ある貴婦人の回顧録 「エリザベート侯爵夫人の手記」
大切な親友と憧れた彼女の婚約者と結婚する事になった良妻賢母なある貴婦人の回顧録
「皇后の愛と復讐と…それは 全てはこの日のために」と「アフェルキア大公子妃物語」に登場した貴婦人エリザベート・ディア・ハドルヌス侯爵の半生を彼女の回顧録的に展開していきます。
悲しくも優しく、情緒的に織りなす。
悲劇ですが、最後は柔らかな春の日差しのようなじ〜んとくるようなお話にしました。
その日の黄昏時、黄金色の輝きが寝室の大きな扉から差し込んでくる。
それはまるで命の灯を今まさに終えようとしている者への最後の手向けのようだった。
照らされた部屋は海よりも深い群青色のカーテンと年代物のタペストリーが飾られ、調度品は必要最小限の落ち着いた重厚感のある寝室だ。
広い空間に、大きな天蓋付きの寝台が置かれている。
その空間の寝台に寝る人物の荒い呼吸音だけが響く。
静寂さとその荒い呼吸音がかえってその空間の緊張感を増しているようだった。
うっすらと白いシフォンの布がその寝台に寝ている人物を浮かび上がらせる。
年配だろうか?
初老の男性の横たわった姿が見える。
痩せた青白い透明なその肌に青い血管が浮かび上がる、窪んだ細い目はぼんやりと半分開いて天井を浮かび上がらせていた。
紫色の唇は小刻みに震えている。
うっすらと細めた瞳を横に向けると、ある女性がぼんやりと浮かび上がった。
「…エ…エリザ………」
声にならない声が冷たい空間に浮かぶ。
「旦那様。
お苦しいでしょう。
お話にならないで」
患者の負担にならないように静かに舞う蝶のように柔らかい口調で貴婦人が諭す。
やはり初老の女性が寝台のすぐ横の椅子に座りながら心配そうに言った。
初老の気品あるその物腰と雰囲気は貴婦人というに相応しい女性だ。
旦那様と呼んだ男性の顔に自分のそれを近づけた。
吐息がかかるほど。
けれど二人にはそれでいて心の距離はそれほど近くにはないようにも思える。
「……いや。……
エリザべート…ありがとう……」
不意打ちに感謝の言葉を掛けられて、思わず手にした患者の額を拭うハンカチを落としてしまう。
何に対して……?
いえ問わなくても自然とわかる。
全てにだ。きっと……。
落ちたハンカチを再び拾った後、エリザベートは口元を緩め旦那様と呼んだ患者の手をぎゅと握りしめた。
自分よりも氷の様に冷たいその手が彼の命の灯が消えようとしているのを目の前にして頭の中が混乱する。
病いがわかりもはや医師から匙を投げられ、その命が残り僅かであるのは覚悟していた。
しかしいざその時が訪れるとそんな覚悟は泡の藻屑と化す。
狼狽する姿は見せられないと再び柔らかな笑みを浮かべ彼を安心させようと努めた。
「何も謝る必要はございません。
旦那様。
旦那様こそ。
私で良かったのか……と。
いまだに確信がもてません。
私はあの時の決断を後悔した事は一度もございません。
ただ旦那様はどうお考えだったかはそれだけが不安でございます。
私は幸せでございますよ」
エリザベートはいままで口に出来ないでいた正直な気持ちを言葉に現した。
長い結婚生活で初めての事で若い時から今日に至るまで言いたかった言葉を口にする勇気のいるものだったからだ。
自分は彼を愛していた。
しかし彼はどうだろう?
本当は婚姻したくなかったかもしれない。
その言葉を口にして質問をしたら最後。
「あぁ。しかたなかったから」
「後悔している」
そう耳にするほどの勇気はなかったから。
しかしこの最後になるかもしれないその瞬間はどう繕っても長く連れ添った夫をごまかせはられない事がわかっていた。
「旦那様とではなく。
私の名を呼んでくれ」
貴婦人は少し驚いた後瞳を静かに閉じて、ゆっくりと再び瞼を開けその淡い薔薇色の唇が動いた。
「ゲオルク。
私なりに幸せでしたわ。
一男一女に恵まれ平穏な日常を送る事が出来ました。
ゲオルクは心ならずも家庭を持つ事になったかもしれませんが……。
私は幸せでした。
本当に」
心からの想いがゲオルクの心臓にずんと重く響く。
ゲオルクは首を左右に振り凛として否定した後、愛おしそう優しくにエリザベートを見つめて言った。
「私も幸せだった。
あの時…君以外は考えられなかった。
あの手紙がきっかけではあったけれど。
私達は同志であり、親友であり、夫婦であり、父母であり、共に不幸に合った者であり…。
君は本意ではなかったかもしれないけれど」
ゲオルクは細い目でエリザベートの顔を眺めて、その頃を懐かしみと悲しみの入り混じった微笑みが浮かぶ。
そう今にも泣きだしそうになりながら。
「いいえ。
幸せでございましたよ。
旦…様…ゲオルクには伝わらなかったようですね…。
私達はお互いを思いやりすぎてしまったのね。
本心を伝える事をこの長い結婚生活でしてこなかった。
本当に幸せでしたわ」
エリザベートの瞳に決してこの言葉が嘘ではないと言わんばかりの透明な美しい輝きが浮かんでいる。
ゲオルクは細いゴツゴツとした手をエリザベートの瞳に浮かんだそれを拭い取った。
「エリザベート。
本当に幸せだった。
ありがとう。
本当に君と結婚して幸せだったよ。」
ゲオルクのその感謝の言葉はエリザベートにとって長く背負った大きく重い十字架をようやく手放すには十分すぎる一言だった。
「……ゲオルク。
あちらに行かれたらどうか。
どうかあの不幸な運命に翻弄された私の親友と共に私が行くまで待っていて。
二人で……」
あぁ~言いたかった一言が言えた。
その安堵感で胸に熱いものがこみ上げてくる。
そう二人。
私の半生はまさに二人分の人生を背負うと決めたものだった。
それは時に充実感と同じくらいの劣等感をも芽生えさせた。
ゲオルクはさらに目を細め、エリザベートの頬をその冷たい手を当てる。
彼女の温かい命が自分に流れていくようであり、また自分の命が終えようとしている実感が沸くようでもあった。
「あぁ。二人で待っているよ。
でもそれまでは子供達と孫達を頼んだよ。
君が一族の主となるのだからね」
エリザベートは少し自分勝手な方と思いながらも、長い生活を通じそれを承知していたので降参する。
「勿論ですわ。
でもあんまりお待たせしても。
お二人だけでいるのも私は焼いちゃいますから」
二人クスッと笑い合う。
長く連れ添った者通しが言い合える一言は謎めいていた。
二人?
「もう少し疲れたよ。
寝るよ」
エリザベートは軽く頷いてゲオルクのうわ布団を掛けて今日一日寝室で過ごすつもりでいた。
けれどゲオルクの瞼は閉じたまま二度と開くことはなかった。
二人の長いボタンの掛け違いの結婚生活はこうして幕を閉じた。
エリザベートは思う。
本当に幸せだったと。
ようやくそう実感できたと。
頬を伝う涙は悲しみと、安堵感と、一族を束ねる責任感と自分の中で湧き上がる全ての気持ちが物語る。
この後ゲオルクをどう送ったのか?
どう葬儀を仕切ったのか?
覚えていない。
今彼の眠るハドルヌス侯爵家の廟
早春の風が吹くハドルヌス領地内にある小高い丘の上に立つ神殿の横に建つ白亜の廟の中。
夫の棺の前で自分の半生を思い返す。
彼と初めて会ったあの時を。
親友と三人で過ごしたあの時を。
親友を無理に止めなかった後悔をしたあの時を。
そして親友の最後の願いを知ったあの時を。
夫婦になると誓ったあの時を。
「何度同じ境遇になっても私は繰り返すだろう。
この人生を。何度でも」
春の風が優しく頬を撫で柔らかな日差しは優しく身体を覆う。
まるで彼女のように。
まるで彼のように。
それは彼と別れたあの日のように。
そして私はあの日の様にクスッと笑った。
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初夏のハドルヌス侯爵領地に親友に誘われて訪問したのは今から四半世紀ほど前だ。
親友に婚約者がいる事は知ってたが、会うのは初めてだった。
私も彼女もすでに社交界にはデビューしていたけれど、めったに参加していなかったし。
いくら婚約者でも未婚の男女が親しく会うのは当時の貴族社会では憚れたからだった。
もう結婚もまぢかという頃、紹介されて私は彼女と共に彼の領地で会う事になったのだ。
領地の平原の木陰にピクニックで初めて会った彼は誠実そうで、真摯に親友を思いやる姿に圧倒されて私の憧れそのものになってしまった。
二人の語り合うその姿があまりに一つの絵の様で、彼を一目みて焦がれた自分の恥ずかしさから、この場から逃げてしまいたい衝動にかられたのだけは今でも覚えている。
それは自分自身が彼に特別な思いを懐いてしまったという記憶。
親友の婚約者で二人は互いに愛し合っていた。
心から自分が入る隙間がないほど、例え隙間があってもそこに入ろうとはしない。出来るはずなかったそれほどに彼女とは固い友情で結ばれていたから。
親友はこの出会いから私の隠れた思いを彼女に悟られない様にしていたし、知る頃はないように思えた。
いつも夢見る様に彼の話をして、訪れる結婚生活を語りかけていたからだった。
「早く彼と結婚して家族で幸せな生活を過ごしたいわ。
本宅ではなくて、彼の領地で暮らすのよ。
豪華で煌びやかだけの宮廷であんな噂話。
お洒落や化粧にしか興味のないつまらない社交界は御免だわ。」
彼女の口癖だった。
彼女とは両親が親しい事もあり、性格は正反対ではあったが幼い頃から一緒にいて価値観が同じだった。
「私達前世は双子だったのよ」
お互いの姉妹よりも仲がよかった。
そんな彼女が結婚間近に嫁いだ姉に嫁ぎ先の大公家にきてほしいと懇願される手紙を受け取ったと知らされた。
「お姉様が妊娠中で体調が思わしくないくて不安だからきてほしいと言っているの。
だから三カ月ほどフェルキアに行くわ」
と告げられた時に私はとっさに反対した。
「あのお姉様が?
貴方は半年後には結婚式よ。
何かあったらゲオルク殿が悲しむわ」
私は何故胸騒ぎを覚えて思わず反対した。
その理由はそれだけではない。
実は私は彼女の姉が苦手だったのだ。
どこか影があり、つんとすまし私がただの伯爵令嬢であるのが、妹と交流するのが不服と言わんばかりの不快そうな顔を隠そうとはしなかった。
なによりいつも妹を羨ましそうに、時に憎んでいるかのように向けられていた表情が強烈な印象を受けていたからだ。
彼女は気がついてないようだったけれど。
「でもお姉様が私に頼み事をするなんてなかったことだから。
行ってあげたいわ」
そう言ってしばらくしてフェルキア大公国へ旅立ってしまった。
彼女のや優しさがそう行動させたのだ。
私は彼女の滞在する大公家へ、何度か彼女宛の文を出した。
しかし彼女からの返信の文は届かなかった。
もう彼女が言っていた三ヶ月は過ぎていた。
「彼女から手紙を出しているが、返事がないんだ」
ハドヌルフ侯爵令息から文が届きそう知った。
婚約者まで文を出さないなどただ事ではないと感じた。
私は彼女に直接会うために支度を準備している時だった、
執事が私に手紙を渡しに来たのだ。
彼女からだった。
「エリザベート
私がまだまともな時に伝えておきたいことがあるのです
今は異常と正常でいる狭間でどうにかなってしまいそう
この筆をとっている時でさえ私はおかしくなってしまいそうなのです
エリザベートここは地獄です
地獄そのものです
今私は意図しない妊娠をしています
エリザベート
こんなことならあなたの言うとおりに姉の所にこなければよかった
体調の悪い姉が「きてほしい」と懇願するのでしかなたく姉の気持ちが晴れれば帰国できると思ったの
です。
訪問すると姉は私を監禁して。
「大公殿下の子供を産むのだ」
と言って義兄を私の寝室によこすのです
抵抗しましたが男の力を払いのける事は出来ませんでした
………。無理やり……。
三か月後に妊娠してしまったのです。
姉は監視付で部屋から一歩も出してくれません
ようやく退職する召使が私を不憫に思ってこの手紙と婚約者の指輪を預かってあなたの元に届けてくれま
す
彼からいただきた婚約指輪です
あと七カ月で出産
そしたら私はどうなるかわかりません
私の親友であるあなた不憫だと思うならどうか私が死んだら女神ディアに祈りをささげてください
私はもう精神をたもてない日々が多くなりました
私の大親友のあなた
今までありがとう
そして さようなら
心から貴方の幸せを願っています
私はこの世になんの未練もありません
ただ可哀そうなのは産まされる子があの悪の申し子の様な人間に育てられるかと思うと不憫でなりませ
ん
どうかこの子に女神ディアの祝福を」
追記
お願いがあります
もしあなたがいやでなけでば婚約者の彼の妻になってください
もちろんおたがいの気持ちは大事ですから無理にとはいいません
あの人を癒せるのはあなたしか思いつかないの
御免なさいこんな……ひどい あなたを無視したお願い…」
私はその手紙を読んで、何が起こったのか?
信じられないほど、頭の中が混乱してようやく事の悲惨さを理解した時、ワナワナと沸き起こる怒りと吐き気で気を失ってしまった。
次に意識が戻った時に執事が告げたのはハドヌルフ侯爵令息の突然の訪問の知らせだった。
「体調が終わるいと申し上げたのですが、いつまでも待つとおっしゃられ。
今奥様とお話中でいらっしゃいます。
お帰りいただきますか?」
訪問の理由を理解していたので首を振ってそれを否定した。
「身体に問題はありません。
すぐにお会いすると伝言するように」
執事は頷き、部屋を後にした。
私は急いで召使いに支度を整えさせ応接間に入った。
母は一瞬驚いたように私を見たが、私の決意を察したのか席を立って部屋の隅の椅子に腰掛けた。
ハドヌルフ侯爵令息は真っ青な顔と乱れた髪を直そうともせずに悲痛な面持ちで私を見つめ、絞り出すように告げた。
「彼女から婚約破棄の手紙が両親を通じて届いたのです。
理由は伝えられず困惑している。
何か聞いていないだろうか?」
その理由を知らせられず、信じられないといった様子でいる。
理由を知る私は激しく動揺してしまう。
そんな私の姿を見逃すほど鈍感さを持ち合わせていない彼を取り繕うほど当時の私に度胸はなかった。
しかし真実は語れない。
「存じあげません。
私にも文はまいりましたが、理由については何も
書いてありませんでした」
震える声でそう答える事しか出来なかった。
今思えばもっと取り繕う上手な理由を伝えれたのではないかと後悔している。
そんな会話がしばらく押し問答した後、その衝撃的な連絡が執事を通じて知らされた。
応接間のドアがノックされ、控えていた母に手紙を手渡したのだ。
母はその手紙を見るなり、はっと驚いて悲痛な顔で私達に近づいた。
「侯爵令息殿。
邸にお帰りなさるように。
今フェルキア大公家から婚約者の実家に逝去の知らせがまいったと知らせがございました。
きっと子息の邸にも届いているはずです」
ゲオルクは母の言葉をしばらくは理解出来ず呆然と立ち尽くしていたかと思えば、大きく目が開き口はガタガタと震えては口元を抑え消えるような声で言った。
「た…大変…失礼いた…しました
こ…失礼…いたします」
そう言い残し、足早に去っていった。
母は何も言わず私を抱き締める。
温かい母のぬくもりを。
愛を感じずにはいられなかった。
と同時に彼女の身に起こった悲劇が尚一層心に染みた。
後から後から涙が出て止まらなかった。
母は何も言わず私を強く抱き締めてくれた。
その夜から三日間私は寝込み、外出する事が出来なかった。
ただ幸いだったのはフェルキアから彼女の遺体が運ばれ邸宅に到着したのが一週間後だった。
辛うじて私は彼女の葬儀には間に合い、葬列に加わる事が出来た。
ただ死後の腐敗が激しいという理由で、誰も女の顔を見て最後の別れは出来なかった。
突然の若い娘の死去は多くの人の悲しみを誘った。
参列者のすすり泣く声が神殿に重く木霊する。
彼女の両親は幸せ絶頂の娘の突然の死に悲しみは尽きず、棺を前に激しく嗚咽し参列者の涙をさらにさそう。
ゲオルクは葬儀中も何が行われているのか、理解出来でいないように無表情な放心状態で見るだけだったが、かえってその姿が痛々しかった。
声をかけたかったけれど、周りの目もあり出来ないもどかしさに心が震える。
彼女の棺が廟に運び込まれ参列者がスノードロップの花をたむけに棺に置き葬儀は終えた。
しかし親族と彼女と親しかった人の心の痛みは決して終えなかった。
私はしばらく人と会わず、ただ部屋でぼんやりと過ごしては、彼女からの最後の文を日課のようにすり減りはしないかと思うほど読んで過ごした。
そんなある日フツフツと怒りが込み上げ始める。
何故彼女が死ななくてはいけないのか?
何故彼女に不幸が起こったのか?
何故彼女は?
何故何故?
何故と!!
そしてフェルキアの大公夫妻にその怒りが直接向ける事を止められなかった。
しかし今の自分に大公家に対抗する力があるとは思えない。
私は改めてどうしたら彼女のその魂を慰め、癒す事が出来るのか?
当時の若い世間の事を何も知らない私は懸命に考え続けた。
そしてある計画を立てそれを実行する為に、いままでの生活から大きく環境を変えた。
まず首都の本宅に入り、あんなに嫌った宮廷生活を始めた。
何故なら貴婦人と令嬢の噂話ほど貴重な情報源であり、大公家の傍にいれば沢山の情報を手に入れる事も難しくはなかったからだ。
案の定フェルキアの大公夫妻の話も耳に入って来た。
彼女が亡くなった時に夫妻に娘が誕生した話。
彼女は表向きは事故だと言われていたが、どうやら自殺だったという話。
大公夫妻はアフェルキア公国でも評判が悪いという話。
私はそれらを整理してパズルの様に組み合わせ一つの結論は出した。
彼女は無理やり娘を出産させられ、ショックで精神のバランスを崩し自殺したのだと。
そしてゲオルクの精神的なショックも気になり、表向きは彼の母へ宛てて、慰安と労りの文を彼を慰める内容だ。
それを定期的に送り、そのうち少しずつ返信が返ってくるようになった。
そんな日々が三年目を迎える頃、ゲオルクの両親から私の両親へ私とゲオルクの婚姻についての話し合いがあがった。
貴族たるもの子孫と家門を繁栄させるのは当然の事だった。
私はひとまずこの話をゲオルクの同意なく進める事を両親に拒否した。
その間にゲオルクの心を慰める為時に彼と彼女の両親と共に彼女の話や廟を参拝した。
その後夫からの聞いた話だったけれど、ゲオルクの両親宛に彼女から文が届いていたのだと。
婚約を解消するお詫びといままでの温かいもてなし、そしてゲオルクへの詫びと末尾にはゲオルクの妻には私が相応しいとあったというのだ。
私はまさか彼の家族にまで彼女が伝言していたとは思いもしなかった。
そんな間柄が数年続いたある昼下がり、ゲオルクと二人彼女の廟を訪れた時に真剣な眼差しを私に向け言った。
「私は彼女が忘れられない。
だからそんな自分でもよければ私の妻になってほしい」
「勿論です。
彼女は私の生涯の友であり、貴方は私と共に彼女の人生を共有してほしい。
私は全てを受け入れます」
そう答えた。
彼はすまなさそうにそれでいて安心した様な、何とも言えない悲しみの混じった微笑みを湛えたのを今でも覚えている。
彼とは一年後に結婚したが、しばらくは白い結婚だった。
彼にその気がなければそれでよかった。
私はしばらく宮廷を離れ、彼の心が慰められるまで心地の良い暮らしを領地で送れる事に徹した。
邸宅の生活のしやすさと内装や使用人、領地の管理と領内の民の生活のケアと行う事は多かった。
そんなある日に彼と二人で保養地への旅行する機会に恵まれた。
環境の変化と初めて訪れた保養地での解放感だろうか私達は本当の夫婦になった。
結婚から五年後息子が、その二年後に娘が誕生した。
その頃には穏やかな夫婦の生活を過ごせるようになり、再び首都での本宅の生活が始まった。
と同時に私の宮廷生活も動き出し、当時の大公妃殿下に気にいられて大公妃の女官長として宮廷を仕切る役目を賜った。
そんな時に私は想像もしていなかった事実を知る。
彼女の産んだ娘がこのアファルキア公国の大公家の一族に嫁いでくるというのだ。
私のその事実を知った時の衝撃は計り知れない。
私は彼女を目にして一つの事実を伝えずにすむだろうか?
夫はその娘を見て彼女の面影を見るのではないか?
もしかしたらその事実を感じるかもしれない。
不安と恐れと再び彼女に出会えるような錯覚とさまざまな思惑が自分の中で渦巻くのを感じながらその時を迎えた。
彼女の娘は育てた大公夫妻とは違い素直で明るく優しいなにより若々しさが希望に満ち溢れていた。
そう若き日のあの日の彼女のように。
身体が弱いと聞いていたので出来るだけ、穏やかでストレスのないように心がける様に大公妃殿下の指示もあり彼女の宮廷生活は私が取り仕切った。
そんな日々が続いた二年後、宮廷医が公子妃の体調についてある報告が大公妃殿下に告げられた。
懐妊が知らされ、大公妃は私に告げた。
「彼女の体調が万全であるようにあらゆるケアを貴方に一任する」と。
運命か。
宿命か。
何の因果だろうか?
彼女の切れたと思った運命の糸が繋がったのだ。
初めての妊娠に彼女は不安を口にしては私を母の様に助言を求めた。
私も彼女の不安が少しでもなくなる様に出来るだけ穏やかな生活を過ごせるように細心の注意を払った。
私は内心嬉しかったまるで彼女を我が子のようにさえ思っていたものだ。
そのかいもあり、順調に胎児は成長して、後少しで出産という時だった。
想像も出来ない人物からの密使の訪問を受ける事になった。
その密使はとある人物からの文を携えていた。
ヴェレイアル王国の王妃殿下からだった。
「エリザベート・ディア・ハドルヌス侯爵夫人
初めてお便りします
私はフェルキア公国の大公の娘であり、貴方の親友で不幸に亡くなった女性の産んだ異母妹です。
そう
彼女はあの悪魔の大公夫妻に監禁され望んでいなかった妊娠を強要され、精神的に追い詰められ出産後
大公の宮殿の屋上から飛び降り自殺したのです
あの二人の罪は生涯消えず、その罪は必ず女神ディアに裁かれるでしょう
そしてあの悪魔達はその彼女の娘の子
つまり今度の出産で生まれてくる子を自分達の養子にしようとしています
あの二人に何を植え付けられるのか?
十分想像できる
私は幼少期からあの悪魔達の悪行を傍で見てきました
もし再び彼女の悲劇が繰り返されないとは誰にもわかりませんが、私は間違いなく確信出来るのです
どうか彼女の不幸を恨みを
繰り返さないために協力してほしいのです
出産を我がヴェレイアル王国の国境の保養地で行ってほしいのです
そして生まれた子をヴェレイアル王国の王女として育てさせてほしいのです。
私は必ず約束します。
その子を愛おしみ、この上なく大切に、一国を背負う重責にも耐え、あらゆる試練を克服できる偉大な
人物に育てます
私の命をかけて」
私は彼女の評判を良いと宮廷でよく聞いていた。
ヴェレイアル王国の賢妃、この上なく美しく王家の至宝と。
なによりも彼女の秘密を知る数少ない人物だ。
十分に考え、生涯に考えた事もないくらい思慮深く考え決断してヴェレイアル王国の王妃陛下宛てに秘密の文を送った。
その希望を叶える為に力を貸すという意思を伝えた。
すぐに王妃陛下から返信の文が届いた。
エリザベート・ディア・ハドルヌス侯爵夫人殿
私の突拍子もない願いを聞いてくださりありがとうございます
アファルキア公妃夫人の出産をヴェレイアル王国国境近くの離宮でしていただける事に感謝します
これで不幸に亡くなったあなたの親友のファルキア大公妃の妹も浮かばれるでしょう
異父妹を産んだ後自殺されなくなられたそうです
彼女が無理やり生まされた子供となったアファルキア公妃夫人の子を私が育てる事になる因縁を感じます
私は妊娠してこちらで生むと嘘をついて近くの別荘におります
そちらの看護師に私の直属看護師を忍ばせておきました
出産後すぐに死産した赤子を用意しています
その子と入れ替えて私の別荘まで連れていく手筈になっています
生まれてくる子を養子の子息の妻として父は再びあの地獄のような邸宅で育てるつもりでいます
安心してください
子供は私が私の子として大切に育てます
ヴェレイアル王女として
私の父の犯した悪行は私が育てる事で清算します
名はエルミエと名付けます
誰よりも幸せに誰にでも愛されるように
不幸に死んでいった悲しい方の魂が浮かばれるように
ありがとうあなたが亡き異母姉の母の婚約者と結婚してくださった事が異母姉の母のせめてもの慰めです
ありがとう永遠に感謝します
その行為は確実にそして淀みなく粛々と進められて赤子は入れ替えられた。
私は公子妃の悲しみを知る姿に心の底から激しい後悔と不安と後ろめたさを生涯を通じて感じていた。
それは私の罪でもあり、その罪事抱えて生きると決めていた。
そして数年経ちフェルキア公国は滅亡し、すでに斜陽を迎えようとしていたヴェレイアル王国もヴェレイアル王国の王妃陛下と側近とフェレイデン帝国皇帝により吸収された。
以降エルミエ王女の消息は不明とされたため心配をしていたが、数年後なんとフェルキア公子の婚約者として私の前に現れたのだ。
私には彼女の宿命が出会ってすぐにわかった。
その顔は彼女には似ておらず、どちらかというとフェレイデン皇后陛下の肖像画に似ている。
けれど仕明るく前向きで好奇心旺盛で、仕草も何気にはっと彼女を思わせるのは血の繋がりだろう。
私は抱き締めて彼女の話をしたい衝動にかられながら必死にそれを止めた。
ただ混乱させるだけた。
あの時の私の選択と元ヴェレイアル王国の王妃で現フェレイデン帝国皇后陛下の決断が正しかったと初めて確信出来たのだ。
どれほど歓喜したろう。
しかしまだ真実を知られてはいけないし、告げるのは私の役目ではないと思った。
故に彼女にはわからないようにフェレイデン皇后陛下から伝えられたように彼女の形見を託した。
小さな小箱と彼からの婚約指輪だ。
彼女の生きた証をその孫に託したかったのだ。
エルミエ王女殿下と別れる日に。
今までで一番幸福な日だった。
旅立つ彼女の後ろ姿にあの彼女の姿を見た気がした。
それも不幸へと続く道ではなく幸福へ光へ続く道を歩み始めているのだ。
少し心が軽くなった気がしたのを今でも鮮明に覚えている。
しかもエルミエ王女殿下との交流はこの日が最後ではなかった。
夫を亡くしその後女官長を退任した後、領地で静かに隠棲していた頃、フェレイデン帝国皇后陛下となったエルミエ皇后陛下から文が届いたのだ。
その内容に再び私は彼女との因縁を感じずにはいられないものだった。
エルミエ皇后陛下の長女でオルファン帝国の皇后陛下で私と同名のエリザベート・ディア・フェレイデン陛下の要請により、アフェルキア公国の大公子妃に輿入れしたアマーリエ大公子妃殿下の後見を申し受ける事になったのだった。
嫁と娘と共に久方ぶりに宮廷に赴き二人を大公子妃殿下の侍女として仕えさせた。
アマーリエ大公子妃殿下は聡明でアフェルキア公国に新しい風を起こし国を安定させた。
ある時には孫娘とエルミエ皇后陛下の孫息子と縁があり、二人は結ばれはからずも親友と私の縁は非常に深いものになった。
あんな悲劇の未来にこのような輝かしい未来が誰が想像出来たでしょう。
全ては亡フェイデン帝国バラルミル皇后陛下の恩寵と思うと罪悪感も少しは軽くなった。
私の人生もあと数年だろう。
穏やかに余生を過ごし、女神ディアの元に召された後、二人と再会できるだろう。
その時に二人は私を抱きしめてくれるだろう。
そして私は伝えるのだ。
「お二人だけでいるのも私は焼いちゃいました」
クスッと笑いながら……。
エリザベート・ディア・ハドヌルフ侯爵夫人は九十二歳の天寿を全うし、二人の子供、沢山の孫や曾孫に囲まれて穏やかに眠るように世を去った。
悲しみに浸らず、その悲しみに立ち向かい凛とした生き方は多くの称賛を受けたと語られた。
一人の貴婦人のお話。
皇后の愛と憎しみはそれは 全てはこの日のために
アフェルキア大公子妃物語
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