く今日の一品を仕上げ、厨房は妙な熱気に包まれていた。
開店前の店の前には、すでに長蛇の列。その後方――いた。
予定通り、あの強面の御者が立っていた。
そしてその順番がきたとき、私はなぜか胸が高鳴った。
男はドサッとカウンター席に腰を下ろし、ドヤ顔。……意味は分からないけれど、妙な自信を漂わせている。
その手には包み。
姉が目を細めた。「あんた、飲食店に食べ物の土産って……度胸あるね」
一瞬だけ日和った顔をした男だったが、「いいから食べてみな。ピリッと辛いが旨みがある」と押し切る。
姉がなぶるようにそれを受け取り、カウンター越しにお母さんも身を乗り出す。
私も気づけば前のめり。三人同時に挑戦状を受けた形だ。
まず姉が口に入れ、「これが辛い?」と眉をひそめる。
お母さんも「旨いけど、うちらの辛さには到底かなわないね」と笑う。
普段あまり口を開かない私が、思わずぽろっと言った。
「……全然辛くない」
その瞬間、全員がこちらを見る。
「おい、ルミちゃんが喋ったぞ」
「ほんとだ」
よその席からも、「あいつ、何かやらかしたのか?」とひそひそ声。
恥ずかしくなった私は、裏へ逃げ込んだ。
裏に入った途端、大爆笑が響く。
表ではいつの間にか知らない客同士も仲良くなり、どんちゃん騒ぎに発展。
姉が「うるさ〜い!」と一喝するも掻き消され、お母さんが「はいはい、近所迷惑だよ」と穏やかに言うと、一瞬で静まる。
……やっぱりお母さんはすごい。
閉店間際、いよいよ姉が作ったデスソースが男の前に出される。
一口で――ノックダウン。
水をがぶ飲みし、すぐさま「降参!」と両手を上げる男。
それでも涙目のまま、いつもの生センマイを注文し、姉と二人で自分好みの辛さを調合しながら楽しそうに話していた。
「俺はヒョウって言うんだ。御者をしてる。一週間に一度は来れそうだから、覚えておいてくれ」
帰り際、そう言ったヒョウに、私と姉とお母さんの三人が揃って、
「もう覚えたわ!」と総ツッコミ。
笑い声と炭火の香りが残る中、また一つ、異世界焼肉の忘れられない一日が終わった。
第6話、お読みいただきありがとうございます!
今回は“デスソース男”改め、御者のヒョウが本格登場。
ルミの意外な一言がきっかけで、店全体が一体感に包まれる回になりました。
次回は、ヒョウの紹介でやってくる新顔客たちと、また一波乱が起こります。
異世界焼肉の輪が、少しずつ広がっていきます。