【第3話】「ヨリ坊とアーちゃん」
今日も異世界焼肉屋は、炭火の香りと笑い声で満たされている。
だけど、閉店間際のカウンター席――そこには、ちょっとわけありな空気をまとった男の姿があった。
お酒と本音、そして意外な友情が芽生える夜の始まり。
カウンター席の男は、黙々と肉を焼いていた。
一枚、一枚、丁寧に。
七輪の上でじゅうっと音が鳴るたび、炭火の香ばしさがふわりと漂う。
閉店間際、客はほとんど帰り、残っているのはその男だけ。
彼はエールを飲み干すと、次は焼酎を頼み、勢いよく煽りはじめた。
「お客さん、どうしたんだい?」
姉が、みかねたように声をかける。
男はグラスを置き、少し赤くなった顔で答えた。
「どうしたもこうしたもねーよ。俺はなんで結婚できねーんだって話だ」
ぽつりぽつりと、愚痴がこぼれる。
「稼ぎもある、友達も多い。……なにがダメなんだ」
姉は肩をすくめ、笑って言った。
「そんなに向きになりなさんな。話を聞こうじゃないか。――そうだね、あたしのことは“アーちゃん”と呼びな」
「……あんたは何で呼んだらいいんだい?」
男は少し間を置き、「ヨリ坊だよ」とぼそっと名乗った。
「そーかい。あんたはヨリ坊だね」
アーちゃんは急に真顔になり、ズバッと言い放った。
「その飲み方が、きたねーんだよ」
「ちょっと、お姉ちゃん!」
私が慌てて小声で制止する。だがヨリ坊は、一瞬きょとんとしたあと、ふっと笑った。
「はっきり言うねぇ、アーちゃん。面白いよ、あんた。……ちょっと元気が出たぜ」
焼酎をもう一口飲み、彼は肩の力を抜いた。
「そうか……そんなに飲み方きたねーか。そっかそっかぁ」
呟きながら、ゆっくりと笑みが深くなる。
「はっきり言ってくれる友達なんて、いなかったな。いつも場の雰囲気を壊さないようにしてただけで、そんなこと指摘する奴なんていやしなかった」
やがてグラスを置き、立ち上がる。
「おかげで謎が解けたぜ。……また友達も連れてくるからよ。今日はぐだぐだにならずに帰るぜ。おあいそ、よろしく」
支払いを済ませたヨリ坊は、どこか晴れやかな顔で店を後にした。
扉が閉まると、店内は一気に静かになる。
「一時はどうなることかと思ったけど……こういう感じも悪くないな」
私は片付けをしながら、そんなふうに思った。
気づけば手は勝手に動き、慣れた手順で食器を洗い、床を掃く。
そして疲れた体をベッドに沈めると、あっという間に眠りに落ちた。
第3話、お読みいただきありがとうございます!
今回はカウンター席の男“ヨリ坊”とのやり取りを描きました。
アーちゃんのズバッとした物言いと、ヨリ坊の少し不器用な笑顔――この空気感が異世界焼肉屋の魅力のひとつになれば嬉しいです。
次回は、ヨリ坊が本当に友達を連れてきます。
そして、その中には少し面倒な常連候補も……?