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始まり ー3-

昨日の晴れやかな空とは打って変わって、分厚い雲がかかっていた。

 ノヴェルニオの森のほうは霧で覆われていて、草花も日差しがなくてしょげていた。

 今日は天気が悪いから、家の隣にある薬屋でお父さんから借りた本を読むことにした。

 檜葉の木で建てられた薬屋はハーブの匂いが部屋中を覆っていて、商品棚には消毒液やガーゼなどが売られている。

 販売カウンターの後ろには調合室があるが、入れないように両親以外が入れないように鍵がかかっている。

 手作りのベンチは窓際の陽がよく当たる場所にあって、いつもそこで本を読んでいる。

 お父さんは薬屋に併設されている処理室で、昨日採ってきた薬草たちの仕分けをしている。

 ペタル町の中心からここまで歩いて1時間以上かかるため、作製した薬は町にある病院が代わりに販売してくれている。

 毎週水曜日の12時ごろにここまで薬を取りに来て、足りなくなりそうな薬をまた依頼して貰うという形だ。

 いつも取りにくるナタネおばさんは、お母さんの妹でペタル町の看護師だ。

 お母さんはナタネおばさんを待つ間事務作業をするみたいで、銀かかった白い髪を柊の簪でまとめていて完全仕事モードだ。

 2時間ほど経ち事務作業が終わったようで、ふぅと背中を伸ばしていた。

 「お母さん終わったの?」

 「えぇ、終わったわ。ちょっと溜め込み過ぎちゃって時間かかちゃった。フジもずっと本読んでて疲れたでしょう、ちょっと休憩しましょうか。」

 ふと時計を見ると13時を過ぎていて、ナタネおばさんの到着がいつもより遅れていることに気づいた。

 窓の外を見ると雨が降り始めていて、町へと続く道もうっすらと霧がかかっている。

 「ねぇお母さん、ナタネおばさん今日遅いね。雨も降ってきたし……大丈夫かな?」

 「うーん、そうね。あの子が1時間遅れることはよくあるけど……。霧が濃くなってきてるのが気がかりね。14時になっても来ないようなら、ヒイラギさんに外を見てきてもらいましょうか。」

 お母さんは僕の不安そうな表情を見て、隣にきて琥珀色の瞳で優しく微笑みながら頭を撫でてくれた。

 「……フジ、大丈夫よ。ナタネは何年もここまで来てくれているから、道のことは誰よりも詳しいわ。だからそんなに心配しないで、無事に来るのを待ちましょう。」

「うん……。」

 そのあとすぐにお母さんは甘いココアを作ってくれて、ふたりでベンチに座ってナタネおばさんが来るのを待つことにした。

 甘いココアが不安だった心に優しく染み渡ってきて、自然と口元が緩んだ。

 それから20分経ったころ、霧の先から馬の影が見えた。

 「あっ!お母さんきた!」

 横を見るとお母さんも安堵した様子で馬の影を見ていた。

 「そうね。でもこの天気じゃ町に戻るのは無理そうね。馬を厩舎に案内してくるから、フジはお店で待っててね。」

 「わかった。気を付けてね。」

 お母さんが外に出ると、ちょうど薬屋の前まで到着したナタネおばさんと少し話すと厩舎へ案内しに向かっていった。

 雨は先ほどよりも強くなっていて、霧は先を見通せなくなるほど濃くなっていた。

 到着がもう少し遅れていたら危なかったかもしれない。

 そう思うと身震いした。

 しばらくして扉に取りつけてある鈴がちりんと音を奏でて、お母さんとスミレさんを出迎えた。

 「ふたりともおかえりなさい!」

 お母さんはただいまと言いながらカウンターへと一直線に向かって行き、ナタネおばさんはお母さんから借りたであろうタオルで、白に近い黄色いショートの髪を拭きながら、やっと着いたとホッとしていた。

 肩にかけているショルダーバッグもかなり濡れていて、風邪を引かないか心配になる。

 僕が駆け寄ると、同じ目線までしゃがんで眉尻を下げながら柔らかく微笑んだ。

 「フジ、心配かけちゃってごめんね。本当はもう少し早く着く予定だったんだけど、思いのほか霧が濃くて……。」

「謝らないでよ。僕もお母さんも、ナタネおばさんが無事に着いてよかったってホッとしてたんだ。……それよりも怪我はしてない?大丈夫?」

 「えぇ。怪我もしてないし、おばさんは元気いっぱいだよ。ありがとうね、フジ。」

 優しく撫でてくれる手はお母さんと同じ感じがして心地が良かった。

 えへへと笑うとナタネおばさんの口元も緩んできて、温かい空気が部屋中に広がった。

 お母さんは冷えた体を温められるようにとハーブティーを淹れながら、その様子を微笑ましそうに見ていた。

 ハーブティーが飲み終わったころ、お父さんもお仕事が終わって薬屋へと戻ってくると、さっきまでの柔らかい雰囲気が一転して、ピリッとくる緊張感が部屋中に少しずつ溢れてきた。

 何故かはわからないが、ナタネおばさんはお父さんを前にすると雰囲気が変わって固くなってしまう。

 お父さんは仕方ないと割り切っているようで、いつも通り優しく声をかけた。

 「ナタネさんいらっしゃい。天気が悪かったし、ここまで来るの大変だったでしょう。」

 「ヒイラギさんお邪魔しています。ご心配痛み入ります。馬が頑張ってくれまして無事に到着できました。……コルト先生から手紙を預かっています。至急確認してほしいとの旨です。」

 ナタネおばさんは手紙をお父さんに渡すとき、僅かに震えていた。

 お父さんとお母さんは手紙の封印を見た途端、目を見開いて何かを悟ったようだった。

 「……お父さんたちこの後大事な話をするから、フジは先に家へ帰っていなさい。ナタネさんも濡れたままだと風邪を引いてしまうから、一度お風呂に入ってきた方がいい、その間に手紙を読んでおくから。話はそれからにしようか。」

 「えぇ、それがいいわ。ヒイラギさんはここで待っていて。フジ、ナタネ、一度帰りましょう。」

 お母さんは心配そうにお父さんを見たあと、扉に手をかけ外に出た。

 ナタネおばさんはお父さんに感謝を伝えるとそのあとに付いていく。

 「……お父さん大丈夫?」

 「あぁ、大丈夫だよ。心配かけてごめん。さ、母さんと帰りなさい。気にしなくて平気だから。」

 「うん……。」

 お父さんは心配かけないようにいつも通りを演じていたが、僕には昨日の帰り道と同じような悲しい眼に見えた。

 まだ15時前なのに外は暗く、雨は止む気配がなかった。


 


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