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夢みる第一王子殿下のご提案

「僕は今ある全ての婚約を解消して、本当に縁のある者同士が結ばれるべきだと思うんだ」


この国の第一王子、ラインハルトは皆の注目を集めた後、そう提案した。ラインハルトの同世代の子息子女を集めた王妃主催のお茶会の席。この時、王妃は歳の離れた第二王子の件で席を外していた。


彼の行動を止められる立場の者はいないが、十四歳の王子の一言に大した効力などない、王や王妃が嗜めてくれるだろう、と皆楽観視していた。


政略のための婚約もあったが、想いが通じあっての婚約もあった。お金のため、領地のため、家族の遺言等々。お相手に納得していない者は期待に胸を躍らせ、お相手と良い関係を築き上げていた者は焦燥感で胸がいっぱい。


人好きのする笑顔でラインハルトは続けた。

「パウリーネ、君はどう思う?」

様々な願いの籠った視線が、ラインハルトの婚約者パウリーネに注がれた。彼女は扇を揺らめかせ、皆からの注目を充分に集めてから言った。


「大変素晴らしいお考えですわ」

パウリーネは扇を閉じた。そしてラインハルトに向かって優雅に微笑んだ。ラインハルトが好きな笑顔とは少し違う、貴族らしい笑み。


「ではそのようにしよう」

動揺が顔に出ている者、涙を浮かべて婚約者を見つめる者。第一王子の婚約者になれるかもしれないという、期待に満ちた目でラインハルトを見つめる者。


右手を高く挙げたラインハルトは契約を無効にする魔法を使った。バルテンの王族は十三歳の成人を祝って、特殊な魔法を女神から与えられる。


国の名にもなっているバルテンの女神バルテナート。彼女に特別に魔法を与えられることで、晴れてバルテンの王族だと認められるのだ。


王妃のように他家から嫁ぐ者は結婚式の時に授けられる。授けられなかった者は王族とは認められない。どんな魔法を授かったのかは秘匿されるので、例え授からなくとも王族以外に知らされることはない。授かったかどうかは本人にしか分からない。


ラインハルトが授かったのは契約を破棄することができる、という魔法だった。ちなみにバルテン王国の国王は水虫を完治させる魔法。王妃は頭髪を思い通りに操れる魔法。どちらも高位貴族に好評で、二人に恩を感じる者も多い。


その場にいた者は自覚のないまま魔法が使われ、全ての婚約が解消された。後日お見合いを兼ねた交流会を開くと言われたものの半信半疑。本当にそんな魔法があるのだろうか。


「では、ラインハルト様、今までありがとうございました」

「パウリーネ、いや、ハーニッシュ侯爵令嬢、これまでのあなたの尽力に感謝する」

パウリーネがカーテシーをしてその場を辞すと、周囲は騒めき始めた。


高位貴族から次々とラインハルトに挨拶をして帰宅していく。それぞれの保護者と今後の対応を相談する必要がある。


お茶会から顔色を悪くした子どもたちが帰宅し、ラインハルトの話を半信半疑で聞いた保護者たちの反応は三者三様だった。


慌てて婚約の書類を探しても見つけられず王宮に駆け込んだ者、笑い飛ばしてそのままにした者、慌てて同じ相手ともう一度婚約を結ぼうとするも書類が作成できず顔面蒼白になった者、などなど。


王宮には苦情を含む問い合わせが殺到した。王宮側の説明は一貫して『後日交流会を開きますので』のみ。それ以上騒ぐわけにもいかず、すごすごと帰る者が殆どだったが、中には王宮職員に高圧的に迫る者がいた。ついに業務に支障が出た。


王宮は閉鎖された。門の前には騎士が立ち、勤務する者は特定の門からのみ出入りを許された。その際の荷物検査が義務付けられた。王への直訴状を持たされた職員が見つかり、その者は帰宅を禁じられた。


「ラインハルト、なぜこのような騒ぎを起こしたのだ」

王は頭を抱えた。

「父上、僕はご縁のあるお相手との結婚生活を送りたいのです。パウリーネと僕の相性が良いとお考えだったのなら、僭越ながら、父上は僕のことを何も分かっていらっしゃらないということです」


「政治がわかっていないお前が何を偉そうに」

「父上。僕が授けていただいた魔法は一つではないのです」

「どういうことだ?」

「一つ目は『契約を破棄する』魔法。もう一つは『仲人』」

「仲人?何をするのだ?」


「どうも僕は人と人との縁を結ぶ力を得たようなのです」

「縁結びの力……」

「ええ。女神バルテナートにお聞きして、試しに王宮の人事で試してみたのです」


「ほう!」

「母上にもご協力いただいて、侍女の配置を動かしたり、文官の移動を」

「どうだったのだ?」

「分かりません」

「どういうことだ?」


「表面上は以前と変わらないのです。皆は働きやすくなったと喜んでくれていますが、成果が数字に出ないのです。元々そういった評価のしにくい職なのでしょうし、僕に気を遣って喜んでくれているのかもしれませんし」


「確かに……働きやすい職場かどうかは数字では表し難いかもしれん。働いてくれている皆の心の中は見えぬしな」

「そうなのです。動かす前に戻そうにも、また職を変えられるのが嫌なのか、今が快適でそう言っているのか判断ができず、僕の人事のままで今も動いているのです」


王は何度も頷いた。

「そう言われてみると、若干物事の進みが速くなったような気がするが、以前のままだったらどうなったのか今となっては比較のしようがない……」


「それで今回の話に繋がるのです」

「ほう!」

「パウリーネに『仲人』を使用したところ、僕ではない方との縁が浮かび上がりました」

「なんと!」

「そこで、今の世代の婚約者たちの婚約を解消させて、真っさらな気持ちで全ての縁組を取り持ちたいと考えるようになったのです」


「急に話の規模が大きくなったな」

「一堂に会して縁を結び直す必要があったものですから。申し訳ありません」

「まあ、もう婚約は解消されてしまったから、今更どうにもなるまい。新たに結び直そうにもなぜか書類が作れないという苦情が来ているようだしな。女神様から頂いた魔法だ。何か女神様の思惑があるのかも知れんしな」


「愛人や妾を持つ者が増えて、不遇な環境の子どもたちが増えたと聞きました。父上や母上のように、皆が冷静なわけではないようですし」

「確かに我々も政略結婚ではあったがな」

「女神バルテナートは愛を司るお方ですから、このような状況に一家言おありだったのかもしれません」


「なるほどな。分かった。お前が信じるように縁を結ぶことを許す。ラインハルトのお相手も見つかる可能性はあると考えて良いのか?」

「参加者の中にいれば、ですが。世代や国が異なるとその日のうちには見つけられないかもしれません」


「良き相手に巡り会えることを祈っておる」

「はい。ありがとうございます」




◇◇◇◇◇



「お父様、正式に婚約が解消されましたわ」

「パウ、出発の準備はできているぞ」

「ありがとうございます。お兄様は?」

「我々が先発して、クラウスは後発になる」

「お兄様の婚約は」

「無事白紙になった。王宮の引き継ぎは終えたのだが、領地の方が難航していてな」


「まあ。何か揉め事でも?」

「我々と共に帝国に移りたいという者が現れてな」

「そちらはご自分で手続きしていただきませんと」

「全くだ。我々に義務があるだなんだと大騒ぎよ。クラウスはその先導者を警吏に引き渡してから後を追うことになった。まあ、あいつはパウを目印に転移すると言っていたから」


「え。私待機必須じゃないですか。トイレも入浴もできませんわ」

「確かに。事後報告ですまん。現状変更不可能だ」

「どさくさに紛れてお兄様ったら!もう私は十五歳ですのに!」


「クラウスにとってはいつまでも可愛いパウのままなのだ。王家の居候嫁として幼い頃から家族から引き離されていたからな。王子妃教育で里帰りもままならんとは思わなんだが」

「権力を駆使してお父様が近くにいてくださったから、私は寂しくありませんでしたわ」


「その分クラウスにとっては家で共に過ごした幼いパウのままなのだろう。にいさま、にいさまと言って後をついて回っていた愛らしい頃のな」

「この国はおかしいのですわ。婚約したら女性はお相手の男性のお宅で居候嫁として育たねばならないなんて」


「早くから家族にという面と、学園にも通わせずに他の男性とは関わりを持たせない、養育費は実家から、何か都合が良かったのかもしれんな」

「そのせいなのか上手くいかなかったご家庭では市井に愛人を持つ方が増えたと聞きましたわ。泡沫の愛を求めて、なんて王宮の文官の方にそう言われて驚きました。私をお誘いになる方もいらっしゃいましたのよ?」


「あの色ボケジジイだろう?ちゃんと裏で手を回しておいたから」

「侍女にも被害者がいましたのよ?」

「……パウが無事で良かった」

「私は防御魔法が得意ですから助かりましたけど、腹が立ったのであのお方の魅了はそのままご本人にお返ししましたわ」


「どうりで変な言動が多かった。パウの仕業か。お陰でもう他には関心はいかないと思うよ」

「一安心ですわ」


国境に着いた。シャハト帝国へ入る前に、女神バルテナートの教会でお祈りをする。お祈りを捧げた時に神職に止められてしまうと出国はできない。女神に、このまま国に残った方が良いと判断された場合だ。


パウリーネとハーニッシュ侯爵は並んで祈りを捧げた。侍女や騎士も彼らの後方で祈りを捧げる。ハーニッシュ侯爵が捧げ物である米や野菜、金や宝石が入った小袋、酒を台に載せた。


女神の像から光の粒がハーニッシュ侯爵一行に降り注ぎ、出国を許された。貢物の内容によって対応が変わるという噂があるとかないとか。


ハーニッシュ侯爵家はシャハト帝国で商会を運営している母、フィリーネの商才によって豊かな暮らしを享受している。つまり他の人よりも多めに納めた。


そうすると何が起きたか。ハーニッシュ父娘は特殊な魔法を授かった。フィリーネの助言で金や宝石が入った小袋と酒をお供えしたのだが、それが良かったのかもしれない。


ハーニッシュ侯爵は先物取引の動向を予測することができる魔法。パウリーネは近い未来を予測できる魔法を授かった。頭の中に優しい声が響いて、魔法を授けたことと、どんな魔法なのかを説明してくれた。


その場にいた魔力を持つ者は騎士が二人と侍女が一人。その三人もそれぞれ魔法を授かった。それ以外の者は、視力が良くなったり、節々の痛みが無くなったり、皆女神バルテナートに感謝の言葉を口々に言う程にはありがたいものだった。


フィリーネはシャハト帝国に留学する時に、自分を追い込む為に家から持たされた金の半分と全ての宝石を女神バルテナートに捧げたところ、商売に役立つ魔法を授けていただいたのだとか。


これまでに儲けさせてもらった分をお返しするつもりの捧げ物だったのだが、新たに魔法を授かってしまった。また儲けてお返しをしようと皆で話し合い、国境へ向かった。


クラウスは一度バルテン王国から出入国する手続きをしたことがあり、その時に転移することのできる魔法を授かっていた。お陰で後から転移する彼の分の手続きも一緒に済ませることができた。


「お父様、もうじきお兄様が転移していらっしゃいます」

「お。早速魔法が役立ったな。席を空けておこう。きっとパウの隣に現れるよ」


「パウー!やっと会えた!」

言い終わるや否や現れたクラウスはパウリーヌに抱きついた。

「お、お久しぶりですわ。お兄様。成長した私をご覧になってすぐお分かりになりました?」

「たまに建物の影から見に行ってたから」

「……そうでしたか。お兄様は以前より精悍になられましたわ。鍛えていらっしゃるの?」


「元婚約者が苛烈な女性だったから、逃げているうちにちょっとね」

「お会いしたことがありませんでしたから、なんとも言えませんけど、その、大変でしたわね、としか申し上げられなくて心苦しいですわ」


「パウを会わせなくて済んだのが救いだったよ。あんな動物のような女性、いるんだんねぇ。きいきい喋るし、すぐ機嫌が悪くなるし、『あなたのため』の押し売りも凄かったし、でも結局は全部『自分』なんだよな。自分が満足することしか考えてないんだから。些細な出来事が多くて具体的には伝えられずもどかしいけど、とにかく本当に大変な女性だった。パウをラインハルトの婚約者にする代わりにあの女が居候嫁としてハーニッシュ侯爵家に来ただろう?意味が分からなかったよ。うちのパウはあんな獣と同価値なのか?ってね。血筋は良いかもしれないけど教育されていない野生の獣のような女だったよ」


愚痴が止まらないクラウスにスイーツを渡して落ち着いてもらおうとしたパウリーネ。食べながらもさらに愚痴るクラウスにひたすら相槌を打ち続けた。


ハーニッシュ侯爵は指示を出すフリをして御者席の方に逃げて行った。クラウスの関心がパウリーネにあることを利用したのだ。この愚痴を何度聞いたか分からない。


「ラインハルト殿には感謝しているよ。あの女は伯爵家の令嬢とは言え、お祖母様が王女だったからか妙に気位が高くて、もっとも、教養さえ有れば最高の女性だったんだけどね。今は縁が切れて清々しているよ。誰があの女と縁付くのか興味があるけど、付き纏われる恐怖心の方が強いから早々に引き上げてきたんだ。パウはこんな事になって辛い想いはしていないのか?」


「ええ。最初魔法のことを伺った時は驚きましたけど、ラインハルト様のお話を聞いたら納得してしまいましたの。残念ながら、と言うべきなんでしょうけれど、私もラインハルト様も義務感しかありませんでしたから。お互い協力者と言いますか、戦友のような。もちろんお互いに信頼はしていましたけど」


「そうか」

クラウスは慈しむような目でパウリーネを見た。

「ラインハルト様から密命も受けていますのよ?」


「ということは、ラインハルト殿のお相手はシャハト帝国にいらっしゃるのか?」

「ええ。シャハト帝国の第二皇女、エルネスタ様ですわ。私、彼女と仲良くなってバルテン王国への関心を持っていただかないといけませんの」


「へぇ〜。彼の相手はエルネスタ様なのか。確かに実現すれば両国の繁栄に繋がる組み合わせだ。お二人の気が合えば良いのだが」

「お兄様はエルネスタ様にお会いしたことがおありになるの?」


「今や母上は皇族の御用達だからね。そのご縁で一度ご挨拶させていただいたよ。才色兼備なお方だ。母上に相談したら良いんじゃないかな。元々あの女が家で傍若無人に振る舞うのに耐えかねてシャハトに行ったから、ラインハルト殿に恩返しをしたいのではないかと思うよ?出国の際は随分助けてもらったと感謝していた」


「お母様が協力してくださるのなら心強いですわ。ついでに私のお相手も探していただこうかしら。ああ、それが最善らしいですわ。今未来が見えました。便利なのかそうじゃないのか分からない力を頂いてしまいましたけど、今後上手く使えたら良いのですけど」


「その内慣れていくよ。俺もそうだったし。で?俺のお相手についても聞いてきてくれた?」

「ええ。勿論ですわ。お兄様のお相手はシャハトの子爵家のお方だそうですわ。すでに出会っていらっしゃるとか」


「ああ、彼女か。あの女との婚約が無くなったらご挨拶に伺おうと思っていたお方だ。ただ、我々は貴族では無くなってしまうから迷うな」

「そうですわね。私のお相手は市井の方のようですからどちらでもかまいませんけど」

「父上に相談してみるか……」


結果的にクラウスはその子爵家を継ぐことになった。女性との関係も順調で、他国の侯爵家とはいえ、嫡子として育ったクラウスは歓迎された。早速、領地改革や使用人の待遇改善等々卒のない働きをしているらしい。


ラインハルトによる交流会という名の縁結び集会はパウリーネが出国してから二週間後に執り行われた。一人ずつ縁を丁寧に結んでいくラインハルトの真摯な眼差しを見て、本当に縁を結んでくれているのだと感じた参加者たちは一度はその縁を試してみようと考えた。


うまくいかなかった場合は王家から賠償金を支払うという言葉も後押しとなり、どちらに転んでもいいから、とこの縁組を一旦受け入れる人がほとんどだった。


お一人様になった人も勿論いた。その人が望む相手が提案されたご縁を既に受け入れていたりして、全員に相手が整えられたわけではなかった。一人になってしまった人たちには早速一般的な支度金とほぼ同額の賠償金が支払われた。


ラインハルトは根気強くその人が納得する縁を結べるまで提案をし続けた。最後、数名はお一人様を選んだが、それは結婚はしないという判断を本人がしたからだった。



◇◇◇◇◇



ラインハルトは縁結び業務を終えると、シャハト帝国への表敬訪問に踏み切った。自身の婚活のためである。

「やあ、パウリーネ、お久しぶり。今はハーニッシュ子爵令嬢だって?クラウスは今日は?」

「ご機嫌うるわしゅう、殿下。兄は妊娠中の奥様の体調が悪く本日は遠慮させていただきました」


「ああ、仲睦まじいそうだね。縁を提案した僕としては喜ばしい限りだよ。パウリーネの方はどう?」

「私も殿下のご提案通りの方とご縁を結ばせていただきまして、来春にはクラッセン伯爵家に」


「幸せになれそう?」

「はい。とても素敵な方です」

頬を赤らめて俯いたパウリーネを嬉しそうな顔で見つめるラインハルト。


「パウリーネ、こちらにいると聞いたのだけれど」

涼やかな女性の声が聞こえた。パウリーネはスッと立ち上がってカーテシーで迎える。ラインハルトも立ち上がって、ササっと見た目を整えた。


「まあ、殿下もこちらにいらしたのですね。ああ、お二人は元婚約者同士ですものね。積もる話もおありでしょう」

「バルテン王国第一王子のラインハルトです。ハーニッシュ家の皆さんがシャハト帝国で幸せに暮らしていると聞き、安堵いたしました。皇女殿下のお陰だと聞いていたところです」


「エルネスタですわ。お会いできて嬉しいわ。パウからあなたのお噂はかねがね。パウリーネはとても楽しい方で、友人になれて僥倖でしたわ。ラインハルト殿下は特殊なお力をお持ちだとか。私の未来に関わる何かだと聞いたのですが」


「なんと申し上げれば良いのか。実は僕は縁を結ぶ魔法を持っていまして」

「縁を?」


「エル、私もお兄様も殿下のご提案で今の幸せを掴んだの」

「そうだったのね。ぜひ私のお相手も教えていただきたいわ。もう出会っているのかしら。それともこれから?」


「大変申し上げ難いのですが、エルネスタ殿下のご縁は私に繋がっているのです」

申し訳なさそうにラインハルトがそう言うと、エルネスタは無言になった。驚きで見開かれた瞳が揺れる。


「……そう。私、今日はこれで失礼するわ。晩餐の案内が来るまでごゆっくりなさって。ではごきげんよう」

エルネスタはそそくさと部屋から出て行ってしまった。


「ダメだったかな?」

「いえ、まだ分かりませんわ。まずは動揺させたという点ではなかなか良かったかもしれません」

「これからどうなるのか楽しみだ。パウ、幸せ?」

「ええ。とても」

ラインハルトが大好きなパウリーヌの笑顔。



◇◇◇◇◇




「あら、ラインハルト殿下、今日はご機嫌ね」

「お散歩中にご機嫌なのは久しぶりね。何かいい夢でもご覧になってるのかしら。良い刺激になっていると良いのだけれど」


「そうねぇ。あの事件からもう二年ですものね。打ち所が悪かったと聞いたわ」

「ええ。現場を見てしまった侍女の方はお辛くてお辞めになったでしょう?」

「パウリーヌ様の侍女だったカンナでしょう?王妃に一番近かったお方が今は商人ですもの。カンナもそうだったけど、婚約が白紙になった時のパウリーヌ様付きだった侍女たちの辛そうな顔、見ていられなかったわ」


「車椅子を押すのを代わるわ。ずっとだとキツいでしょう?」

「ありがとう。少し休ませてもらったらすぐに代わるわ」

「お互い様よ。気にしないで」


「ねえ、聞いた?コンスタンサのこと」

「ラインハルト殿下と、パウリーヌ様を庇ったクラウス様のお二人を刺したっていう、クラウス様の婚約者だった人よね?」


「ええ。あの悲劇の主人公よ。彼女、先代の愛人だった男爵令嬢の娘なんですって」

「あの真実の愛で大騒ぎになった?だってそのまま公爵令嬢だったカトリーヌ様が正妃になられたでしょう?何人かいらした側妃の方の娘だと思っていたけど」


「それが!違ったのよ。その上誰の子かも分からないんですって。その娘を嫁がせた伯爵家がコンスタンサの家だったのよ」

「因果は……っていうこと?」

「配慮が仇になったっていうのかしら」

「怖いわねぇ」


「あの事件でクラウス様が亡くなられて、パウリーヌ様はご無事だったものの、逃げたコンスタンサを恐れてシャハト帝国へ。今ではお母様のフィリーネ様が立ち上げた商会でバリバリ働いているそうよ。かっこいいわ」


「フィリーネ様ってハーニッシュ侯爵家で居候嫁をしていたコンスタンサの嫌がらせに耐えかねてシャハト帝国へいらしたのよね?」

「苛烈でしたものね」


「この国の居候嫁の制度もうやめたらいいのにね。あんなことがあったのに」

「利権が絡んでいてどうにもならないらしいわよ」

「そうそう、パウリーヌ様は商会の方とご結婚されたのよね?」

「そうなの?」


「新聞に出てたわよ」

「まだ追いかけ回されているの?お気の毒だわ」

「人気が高かったから、よく売れるらしいのよ。新聞社で働いている従兄弟がボヤいていたわ。こんな写真を撮るために新聞社に入ったんじゃない!てね」


「やっとコンスタンサが捕まって公開処刑されたから、パウリーヌ様もご安心ね。もう新聞に載せられてもそういう心配は無くなったわね。新聞社の方、もし何かあったら良心が痛まないのかしらね」


「あ、風が冷たくなってきたわ。急いで殿下をお部屋にお連れしなくちゃ」

「天気が急に変わったわね。急ぎましょう」

庭園の小径を急ぐ。車椅子の振動がラインハルトを揺らす。


ラインハルトの目から涙が一雫、零れ落ちた。


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終盤の唐突な展開に疑問が湧いたけど、タイトルで納得
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