意外と近くにいたあなた
俺たちは日曜、会うことになった。さてどこに行こうか。無難にカフェかランチか、しゃれた店なんか知らんぞ、と考えた時、先日、同僚夫婦が湯島天神の梅祭りに行った話を思い出した。梅の花の季節も終盤。花を見ながらなんて、平安婚活してる俺たちっぽいし。神社デートに誘うのって、アハレな感じでオモムキあるし。そういやEランク大学の受験の時に行ったなあ。
という事で、それを提案してみた。
『うん、いいですね。でも……結構、人出もあるし……ゆっくり静かな場所がいいな』
「なるほど偕楽園……いや遠いって。梅は混むって。えっとお、お花、神社、静か、都内」。
俺が花に拘ってパソコンをいじっていると、未来さんが言った。
『茨城のどこご出身なんですか?』
「え? 境町です。知ってます?」
『うそ、境?! 私 、八千代、八千代町』
「うおー、ほぼ隣じゃないすか」
『えー、意外と私たちご近所さんなんですね』
「アプリで出会ったのに。地元に残って結婚した同級生と、似たような感じだわ。あはは」
『でしたら、逆井城址でお会いしましょうよ。間をとって』
「んー? さかさいじょーし」
『知らない?』
「いや、なんとなくは知ってるけど。なんで?」
『桜も梅も植わってるんですけど、場所が場所だからゆっくりお散歩できるんです。意外とお花見の穴場ですよ。都内じゃなきゃだめ?』
「いえ、全然。ってか未来さん、っどうやっていくんですか? 車持ってるんですか?」
『レンタカー借りて』
「俺、くる」
ま持ってるから一緒にどうかと言おうとした。が、はたと気づいた。距離が縮まってるとはいえ、初めてでいきなし密室のお誘いは悪い男だ。頭は悪いが心は悪い男でない、なりたいくない。
「じゃあ、現地集合にしましょう」
会うまでの間、未来さんと毎晩、電話をした。次第に会話の中に、茨城訛りが混じるようになった。かわいい。俺の母親の茨城弁なんて、ただの暴力だかんな。話者が違うとこうにも。ああ、恋愛はバカになる。
実は詐欺だと思ってた話を勇気を出して伝えたら、あっちも同じことを思っていたことが判明。お互い一般人であることが発覚した。似た者同士だったんだなあと、顔がにやけてしまう。それに、会うのはぼったくり高級店じゃない。田舎の公園。お互い別々の車。ガソリン代のみ。詐欺じゃない。が、俺はあることを思い出してしまった。
「あ、すいません。実はサギってたことがありまして……」
『え、どういうこと?』
「身長。170センチじゃあないんです。169.7で」
『あはは、サギですね。でも許せるサギです、お気になさらず。それ言ったら私だって、オシャレなランチなんか食べてないんですよ。ゆで太郎ばっか』
「へ? そうなんすか?」
『うん。ごめんなさいね、イメージと違って』
アプリのプロフを見る限り、服装はオシャレ、趣味もオシャレ。でも、ゆで太郎や日高屋でご飯を食べる。そうだ、坂東太郎に行く人だし、出身は俺とそう変わらない場所。未来さんも茨城の水と土で育ったんだ。体の中身はだいたい同じだ。
俺は約束の二間前、午前8時に到着した。いくらなんでも早すぎて、まだ来てるはずはない。分かってる。でも体は前に前に出て、止められなかった。いつもの日曜ならこの時間、まだ寝ている。恋愛は早起きになる。
逆井城址に足を踏み入れる。未来さんの言葉通り、美しい梅の花たちが公園を彩っていた。人はマジいない。城址というだけあって、城のような建物が見える。子供の頃に来た記憶はあるがこんなに広かったっけか。
正月にABCマートのセールで買ったアディダスのスニーカーでゆっくり歩き出すと、左側に気配を感じた。顔を向けると、ずっと画面で眺めていたあの顔が目に入って来た。
本当にあの顔なんだ。痩せ型なんだ。最近ショートヘアにしたのは本当なんだ「未来さん!!」
毎日聞いている、元気な中学生の声。電波じゃない。生の声「龍さん!」
ああ、やっぱし顔は健君じゃあねかったわ。不細工ではないけど、面白い顔。お笑いのほうだったか。実は最近、アプリの写真を見直したのだけれど、健君の片鱗はなかった。あの時の私は疲れで目の焦点がずれていたのか、脳がバグを起こしていたのかもしれない。いやきっと、ルッキズム主義の私を戒めるために、神が「心から結ばれよ」と与えてくれたチャンスだったんだ。
顔は全然好みじゃない。お腹なんて中年太りの始まり。清潔感は合格点だけど、服装はださめ。
ううん、見た目じゃないの。私はあなたとのおしゃべりが好き。ずっとずっとお話していたいの。あなたの優しい気持ちに惹かれたの。
きっとこれが本当の……。
「未来さん、早いっすね」
「久しぶりだからちょっとお散歩しようかなって。龍さんも早いですね」
「いやあ、初めてくるから迷わないようにって早めに出たらさあ」
婚活はうまくいかない、仕事も楽しいわけじゃない毎日でこわばっていたはずの俺の顔が、へにゃりとくたる。
「やっと会えましたね、桜川未来さん。初めまして」
龍さんの笑顔は予想以上。その笑顔は、どんな無添加化粧品よりも、お肌の潤いに貢献する。都会の風に吹かれ、いくら保湿してもヒビの入る私の肌の血流が一気にめぐる。
「……初めまして、太田龍さん」
「俺と結婚してください」
あれ、こんなことを言う予定はねーんだけど。何このびっくりするスピード感。仕事遅いのに。俺って意外と決断できる男だったんだ。新たな一面を発掘してしまった。
「はい」
あらら、どしてこんな簡単に私はOKしちゃうわけ? なんで驚かないで自然に受け入れてるの?
「ありがとうございます。じゃあお祝いなんで……昼飯は坂東太郎行きますか! なんて!」
いっか。お祝いに坂東太郎行ってくれるし。
「あはは、いいね!」
おお、すんなり受け入れてくれた。地元ぱわー。
「一番近いのどこだろ」
「ググって」
俺たちは電話と同じようなテンポで喋りながら散歩した。だんだんとリラックスしてきた俺たちは、いつの間にかなまっていた。距離が縮まるにつれ、みらいさんの茨城弁は気が強めになっていく。こなくりのクリームパンだと認識していた彼女の声が……いや、今は何も言うまい。へなちょこの俺と一緒になるってことは、これからぷんぷんし過ぎて乾いた餅になるかもしれないが、かき餅もうめえし。
まだまだ、知らない彼女の方が多い。俺が未来さんのためにできることは、良い面、変な面、すべて愛せるよう、脳みそは小さいが心は大きくすることなんだ。未来さんの存在に感謝することなんだ。
お腹がすいたころ、未来さんは腕を絡めて、ぼったくり、ではなく、庶民のちょっといい店、坂東太郎へ誘導してくれた。
俺はこの日に食べた坂東味噌煮込みうどんの味を、細い体にかつ丼とそばのセットをするする腹に納める彼女の姿を、一生忘れない。
そしてテンポ良すぎる俺は、未来さんの実家まで行ってしまったのだった。




