【第1話】異世界焼肉と記憶のない姉妹
ようこそ、『異世界焼肉』へ。
この物語は、ある日突然異世界で“姉妹”として暮らすことになった二人と、
優しいお母さんの三人で営む焼肉屋の、香ばしくてちょっと不思議な日々を描きます。
剣も魔法もドラゴンも出るけれど、戦うのは戦場じゃなく炭火の上。
さあ、物語の最初の一日が始まります。
――目を開けた瞬間、知らない天井が目に飛び込んできた。
薄い布越しに朝の光が差し込み、木の梁が静かに影を落としている。
外からは、馬の蹄と車輪の音、見たことのない人々の声が混ざって聞こえてくる。
隣には、黒髪の女の人が座っていた。年は私より少し上。落ち着いた雰囲気をまとっているけど、目が合った瞬間、少し慌てたように視線を逸らされた。
――変な人。でも、なぜか……あったかい感じがする。
「……何やってんの? 二人とも」
奥から、明るい声と足音。現れたのは白いエプロン姿の女性――お母さん。
髪を後ろでまとめ、片手には包丁。笑顔は太陽みたいにやわらかい。
「え? え?」
私と隣の女の人は、同時に声を出してしまった。
そして、なぜかほぼ同じタイミングで「えっと……おもに?」と意味不明なことを口走る。
「何だよ、二人とも」お母さんは小さく笑って、「着替えて準備だよ。開店まで時間ないんだから」
開店――?
聞き慣れない言葉に首をかしげる。けれど体は勝手に動き、棚からシャツとエプロンを取り出し、器用に身につけていた。
……あれ? どうやって結んだの、私。
「お姉ちゃん、こっち」
思わず呼びかけていた。なぜ“お姉ちゃん”と口にしたのか、自分でもわからない。記憶なんて何もないはずなのに。
厨房に入ると、作業台には大きな肉の塊が置かれていた。
深い赤色と白い脂身が光っていて、見ただけで唾を飲み込む。
手に取った包丁が、不思議なくらいしっくりくる。野菜も、刃を入れればすらすらと切れていく。
「上手いな、二人とも」
お母さんが笑顔で言う。隣を見ると、お姉ちゃんも同じように手際よく肉を切っていた。
――私たち、本当に姉妹なの? 記憶はないけど、息はぴったりだ。
「今日の一品、どうする?」
お母さんが聞いたその瞬間、お姉ちゃんが迷いなく答えた。
「タレ漬けの竜肉を、炭火焼きで」
……竜肉? 竜って、あの竜?
でも不思議。聞いたこともない料理なのに、頭の中には出来上がりの香りや味が鮮やかに浮かぶ。
気づけば私の手も、香草や塩を混ぜて、肉にしっかり揉み込んでいた。
やがて、外から賑やかな声が届く。
「今日もやってるな!」
「ここの焼肉は最高だぜ!」
扉の向こうには、見たことのない装備をした冒険者や、耳の長いエルフまで並んでいる。
「よし、開店!」
お母さんの声とともに、席はあっという間に埋まっていく。
炭火に肉をのせると、じゅうっと音が響き、甘辛い香りが広がる。
お姉ちゃんと目が合い、なぜか同時に笑った。
――記憶はない。でも、今はこれでいい。
こうして、私とお姉ちゃん、そしてお母さんの“異世界焼肉”が始まった。
第1話、お読みいただきありがとうございます!
妹視点から始まった物語ですが、姉との関係や、なぜ二人が記憶を失ってこの世界に来たのかは、まだ何も明かされていません。
それでも体が自然に動く――その理由は、きっとこれから少しずつ。
次回は、初めての接客でドタバタ騒動!?
肉も笑いも盛りだくさんでお届けします。
どうぞお腹を空かせてお待ちください。